昼食会
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──昼食会
アリスがカミラとその周辺を人形で監視する中、エレオノーラはカミラに友好によって近づいていた。
「カミラ殿下。こんにちは!」
「ああ。エレオノーラか。今から昼食か?」
「ええ。カミラ殿下はどうなさいますか?」
午前中の講義が終わったところでエレオノーラはカミラに接触し、カミラはエレオノーラには笑みを浮かべて応じた。
「私も昼食にするつもりだ。一緒にどうだ?」
「ぜひ」
「では、行くとしよう」
しかし、カミラが向かったのは食堂ではなく、学生寮の方だ。
「あれ? こっちなの?」
「ああ。今日はな」
カミラのその奇妙な行動にエレオノーラは自分の意図することが発覚したかと恐れたが、人狼の護衛などはいつも通りに行動しており、特にエレオノーラを拘束しようという様子はない。
とりあえず今は様子を見ることをエレオノーラは決めた。
「今日はここで食べるとしよう。客が来るのでな」
そう言ってカミラが案内したのは以前お茶会をした場所であった。そこで給仕たちが働き、昼食の準備が進められている。
「お客というのはどなた?」
「仕事で付き合いのある貴族だ。お前はもう知っていたな。トランシルヴァニア侯だ」
「以前お会いしましたね。古き血統だと聞きましたよ」
まさかトランシルヴァニア侯がスパイだと知っているとは言えず、エレオノーラは自分が知っていると明かしていいことを言った。
「そう、あの男は古き血統だ。一体どれほど生きているのかを知っているのはあの男自身だけなのだろう。しかし、古き血統だからと言って権力があるわけではない」
「ふむ。シンプルに長生きをしていれば権力や地位は手に入りそうだけど」
「権力というものは長く生きて、椅子に座っているだけで手に入るものではない。時として他者に媚び、協力し、隙を見て奪い取ることで手に入るもの。そして、多くの古き血統はその手のことが苦手だ」
奴らは長生きしすぎているあまり他者を見下しているとカミラ。
「連中は自分たちを他の何よりも高次の存在であり、神に近いとすら思い上がっている。大抵の古き血統は古き血統であるというだけで満足しているのがそれを示しているだろう」
「古き血統であれば、他の存在が築いた下等な社会における権力や地位など必要ない。そんなところ?」
「ああ。お前は理解が早いな」
エレオノーラがカミラの言わんとするところを端的に表すのにカミラは満足したようにうなずいて見せた。
「今日はそういう吸血鬼が同席するが、構わないか?」
「ええ。構いません。トランシルヴァニア侯閣下には以前にもお会いしていますから」
「まあ、少しばかりお前にも聞きたいことがあるようだからな」
「私に……?」
そこでがたんと扉の開く音がした。
「カミラ殿下、それからご友人のエレオノーラ嬢でしたな」
「トランシルヴァニア侯。エレオノーラの寛大な心に感謝するといい。本来ならばお前は招かれざる客だ」
現れたのはスーツ姿のトランシルヴァニア侯でカミラが小さくあざけるように笑って彼を部屋の中に招き入れた。
すぐさま給仕がカミラ、エレオノーラ、トランシルヴァニア侯に柑橘系の香りがする炭酸水のグラスを置き、恭しく頭を下げる。
「ご学友との時間をそこまで長く邪魔をする気はありません。すぐに終わりますよ」
トランシルヴァニア侯は紳士的に微笑み、人狼の護衛たち警護する中、席に着いた。
「この間のパーティーはどうやら私以上に招かれざる客が現れて台無しになったそうですな、殿下」
「ああ。帝国内務省の嫌がらせだ。帝国も口では友好を謳いながらも、片手には短剣を握っているということなのだろう」
この前のパーティーではヴォルフ少佐が指揮する警察軍が乱入する前にトランシルヴァニア侯は退席していた。
「帝国に少なからず責任を有する立場のエレオノーラ嬢がいる前で失礼ですよ」
「お気になさらず、閣下。私としても警察軍のやり方は横暴だと感じましたから」
帝国側の人間であるエレオノーラがいることで注意するトランシルヴァニア侯にエレオノーラはそう言って笑って済ませた。
