次なる人材は王女
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──次なる人材は王女
アレックスはミネルヴァ魔術学園地下迷宮内に『アカデミー』本部を開設した。
早速そこで第一回の『アカデミー』の会合が開かれ、次に獲得すべき人材としてカミラの名が挙がったのだった。
「また女の子ですか? 何か不純な動機があるんじゃ……」
「まるで自分が不純な動機を抱かれているかのように語るね、アリス!」
「うるせーです!」
アリスが下心を疑うのにアレックスが笑い飛ばす。
「ふざけずに話すと黒魔術を今も隠すことなく受け継いでいるのは、残念ながら人類の側ではない。それは吸血鬼たちであり、魔族の側だ。魔族についてどの程度の知識があるかね、ふたりとも?」
「魔族は魔物が進化した形であると言われているね。魔物は神ではなく、悪魔に創造された存在であって、悪意から生まれるとされている。その魔物が人の言葉を理解するようになったものが魔族」
「ふむ。それは教会の人間が語るところの彼らの姿だね。神の敵である悪魔によって作られた。神を信じる人類が打倒しなければならない相手で云云かんぬんと」
「違うの?」
「違うよ。説明しよう!」
エレオノーラが首を傾げるのにアレックスが説明を始める。
「この世で人類にとって不都合なものを全て悪魔の仕業にしてしまうのは楽な考えだ。病気も災害も何もかも悪魔の仕業であり、神はそのような窮地から人類を救ってくださるというのはプロパガンダも甚だしい」
この世界では人類に不都合なことは悪魔の仕業にされてきた。
「だが、よく考えてみたまえ。何かも悪魔の仕業ならどうして万能であるはずの神はそれを防げないのだろうかと。神は悪魔に人類を言いようにされるほど、そこまで役立たずなのか?」
「つまり魔族も魔物も神が作ったんです?」
「というより、神も悪魔もそこまで干渉していない。多くの生き物が存在する理由は自然にそれが誕生したからに尽きる。生物学の講義を取っていれば分かるだろうが、生き物は今も進化し、新しい種が生まれているのだから」
アリスが疑問を呈するのにアレックスがそう答えた。
「人類もそうかもしれない。神の手ではなく、ただただ自然に誕生した種のひとつであり、特別なことなど何もないのかもしれないんだよ」
「うへえ。教会に聞かれたら面倒なことになりそうな意見ですよ」
「そうとも。人類は自分たちは特別だと考えてきたからね。この世界でもっとも正しく、賢明な生き物であると自分たちを位置付けてきた。宗教とはその考えを補強するためのプロパガンダの要素がある」
事実は誰にも知ることはできないとアレックスはアリスたちにそう言った。
「ただ、我々は選択できる。『神は悪魔にいいようにされている人間の考えで推し量れる程度の能無しだ』という考えを取るか。『神は超自然的な考えを持つ超越者であり、その偉大なる考えは人類には理解できない』と考えるか」
「神は俗っぽい愚かな存在だが、確かな人類のの味方であるか。それとも善悪を超越した理解不能なほどの高次の存在で、敵にも味方にもならないか。そういうことだね」
「まさに。そこは神学論争の世界になる。人類にとって神の在り方をどうこうするのは証拠をもとに真実を探る科学の世界で扱うものではない。どうした方が人類にとって都合がいいかという話に過ぎないのだから」
「でも、世界にはこうして実際に悪魔が存在することについてはどう思う?」
エレオノーラはアレックスに列席しているサタナエルとメフィストフェレスを示す。
「彼らの存在は神の存在を示すだけのものでしかない。彼らが神の思想を決定する要因になるかと言えばそうでもない。だろう、サタナエル?」
「ふん。神が何を考えていようがどうでもいい。俺は俺が支配できる世界を求めている。その上で神は邪魔なだけだ。殺したくなるほどにな」
「だそうだ」
サタナエルがどうでもよさそうに言い放ち、アレックスが肩をすくめる。
「というわけで魔族は悪魔が作った存在でもないし、人類と魔族は神の名において決して相いれないという考えも否定できる。もっとも現実問題として彼らと共存するのは恐ろしく困難だろうがね」
「それでもその魔族と手を組もう、ってつもりなのでしょう?」
