竜骨の襲撃者
……………………
──竜骨の襲撃者
「エレオノーラさん。少しいいですか?」
エレオノーラがガブリエルから話しかけられたのは『アカデミー』の会合が終わって、学生寮に戻ったときだった。
「ええ。どうしたの、ガブリエルさん?」
「あのですね。私が所属している聖ゲオルギウス騎士団の団長と副団長が今学園に来ているんです。それでふたりに私の友人を紹介したいと思っているんです」
「ああ。それだったら付き合うよ。任せて」
「わあ! ありがとうございます!」
エレオノーラが快諾するのにガブリエルが満面の笑顔を浮かべた。
「ふたりに会うのはいつ頃かな? 予定を開けておくから教えてくれる?」
「今日の夕食のあとに寮で会う予定です。大丈夫そうですか?」
「それなら大丈夫です。楽しみにしてるよ」
「はい!」
ガブリエルはエレオノーラからそう約束してもらってから立ち去った。
「聖ゲオルギウス騎士団の団長と副団長ってことはアリスさんが言っていた聖騎士、だよね。調べるのはちょうどいい機会かも。今のところ、彼らの狙いについては憶測が多いから」
エレオノーラは上手くガブリエルを使って情報を入手するつもりだ。
「やあ、エレオノーラ。次は記号学だね」
ガブリエルと分かれて次の講義のために移動していたときアレックスがやってきた。彼も記号学を受けるためにやってきたのだ。
「あ、アレックス。さっきガブリエルさんと話したよ。彼女から聖ゲオルギウス騎士団の団長と副団長を紹介してもらえることになったんだ」
「おっと。それはいい機会だね」
「ええ。上手く彼らの狙いについて聞きだしてみる」
「頼むよ」
そこでエレオノーラが違和感気づいた。
「アレックス。サタナエルさんは?」
「それがどこにいったやらで。私がどうこうできる女性ではないが、行き先ぐらいは教えておいてほしいものだよ」
「そっか。見かけたら声をかけておくよ」
「いや。それはやめておいた方がいい。彼女は怒りっぽいから」
エレオノーラがそう提案するがアレックスはそれを断った。
「こちらで探しておく。彼女にも聖騎士がうろついてることを伝えておかないといけないからね」
「分かった。なら、講義室に行こう」
それからアレックスとエレオノーラは記号学の講義を受け、それから夕食の時間まであれこれと学園内でやるべきことをやりながら過ごした。
そして、学生寮の食堂で夕食ののちに──。
「エレオノーラさん。こちらが聖ゲオルギウス騎士団のアウグスト・フォン・ザイドリッツ団長とエミリー・イーストン副団長です」
「エレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタインです。よろしくお願いします」
ガブリエルがアウグストとエミリーのふたりを紹介し、エレオノーラが丁寧に自己紹介と挨拶をした。
「よろしく、エレオノーラ嬢。ガブリエルの友人だと聞いている。ガブリエルは学園で上手くやれているだろうか?」
「ええ。ガブリエルさんとは一緒に講義を受けていますが、彼女は真剣に講義を聞いていますし、友人も私以外に大勢います。心配はいりませんよ」
「そうか。それはよかった」
アウグストがエレオノーラの答えに喜ぶように頷く。
「しかし、ガブリエルの友人があのヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢だったとは驚きました。魔術の名門としてその名前は聖ゲオルギウス騎士団にも聞こえています」
「光栄です、イーストン卿。聖騎士の方にも名前を知っていただけていて、父も喜ぶでしょう」
エミリーはガブリエルの友人であるエレオノーラの家名に驚いていた。
「ところでおふたりはどうして学園に?」
「ああ。ガブリエルにこのミネルヴァ魔術学園への進学を勧めたのは俺でね。手紙では問題はなさそうだったが、ガブリエルはこれまでずっと我々と生活していたから、ちょっとばかり心配していたんだ」
「ああ。そうだったのですか」
アウグストが苦笑いを浮かべて言うのをエレオノーラは嘘だと見破った。
