第六十七話 『戦いは終わり、英雄は去る』
加筆修正分です。
今後も修正が入る予定です。
よろしくお願いいたします。
階段を登りきると広間に出た。黒を基調とした禍々しい装飾、ゼーカルマール帝国の国旗を模した垂れ布。それらに囲まれた広間の向こうには、同じく禍々しい装飾が施された玉座があった。
「ようこそ、我が城の頂上へ」
玉座に座った者がアキラへ向けて言葉を放つ。アキラは玉座の方へ歩いて行きながらそれに返事をした。
「歓迎どうも。お前がゼーカルマールの皇帝か?」
鋭い視線を向けるアキラの様子に、皇帝は嬉しそうな顔をする。
「如何にも、余がゼーカルマール帝国皇帝。フラール・ニブルゲインぞ」
暗がりでやっと目が慣れた頃に皇帝の姿を全て確認することができた。その顔は人族のものより紫色に近い色であり、なによりアキラが驚いたのは。
「皇帝が女ってのは聞いてないな」
「女だからと言って見くびるなよ。一瞬でも気を抜けば殺すぞ?」
そう言ってフラールが玉座から立ち上がると、傍らに深い青と黒色の体毛を持つ狼のような生き物が現れた。
「見ての通り、余は“邪精霊使い”でな。お前と相性がいいだろう」
「良いかどうかはわからんが……」
するとアキラが言葉を言い終えるよりも前に、フラールの横に居た狼がアキラへと向かってきた。即座に対応しようと構えるがそれよりも先にココルルが狼の姿で顕現、相手の狼の横っ腹に頭突きを食らわせた。
『んじゃコラァ!お前の相手は私じゃい!』
「ありがとうココルル!」
『どういたしまして。シンシンとルフニールも行ける?』
『がぅ』
『うきゅ!』
その様子を見ていたフラールは嬉しそうに手を叩いて笑った。
「良い。実に良い。さながら精霊と主人の絆といった感じか?余にとっては邪精霊など道具でしかないがな」
「ほお?」
アキラはフラールの言葉に反応すると拳を強く握った。
「なるほどやってることと言い考えと言い、叩き直さねえといけないみたいだな」
「やってみよ。お前が万が一にでも余に勝つことがあれば、考えを改めてやろう」
「その約束、忘れるなよ。マトイ!」
アキラが纏によってココルルの力を身に纏う。対してフラールも。
「良い力だ。だが余も同じ力を持っている。マトイ!」
フラールはアキラと同じように狼の力をその身に纏うと高速で移動をしながら格闘攻撃を繰り出してきた。アキラはその攻撃を全て受けきると一心五歩で後ろへ飛びのいた。
「マトイ!」
「逃げても無駄だぞ。マトイ!」
アキラがルフニールを纏うと同時に、フラールも同じく竜の姿へ変化した。
「ぐ…ォラァ!」
アキラが手の平から黒い火炎球を撃ち出す。
「なんのっ!」
フラールも同じく手の平から白い火炎球を撃ち出した。それらは二人の間で衝突すると、何事も無かったかのように消えてしまった。
「何だと!?」
「神竜の破壊の炎は、邪竜の創造の炎で消せば良い」
次にアキラがシンシンの力を纏った直後であった。
「遅い」
黒い鎧のようなマトイを発動したフラールが、剣でアキラの脇腹を貫いた。
「ぐあっ…」
『治癒します!』
シンシンの声が頭の中で響くと、損傷した箇所がゆっくりと回復をする。
『力の差はほぼゼロ、拮抗している。アキラ、重纏を使え』
頭の中でルフニールの声がした。しかしながら重纏は精霊術の極地であり、アキラはまだ一度も発動できていなかったのだ。この間にもフラールの攻撃は止むこと無く、アキラへと撃ち込まれていた。
『アキラ早く、次が来るよ!』
ココルルが急かしてきた。
『アキラなら、大丈夫だから…』
シンシンの言葉を聞き終えた時には既に、アキラは重纏の態勢に入っていた。その様子に気付いたフラールであったが、何をしようとしているのかは分かっていなかった。
「重纏…!」
「何だ!?」
姿こそ変わっていないが急激に精霊たちの力が膨れ上がったアキラを見て、フラールが動き出す。だがフラールの動きよりも早く重纏の発動を成功させたアキラが動き出した。
「魔眼ベラニエール」
フラールには聞こえない程の声でアキラが呟く。目を閉じて、次に開いた時にはアキラの空色の瞳が赤く変色していた。そしてアキラが動くのに合わせて赤く光る瞳だけが薄暗い広間の中で軌道を描いていた。
ベラニエールの瞳。イルシオン大森林の霧の試練でアキラが得た特殊能力であり、その本質は自分以外の全ての時の流れを遅くする能力である。
