第七十二話 『アンジェとの約束』
アンジェの頼み事は至って簡単なものであった。妖魔族の女王に大事な物を奪われた、それを取り返してほしい、と言う事らしい。
「あたしにとって?てか、あたしの家系にとって?大切なものなのよね。あれを取り返さないとあたしも好きに旅立てないってわけさ」
「そんな大事なものを、なんで奪われる事があるんだ?」
「ゆ、油断してたのよ!油断!!」
アンジェはわざとらしく腕をぶんぶんと振ってみせたが、アキラはその様子を冷静に分析していた。
『(大事な物を盗られたのは本当みたいだが…、ココルル、どう思う?)』
『(私には悪い子には見えないけどねえ…)』
アキラの頭の中でココルルが話した。変な所が抜けている狼であるが、ココルルは人を見る目だけはある。その狼の耳で嘘も見抜くことができるだろう。
『(とりあえず乗ってみてもいいんじゃないかな?何かあればデープとフラールだけ抱えて逃げればオッケーでしょ?)』
『(まぁそれもそうだな…)』
「ねえ、ちょっと聞いてるの!?」
アンジェの声に意識を引き戻された。目の前には尚も腕を振り回す妖魔族の少女の姿があった。
「わかった。手を貸そうじゃないか。どうしたらいい?」
「よっしゃ!じゃあまずは作戦と、妖魔城の間取りを説明するわね!」
その後、アンジェの作戦をすべて聞くには非常に長い時間を要したのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アンジェの話を聞き終わる頃にはすっかり日も落ちてしまっていた。
宿を探さないといけないなと思っていた所だったが、どうやらアンジェが寝床を貸してくれるらしい。先程まで話していた泉からほど近い木の上にアンジェの家がある。
それは妖魔族の国の中心地にある物と比べると、お世辞にも立派とは言えない小さな家であった。
「ちょっと狭いけど、それは勘弁してよね!あたしの手作りだからさ…」
「俺は大丈夫。デープとフラールも文句ないよな?」
「野宿よりは断然良いぐぷ」
「魔獣に遭わないならそれ以下などないのだ…」
二人とも異論はないとのことだった。寝床も決まったので、そろそろ食事をとマジックバッグを漁る。
「お、そう言えばデゴルアリゲイタの肉がいっぱい余ってたな。これを使って何か作るかな。アンジェ、台所借りるぞ?」
「ん?ああ、ほいほい、ご自由にどうぞ~……って、ちょっと待って!キッチン今ごちゃごちゃしてる!」
いやいやまさかと思いつつキッチンの区画を覗くと、あれやこれやと食器やキッチン用品がごちゃごちゃと汚れたまま積み重なっていた。
「あー、なるほどね。じゃあちゃちゃっと片付けるかな。ココルル、シンシン、ルフニール、手伝ってくれるか?」
アキラに名前を呼ばれると、アキラの契約精霊である三人がそれぞれの姿でキッチンへ顕現した。
「呼ばれて飛び出てココルルでっす!」
「じゃあ、私は食器洗うね?」
「吾輩は何をしようか」
そして瞬時にアキラの思考を読み取ってテキパキと掃除を始めてしまう。それを見たアンジェが、そしてデープとフラールまでもが口をポカンと開けていた。
「あ、あなたって、邪精霊…いや、精霊使いなのね?とても信頼し合ってる」
「アキラさんの精霊術は凄いぐぷからね」
「ただ都合よく使うだけではダメなのだと、この数日で余も思い知らされた所だ」
こんな様子で、その後も三人はアキラたちの動きをただ見ているだけしか出来なかったのだった。
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「さあ出来たぞ。ハンバーガーだ」
アキラの言葉にアンジェ、デープ、フラールだけでなく精霊三人も頭の上に?を浮かべていた。
「はんばあがあ?なんですかそれは!?」
「私も初めて見ます」
「吾輩の記憶にもこのような食べ物はないな」
「そりゃそうだよ。これは俺の故郷の食べ物なんだから」
デゴルアリゲイタの肉で作ったハンバーグとアンジェの家にあったパン、野菜。そしてメロディの祖母秘伝のソースとアキラの作ったマヨネーズの奇跡のコラボである。
「こうやってな…はぐっ…!かぶりついて食べるんだよ。お、結構ウマい」
