そして、今に戻る
……………………
──そして、今に戻る
「そして、貴様の親父は我が子の恐ろしさから自殺したのか?」
「ああ。自殺したよ。私たちを捨ててね。正直、彼が私たちを捨てるという決断ができたことを驚いている。もう精神的に追い詰められていた彼に冷静な判断はできないものだとばかり思っていたから」
「はっ! 最後にやることが息子と縁を切ることとは! 人間の何と薄情なことか」
アレックスが肩をすくめるのにサタナエルが愉快そうに笑った。
「しかし、貴様がベルフェゴールの落し子だったとはな。少しばかり驚いた。あの腹黒い大悪魔はよからぬことを考えているときは“怠惰”の大罪が感じられないほどに動きまわる奴だ」
「同意しよう。彼女はさほど“怠惰”の名を重んじていないようだよ。彼女は実に勤勉に立ち回り、この状況を作り上げた。彼女の狙いというものを私はまだ理解していないが、ひとつだけ言えることがある」
「何だ?」
サタナエルが怪訝そうな顔をしてアレックスに尋ねる。
「彼女は私の願いを叶えてなどいない。叶えさせない。私は主役にならない。私は悪を求め、悪役になるのだからね」
「結構なことだ。勝手にやっていろ」
アレックスの宣言にサタナエルは興味なさげに手を振った。
「ああ。勝手にやるさ。悪役ってのは主人公と違って勝手にやるものだからね」
アレックスはそう言うと寮の中を郵便物などを扱っている窓口に向かう。
「やあやあ。私宛の手紙がそろそろ届くと思ったのだが」
「名前は?」
「アレックス・C・ファウスト」
「待ちなさい」
寮の事務関係全般を引き受けている壮年の男性が戸棚を探り、手紙を探した。
「ああ。これだね。確認して受け取りにサインを」
「了解だ」
アレックスは受け取りのサインを行い、郵便物を受け取った。
その郵便物の差出人はテオドール・ノイマンとある。さらには『カール・フロイト記念精神病院』の文字も。
「ふむ。一度帰省する必要がありそうだ」
アレックスは手紙をざっと見てそう呟いた。
それからアレックスは一度『アカデミー』の主要メンバーと会うことに。
「申し訳ないが、次の休みに私は帰省しようと思っている。暫く留守にするよ」
「へえ。意外にも親孝行なんですね」
「アリス! 君もたまには親御さんに顔を見せたまえよ!」
「実家遠いんですよー」
アリスはアレックスに言われてそう返す。
「アリスさんはグレート・アイランズ王国の出身でしたっけ?」
「ええ。何もないとっても辺鄙な場所ですよ。おまけに近くには危ないアルカード吸血鬼君主国がありますし。……あ」
エレオノーラに尋ねられアリスがそこまで言った時点で、アリスはその当のアルカード吸血鬼君主国のカミラとトランシルヴァニア候がいることに気づいた。
「気にはしない。国境地帯というのは得てしてろくなことが起きない」
「何かすみません……」
カミラは肩をすくめてそう言い、アリスは謝罪する。
「ところで、ジョシュア先生は?」
「来てないよ。授業の準備が忙しいって言ってた」
「嘘だな。彼が授業の準備などに手間暇かけるわけがない。全く、ようやく加わってくれたというのにさぼりとは。彼には任せたいことがあったのだが」
「任せたいこと?」
「これからの活動にかかわることだよ、エレオノーラ。カミラ殿下たちにもお願いしたいことでもある」
アレックスはエレオノーラにそう言う。
「まあ、いずれ話そう。私はまずは帰省しなければいけない。家族が健康上の問題を抱えていてね。その世話を少しばかりしなければいけないのだ」
「健康上の問題? 病気なの?」
「ああ。……心の病だ」
エレオノーラの質問にアレックスがそう答えると場が少し静まった。心の病というのは病気のメカニズムが解析されつつある現代においても、偏見などがあり、理解が難しい病気なのだから仕方がない。
「なら、私も一緒に行っていい?」
「エレオノーラ。君が一緒に?」
「うん。アレックスもひとりじゃ心細いでしょう?」
エレオノーラは笑顔でそう提案。
「ありがとう。では、ともに我が実家へ行くとしようではないか!」
「わー!」
ということとなり、アレックスとエレオノーラは週末の休みから、アレックスの実家へと向かうことに。
