第五十二話 敵地にて
ヘーレム本星・第1艦隊執務室
「大口叩いて威力偵察に向かった割に這う這うの体で逃げ帰って来たとは・・・」
第1艦隊総司令官でもあるクレド提督は新参者の親衛隊長ガルバオトに面と向かって嫌味を言った。
「なあに、それ以上の収穫は獲ってきたさ」
親衛隊長は軍に大きな損害を出した事を全く気に留めていないという態度を崩す事は無かった。
「とてもそうは思えませんな」
「わからないかねェ?まず連中はすぐに、俺の予想では3~6か月は大軍をこちらの銀河系に送り込んでくることは無い。それが証拠に連中は要塞の修復に手が回っていないからな。むしろこっちの方が危険だが、要塞内部で造った小~中規模部隊を分散編成して送ってくるだろう。そのうち2つはカデシュとカルバラーだ」
「それはそうでしょう。連中の旗印を死蔵する理由は無いのですからな」
話している相手は銀脳クラスの馬鹿なのではないか、とクレドは思い始めていた。
第1艦隊というのは本隊に親衛隊が間借りしているという特殊な場所だった。指令系統上クレドが部隊の最高指揮官という事になるのだが、実際には親衛隊の隊長とその元締めたる女帝AT01という3人の指揮官が並立する関係からそこには各々の戦略における微妙な齟齬が生まれるのは必然と言っていい。
それでも今までさしたる問題が無かったのはAT01が基本的に指揮権に干渉してこないのと前親衛隊長アダ・ン=リムとクレド提督が方向性こそ違えど女帝への忠義心を互いに認めていたからである。
その配慮と敬意を持ち合わせず、当たり前の事を堂々と言い切る目の前の男に女帝は権力を移譲させるつもりなのではないか、というのが提督が危惧する事だった。
「そうだろ!?そして俺達がその2つを野放しに出来ないってこともな。そうやって目くらまし部隊を方々に放っている間に要塞で大艦隊を整えて、こっちの攻撃部隊を粉砕して合流、後は悠々とフィールドジェネレーターを1個づつ消し飛ばして本星侵攻ってのが、まあナールライト殿の考えだろう」
「なるほど。一理ありますな。それで?」
思考回路は金脳クラスという点は認めざるを得まい、と内心提督は思ったが口には出さない。余計な口出しをするよりもガルバオトがどういう思考傾向があるのかを見極めたかった。
「そこで俺達親衛隊の出番だ。俺達はカデシュの動向を探る。あんたら第1艦隊はナールライトの動きを見て部隊を動かせるようにしておいてくれや」
「逆でも良いのでは?」
「ハハハハハッ!ナールライトはここを隅から隅まで知っているんだぜ?奇襲・扇動・雲隠れ、それこそ何でもして来るだろう。対してカデシュはこの銀河に不案内だ。恐らく地図くらいは渡されているだろうが、追跡は他の奴らよりは楽だろうという事さ」
(面倒事を極端に嫌って押し付けるタイプか・・・他人に好感を抱かせないというのも才能だな)
結局クレドはガルバオトの作戦を承認することにした。目の前の男の事は気に入らなかったがそれ以上に自分達の、いや女帝の庭に土足で踏み込まれるのはもっと我慢が出来なかったからである。
「・・・・ならば部隊編成について陛下にお伺いしたい事があるのでこれで失礼する」
クレドは座ったままAT01へ『脳波』を飛ばす。
「俺も狩猟部隊を選抜しなきゃならんのでね」
軽い敬礼をして黒い球体を不気味に光らせながらガルバオトは司令室を出ていった。
同時刻・アーヴィダル要塞近海
「あーあ。また戦艦生活に逆戻りか・・・」
相羽優歌はカルブンクルスの食堂でぼやいた。
ヘーレムの根拠地である中央銀河へ向かう人類連盟軍第18特務戦隊の旗艦となったカルブンクルスはラッダイト級攻撃空母3隻、強襲揚陸艇エイジア改級4隻とフィジオクラス補給艦5隻を引き連れてダークゾーンへ突入準備にかかっていた。
「ユーカ!早く格納庫に来な!」
「わかってるわよ」
背後でレンの怒声に気だるげに返事をして廊下に出た。
「アンタ、アーヴィダル出てから気を抜き過ぎじゃないの?」
「気を抜いてるんじゃない、元気が出ないの!レンだって家族がああいう事にあったら同じ風になるわよ」
「だからって何もしない言い訳にはならないよ。この艦隊があたし達の監視しているようなものだからね。それにさっきはああでも言わないとアンタもご両親も他の連中に何されるか判らないからね」
レンは囁き声で謝る。
2人が言っているのは艦隊出発前に起こったある出来事だった。
それは優歌の両親の処遇についての判断で、この1件でのナールライトの発言が人類連盟軍全体の士気を変えてしまったからである。
両親らは当初の予定では非戦闘員であるという理由から要塞内での厨房勤務に就く予定であった。
それが知らされると艦内でなんでもするから2人は娘と一緒に行くと言って聞かなかったのである。
