第七十一話 『妖魔族の国の少女アンジェ』
翌朝の事だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
随分と大きな悲鳴だった。
その声でアキラが飛び起きたのは言うまでもない。
何しろその悲鳴の発生源はアキラのすぐ隣であり、その声の主は他でもないフラールのものであったからだ。
「なんだなんだ。どうしたフラール…」
「は…はわわ…はわ…わわわ……」
アキラのすぐ横で寝袋から顔だけを出したフラールは誰が見てもわかる程に怯えていた。その理由は、アキラの張った魔獣除けの結界魔術の外に大型の魔獣が数匹居たからである。
「何怯えてんだよ。鬼族の王ともあろうお方が」
「お前が悪いんだぞ!余の力を全部吸い取ってしまったから!今の余はその辺で花を摘む幼女同然、何の力も持たぬ…。恐ろしいに決まっておろう!」
同じ寝袋でガタガタと震えるフラールの振動がアキラにまで伝わってくる。それほどに震えていた。
おかしいな、正しい事をしたはずなのに罪悪感が凄いぞぅ。
「あ、アキラ……、もうだめだ…もう…」
「ん?どうした?」
「もれ…も…」
「も?」
「…漏れる……」
「は?」
フラールの緊張が極限に達したらしい。それに伴ってフラールのダムも決壊せんとしていたのだった。
「バカか、同じ寝袋とかシャレにならねえ!俺は先に出させてもらうぜ」
「ダメだ、そもそも余がこんな状態になったのはお前のせいなのだぞ!余の創造せし黄色の海で溺れるが良い!!」ガシッ!
「やめろ、離せッ!くそっ、どこからそんな力が出てんだ!!」
アキラは必死に引き剥がそうとするがガッチリと腰回りをホールドしたフラールは全く離れる気配が無かった。そして。
「はぁぁぁああ……はわぁー………」じわぁぁ……
「うわっ!!ちょっ、染みてきてる!染みてきてるって!!」
フラールはアキラの寝袋の中で盛大に“おもらし”をしたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
妖魔族の国へ向かう三人。
先頭には地図を広げるデープ、その後ろにアキラ、そして一番後ろには頭に巨大なたんこぶを作ったフラールが、三人縦に並んで歩いていた。
「痛い…絶対に頭蓋が割れている…それか脳みそがひっくり返ってる……」
たんこぶを擦りながらフラールが言った。そんなフラールをちらっと横目だけで見てアキラが答えたのだった。
「お前が俺の寝袋でおもらしするからだろ」
「ハッハッハ!その通りじゃ!参ったか!!」
「お前のたんこぶを双子にしてやろうか?」
「ずびばぜんでした!!」
その場にズサァッ!と、フラールは見事な土下座を見せたのだった。
「そんなに痛かったのか。悪かったなフラール」
土下座するほど痛かったのかと少し反省したアキラは、フラールのたんこぶを優しく撫でた。
「痛かったのだ…もうこりごりなのだ…」
また泣きそうになったフラールを抱きかかえてその場に立たせる。フラールが立ち上がった時には既にたんこぶは跡形もなくなくなり、元通りに戻っていた。
「あれ?余のたんこぶは…?」
「治してやった。シンシンに感謝しな」
フラールの腫れ上がった患部を一瞬で治癒したシンシンはアキラの右肩で胸を張っていた。
「ありがとう、シンシン!」
『うきゅ!』
それに対して素直に感謝を述べたフラールはシンシンと握手をした。フラールは意外と物分かりの良い魔族であった。
「ぐぷっ、アキラさん、そろそろ妖魔族の国へ入りますぞ」
広げた地図を小さく畳みながらデープが言った。道の先には紫色の煙のようなモヤが立ち上る、薄暗い森が見えたのだった。
「あれが、妖魔族の国か?」
「そうでぐぷ。妖魔族はこの森一帯を領地としている。心して入るぐぷよ……」
デープが脅しのような一言を放った直後、何かの気配を察知する。
「止まりな、ここからは妖魔族の国だ。身分を確認させてもらうよ」
樹木と同化していたらしいその人は妖魔族のようである。見たところ植物系の魔族だろうか。
「デープ・ルクシオス。獣魔族でぐぷ」