アレックスとエレオノーラは荷物を持つと、乗合馬車に乗り、帝都を出た。
「アレックスの実家ってどの方面なの?」
「グラオベルク領の方だ。そこに昔から暮らしている」
「昔から……。だけど、アレックスたちは……」
「ああ。父と縁を切られた。だが、追い出したのは我々の方だ。貴族としての家名は失ったが、生家は失わなかった。今も私は生まれた家で暮らしているよ」
「そうだったんだね」
アレックスと母クラウディアは伯爵であった父ヨハネスから縁を切られ、その家名を失った。ファウストは母クラウディアの方の家名だ。
しかし、アレックスとクラウディアは今もアレックスが生まれた家で暮らしている。それは本来ヨハネスのものだったのだが。
グラオベルク領は山が多い場所であり、同時に鉱山が多い場所であった。古来から鉄や金、銀などが豊富に取れるために、その開発目当てで開拓が進んだ場所なのだ。
だが、同時に大規模な鉱山業は公害を発生させ、その公害に苦しむものたちを生んだ。さらにはそのような公害で親を亡くし、食べていくために鉱山で働く子供の労働者なども少なくない。
そんな陰鬱とした場所がグラオベルク領である。
「我が故郷グラオベルク」
乗合馬車を何度か乗り換え、アレックスとエレオノーラはグラオベルク領に到着。
「私の実家は街のはずれにある。魔術師というものは昔は嫌われていたからね」
「人は理解できないものを恐れるから。かつては火だって恐れていた。けど、魔術も火も理解が進み、今はなくてはならないものだとみんなが理解しているよ」
「そうなのだろうな。無知が迫害を生むわけだ」
アレックスたちは一度街の中心部で馬車を降りて、そこから徒歩で実家に向かう。
鉱山の街というだけあって労働者がとても多く、それを相手にした飲食業が非常に盛んだ。今は昼間だから静かな方だが、夕方になるとこの街は帝都のように賑やかになることで知られている。
「ここだ」
アレックスたちはアレックスの実家に到着。
アレックスの実家はちょっとした豪邸に分類されるだろう一軒の屋敷であり、赤レンガ造りの長閑で、そして立派な建物であった。
「綺麗なおうちだね。おとぎ話に出てきそう」
「はははっ! 私も昔からこの屋敷に妖精などが住み着いていないか探したものだよ。そういうものがいそうな感じは昔からだ」
エレオノーラがアレックスの実家を見て感想を述べ、アレックスが笑う。
「さて、君のことを母に紹介しよう」
アレックスはそう言って実家の門を潜り、前庭を抜けて中に入る。
「お帰りなさいませ、アレックス様」
「ああ。母の様子はどうだい、シュテファン? 手紙にはまた具合が悪くなり始めたとあったのだが……」
実家に入ると老齢の執事がアレックスたちを出迎えた。
「以前のように時々記憶が混乱されるようでして。今はノイマン先生の処方されたお薬を服用していらっしゃいます」
「そうか。ノイマン先生は次はいつ?」
「今日です」
「それは丁度良かった。彼に話がある」
執事とアレックスはそう言葉を交わし、アレックスは屋敷の中を進む。
「母さん! 帰ったよ! 放蕩息子の帰宅だ!」
「アレックス?」
「ああ。そうだよ、母さん」
アレックスが元気よく声を上げて広間に入ると、そこには母クラウディアがいた。病人のように青白く、そして疲れ果てた顔色をした母を見てアレックスが僅かにその表情を曇らせる。
「調子が悪いと聞いたよ。大丈夫なのかい?」
「ええ……。少し気分が悪くなるだけだから大丈夫よ」
「それならいいのだが。私もこれからはもっと帰省するよ」
「大丈夫、大丈夫よ、アレックス。あなたにはお父さんみたいな立派な魔術師になってほしいから、あなたには……」
そこでクラウディアは黙り込んだ。
「そうだ。母さん、今日は私の友達も一緒なんだ。友達のエレオノーラだよ」
「初めまして」
アレックスに紹介されてエレオノーラが前に出る。
「いらっしゃい、エレオノーラさん。何か飲み物を準備するから待っていて」
「いいよ。座っていて。私が淹れるから」
「そう?」
どこかぎこちない家族の様子にエレオノーラは疑問を覚えていた。
……………………




