私たち契約します
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──私たち契約します
その日の放課後にアレックスたちは動きだした。
「上手くやれ、メフィスト。失敗は許されんぞ」
「ええ、陛下。必ずやり遂げましょう」
サタナエルに命じられ、メフィストフェレスが頷く。
「どのように挑むかね? やはりロマンチックに?」
「もちろんだ。一生記憶に残るようにロマンチックにやらなければ。悪魔との契約は背徳的な結婚式のようなものだよ。そしてどちらも一緒の影響になる」
「病めるときも健やかなるときも悪魔とともにありますというわけだ」
「その通り」
メフィストフェレスはロマンチックに契約をしたいと望んだ。
彼はまず場所を選ぶのだと言って学園の中を見て回ることに。
「やはり、ここがいいな。彼女との思い出の場所だ」
そう言って彼が選んだのは図書館。図書館のアリスと初めて出会った机の周りを彼はじっくりと見て回った。そこにおいてある本のタイトルから椅子の材質に至るまでじっくりと見学する。
「人がいるのは面倒だな。人払いを使しよう」
メフィストフェレスが指を鳴らすと図書館にいた人々が当然席を立ち、図書館から退出していった。司書たちも奥の控室に引っ込んでいく。
「次はどうする?」
「もう既に彼女は招いてある。使い魔に招待状を送らせた。『思い出の場所で君に会いたい』とね。彼女はすぐに気づてくれるはずだ」
「確かにロマンチックだ。素晴らしい」
自慢げにメフィストフェレスが語り、アレックスが同意する。
「彼女が来るまでにいろいろと準備をしておきたいな。素晴らしい契約の場にしたい。私のためにも、彼女のためにもね。彼女ほどの魅力的な女性を無思慮に扱うわけにはいかないよ」
「まだ何かするのか? ただの人間の女のために?」
「陛下。人間の女だからですよ」
サタナエルが一連のことに感動するどころかうんざりした様子なのにメフィストフェレスが苦笑して返した。
「人間の女は欲望に満ちている。自分だけが一番でありたい。他者より美しくありたい。素晴らしい宝石を身に着けたい。何より常に幸せでありたいと願っている。その欲望に答えると実によく響く鐘となる」
「そんな欲望に答えるのが君の趣味なのかい?」
「そうとも! 欲望に答えてやっても白けた表情をしていられたらがっかりだ。欲望が満たされたことに私は歓喜してほしい。これ以上ない満たされた表情をしてほしい。そして、さらに浅ましい欲望に溺れてほしい」
「悪魔らしいことだ。君を選んだのはやはり正解だった」
「君もな、黒魔術師。私も君の呼びかけに応じてよかった」
アレックスとメフィストフェレスが悪友のように笑いを交わす。
「さてさて! 素晴らしい場に変えなければな」
メフィストフェレスはそれから照明や椅子のデザイン、本棚の本の種類などを入れ替えていった。その光景はまさにアリスが読んでいた子供向けの恋愛小説に出てくるようなものであった。
「アリスが来たようだ。我々は物陰から見守ろう、サタナエル」
「面白いことになるといいが」
そしてアレックスたちはメフィストフェレスとアリスのために本棚の陰に隠れる。
「ああ! やっぱりここだったですね! ここだと思っていました!」
「アリス! 君と心が通じ合ったようで嬉しい!」
アリスが笑顔でメフィストフェレスの下にやってくるのにメフィストフェレスが満面の笑顔を浮かべてアリスを出迎えた。
心なしかどこからか鐘の音が聞こえてくるように感じる。わざとらしい鐘の音だ。
「け、けど、どうしてここに? も、も、もしかして、その……」
「君に告白したい」
「ええっ! ちょっと心の準備を、さ、させてください……」
メフィストフェレスが跪いて告げるのにアリスが手をわたわたさせて赤面。完全にパニックになっており、何をどうしていいのか分からないという様子だ。
「君を愛している、アリス。だから、君と添い遂げたいんだ」
