外伝 出逢い
「おにいさま、お城のパーティーではおいしいお菓子を食べて、お友達を楽しくダンスをするのでしょう?」
年の離れた妹は、よくお城の話を聞きたがった。
家から出られない、病弱な妹。だから、家族は僕も含めて溺愛した。
「誰から聞いたんだ」
「ハルクおにいさま」
「あぁ、兄さんか……」
「ねぇ、見たこともないお菓子もたくさんでるって聞いたわ! いいなぁ、わたしも食べたいなぁ」
妹のために、長兄の話はちょっと盛ってるのだ。まったく、パーティーとかそんなに楽しい物では無いのに。
だから、こんどお土産に珍しいお菓子を買ってこようと決めた。
「ほら、おかあさまが誕生日にくれたリボン。あれをつけて行きたいな」
「じゃあ、そのリボンに似合うドレスを作ろう」
「本当?!」
「エスコートは誰に頼もうか」
「クラージュおにいさまがいい!!」
「ぼくで良いのかい?」
「だって、クラージュおにいさまがいちばんあそんでくれるんだもん。ハルクおにいさまはいつも寝る前にくるし、おとうさまはお仕事で忙しいし」
長男として家を継ぐために勉強に励んでいる兄に、ちょっと申し訳ないと思う。けれど、いつも兄の方がなにかと優先されるのだからいいだろう。
かわいい妹の最初のエスコートをする権利ぐらい貰って良いはずだ。
「やくそくだよ、おにいさま」
「わかっているよ」
その約束は、果たされることはなかった。
ドレスを作ってあげることも、できなかった。
風邪をこじらせて、かわいい妹はあっけなく旅立った。
パーティーに出席するときは、いつだって幼い頃の約束を思い出す。
もうボロボロになってしまった妹のリボン。それを、いつもパーティーへと持って行った。
家からほとんど出られなかった妹。せめて、夢見たパーティーを見せてやりたかった。
そして、今日も……。
「……?」
胸元を確認して、少し嫌な予感がした。
慌てて近くのバルコニーへと出ると、もう一度確認をする。
ひやりと、こころが冷たくなった。
ない。
いつものように持って来ていたリボンがない。
今までの行動を思い返す。どこで落としてしまった?
馬車からおりる直前、確認したときにはあった。なら、このパーティー会場で?
いや、落とすようなことをしただろうか。
とにかく、急いで探さなければ。
もう一度ホールに戻る。
落ちていそうな所を見回すが、人々が行き来する中で探すのは難しかった。
ふと、そばを通った侍女の声がする。
「さっきのぼろぼろの布、なんだったのかしら」
「あの令嬢のドレス、流行遅れだったわ。きっとお金がないからあんなのでも大切にしてるのでしょう」
「ふふ、なにそれ」
「すてちゃったほうが良かったかしら」
クスクスと悪意を隠さず笑い合いながら行ってしまう。
ボロボロの布……?
