第六十六話 『魔術師メロディ・リンデットの本気』
仕事の都合上更新が遅れました。
まだまだ続きます。引き続きお楽しみ下さい。
キールが女神空間に居る頃、アキラを突き飛ばしたメロディは着ている服を整えていた。茶色い魔術師ローブの袖をまくり、裾の紐を縛って足にくくりつける。その様子を見ていた人物から恨みの込められた一言が投げられた。
「随分とマイペースね。あんた状況わかってんの?」
「全力で戦えるように支度しているだけよ。少しくらい待ちなさい」
深い緑色の帝国の軍服を着た女は風を腕にまとわせて話した。それに対してメロディはあくまで冷静に返答をしたのだった。
「ウチの暴風を涼しい顔で流すなんて只者じゃないわね」
「体が風と同化してるあなたも只者ではないのだけれど」
メロディは石床に突き立てていた長杖を手に取ると、先をくるりと一回転させた。それと共に風の上級魔術、ガル・ヴィントを放つための詠唱を始めた。
「暴風、強風、旋風、疾風。幾多数多の風の力よ、風の精霊よ。風の女神ヴィントの名の下に全ての風の力よ我が糧となれ。ガル・ヴィント!!!」
メロディの集めたマナが周りの空気をうねり捻らせ風の刃を伴った竜巻を作り出した。それは勢いを付けると帝国軍人の女へ向かって行ったのだった。だが、それは女に当たること無く、途中で止められてしまった。
「馬鹿ね、ウチは風を操る風人間よ。風の魔術が効くわけないじゃない!ほらぁ!!」
女がメロディの放った風魔術をそのままメロディへ返してきた。
「くッ!防護障壁ッ!」
返されたガル・ヴィントをすんでのところで防御するメロディ。そして間髪入れずに無詠唱のヴィント、シア・ヴィントを連続で撃ち込む。女はそれら全てを手で弾いて飛び上がった。
「あんたが風魔術以外は殆ど使えない出来損ない魔術師って事は、既に情報として知っているんだよ。そしてつまらない異世界人に惚れてるって事もね」
そう言って女は、メロディの魔術の何倍も強い風魔術を発動した。女の撃ち出した、塵芥すらも切り裂く風の刃がメロディをすっぽりと覆ってしまった。
「四元素幹部、嵐のヒューゴの力を思い知るが良い!!」
ヒューゴと名乗った女が、風魔術に包まれたメロディに追い打ちをかけた。球体に形成された風の渦に更に畳み掛けるように風魔術を撃ち込んだのだ。そしてやがて、ヒューゴ以外に命ある者の気配はなくなってしまった。
「くふふっ…あはははっ!さすがにこの量を撃ち込まれたら並の魔術師では……」
「……じゃ、ない…」
ヒューゴは生命の気配のなくなった場所に響く、聞こえるはずのない声を聞いていた。深い地の底から響くその者の声に宙に浮かぶヒューゴは辺りを見回した。すると、先程風魔術を手当たり次第に撃ち込んだ場所で風と混ざって別の魔術が発動していた。
「アキラはつまらない人じゃ、ないッ!!」
直後、メロディを中心に風と土、そして水の複合魔術が炸裂したのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メロディ・リンデットは夢見がちな少女であった。昔祖母に読んでもらった童話に登場する王子様はきっと存在すると思っていたし、きっと自分を迎えに来るものだと信じてやまなかった。
とある日、幼いメロディは祖母と外出をした際に時空の歪に入ってしまい、別次元に存在する異世界へと迷い込んでしまう。不安になったメロディは山へ逃げ込み、木の上にある小屋に身を潜めた。
「うえっ…おばあちゃあん……ひっく…」
不安になったメロディは思わず泣き出してしまった。その時だった。
「ここって秘密基地の場所じゃん」
誰かの声がした。その声の主はそのままメロディの方へ近付いてきた。ぎしぎしと梯子を登る音が聞こえた後、小屋の扉がゆっくりと開けられた。
逆光で相手の顔が見えなかったが、だんだんと目が慣れてくると相手が自分と同じくらいの男の子であると理解した。
「どした?どっか痛いの?」
男の子の優しい問いかけに涙を拭って答える。顔をよく見ると、銀髪が混ざった綺麗な黒髪に、空色の瞳の男の子であった。
「ううん、帰り道がわからないの……」
男の子の目をしっかりと見据えると、男の子は顔を赤くして変なポーズをしながら答えた。
「よ、よーし、わかった!おれが帰り道を一緒に探してやる!それがヒーローのしめいだからな、約束だ!」
彼の笑顔に思わず自分も微笑んでしまう。
「ヒーロー…?やくそく…?ほんとに…?」
もう一度手の甲で涙を拭ってメロディが男の子を見た。すると男の子は手を差し出しながらニッコリ笑った。
「もちろん!まかせとけってぇ!」
幼い彼女には彼が王子様のように見えた。これが少女メロディの初恋であった。
再会は突然であった。プリフィロの町の結界の管理に訪れたメロディは突然の事態に遭遇していた。何事もなく終わるはずだった行事の途中、広間の天井から一人の少年が降ってきたのだった。
「おわああああああ!!」
その様子から襲撃者などではなく、単に落ちてしまった人なのだと推測する。そこからの行動は早かった。懐の杖を取り出し、風の下級魔術ヴィントを放った。それによって彼は怪我もなくゆっくりと降りて来られたのだった。