「メフィスト先生……!」
そこにメフィストフェレスがどこからか取り出した指輪を差し出してそう言い、アリスがその指輪を息をのんで見つめた。
指輪には大きなダイヤモンドが輝いている。それも赤みが少し入ったピンクダイヤモンドだ。かなり高価な品なのは間違いない。
「しかし、まず君に明かさなければいけないことがある」
「明かさなければいけないこと……?」
「そうだ。私の正体について、だ」
メフィストフェレスがそう告げる。
「私は悪魔だ。地獄の国王ルシファー陛下の眷属にして地獄の公爵メフィストフェレス。それが私の名であり正体だ。嘘はついていない」
「悪魔、だったのですか……?」
「ああ。それでも私を愛してくれるだろうか、アリス?」
アリスが少し動揺するのにメフィストフェレスがそう尋ねた。
「もちろんです! 悪魔だとか関係ありませんよ! わ、わ、私はあなたが好きですから、メフィスト先生!」
アリスは笑みを浮かべてそう返した。
「ありがとう、アリス。では、私と永遠の愛を誓って契約してくれるだろうか?」
「は、はい!」
「本当にいいのかい? 悪魔と契約するということに抵抗は?」
「ありません。メフィスト先生なら、わ、私も契約して大丈夫ですから!」
「ああ、アリス。君は美しく、聡明で、寛容な女性だ。素晴らしい。では──」
メフィストフェレスがアリスの左手をそっと取るとその薬指にダイヤモンドの指輪をゆっくりと優しく嵌めていった。
「この場においてこのメフィストフェレスはアリスを愛し、他でもない君と永劫の愛を育むことを誓おう。下らぬ神になどではなく、自らの誇りに、このメフィストフェレスの名誉において。アリス、君も誓ってくれるか?」
「はい。私もあなたとの愛を誓います」
そこで微かに聞こえていた鐘の音がはっきりと聞こえ、図書館の天窓から祝福するかのようにきらきらと光が差し込んだ。
「何というわざとらしい演出。しかし、上手くはいっているようだ」
「契約が完了したらネタバラシか?」
「ああ。幸せの絶頂でサターンロケットによって月面まで飛び上がったところで現実という地上に戻ってきてもらおう。そして我々の仲間へと」
サタナエルが意地悪く笑うのにアレックスがそう語る。
そして、アリスとメフィストフェレスはいよいよ契約を終えようとしていた。
「アリス。この指輪はいつでも私を呼び出せるものだ。私を求めているときにはいつでもこの指輪に願ってほしい。私に来てくれ、と」
「は、はい! じゃあ、これで私たちは……」
「ああ。結ばれた。私たちは結ばれたのだ」
「うう。嬉しいです」
メフィストフェレスが言い、アリスがコクコクと頷いた。
「やあやあ、アリス! 私も感動したよ。私からも君たちの愛の成就に祝福の言葉をささげよう。ご契約おめでとう、と!」
「げっ……。どうしてお前がいるんですか……? さては覗き見……?」
アレックスがそこで姿を見せたのにアリスが心底いやそうな顔をする。
「ふむ。どうして、と問うわけだ。私がメフィストフェレスの友人だからだが? 言っていなかったかね? それは失敬。だが、私とメフィストフェレスの間には確かな交友関係が存在するのだよ」
「いかにも。この黒魔術師の男とは少なからぬ関係がある」
アレックスがにやにやと笑ってそう語り、メフィストフェレスが肩をすくめた。
「メ、メフィスト先生とこの陰湿そうで嫌な感じの男の間に、か、関係がー!?」
アリスは思わずそう叫んだ。
「もう既に君は悪魔と契約を交わした。言い逃れしようのない黒魔術師であり、私と同好の士だ。前に言っていたことを決めてもらおう。我々の秘密結社に加わるか──それともメフィストフェレスとの契約を破棄して永遠に彼と別れるか、だ」
「うぐ……」
アリスがアレックスの通達に唸り、頭を悩ませる。
「分かりました! 加わります! それでいいですよね!?」
「もちろんだとも、アリス! ようこそ、我らが秘密結社へ!」




