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プリンツ・オイゲン通り

……………………


 ──プリンツ・オイゲン通り



 帝国内務省国家保衛局本部は帝都カイゼルブルクの官庁街たるプリンツ・オイゲン通りに位置していた。


 警察軍の兵士が歩哨に立つその本部の建物内では帝国における秘密警察としての役割を、それぞれの警察軍将兵が果たしている。


 アルトゥール・ヴォルフ警察軍少佐も彼の上官である第III部部長ゲルハルト・ブルーム警察軍少将に報告を行っていた。


「……以上であります。動員した第九使徒教会の聖騎士(パラディン)は残念ですが目的を達しませんでした」


「ふむ。君の報告を聞く限り、ミネルヴァ魔術学園にはアルカード吸血鬼君主国とは無関係の上級悪魔や黒魔術師がいるように思えるのだが」


 ヴォルフ少佐の報告にブルーム少将が老眼鏡の位置を直しながらそう尋ねた。


 ヴォルフ少佐が所属し、ブルーム少将が長となる第III部は国内防諜を担当する部署であり、現在アルカード吸血鬼君主国に対する諜報作戦を展開中であった。


「そのようなものはそれこそ聖騎士(パラディン)に任せておけばよいのです。悪魔も黒魔術師も我々の敵ではありません。我々の敵は帝国を脅かす勢力のみ。そして、今それはアルカード吸血鬼君主国です」


「しかし、悪魔や黒魔術師がミネルヴァ魔術学園に蔓延っているというのは、正直いい知らせではない。場合によっては現在の作戦を中断、または縮小して他の部局と協力し対処すべきではないのだろうか?」


「いいえ。やるとしても後回しにするべきです。どうせ黒魔術師や異端を含めた反帝国思想の取り締まりが担当の第IV部が暇をしています。いつ問題を持ち込もうと変わりはしません」


「分かった。では、これからどのように異国のスパイどもから我らが帝国を守るのか聞かせてもらおう、少佐」


ブルーム少将がヴォルフ少佐にそう促す。


「はっ。我々が現在もその目標をアルカード吸血鬼君主国第二王女カミラ・オブ・コールドブラッドに定めております。間違いなくこの人物はアルカード吸血鬼君主国のオーウェル機関関係者です」


「だが、王女を拘束するわけにはいかない。そのようなことをすれば外交問題だ」


「確かにその通りです。敵は外交特権を有しております。忌々しいことに。ですが、奴の手足を削ぐことはできますし、我々以外の人間に奴を仕留めさせる方法もあります」


「ふむ。誰に任せる?」


「鉄血旅団。アルカード吸血鬼君主国の極右集団です」


 ここでヴォルフ少佐が鉄血旅団の名を出した。


「この極右集団と我々の間には今や奇妙な協力関係が存在しています。というのも、この極右の指導者である第一王子エドワード・オブ・スティールブラッドは穏健派であるオーウェル機関と対立関係にあるのです」


「その情報はどこから?」


「第VI部が現在アルカード吸血鬼君主国にて展開中の作戦の結果です」


「なるほど。で、我々はそのアルカード吸血鬼君主国内の政治対立を利用しようというわけだ。我々帝国の人間の手でカミラ王女が殺されれば国際問題だが、同じ吸血鬼や人狼の手によって殺されれば我々はまさに我関せず、だな」


「その通りです、閣下」


 既に国家保衛局はアルカード吸血鬼君主国の極右集団たる鉄血旅団と接触していた。もちろん自分たちが国家保衛局の捜査官だとは明かさず、別の身分にて彼らと連絡を維持していたのである。


「敵の愛国者が我々の友人となるとはな。間違った愛国心ほど無駄であり有害であるものはないといったものだ。しかし、暗殺を実行したとして、アルカード吸血鬼君主国内の政治バランスが崩れる可能性は?」


「政治的対立の激化は帝国にとって有益なものです。それにアルカード吸血鬼君主国は同盟者であるバロール魔王国の内戦によって身動きが取れない状況は変わりません。もし極右が先走れば滅ぶのは連中です」


「分かった。作戦を許可する、少佐。上手くやりたまえ」


「畏まりました、閣下」


 そして、国家保衛局の猟犬たちが動き始める。


 既に国家保衛局は駐帝国大使のキップリング卿や他の大使館スタッフはもちろんとして、カミラの留学の世話をしてるアルカード吸血鬼君主国王室のスタッフも徹底的に監視している。


