決壊
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──決壊
「さあ、アリス! 今日も今日とて迷宮探索だっ!」
「うへえ」
放課後になるとアレックスたちは地下迷宮へと潜る。
「もうちょっと人手を増やした方がよくないです? というか増やしてください。新しい人間を勧誘せよ!」
アリスが唸りながらアレックスにそう訴える。
未だに秘密結社『アカデミー』などと名乗りながらも会員はアレックスとアリスだけである。このやたらと広大なミネルヴァ魔術学園地下迷宮を探索するのに人手が足りないのは明白だ。
「馬鹿を言うんじゃないよ、アリス。君は我々が何の集まりなのか忘れたのかね?」
「暇人の集まりですよね」
「違う! 黒魔術を追及するものたちの集まりだ。黒魔術師の秘密結社なのだ」
アリスの言葉をアレックスがそう否定。
「そして、黒魔術とは君も知っての通り使っていることが知られれば死罪になるものだ。火あぶりにされても文句は言えない。そういうものを扱う我々が信頼も何もない見ず知らずの他人を引き入れるわけにはいかない」
「じゃあ、知り合いに黒魔術師はいないんですかー?」
「そんなにほいほい黒魔術師がいるものかね。もうちょっと考えたまえよ!」
「む、むかつく……」
アレックスに言われてアリスがむむむという顔をした。
「まあ、引き入れるべき人材には心当たりがあるから安心したまえ。とはいえ、当分は我々だけだがね」
「はあああ……」
アレックスとアリスは引き続き地下迷宮に潜っていく。
そのころ地上で動きがあった。
「アレックスは今日はいるかな」
エレオノーラはまた焼いたクッキーを持って学生寮を進んでいた。
彼女には少しばかり焦りがあったことは事実だ。この前のクッキーとアリスの件で自分がどんどんアレックスから引き離されていることをエレオノーラは感じていた。
マモンの言葉があったことも彼女に焦りを与えていた。何かをしなければ自分が望むものは得られないという言葉が影響を与えていたのだ。
そしてエレオノーラはその焦りから行動していた。それに意味があるかないかではなく、何かしなければならないという焦りがあったが故に。
「アレックス。いる?」
寮のアレックスの部屋の扉をエレオノーラがノックする。
少しの物音ののちに扉が引かれた。
「あ? 貴様か、小娘」
扉から顔を出したのはサタナエルだ。
「あの、アレックス、いますか?」
「いない。何の用事だ?」
「クッキーを焼いたのでよければと」
「はん。結構なことだな」
エレオノーラの言葉をサタナエルが鼻で笑う。
「アレックスは今どこにいますか?」
「アリスというガキと一緒だ。そいつといる」
「アリスさんと……一緒に……」
「何をしているかは予想がつくんじゃないか? え?」
戸惑うエレオノーラの顔をサタナエルが意地悪気な笑みを浮かべてのぞき込む。
「予想っていったい……」
「親しい男と女がこっそり密会してれば何をすると思う?」
「それは……」
「それが分からんほど間抜けでもあるまい」
サタナエルがにやにやと笑いながらエレオノーラを見る。
「……っ!」
「分かったようだな。そういうことだ。貴様が求めているものはアレックスか? アレックスだとしてアレックスの何がほしい? くだらぬ愛か? 肉欲から生まれる欲求不満の解消か? あるいは奴の魂か?」
「私は……ただ……」
「求めるからには理由がある。それを自分が理解しているかどうかは別にしてな。人は自分の欲望の理由を理解できないときがある。愚かしいことにな」
エレオノーラが言葉を詰まらせるのにサタナエルがそうあざける。
「誰もがこの世にあるもには理由があると理解している。そのくせに自分の求めることの説明ができない人間が多いことか。それは本当は分かっていないのではない。その理由を認めたくないだけだ」
サタナエルがそう続ける。
「人を殺したからには人の死に相応しい思い理由が必要だと思い込む。だが、実際には人はどうでもいいことで同じ人を殺す」
「それが私だと……?」
「そうだ。貴様は本当は何故アレックスを求めているのか知っている。だが、その理由がお粗末だから認めたくない。軽い理由ではあのアリスというガキに負けるのではないかという恐れだろう。違うか?」
サタナエルはエレオノーラの心を見通したかのように告げた。
「ちゃんとした重々しい理由がほしいのならば作ればいい。それは作り出せる」
エレオノーラの耳元でサタナエルがささやくように言う。
「流血だ。血が流れたからというのは大きな理由になる。傷つけた。死んだ。殺した。くたばった。それらはもう元に戻せない。死人は生き返えらないからな。だから、重々しい理由になる」
「それは……」
「殺せばいい。邪魔になる人間を。その死は貴様とアレックスを祝福するものになることだろう。血はワインに。亡骸はブーケに。貴様らは死によって祝福されるというわけだ。ロマンチックだと思わんか?」
くつくつと笑ってサタナエルはそう言った。
「殺せ。殺すことで願いは叶えられる。願いの理由にもなる。殺してしまえ」
「殺せば全て解決する……。殺せば……」
エレオノーラはそう呟きながらアレックスの部屋を去った。
「なんとまあ。酷いことをするお方だ」
「マモン。貴様のやり方は手ぬるいぞ。見ていられん」
そこに唐突に何もない場所から現れたのはマモンであり、彼女の主であるサタナエルがつまらなそうな顔をして見せた。
「ボクはボクなりのやり方を好んでいますので。欲望はことこ煮込んで熟成させる。『誰かに言われたから』という言い訳ができないように完全に自分の意志でそれを行わせる。それが好きなんですよ」
「それで面白くなるならば俺も文句は言わないがな。それは時間がかかりすぎてつまらん。それに人間とはいくら考えを巡らせようと結局は衝動的に行動する生き物だ」
「そうかもしれません、サタン様」
サタナエルが言い、マモンが苦笑。
「それより貴様はあの小娘に何を与えた? 酷い血の臭いがしたぞ。腐った血の臭いだ。貴様の宝物庫にあんな臭いのするおぞましい宝物があったのか?」
「ええ。ありましたよ。とある筋から手にいれた魔剣でしてね。とてもとても愉快なものなのですよ。きっとあなた様も気に入られることでしょう!」
「かもしれないな。楽しみにしておこう」
マモンとサタナエルが笑う。悪魔たちが笑う。
そしてエレオノーラは──。
「やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ」
何度も何度もそう繰り返しながら学生寮の廊下を進んでいた。
「私はやらないと。私のためにもやらないと。彼のためにもやらないと。私たちのためにもやらないと。やらないと私は私じゃなくなる。私が私である意味がなくなる」
突き動かされるように。衝動に流されるように。
それはあたかも“憤怒”の表れであるかのようであり──。
「殺さなきゃ」
全ての忍耐が決壊したかのようであった。
「私になら……できるから。彼女を殺すことが……」
エレオノーラが呟く。
「魔剣ダインスレイフで……」
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