彼の顔を見たのはたった一瞬であった。銀髪の混ざった黒髪に空色の瞳。目付きの悪い彼はメロディの方へ向くと、何かを言いかける。
「助かった、ありが…」
「この無礼者がぁぁああああ!!!引っ捕らえい!!!」
間違いなく、彼だった。あの日、迷子になったあたしの帰り道を一緒に探してくれた。祖母の元まで送ってくれた。あたしの王子様、あたしの、ヒーロー…。
「待って、待ってくれ。俺にも何が何だか」
「ええい、問答無用ォ!!この者を牢へ連れて行けェ!!」
だが件の少年はムラオサのとっさの判断、と言うより勘違いで衛兵に取り押さえられてしまった。
「ちょっ、待っ、いやぁぁあああああ!!」
そしてそのまま地下牢へ連行されてしまった。確信は持てないが、今の少年はきっと彼だろうし、もし彼ならば確かめなければならない事がある。地下牢まで会いに行く必要があるだろう。
「ふふっ…」
久しぶりに嬉しいという気持ちを感じた。自分自身、胸が高鳴っているのがわかった。
とてつもなく心が沈んでしまった。それは彼が自分の事を覚えていなかった事に対してではなく、彼が異世界人で尚且つ自分の召喚術のせいでこちらの世界へ召喚してしまった事が判明したからであった。
それなのに当の彼は「あまり気負うな」と言ったのだった。それどころか、悩んだ時には幾度となく的確なアドバイスをくれるのだ。
そんな彼と出会ってからは彼の為に何かをしたい、彼の為に生きたいと思えるようになった。ずっと一緒に居たいと思った。
アキラと一緒に、ずっと生きていきたいと思えた。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アキラはつまらない人じゃ、ないッ!!」
その言葉と共にメロディから放たれた土が勢い良くヒューゴに突き刺さった。土魔術で出した土を杭に形成し、それを風と水の魔術で撃ち出したのだ。だが相手は体が風と同化している風人間。その攻撃は殆ど意味を成していなかった。
そんなことよりも風人間ヒューゴは、メロディが風以外の魔術を使いこなしている事に驚いていたのだった。
「なんで!?あんた風魔術しか使えないんじゃなかったの?」
「どこ情報かは知らないけれど、誰が風魔術しか使えないって言ったのかしら?」
明らかに怒りを灯した瞳を向けるメロディに、ヒューゴは風魔術を連続して放った。それらは普通の人間では避けきれない物量であったが、ヒューゴは緩めること無く魔術を撃ち続けた。
「ホラホラホラ!死んじゃいなさいよぉ!!」
ヒューゴが放っている石をも穿つ風の魔術が次々と着弾している場所からゆらりと人影が動いた。そしてそのまま、長杖を構えてマナを集め始めた。
「はァ!?ウチの攻撃が当たってないとか訳わかんないし!」
「闇属性の魔術は空間をずらす事ができるって知らないのかな?」
メロディは風魔術の準備と同時に火魔術を合わせ始めた。それに気付いたヒューゴが慌てて逃げ出そうとしたのだった。メロディがやろうとしているのは炎を伴った竜巻の攻撃。風と同化した風人間であるヒューゴを周りの空気ごと燃やし尽くそうとしていたのだった。
「ハッ、当たらなければ意味ないし。あんたが魔術を放つよりもウチが逃げるほうが断然早いもんね」
「後学のためにもう一つだけ教えてあげる。光魔術は様々なモノの時間を早めたり遅くしたりできるのよ。こんな風にね」
メロディは炎が渦巻く風の塊をヒューゴに向けて投げた。ゆっくり投げられたそれは光魔術の影響を受けてとんでもない速度で飛んでいった。
「あぎゃっ……あづづづっ、あづいぃぃいいい!!!」
「アキラをつまらないと言った罪、あたしは許さないから」
メロディが長杖をくるりと回してヒューゴを包む炎に土属性の魔術を撃ち込んだ。それが炎の中心にたどり着いた所で土魔術を拡散、そして塵となった土に炎が引火して空中で大爆発を起こした。所謂、粉塵爆発の原理である。
ヒューゴを倒したこの時、世界で初めて六属性の魔術を同時に扱える魔術師が誕生した瞬間であった。
「ふぅ…終わった…」
「おーい、メロディ-!」
長杖を仕舞って息を整えていると、キール、モミジ、ロイス、キクと何故か縛られたデープも一緒にこの場へとやってきた。
「みんな、無事で良かった!フェル爺は?」
「わしが行ったらここは任せてアキラのところに行けと言っておったぞ」
モミジが答えるとメロディは目の前の塔へ視線を移した。
「上にアキラが行ったの。多分戦ってるんだと思う」
「そうか。じゃあ行くしかねえな!!」
キールが駆け出すとそれに続いてロイスとキク、そしてキクに連れられたデープが駆け出した。
「ぐっ、ぐぷっ…ちょっと待て、我は関係ないだろっ、ぐぷっ!!」
デープが何か言いながら引きずられて行った。後に残ったモミジがメロディの肩を抱いた。
「無事で良かった。さあアキラの所へ行かんとのぅ!」
「うん、行きましょ」
こうしてメロディとモミジも、塔の最上階を目指して走ったのだった。