いや。完全な嘘ではないが、ガブリエルに会うためだけに来たのではないことは分かった。明らかに別のことを隠してるという顔をアウグストはしている。
「失礼かもしれませんが、疑問なところが。ガブリエルさんは聖騎士なのにどうしてミネルヴァ魔術学園に進学を進められたのでしょうか?」
「うむ。近年の魔術の発達は著しい。そして禁忌である黒魔術と通常の魔術の境目は徐々に分かりにくくなっている。黒魔術は取り締まるべきだが、通常の魔術は善い行いのためならばもっと発達させるべきだ」
エレオノーラが尋ねるのにアウグストが説明を始めた。
「その善き魔術と悪しき黒魔術についての違いをガブリエルには理解してもらいたいと思った。それから剣術や神術だけでなく、魔術が使えるようになれば聖騎士としても大成すると思ったわけだ」
「なるほど。そのような考えがあられたのですね」
「それにガブリエルには才能がある。俺は魔術はさっぱりでシンプルな神術頼りだが、ガブリエルは魔術の才能があると皆が言うのだ。ならば、その才能を思う存分伸ばして未来の可能性を増やしてほしい。そう思っている」
これを聞いてエレオノーラはガブリエルは恵まれていると思った。ここまで人に思ってもらえるのは大事にされている証拠だ。
「ガブリエルさんのご両親もいい上官に恵まれたとお思いでしょう」
「ああ。それなんだが……。ガブリエル、話していないのか?」
気まずそうにアウグストがガブリエルに尋ねる。
「はい。その、気を遣わせてしまう気がして」
「そうか。では、俺から説明しておこう」
ガブリエルの言葉を受けてアウグストが咳ばらいした。
「ガブリエルの父であるアーサー・フロストと母であるマリアは俺の部下だった。だが、残念なことに両名とも任務中に殉職している。ガブリエルがまだ幼いころだ。それからは俺が引き取って養父として育てている」
「すみません。そうとは知らず……」
アウグストが説明するのにエレオノーラが謝罪の言葉を告げる。
「気にしないでください、エレオノーラさん。話してなかった私が悪いんですから」
ガブリエルがそう言って逆に謝罪する。
「エレオノーラさんは料理も上手なんですよ。この前お菓子をごちそうになりました。私もいつかエレオノーラさんみたいにお菓子が作れるように次の学期は調理実習がある講義を取ろうと思っています」
「それはいいですね。学校で勉強だけでなく、人生を豊かにしてくれることを学べるのはいいことです」
ガブリエルが嬉しそうに言い、エミリーが微笑む。
「私でよければお菓子の作り方は教えるよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
エレオノーラがそう言い、ガブリエルが嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見てアウグストとエミリーも笑みを浮かべる。
「本当に上手くやれているようで安心したよ、ガブリエル。エレオノーラ嬢、これからもよければ仲良くしてあげてほしい」
「分かりました」
アウグストにそう頼まれ、エレオノーラは頷く。
「では、そろそろ失礼する。元気でな、ガブリエル」
「はい、団長」
そして、アウグストたちがガブリエルたちに見送られて寮を出た。その時だ。
「イーストン副団長、気づいたか?」
「ええ。この濃い淀みは」
「まさかとは思っていたが──」
そこで素早くアウグストが剣を抜いた。
次の瞬間、ガンと激しい金属音が鳴り響く。
「ほう。これを防ぐとはな。なかなかだ」
その金属音を響かせた2本の剣の主──学生寮の屋上から降下してきて現れたのは、ドラゴンの頭蓋骨を被っている女性であった。
顔はそのドラゴンの頭蓋骨によって隠されており、正体は不明。ただ、2本の巨大な剣を握っており、その体格は190センチ近くと大柄だ。
「俺はここ最近退屈していてな。楽しませてもらうぞ」
その女性はそう言って剣をアウグストたちに向ける。
「悪魔、だな。それも爵位持ちの上級悪魔か。今回の件に無関係だとも思えん」
そしてその竜骨の襲撃者とアウグストたち聖騎士が対峙した。
……………………