ゆっくりと進む世界の中でアキラがフラールを捉えた。重纏で極限まで高められた精霊術で浄化の光を作り出し、フラールの額へ押し当てた。フラールからしてみれば一瞬のことだろうがアキラの感覚では約五分間、浄化の光を当て続けたのだった。
やがて魔眼ベラニエールの効果が切れると、二人は広間に立ち尽くしていた。
「気分はどうだフラール」
「お前、どうやって力を…いや、余に何をした…?」
「何って、ちょっと頭の中を綺麗にしてやっただけだ」
フラールは飄々としたアキラの返答に目を見開くとその場に倒れ込んで、そのままピクリとも動かなくなった。
そして玉座の後ろの壁がゴゴゴゴと音を立てて扉のように開き始める。
「おいフラール!あれはなんだよ」
「余の力で抑えていた、魔族の世界へ繋がるゲートだ…。余の力が奪われた事で抑えるものがなくなったわけだ…」
「どうせ放っておくと魔族がわんさかやってくるんだろ?」
「察しが良いな…」
冗談交じりに聞いたアキラだったが、フラールの返答には頭を抱えた。戦いには(恐らく)勝利したのだが、別の問題が発生してしまったのだから。
「余はお前に負けた、だから教えてやろう。お前程の精霊使いであれば、ゲートを閉じることは可能だ…。ただし、こちらの世界の者は向こう側からじゃないと閉じられん。つまりお前は魔族の世界で生きていかねばならなくなる…」
「なんだって……」
アキラはしばらく固まったまま動けないでいたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何が起こったのかは当人たちにしかわからない。皆が塔の最上階へ着いた頃には、アキラと皇帝の戦いは終わっていた。そこに居たのは傷だらけで立ち尽くすアキラと、倒れている皇帝だけであった。
皆がとある一点に視線を移した。皇帝の玉座の後方、そこには赤黒い装飾の施された大きな門が禍々しいマナを放出しながらぽっかりと口を開けていた。
「アキラ、なんだよあれは」
「魔族の世界に繋がる門だ…。そこに倒れている皇帝の力が失われる事で、あの門を閉じる抑止力はなくなるんだってよ。閉じるには向こう側からじゃないとダメらしい」
キールの問いに答えるとアキラは扉の向こう側へとゆっくりと歩いて行った。突然の事に皆の頭の中の処理が追いついていなかった。そんな中メロディだけが声を張り上げた。
「もういい!もう、アキラは頑張ったよ…!扉は放っておけないけど、その役目は…別にアキラじゃなくてもいいじゃない!」
その声にアキラはなんとも言えない複雑な顔をしていたが、すぐにいつもの笑った顔になった。
「どうやらココルルたちの力を借りれる俺じゃないとどうにかできないらしいし、すぐに戻ってくるからさ。心配せずどーんと待っててよ。な?メロディ!」
アキラが両腕に力を入れると扉がゆっくりと閉まっていった。それを追おうと前に出るが、扉から吹き出る強い風に阻まれてしまう。それとは反対に魔族であるデープは扉に吸い込まれているようであった。
「な、何が起きてんだ!?」
「答えろ豚ァ!!」ドガッ
「ぐ、ぐぷーっ!!」
驚くキール、デープを蹴り上げるキク。強く腹を蹴られたデープは涙目になりながら説明をした。
「ぐぷ!全てのものが元の状態に戻ろうとしているんだぐぷーっ。我は魔族の世界に、お前たちはこちらの世界に、それぞれ元の世界に戻るって事だぐぷ!」
「なら豚ァ!お前とはおさらばだな!!」
キクがデープに繋がっていた縄を手放した。するとデープは「ぐっぷーっ!」と言いながら扉に吸い込まれてしまう。そして倒れていた皇帝の体もデープと同じく扉の向こうへと消え去っていった。
「師匠、いや、アキラ!こちらに戻ってこられる算段はあるんですか!?」
ヴィヴィアンヌを突き立て、扉からの暴風に耐えているロイスが聞いた。
「ない!だから最後ってわけじゃないが、お願いがある!皆聞いてくれ!」
風に煽られてフェニクレインが飛んで行きそうになるのをキールが掴む。キクはロイスにしがみつき、モミジはメロディを抱きかかえてその場で踏ん張っていた。
「この先何があるか分からんが、生きてりゃいつかは会える!俺が帰るまで留守を頼む!それと、メロディ!」
アキラの言葉にメロディが顔を向けると、もう殆ど扉は閉まりかけていた。
「約束、延ばし延ばしでごめんな。申し訳ないけど気長に待っててくれ…」
そして魔族の世界と繋がる門は固く閉じられてしまった。そして門は閉じた瞬間に一度だけ赤く光ると、ただの白い一枚岩になってしまった。
このたった数分間が、メロディたちが見たアキラの最後であった。