「帝国としても友好条約を巡って政治対立が起きていると聞きます。我々がそうであるようにいつの時代も、どのような勢力にも、他者と手を結ぶことを堕落や敗北と称するものがいるようですな」
「全くだ。手を結ぶことを弱みを見せていると思う“愛国者”とやらは大勢いる」
鉄血旅団のことだろうとエレオノーラは察した。
「それで、だ。そのような愛国者についての話があるのではなかったのか、トランシルヴァニア侯?」
「現段階で殿下にお伝えすべき愛国者についての情報はありません。ですが、彼らは彼らの愛国心に沿わない人間を売国奴と見做しているようです」
「危険な思想だな」
ここで昼食の料理が運ばれてきた。魚のムニエルが教のメインのようだ。
帝都は北の港湾都市と運河で結ばれており、氷で冷やした魚が運ばれてくることはそう珍しいことではない。
「殿下はそのような愛国者とトラブルが?」
「少なからず、な。お前の友人は詳しいようだったが」
「ええ。彼はウィリアム・ブランドレスという人物が危険だと」
「ほう」
そこでカミラが護衛の人狼に視線を向ける。
「ありえません。ブランドレス中尉は近衛の将校です、殿下」
「そうか? 私は鉄血旅団の政治的企てに参加したとして、この前近衛将校が処罰されたと聞いたぞ」
「……調査いたします」
「そうしろ。はっきりするまで任務から外す」
カミラは護衛の人狼にそう言った後でトランシルヴァニア侯の方を向いた。
「トランシルヴァニア侯。そちらは何か情報を持っているのではないか?」
「いいえ、殿下。先に申し上げました通り、愛国者については彼らが有害であるということしか分かっておりません」
「ふん」
カミラはトランシルヴァニア侯の澄ました態度に気分を害した様子だ。
「しかし、どこでその話を、エレオノーラ嬢?」
「私の友人がアルカード吸血鬼君主国に個人的な興味を持っていまして。鉄血旅団などの話を聞きましたよ。ああ、愛国者、と呼ぶべきなのでしょうか?」
「なるほど。それなりにお詳しい友人がおられる様子だ。その人物は帝国において責任ある立場ではないのですか?」
「いいえ。帝国にいる無数の臣民のひとりとだけ」
「ふむ」
エレオノーラが笑みを浮かべて語るのにトランシルヴァニア侯はポーカーフェイスのままだったが明らかに困惑していた。
「ヨハネス・フォン・ネテスハイム宮廷魔術師長。その息子だ。そうだろう?」
「ネテスハイム宮廷魔術師長、ですか。私の記憶が確かなら彼は何年も前に自殺していましたね。その息子がご学友として、このミネルヴァ魔術学園に?」
「気に入らん男だったよ。私を小馬鹿にしているという点ではお前とは気が合いそうだったがな、トランシルヴァニア侯」
「御冗談を」
カミラの言葉にトランシルヴァニア侯が苦笑する。
「実際のところ、古き血統にとって王家の血筋などそこら辺から生えてきた雑草程度の価値しかないのだろう?」
「雑草という名の植物は存在しないのですよ。どのような草木にも名前があり、生態系で果たすべき役割を果たしているのです」
「王族もまた生態系で役割を果たしているだけだと?」
トランシルヴァニア侯がそう言って返すのにカミラはそう言って炭酸水のグラスを傾けて尋ねた。
「その通り。王族には王族の、私には私の果たすべき役割がある。青虫にタンポポの役割が果たせないように、役割は人それぞれ違っていて、そしていずれも果たすべき価値があるのです」
「口だけはよく回る男だ」
「それが私の役割だと自認しておりますので。道化のようなものです」
「侯爵が道化を気取るとはな」
カミラとトランシルヴァニア侯がそう言葉を放ちあう。
「ところで、エレオノーラ」
カミラがそこでエレオノーラに声をかけた。
「何でしょう、殿下?」
「お前は本当に帝国において責任ある立場の人間と──いや、はっきり言おう──帝国の官憲と関係はないのか?」
そう、カミラが尋ねたとき、彼女の瞳は怪しく光っていた。
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