アキラがハンバーガーにかぶりつくのを見て、まずココルルたち三人が真似して食べた。
「はぐっ、うおおおおお!!ココルル印一枚進呈!」
「わあ、おいひい…」
「吾輩の知識にまた美味い料理が一つ加えられたな」
三人の様子を見ていたデープが大口を開けてハンバーガーを食べた。
「こ、これは…!ぐぷぐぷぐぷーっ!!」
「こらデープ!ぐぷぐぷでは何が言いたいのか分からんぞ!余も食すぞ!!はむっ!はわぁ…美味ではないかぁ……」
平たい木の皿の上のハンバーガーをじっと見つめているだけであったアンジェも、おずおずといった様子でそれを持ち上げる。そして一口食べた。
「すごい…こんなに美味しい食べ物初めて!お兄さん一体何者!?」
「いや、只の旅人です」
こうして夕食の時間も過ぎていった。
その後は泉で体を洗い、それぞれの寝床についた。明かりを消した直後、デープが寝息を立て始めた頃に例に漏れずフラールがアキラへ話しかけてきた。
「なー、アキラー」
「小便漏らすくらいなら一人で寝ろよ」
「なんで分かった!?いや、もう漏らさぬ、漏らさぬから!!」
「漏らさないって約束できるなら好きにしな」
「おっほー!さすがアキラ!」
そしてアキラの寝袋の中へフラールがごそごそと入ってきた。なんかこうしてると兄妹みたいだなとふと思った。
「余は妹みたいで可愛いだろ?」
「エスパーかお前は。明日こそ妖魔城へ行くからな。しっかり寝とけよ」
「はあい」
気の抜けた返事をしたフラールは少しの間もぞもぞと寝返りをうっていたが、しばらくするとすぅすぅと寝息をたてて寝始めたのだった。
「お兄さん、ちょっといい?」
アンジェの声だった。声のする方を見ると、暗がりの中でアンジェが手招きをしているのが見えた。アキラはフラールを起こさないように寝袋から這い出ると、アンジェに連れられて家の外へ出ていった。
「ありがとね。お兄さんとゆっくりお話したくてさ」
アンジェの家がある木の下にローテーブルと椅子が二つ並んでいる。アキラが座るとアンジェは向かいに座って静かに話し始めた。
「お兄さん、いや、アキラはあたしのお願い聞いた時に何か疑問に思ったりしなかった?」
「疑問と言うか、全てにおいて違和感はあったかな。国の中心地ではなく、こんな外れに住んでいるのも何か理由があるのか?」
そう聞かれたアンジェは罰が悪そうな顔をしていた。なんとなく、その仕草や話し方にメロディを思い出してしまう。
「アキラには全部話すわね。実はあたし…」
椅子に座ったまま指をくるくると動かしながらアンジェは言葉を続けた。
「この国の元王族なの。権力争いの末、家族皆殺されてあたしだけ逃げた。その時にあたしのお母さんが大切にしていたペンダントを、奪われちゃったの。あれだけ取り返したらあたしはもう何の未練もない、静かにこの国を去る。まあこんな話、信じろって言うのは無理があると思うけど…」
人族と魔族、世界は違えど似たような問題もあるのだなと思うアキラ。
「とりあえず、それを取り返したい理由はわかった。そこで俺から提案がある」
「うん?何かな?」
「アンジェ、お前も明日、俺と一緒に城に行くんだ。自分で取り返しに行くんだ」
アンジェは驚いた顔をした後、唐突に椅子から立ち上がった。
「ばっかじゃないの!?あたしがのこのこ出ていったら殺されちゃうでしょ!」
「その辺は俺が何とかしよう、約束する。時に自分の目で全てを確認する事が後々良かったりするんだよ、だから一緒に行こう」
あくまで真面目な様子のアキラに強張った顔をしていたアンジェも冷静になったようだ。椅子に座りなおすと小指を立ててアキラへ突き出してきた。
「わかった、明日はあたしも城に行って自分の目でちゃんと確かめる事にするわ!それでアキラはあたしに全面協力する。はい、約束して!」
「魔族にも“ゆびきりげんまん”ってあるんだな」
「なにそれ?タムリラチョンチョンの事?」
謎の単語が出てきたが、気にせずアキラはアンジェの小指と自分の小指をゆびきりげんまんの形にした。
「これは約束よ。よろしくねアキラ!」
「おう。きっとうまくいくだろう!」
アキラとアンジェが固く交わした約束は、夜空の大きな光る星だけが見守っていたのだった。