まさか、と侍女達がきた方へと向かった。
人混みが煩わしい。
噂の令嬢はすぐに見つかった。
凜と美しい令嬢が形見のリボンを大事そうに持っていた。
こちらの様子に気付いたのか、彼女から声をかけられる。
「あの、失礼ですが、もしや落とし物をされましたか?」
これが、ぼくらの出逢いだった。
「おねえさま」
小さなかすれた声で、私の可愛い妹は痩せた頬を赤く染めて笑った。
私の妹リーア……リリエルディアは、生まれたときに長くはないと余命宣告をされた。
それでも、父と母は諦めず名医を探し、薬を探し、懸命に延命をはかり、ついには7つになった。
私の可愛い……そして可哀想な妹。
何時だって家の中に閉じ込められた籠の鳥。少し歩けば熱を出し、常に苦い薬とお友達。
可哀想、なんて思ってはいけないのだろうけれど。それでも、思ってしまうのだ。
私の元気をあげられたら、よかったのかな。
独りは寂しい。
だから、彼女にも友だちを。
そんな事を大人達は相談して、何人かが招かれた。
けれど、最後に残ったのは1人だけだった。
外を歩けない、少し遊べば咳き込んで、気付いたら寝込んでいて、同年代の流行も知らず、話題も知らない、そんな壊れやすい子どもに、同い年の子が我慢できるわけがなかった。
残ったのは、物静かな男の子だった。
父の友人の息子で、やんちゃな弟と一緒に来て、真っ先に外に飛び出していった弟を見送ると、リーアと静かに読書をしていた。
2人が、仲良くなるのに時間はかからなかった。
彼の家は代々優秀な騎士として名を残してきた家だった。
彼の父も、騎士団の副団長として有名だった。
彼は長男で、生まれたときは将来は立派な騎士になるだろうと祝福され……今は剣を振るえない泣き虫な出来損ないと笑われていた。
彼は、優しすぎたのだ。
話をしていてすぐに分かった。彼は、剣を振るうことで誰かを傷つけることを恐れていた。できるなら、剣を振るうなんて事をせずに争いを納めたい。けんかも試合も、やりたくない。
家族には愛されていたし、弟との仲も良かった。けれど、親戚や周りの人たちから心ない言葉をかけられていたらしい。
本を読むのが好きで、学ぶことが好きで、静かに笑う子だった。
そんな彼だから、リーアの友人となり得た。
彼にとっての、救いともなった。
リーアは、月日を重ねるごとに体が丈夫になっていった。他の人と比べれば全然で、外出もままならないような状態だが、それでも病気にかからなければ成人できるだろうと。
リーアと彼の婚約は、本人達の知らないところでこっそりと決められた。
リーアの体調がもっと良くなったら、正式に婚約しようという約束の下。
忙しい日々を送るうちに、私は自分のことを後回しにしすぎて、自分の結婚のことに気を回すのが遅くなっていた。
妹はもうルミエールがいる。彼ならリーアの事をよく知っているし、私達もよく知っているから大丈夫。
そしたら、自分は?
両親も探してくれているが、傾いた伯爵家に婿としてきてくれる人を探すのはまあまあ大変だった。同い年の幼なじみは大体婚約をしていたし、手紙が来たと思うと、かなり年の離れた貴族やらあまり良い噂の聞かない貴族の称号が欲しい商会の者やら……。えり好みをすることはできないが、それでもこの家を守るためにはどうするか……。
「お姉様! わたし、今度のパーティーに出ても良いって、お医者様がおっしゃってくださったの!」
リーアは興奮を隠しきれず、嬉しそうに笑った。
「本当?! まぁ、なら、ドレスの準備をしなくっちゃ」
新しいドレスを用意するにはお金がかかる。そういえば、この前作ったドレスをリーアはかわいらしいと言っていた。少し手を加えないといけないが、きっと似合うだろう。
すぐに準備をしなければ。
ああ、忙しくなる。
ただ妹が元気になっていく姿が嬉しくて、いろいろなことを忘れて、あのパーティーへと向かった。
ルミエールにエスコートをされて、ぎこちなく踊る2人。
きっと、2人なら険しい道でも歩いて行ける。
ねぇ、そうだよね?
ふと、侍女たちが何かを拾って話している。
「これ、捨ててしまいましょうか」
古い、けれど大切にされているのだろう、かわいらしいリボン。
誰かの、落とし物だろうか。
もし、捨てられてしまったら、きっと落とし主は悲しむはずだ。大事に使っていたのだろうか。
「申し訳ありません、そちらのリボン……」
声をかけると、侍女達は驚きつつもリボンを押しつけてきた。おそらく、落とし主だと思われたのだろう。
なら、落とし主を探そう。
探し物をしている人は居ないだろうか。このリボンを持っていたら気付くだろうか。
うろうろとしているうちに、少し焦った様子の青年がこちらにやってくるのが見えた。
間違っていたら恥ずかしい。けれど、声をかけてみよう。
「あの、失礼ですが、もしや落とし物をされましたか?」
活動報告で、ちょっとした人物紹介などしたいと思っています。
お読みくださりありがとうございました!