独占欲
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──独占欲
休日、エレオノーラは焼いたクッキーを持ってアレックスの部屋に向かった。
「アレックスは喜んでくれるかな」
エレオノーラはどこかわくわくした様子で寮の廊下を進んでいた。そして、アレックスの部屋の前に立つとその扉をノックする。
「あ?」
しかし、扉から顔を出したのはアレックスではなく、サタナエルだ。
「サタナエルさん。アレックス、いますか?」
「ああ。いるぞ」
サタナエルが扉を開きエレオノーラを中に招き入れる。
「やあ、エレオノーラ! 待っていたよ!」
部屋にはサタナエルの他にアレックスがいた。しかし、そのふたりだけではない。彼らの他にもうひとりいたのだ。
「アリスさん?」
「あ。お、お邪魔してます……」
アリスがいた。彼女は本を抱えてアレックスのベッドの上に座っていた。
「ちゃんと椅子は準備しておいたから座ってくれ、エレオノーラ」
「ありがとう」
そうは言ったもののエレオノーラはじっとアリスを見ており、アリスは視線をそらし、どうにも気まずい空気が流れている。
「おっと。お茶を入れてこよう。諸君、紅茶でいいかね?」
「ええ。紅茶が合うと思う。砂糖は少なめでね」
「了解だ。待っていたまえ」
そして、アレックスがお茶を入れるために一度席を外した。
「…………」
「…………」
アレックスが部屋を出ると沈黙が場を支配する。
エレオノーラにもアリスにも共通の話題はなく、話すに話せない。それにエレオノーラは今回アリスが同席していることをあまり快く思っていない。
サタナエルもいるが彼女は最初からこの場の輪に加わる気はなく、窓から外の様子を眺めているだけだ。
「あ、あの、私は席を外しましょうか……?」
「別に気にしていませんよ」
「そ、そうですか……」
エレオノーラが何の感情も見せずに言うのにアリスがもやもやした気分でアレックスのベッドの上で本を開く。本に視線を落としながらもエレオノーラの様子を上目遣いでときおり窺っていた。
どうしてアレックスはアリスを呼んだのだろうとエレオノーラは思う。自分との約束だったから自分だけが呼ばれるものだとエレオノーラは思っていたのだ。
しかし、思えばふたりきりという約束はしていなかったし、エレオノーラとはともかくとしてアレックスとアリスは友人だ。彼女が呼ばれても不思議はない。
しかし、気に入らない。先ほどまでの喜ばしい気持ちが台無しになった。
サタナエルならよかった。彼女はアレックスの知り合いだし、彼女は別にアレックスに好意を持っていないのはよくわかっていたから。
しかし、アリスはよく分からない。彼女とアレックスの間に何があるのか、アレックスと一緒にいつも何をしているのか。
だからエレオノーラは不安だったし、アリスがいなければいいと思ってしまう。
「さあ、諸君! お茶を入れてきたよ。ゆっくりしていきたまえ」
「ありがとう、アレックス」
そこでアレックスが戻ってきてエレオノーラたちの前に紅茶の入ったティーカップを並べる。紅茶は湯気を立て、香ばしい匂いを漂わせていた。
「はい。これが焼いたクッキーだよ。ご注文通りナッツが入ってるから」
「おお。君は素晴らしい才能があるな、エレオノーラ! さっそくいただくとしよう」
エレオノーラはアレックスに対しては笑顔を向け、アレックスはエレオノーラからクッキーの入った袋を受け取った。
アレックスは袋の中からクッキーを一枚取り出し、口に運ぶ。さくっという音を立ててクッキーが口の中に溶けるように消えた。
「美味い! 素晴らしい甘味だ。やはり甘いものは素晴らしい。そして、エレオノーラは本当に料理が上手いのだね。全く何という素晴らしい女性だろうか。このクッキーなら毎日食べたいところだ」
「あはは。毎日は無理だけどたまになら。クッキー以外のものもね」
「是非ともそうしたいものだ」
アレックスはほいと次のクッキーを口に放り込み、クッキーの袋をテーブルに乗せる。その小さな接客用テーブルの上には取り皿が置かれており、エレオノーラはそこに2枚のクッキーを乗せて紅茶とともに味わうことにした。
「え、えっと。いただきます……」
