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ロマンス大作戦

……………………


 ──ロマンス大作戦



 メフィストフェレスの招きにアリスが応じるかどうかが次のカギだった。


「やあやあ、アリス! 相変わらず辛気臭い顔をしているね。世の中いいことなんてひとつもないって顔だ」


「げっ。またお前ですか……」


「おや? それはどういう意味かな? 私が死んでいるとでも思ったかい?」


 アレックスがサタナエルを連れて授業のために講義室に来たアリスに声をかけるとアリスが心底嫌そうな顔を浮かべてアレックスを見てきた。


「少しは痛い目を見るかと思っただけですよ」


「なんとまあ。もはや隠すこともなくなったかね。しかし、私が死んでなくてもさほど驚かないのだね?」


「……ときどきこういう結果になりますからね」


「前にもこのようなことをやったわけだ。常習犯だね」


「それを理解しているあなたも、でしょう?」


「やっと気づいてくれたのだね。嬉しいよ。素直に嬉しい」


 アリスの指摘にアレックスは逆上するわけでもなく、にこにこと笑って見せた。


「私は君のことを隠し、君は私のことを隠す。見事な共犯になれたね?」


「きも……」


 笑顔のアレックスにアリスはただただドン引きする。


「それより考えを変えてはくれないのかい? 仲良く秘密結社をやらないかな?」


「やらないです。お断りです。私には別に用事がありますので」


「ほう? どんな用事だろうか?」


「言わないです」


 アレックスが食い下がるのにアリスはそう返すのみ。


「本当に教えてくれないのかい?」


「しつこいです」


 アリスはそう言い放ってアレックスたちの下から去った。


「どうやら彼女はメフィストフェレスに見事に魅入られたようだ。今すぐにでも彼の下に行きたいとわくわくしてる様子が伝わってくるよ」


「なんとも尻の軽い女だ。見た目はあまり遊んでなさそうなのにな。人というものは内面に何を隠しているか分からないものだ」


 アレックスとサタナエルがそれぞれそう言う。


「さて、我々は引き続きメフィストフェレスの作戦を観察だ。彼が上手くやってくれなければアリスは我々の仲間にならず、悲劇的事件を起こして死んでしまう」


「そして、勝利のための戦力が不足するか。メフィストフェレスに期待するしかないな。これは俺の専門外だ。殴っていうことを聞かせるなら俺の出番だが、こんな下らん話はかかわりたくもない」


「まあまあ、そう言わず」


 不満を隠さないサタナエルにアレックスが苦笑い。


「流石に美術準備室に忍び込むのは無理があるから、ここは下級悪魔の目を借りて見学することにしよう。我らがメフィストフェレスの腕前を拝見」


 下級悪魔は使い魔(ファミリア)として使役すればその視界を共有することができる。黒魔術師にとっては有益な偵察方法のひとつだ。


「だが、あの根暗は悪魔には詳しいぞ。下手をすれば気づかれるが大丈夫か?」


「彼女のすぐそばには公爵級大悪魔であるメフィストフェレスがいるんだよ。多少の下級悪魔がその場にいたとしても気づけるわけがない。それに下級悪魔がいたことにアリスが気づいても我々には結びつかないだろう」


「楽観的だな。間抜けなまでに」


「そう言わないでくれよ。どうしても見たいんだから」


 アレックスはサタナエルにそう言うと下級悪魔を地獄から呼び出す。


「君、これから言う場所に向かってそこの様子を見張るんだ。いいね?」


「ぎゃあぎゃあ!」


 下級悪魔は相変わらずだみた声で鳴くとそそくさと指定された美術準備室へと向かって行った。そして、アレックスは下級悪魔の視界を共有してそこから映し出される美術準備室の光景を覗き見る。