「そうとも。彼らがどういう思想や生態系をしていても、黒魔術についての知識が我々よりあるのは確かだ。それに黒魔術師というのは人類社会で排斥される存在であって、その点は魔族とよく似ているじゃあないか?」
「まあ、そうとも言えますね」
アレックスの言葉にアリスが渋々納得。
「というわけで人類社会の厄介者同士で仲良くしようというわけだ。それからカミラ殿下に求めているものがひとつある。その第二王女という地位だ」
「王族が加わってくれればいろいろと便宜は図ってもらえるね」
「そう、エレオノーラは侯爵家令嬢だが今の君にはそこまで権力はない。平民である私とアリスに至っては全く権力などない。だが、カミラ殿下は外交の第一線で活動しているアクティブな王族だ。その権力には期待できる」
アレックスの狙いはカミラの黒魔術の知識だけでなく、彼女が持っている第二王女としての権力もだ。
「権力があれば身を守ることもできる。今の我々を守るのはこの地下迷宮しかない。『アカデミー』の会員に責任を持つ指導者の立場としては、この状況は速やかに改善したいと思っている」
「それは結構なことですが、具体的にどうやるんです?」
「私が持つ情報によればカミラ殿下は留学生の身分で帝国にいるが、実際には留学生という立場以上のことに関わっているとのことだ。つまりは帝国に対するスパイ活動を行っているのだよ」
「え。そ、それってかなり不味くないですか? スパイって普通見つかったら死刑ですよね……?」
「ああ。かなり不味いとも。だからこそ、この情報は使うことができるのだ」
アレックスがこの情報を手にしたのは彼の一度目の人生からだ。
「確かな証拠を掴み、脅迫しようではないか! そうすれば我々は権力を手にすることができるぞ!」
そう宣言するアレックスであった。
「うーん。私はスパイとか、そういうことについての知識がないのだけれど、どう手伝えばいいのかな?」
「私もスパイなんて本で読んだ程度ですよ。それも現実感がまるでないのしか……」
エレオノーラがそう疑問を伝え、アリスも困った表情を浮かべる。
「ぶっちゃけ私もスパイの専門家というわけではない。せいぜいエスピオナージではなく、エンターテイメントで大活躍の殺しのライセンスを持った正体バレバレのスパイを知っているぐらいだ」
「では、どうするの?」
「今から勉強するのだよ! 人生は日々勉強というだろう?」
「わあ! なるほど!」
アレックスがドンと『3歳児でも分かる諜報の世界』と書かれた本を机に乗せるのにエレオノーラが驚いたように手を広げた。
「いや。なるほど、じゃないですよ、エレオノーラさん。今から素人がこんな作り物感あふれる本で勉強したって本職のスパイをどうこうできるわけないじゃないですか!」
「そ、そうなの?」
「そうです。スパイというのは警察だけでなく、盗聴や拷問など何でもありの防諜を担当する秘密警察も相手にしなければいけないのです。まさにそれは時計職人のごとき精細さと全てを隠す舞台女優のような演技力が必要!」
エレオノーラが戸惑いながら尋ね、アリスが高らかとそう宣言した。
「まさに、だ。流石はアリスだ。詳しいね!」
「い。いや。別に詳しくなどは……」
「ところでここに図書館の貸し出しカードがあるのだが。ここにある本は──」
「わー! わー! わあああああああっー!」
アレックスが図書館の貸し出しカードを読み上げようとするのにアリスが叫ぶ。
「アリス! 君はこの本の他に『魅力的なスパイ』とか『分かりやすい情報機関』、『皇帝陛下のスパイマスター』などスパイに関する本を山ほど借りているね? 既に調べはついているのだよ!」
「うぐぐぐ……。そ、それはたまたま興味があっただけで……」
アレックスの指摘にアリスが視線を泳がせる。
「アリスさんはひょっとしてスパイについて詳しいの?」
「間違いなく彼女は我々よりスパイについて知っているだろう。さあ、アリス先生にスパイについて講義してもらい、カミラ殿下の尻尾を掴むにはどうすればいいのか教えてもらおうじゃないか」
エレオノーラがそう言い、アレックスがにやりと笑ったのだった。
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