それからアリスが遠慮しがちに1枚のクッキーを取って口に運んだ。
「料理の上手い、下手というのはどういう経緯で別れるのだろうね? 私の母は本当に料理はてんで駄目なのだ。食べられないことはないのだが、ひどく薄味であったり、逆に味が濃かったりと」
「よく言われるのはレシピを守るかどうかだね。最初はどんな料理もレシピ通りに作らないと上手くいかない。アレンジした方が美味しくなるかもと思うかもしれないけど、それが多分失敗の原因なんだと思う」
「なるほど。そうだね。料理は魔術と違って再現性があるものだ。私の知り合いは料理は科学だと言っていたよ。しっかりとした分量と手順が定まっており、それを守れば毎回同じものができるから、と」
「まあ、作ってる側はそこまで難しく考えないけどね」
「私の母には少しばかり難しく考えてもらいたいよ」
アレックスとエレオノーラの笑い声が部屋の中に響く。
やはりアレックスと話すのは楽しいとエレオノーラは思った。アレックスはユーモアがあるし、自然と距離を詰めてくれる。自分からはあまり踏み込めないエレオノーラにとってそれは貴重なアプローチだ。
もっと彼と一緒の時間を過ごしたい。できればふたりきりで。
そう思った。
「アリス。君は料理はできるかね?」
「私は料理はできませんし、する気もないですよ。絶対に上手くいきませんし」
「おやおや。やる前から諦めているのかい。それは敗北主義的だね。私が試食してあげるので作るがいいだろう!」
「作らねーです。何が悲しくてあなたなんかのために手間ひまかけて作らなければならないというのですか……」
アレックスの言葉にアリスが大きくため息。
「……ふたりはいつからそんなに仲がいいの?」
エレオノーラが不意にそう尋ねる。
「話すと長くなるが、仲良くなったのは最近のことだ」
「仲良くなんてなってないです! 渋々付き合っているだけですから!」
アレックスとアリスがまたわいわいと騒ぐ。
「今日はありがとう。楽しかったよ。そろそろ失礼するね」
「いつでも遠慮なく来てくれて構わないよ。君ならば歓迎だ」
「ええ」
エレオノーラはそこで退室し、再び寮の廊下を進む。
この廊下をアレックスの下に向かう時には嬉しさと楽しさでいっぱいだったのに、その帰り道では虚しさしか残っていない。空虚な感情はずんと心に居座っていて、悲しくなってくる。
こんなことになるならば最初から部屋になど行かなければよかったとすら思える。
「私は彼のことが……」
一度会ったときからずっと何か他の人間とは違うものをアレックスに感じていた。彼が特別な何かだと感じていた。今のもそれを感じている。
しかし、何が同特別なのかを言語化できない。初めて味わう不思議な感覚だった。
「君が感じているのは嫉妬だよ」
「!?」
そこで少女の声がするのにエレオノーラがびくんと驚く。
「君は彼に恋をしているのさ。ボクにだって明確にわかるぐらいにね」
「マモン。またあなたですか……」
現れたのはマモンだ。彼女はいつものように派手な格好で、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてエレオノーラの方を見てくる。
「恋心と嫉妬は乙女の特権。ボクも少なからず君を応援しているんだよ?」
「あなたが、ですか? ふざけないで」
「ふざけてなんていないさ、ボクの可愛い眷属よ。君は彼を手に入れたがっているのに彼はなかなか振り向いてくれない。それどころか他所の女を君に見せつけるように連れているじゃあないか」
「それは彼の自由だから……」
「君はそう思っていないだろう? 心の中ではあのアリスという子を憎んでいる。自分にはできない彼との接し方を知っている少女に嫉妬している」
「……うるさい」
「ボクが黙っても君の心の中にある嫉妬は消せないよ。ずっと残る。君が彼を独占してしまうまでずっと、ずっと」
エレオノーラは俯き、マモンは笑う。
「ボクは君が幸福になれるように願っているが、そのためには君自身が必要なことをしなければいけないね。頑張るんだよ、眷属?」
そう言ってマモンは姿を消した。
「……必要な、ことを……」
エレオノーラはそう呟く。
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