「やあ。よく来てくれたね、アリス。嬉しいよ」


「いえ……。お言葉に甘えさせていただいてご迷惑じゃないといいのですが」


「迷惑だなんてそんなことはない。決してだ。さあ、こちらへ。コーヒーを入れよう」


 メフィストフェレスはすっかり美術準備室に主を気取り、慣れた様子でふたつのティーカップにコーヒーを注いだ。


 美術準備室にはデッサン練習用の石膏像がいくつも置いてあって、壁にはいくつもの絵画が展示されていた。そしてその空気は絵の具の独特の臭いで満ちている。


「さあ、どうぞ。砂糖はいくつ?」


「あ。砂糖はいいです。ミルクだけで」


「なかなか渋い趣味だね?」


「えへへ……。徹夜するときにはよく飲むので……」


 メフィストフェレスが笑うのにアリスも笑った。


「小説の表紙や挿絵を描きたいということだったね。小説のイラストというのは普通の絵画を描くのとは異なる。この絵画を描くことにおいてモデルは存在しない。想像力が試されるんだ」


「ええ。小説には共通のイメージがありませんね。主人公にすらも。だから、私は私が想像したものを描いてみたいなって思って、ですね……」


「実に意欲的な試みだ。素晴らしい。では、挿絵としてどのようなものが描きたいのかを教えてくれるかい、アリス?」


「えっと。私の読んでる小説は恋愛ものですから主人公とヒロインを描きたいなって思ってます。どちらも魅力的に描ければいいんですが……」


「そうだね。男性と女性を描くためにはまずは人物を描けるようにならなくては。人物の描き方について教えよう。私が教えられることを全て」


「感謝します!」


 それからメフィストフェレスは石膏像などを用いて人物の描き方についてアリスに教えていく。アリスも実際に理想とするものを描いてみて、そしてメフィストフェレスの添削を受けるなどした。


 そうやって美術準備室でアリスとメフィストフェレスは親しい時間を過ごす。


「みたまえ、サタナエル。あのアリスのデレデレとした表情を。私に対するときにはハリネズミかファランクスのように刺々しい彼女があそこまで骨抜きにされてしまうとはね。実に面白い光景だ」


「そのうち股も開くだろうさ。頭と同じくらいに緩いに違いないからな」


「君は辛辣だね」


 サタナエルがにやりと笑ってそう言い、アレックスも皮肉気に笑った。


「で、では、そろそろ寮の門限なので失礼します」


「ああ。送っていこう。明日も来てくれるかい……?」


「も、もちろんです! 絶対に来ます!」


「嬉しいよ」


 そしてアリスはメフィストフェレスに付き添われて学生寮へと戻っていった。


「首尾は順調のようだ。このままならアリスを口説き落とせるだろう」


「口説き落とした後は?」


「そりゃあ当然我々の側に引きずり込むのさ。餌を預ければ犬は懐くというもの。そして、人間と犬は歴史的な友人だ。犬は人を仲間であり友人にして、一方ネコは人を下僕にするというだろう?」


「俺にとっては畜生など全て奴隷であり家畜だ。人間もほぼ同様にな」


 アレックスが語るのにサタナエルが肩をすくめる。


「それは愛がない。犬というのはいいものだよ。攻撃的に訓練された犬は人間の満たされないサディスティックな側面を満たす。闘犬で犬が殺し合うさまや軍用犬が敵の喉笛を食いちぎるさまは、とても原始的な殺し合いの絵だ」


「ははっ! それについては同意しよう。野蛮な畜生の殺し合いは見ごたえがある。奴らは流血を恐れず、欠片の理性も持たないからな。だが、あの根暗に犬のようなタフで野蛮な原始的本能があるかは疑問だな」


「心配する必要はない。彼女のやったことを考えてみなよ、サタナエル。脅されたら途端にいきなり呪いを叩き込んで、殺しに来たんだ。まさに野蛮で、獰猛で、血に飢えた動物のような反応じゃないか」


「それは言えているな。短絡的なところは獣のそれだ。考えなしの畜生だ。後は狂える獣ように恐怖を知らねばいい。それならば俺も満足だ」


「彼女はこれから巨悪を成す。その過程で大勢を殺し、犠牲にする。獣のように。だが、恐怖はあるさ。恐怖がない生き物なんて存在しないんだ。全ての生物には自己保存の本能があるのだからね」


「何をやってでも生き残りたがる生物の薄汚く、浅ましく、独りよがりな欲望だな。そういう恐怖は嫌いではない。人はそのようなとき残酷な外道に落ちるからな」


「まさに」


 サタナエルとアレックスはそう言葉を交わし、とりあえず今日は寮へ帰宅した。


……………………

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