「フラール・ニブルゲイン。鬼族の王だ」
「これはこれは。獣魔族の貴族様と魔王様じゃあないか。どうしてこの国へ?」
「そ、それには深い事情があるぐぷが…」
「ん…?」
デープの返事を聞くよりも前に、妖魔族の女はアキラに気付いたようだった。そして。
「お前人間か?しかも男か、それは良い!入っていいぞ、上には私が話を通しておこう」
以外にもすんなりと通過できた。これにはさすがのアキラもポカン顔である。
妖魔族の国の中心部へ進みながらアキラはデープへ先程の疑問をぶつけてみた。
「人間ってわかったのにえらくすんなり通してもらえたぞ。どういうことだ?」
「ぐぷっ…、人族の男はこの国では重宝されるぐぷ…。なにしろこの国には…」
デープが一拍間を取って言った。
「いや…入ってからのお楽しみぐぷね…」
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
妖魔族の国は、巨木を中心に森の中に作られた国である。住居は木々をくり抜いたり、建材で作って木に取り付けたりしてある、自然との共生がいい意味でうまくいっている国であった。だがアキラはそんな事を気にしている場合ではなかった。
「あら…久しぶりの殿方ですわね」
「男っ!?男がいるのか!?」
「キャー!男が!男が居ますわ!!」
「良ければお茶しないん?」
「なんだよこれ……」
デープが語らなかった“この国が抱えている問題”をやっと理解した。驚くことなかれ、なんとここ妖魔族の国には男がいないのだと言う。その為アキラがいるだけですごい人だかりであった。
「さすがにこの状況はやってられん!離脱するぞ!」
「ぐぷぇっ!?」
「わっ、わーっ!」
堪えきれなかったアキラはデープとフラールを両脇に抱えると、ルフニールの翼で空へと飛び上がった。
「上に逃げたよ!」
「追うわ!」
それに応じて羽を持つ妖魔族、妖精のような魔族たちがアキラを追ってきた。
「冗談じゃねえ!認識阻害!!」
アキラは即座にルフニールの能力、認識阻害の魔術を展開して姿を消す。
アキラたちが急に消えたものだから皆困惑している様子であった。それを好機と捉え、どんどん遠くへと離れていくアキラ。その直後だった。
「ねぇねぇ、お兄さん。どこへ行くつもりなの?」
「えっ!?うわぁ!!」
とある一人の妖魔族の少女がアキラに話しかけてきたのだった。
びっくりして空中で飛び上がったアキラに少女は更に話しかける。
「落ち着いて!あたしは何も追いかけてきたわけじゃないから。このままあの泉の所まで降りて。あそこなら見つからないから」
アキラは少女に言われるがまま町の外れの泉に降下していく。アキラに抱えられていたデープとフラールは空へ陸へと急な移動をした為か、二人共目を回しているようであった
「よっと…。デープ、フラール、大丈夫か?」
「ぐ、ぐぷぷ~…」
「世界が…余を置いて回っておる…」
二人共頭をふらふらと揺らしているが大事ではなさそうだった。アキラは改めて羽をぱたつかせて着地した妖魔族の少女に向き合った。
「で、君は何者だ?認識阻害の魔術がわかってたみたいだけど」
「あたし?あたしはアンジェ、見ての通り妖精の魔族さ。さっきの認識阻害魔術って言うんだね、なんとなく感覚でわかったけど」
「感覚でわかるものなのか…?」
「そんな事よりもさ!」
自らをアンジェと名乗った妖魔族の少女は若く見えた。出会った頃のフェニクレインと同じくらいの年齢だろうか。アンジェは続けて言うのだった。
「あなたたち、妖魔の女王に会いに行くんでしょ?ついでと言ってはなんだけど、頼み事があるのよね!達成した暁にはあたしから最大限のお礼をさせていただくわ!」
アンジェが身振り手振りでそんな提案をしてきた。出会ったばかりでそんな事を言われると疑ってしまうものだが、アキラは何事もまず信じてみる事から始まると考えている。
「話を聞こうじゃないか」
「そう来なくては!」
アキラはその場にあぐらをかいて聞く体制に入った。そんなアキラの様子に気を良くしたアンジェはニコニコ顔でアキラの前へ座ったのだった。




