心を射貫け
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──心を射貫け
メフィストフェレスのアリスへの接近は続いた。
ときとしてあまりにも大胆なほどに。
「よう、玩具屋ちゃん。また子供向けの本読んでるのかよ?」
「飽きないねえ」
今日もまたいつものようにいじめっ子たちがアリスに絡んでいる。
「……ほっといてください」
「いいじゃん。それのどういうところが好きなの? 教えてよ」
アリスが本に顔をうずめるようにして呟くのにいじめっ子たちがけらけらと笑う。
「ちょっと失礼。いいかね?」
そこに現れたのがメフィストフェレスだった。
「メ、メフィスト先生! どうしたんですか?」
「君に会いたくてね、アリス。放課後が待てなくなってしまった」
「そ、そうですか。えへへ……」
メフィストフェレスがいかにも気取って告げるのにアリスがにやにやと笑う。
「え。誰なのあのハンサムな人!? あんな先生いたっけ!?」
「お、俺は知らないけど美術に新しい先生が入ったって、噂でちょっと聞いた……」
「それが何で玩具屋ちゃんと……?」
主に女子生徒を中心に動揺が広がり、誰もが目を丸くしてアリスとメフィストフェレスが親しくしている様子を見ていた。
こうなると困っているのはいじめっ子側だ。アリスに現れた思わぬ増援を前に攻撃の意志がくじけてしまった。ここでいじめを継続しても惨めになるのは自分たちだと本能的にわかってしまう。
「い、行こうぜ。席につかないと……」
「そ、そうね」
ということでいじめっ子たちはそそくさと退散。
「アリス。今日の放課後も来てくれるかい?」
「ええ。もちろんです!」
そして、明らかにエンジョイしているメフィストフェレスとにっこにこのアリスだけがその場に残され、ふたりの独壇場を作っていた。
「みたまえ、サタナエル。アリスはもう明らかに釣り上げられているよ。彼女は自分の口に針が刺さっていることにも気付いていないようだが」
「驚くには値せん。メフィストはこれまで様々な魔女を落としてきた悪魔だ。それが、あんな小娘ひとりに手間取るのならば地獄の公爵の地位は与えていない」
アレックスとサタナエルは後ろの席からその様子を眺めてそう言葉を交わす。
「しかし、そろそろ完全に釣りあげてもいいのではないか? これ以上、連中に反吐が出るロマンスごっこをやらせておく必要はないだろう?」
「もう少し見ていたくももあるが、確かにその通りだ。それに彼女には釣りあげた後にも餌は与え続けるつもりだしね。釣った魚に餌をやらないのは人道に反する。もっとも私は人道も畜生道も似たようなものだと思っているけどね」
「釣り上げた後にやる餌はなんだ?」
「おや。君にしては間の抜けた質問だね。当然、彼女が求めるものを与える。そうでなければ何の意味もないんだから。そして、彼女が今欲しているものは、火を見るよりも明らかではないか」
アレックスはそう言ってアリスとメフィストフェレスの方を向く。
「ほう? あの根暗にメフィストフェレスを与えるつもりか?」
「彼女にその資格があるならば。メフィストフェレスとて地獄で退屈して過ごすよりも地上で賑やかに過ごしたいだろう? そのことをアリスに達成してもらおうじゃないか。悪魔と契らなければ黒魔術師とは言えない」
「メフィストの気が変わってあの根暗を殺すかもしれないぞ?」
「その時はその時だ。まあ、メフィストフェレスには釘を刺しておくがね」
サタナエルが意地悪そうに言うのにアレックスは肩をすくめた。
「今日の放課後、ネタ晴らしをして彼女に選択を迫るつもりだ。我々とともに来るか。それともそれを拒んでこれまで得られた多くを失うかをね」
「楽しみにしておこう」
そして、アレックスたちは放課後から行動を開始することに。
それまでは引き続きアリスの様子を観察する。
「いじめっ子たちの矛先は別の生徒に向かったようだ」
いじめっ子たちがからかう相手はアリスではなくなった。別の生徒を馬鹿にし、笑いものしているが、アリスにはほとんど無視に近い状態になっている。
それもそうだろう。今もアリスの下にはメフィストフェレスがいるのだ。
「授業は大変だろう。私に手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「は、はい。実はひとつ困っていることがありまして……」
「聞こう。何だい?」
アリスがおずおずと申し出るのをメフィストフェレスが笑顔で聞く。
「いくつかの授業で中間試験の過去問が手に入らなくて……。私は部活とかには入っていないので、部活の先輩からというわけにもいかず。どうしたらいいでしょうか?」
「ふむ。私が調達しておこう。任せておきたまえ。君のためならば地獄の炎を潜り抜けてドラゴンの逆鱗だって手に入れてくるよ」
「あ、ありがとうございます!」
メフィストフェレスはささやくようにアリスにそう言って講義室を一度出ていく。
「ドラゴンの逆鱗だって手に入れるそうだよ。君の眷属に手を出しそうだね」
「そうしたら死んだ方がいいという目に遭わせてやる」
「おお。恐ろしい。では、この授業が終わったら早速メフィストフェレスと話に行こう。彼にいよいよアリスを釣り上げろと頼まなければね」
アレックスたちはそれから必修科目の妖精学の講義を受け、講義が終わるとアレックスたちはメフィストフェレスと合流するために美術準備室へ。
「やあ。親愛なるメフィストフェレス。君とアリスの関係は良好そうだね。結構なことだ。実に結構なことだ」
「私にかかれば簡単な話だ。彼女は実に魅力的な女性であるし、やる気が出る」
アレックスが笑いながら言うのにメフィストフェレスはそう返す。
「過去問とドラゴンの逆鱗を手に入れる約束だったそうだが、どうやって手に入れるつもりだい? 実に興味がある」
「単純だよ。こうすればいいだけだ」
「おや?」
メフィストフェレスがアレックスにそう言うと彼の手の上に魔法陣が浮かび、そこからミネルヴァ魔術学園の過去問がさらさらと現れた。アリスが手に入れられなかったものから他のものまで。
「悪魔にとってこれぐらいは容易い。これで彼女はより私に依存してくれるだろう」
「なんとまあ。実に悪魔らしい」
人間の魔術に再現性がないように悪魔の使う魔術にも再現性はない。彼らは魔術の理論も何もなく望みをそのまま叶えることができるとされている。
「それより私に何か?」
「そうだね。そろそろアリスを口説き落としてもらいたいと思って。もうトドメはさせるぐらいの距離感だろう?」
「トドメとは物騒だな。しかし、彼女の心を私色に染めるというのがトドメと言うならば、まさにトドメと言えるだろうね。そして、私は彼女の心をいつでもクピドの矢で射貫こうではないか」
「それは心強い」
メフィストフェレスがきざったらしく告げるのにアレックスがにやにやと笑う。
「では、早速お願いしよう。やってもらえるかね?」
「もう少し甘美な時間を楽しみたいのだがね」
「これからもその時間が与えるよ。彼女と契約したまえ。君は悪魔として、彼女は黒魔術師として。そして彼女をものにしてしまうんだ。それこそが我々の望むものだよ」
「分かった。そうしよう。彼女が私のものになるなんて楽しみだ!」
アレックスが言い、メフィストフェレスが心躍る言うように手を振った。
「いよいよ最初の仲間というわけだ。随分と手間取った」
「まさに。だが、苦労に似合う結果にはなるはずだ」
サタナエルが呆れたように言ってアレックスは苦笑したのだった。
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