 それでいても居場所や同行が掴めないのは初代トランシルヴァニア候バートラム・ハーバートであり、そこから繋がりのある人間たちだ。


 そのトランシルヴァニア候も今の情勢を把握していた。国家保衛局がアルカード吸血鬼君主国にて鉄血旅団に接触したように、彼も国家保衛局内の“間違った愛国者”に接触していたのである。


「トランシルヴァニア候閣下。いかがなさいますか?」


 鉄血旅団によるカミラ暗殺の計画があるということを聞かされたトランシルヴァニア候は彼の借りの住まいとして確保した、とある公爵夫人の邸宅にてワインのグラスを遊ばせていた。


 この館の主である公爵夫人とトランシルヴァニア候は愛人関係にあり、トランシルヴァニア候の個人的な資産(アセット)として登録されている。


「正直な話をしよう。私はオーウェル機関は中立であるべきだと考えていた。王室がどうだとか、愛国者がどうだとかいう煩わしい話題から、だ」


 古き血統(オールドブラッド)であるトランシルヴァニア候にとってアルカード吸血鬼君主国の王室など赤子も同然である。


「少しばかりそのためにはカンフル剤が必要だとは思わないか?」


「つまり、この一件は報告せず、国家保衛局のいいようにやらせると?」


「少なくとも我々は暗殺が国家保衛局の主導したものだという事実を入手している。そして、王女がひとり死んだくらいでは戦争にはならないことも知っている」


「しかし……」


「暗殺を成功させるとは言っていない。だが、ぎりぎりまで進めてもらおうではないか。そして大勢の真っ白なシャツに大きなシミを作ってやろう。オーウェル機関の人間も、国家保衛局の人間も失敗を経験するのだよ」


 トランシルヴァニア候の狙いはオーウェル機関の人員整理(リストラ)だ。


「オーウェル機関は王女の玩具ではないし、王女もまたオーウェル機関の資産(アセット)ではない。その点を改める必要がありそうだ」


「了解しました、閣下。ところで気になる報告がひとつ学園から」


「聞こう。何だ?」


 部下の吸血鬼が告げるのにトランシルヴァニア候が報告を求める。


「学園において第九使徒教会の聖騎士(パラディン)が悪魔と交戦したそうです。こちらの使役している使い魔(ファミリア)ではないとのことですが」


「下級悪魔ぐらいならば、人間でも使い魔(ファミリア)として使役しているだろう。何がおかしいというのだろうか?」


「それが爵位持ちの上級悪魔がいたとの情報もあるのです」


「ふむ……。爵位持ちの上級悪魔、か……」


 悪魔についてはアルカード吸血鬼君主国にも知識がある。


 地獄には爵位に値しない無数の下級悪魔と低位の爵位を持った中級悪魔たち、そして上位の爵位、あるいは王族の地位を有する上級悪魔が存在する。


 一般的に言われるのは人間であれ吸血鬼であれ、公爵位までの悪魔は退けることができるが、それ以上となればもはや抗う術はないという。そもそも地上に姿を見せるのはせいぜい伯爵ぐらいまでだともいうのだが。


「その聖騎士(パラディン)はどうなった?」


「現在、学園からは撤退しております。次に予想される動きについてはまだ把握できておりません」


「爵位持ちの上級悪魔が出現したのだから放置はしないだろう。だが、あの学園は今や伏魔殿だ。我々オーウェル機関や帝国の国家保衛局はもちろん、所属不明の黒魔術師まで存在する。おいそれと手出しはできない」


 迂闊に手を突っ込めば全ての勢力に攻撃されてミンチだとトランシルヴァニア候。


「第九使徒教会はこのイオリス帝国などの人類国家が強大化するまで、我々の主なゲームの相手だった。私も付き合いが長いから分かるが、連中はその手のミスを犯さない。各地に入る信徒を使って十全に準備をする」


「では、今は静観を?」


「そうだ。無理に手を突っ込めば噛まれるのは我々も同じだし、爵位持ちの上級悪魔なんてものは他の誰かに拾ってもらおうではないか」


……………………

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