人類連盟議会は軍律を盾にしてこの申し出を一度は一蹴した。
だがナールライトは
『この場合、彼らの軍に対する献身と士気の維持の為に認めるべきだ。反転攻勢をかけようとする今、兵士の不足は重大事である。よってこれを機に議員資格を持たない市民にも的確な軍務を一定年数成し遂げれば議員への道を開く被選挙権を与えるようにすべきであると思うがどうか?』
この発言に他の市民らは色めき立った。そして旧来の議員の反対意見を押し切る形でこの法案は可決。
さらに軍人達にも自身を含めて家族4人までならこの権利を与える反面違反者には市民権剝奪や重度の違反であると認められれば死刑となる事が決定されたのである。
このような経緯で艦隊は軍務に就く傍ら他人の失態を報告しようとする相互監視体制の重苦しい雰囲気が蔓延する結果になったのだった。
特に発端となった相羽家の一員は連盟の旗印の片割れカデシュのパイロットという事で特に監視の目がきつかった。
その好奇と不信の目に優歌の心は疲弊していった。付き合いがそれなりに長いレンの叱咤は彼女なりの気遣いでもあった。
「翔も琴音も同じ視線に晒されているのに・・・何でがんばれるんだろう?」
「そりゃ、アンタはずっとお気楽だったからね。あの2人は今までもそれなりになんか考えていたみたいだけど」
憎まれ口を叩きつつ、レンの目と耳は格納庫に続く通路の奥の暗がりの人影や部屋の中の息遣いを拾っていた。
(居心地の悪くなったもんだよ、全く!!)
『ダークゾーン突入と同時に総員第一戦闘配備!警戒を怠るな』
カルブンクルス艦長ルツの声が格納庫に響くと同時に愛機カデシュのコクピットにいた北条翔の表情が強張る。
以前に太陽系のダークゾーンで襲撃を掛けてきた以上、同じ戦術を取ってくる可能性は十分にあった。そしてその戦術を考案した相手が今は味方なのだ、という事がどうしても受け入れられなかった。
(本気で殺しにかかってきた相手を信用するにはどうすれば良いんだ?)
「補給ポイントはダークゾーンを抜けて3日のところですよね?」
『そうみたいだな。尤もそこをヘーレムが先回りして潰してなけりゃの話だが』
スピーカー越しに聞こえる整備士長ハリオのダミ声の言う通りだった。ナールライトの言う『事前準備』をヘーレム側が察知していないと考えるのは危険であるというのが艦隊の主だった人間の意見だった。
「そうですね。それよりも先日の新型FOへの対応が・・・」
『だよなあ。カデシュが自分の専用武器以外は武器データから再現しないってのがな。一応造ったがこのアンカーをぶっ壊されたら懐に飛び込むしかねえからな』
目下翔達の悩みのタネは先日襲撃してきたFOシクの対抗策だった。
フォトンソードとフォトンライフルを装備した長い手足に合わせてショックアンカーで応戦する、という基本方針は決まったのだが思いのほかその扱いは難しかった。
付け焼刃の武装でどれほど粘れるかという問題に加えてシクの防御力の高さ、全身の姿勢制御バーニアによる変幻自在の動きにシミュレーション上でのアンカーとカデシュType・Nは翻弄されっぱなしだった。
しかもそれは1対1の状態での話であり、もしまたサンバルテルミとの連携を採られた場合こちらも同じように対応できるかは今の状況では不安があった。
「やれるだけやってみます。それでダメならType・Fで肉弾戦に持ち込みます。カデシュの、俺達の強みを生かす戦い方の方が結局は性に合っているのかもしれません」
『だな。ただ武器は多いに越したことはねえ。嬢ちゃんみたくお前さんもあんまり気張りすぎるなよ。他の奴らはどうか知らんがこの艦の奴らは同じ思いだからよ』
「そうですね。俺もそうですよ」
(だけど優歌は大丈夫だろうか?おじさん達の事は大丈夫だと言っていたけど元気ないんだよな)
やかましい声が響いてきた。優歌とレンが言い合いをしながら入って来たのだ。その後ろから牧野琴音が駆け寄ってくる。
翔は3人の表情を見て少しだけ安心してカデシュの右腕を彼女らに差し出した。
同時刻・ヘーレム本星第1艦隊総司令部
親衛隊長ガルバオトは自らが選抜・編成した部隊に旗艦ユニタリスから訓示を与えていた。
「諸君!この度の出撃は本隊と別行動し、かつて惑星セラと呼ばれた廃星に向かってくる有機人間共を撃滅する事が使命である!!標的はカデシュとカルブンクルス、諸君らが殺したがっている逆賊ナールライトではない。だが奴は過去にセラの工廠内にあると思われる何かとの接触に失敗した故にカデシュを派遣したのだ。つまりカデシュを破壊する事はナールライトの計画の阻止に繋がりひいては有機人間共の軍隊撃滅を意味するのだ。行け猟犬部隊!!我らの庭を荒らす輩を一兵たりとも逃すな!!」
彼の指令を受けた艦船8隻が次々と宇宙と飛び立っていった。




