第四十五話 『一悶着』
アキラがラケッソ村へ行った直後にキールが皆にとある提案をした。
「そうだ、皆で遠乗りに行かないか?」
メロディとモミジは二人共顔も向けず、揃って手をひらひらとさせてきた。アキラの帰りを待つから行かないということだろう。だがロイスとキクは意外にその提案に食いついてきたのだった。
「遠乗りか。いいですね、行きましょうか」
「えっ、えっ?遠乗りってなんですか?あ、でも行きます」
「まー馬に乗って適当に走るってだけなんだがな」
それを聞いたキクが目を輝かせる。キクはシッフルへ入る以前から“骨馬”で移動していたので、遠乗り自体にそこまで新鮮味はないのではないかと思っていたのだが。
「私たちとキールさんは…べ、別行動ですか!?」
「おう、俺もフェニーと、あとマイーシャも連れて行かないとだからな。別だな」
察しのいい男、キールにはキクの瞳の輝きの意味が分かっていた。
「まあ邪魔はしねえから。二人でゆっくりして来いよ」
「キ、キール…もう少し私に気を使ってもいいんですよ…」
ロイスが二人きりにしてくれるなと訴えてくるが、キールはそれに関しては聞く耳を持たない。
「乙女の心は無下にすると後が怖いからな。許せロイス」
「ぐはっ…、キク!脇腹を殴るのはぐはっ!!」
結局、キールとフェニクレイン、ロイスとキクに分かれて遠乗りに出る事になったのだった。
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「はわー!大きなお馬さんですぅ」
「そうだろう、シッフルの馬は速くて体力があるからな。どこまでもいけるぞ」
キールが茶色に白い斑点の入った馬を撫でながら言う。フェニクレインはシッフルの馬の大きな体に見惚れている。一方ロイスとキクはとっくのとうに遠乗りに出てしまったのだが、キールたちの方はフェニクレインがこの様子なので未だ厩から動いておらず、という状況であった。
「はっ!?キール!そろそろ出発するです?」
「見ていたかったら好きなだけ見てていいぞ」
フェニクレインは少し考えるが、すぐにニコーッ!と笑って答えた。
「いーや!キールとお馬さん乗っていくです!」
「よし、じゃあ行くか!」
キールがまずフェニクレインを抱えて馬に乗せる。そしてキール自身はフェニクレインの後ろに座る形になった。そしてもう一人、今回はキールの背中にくっつく形で一緒に乗っている人物が居た。
「キール様!お誘いくださらないなんて、マイーシャ悲しいです」
「ちゃんと声かけたじゃないか。こうやって乗ってるわけだし」
「それとこれとは別なんです!」
「あうう…喧嘩はやーめーるーでーす!」
ムキーッと声を上げて背中をぽかぽか叩いてくるマイーシャ、そしてそれを止めようとするフェニクレイン。二人共あまり暴れないでくれと心の中で呟いて、馬を走らせた。
様々な種の獣人族から成るシッフル国は、組み立て式のテントを住居にしており、一年の間は場所を転々としながら過ごしている。キールも長年の移動生活には慣れており、今テント群があるこの場所もキールにとっては庭のようなそんな所であった。
「もう少し行くとな、いい景色が見れる場所があるんだ。未だマイーシャも連れて行った事がないな」
そう言いながら丘を駆け上がるキール一行。馬は疲れ知らずで厩からここまでずっと走り通しである。時折馬の首を軽く叩いて馬を労いながらも、件の場所へたどり着いたのであった。
「どうだ!良い眺めだろう!」
「はわぁー!いい景色ですぅー!」
馬から降りると、眼前に広がる広大な草原にフェニクレインが興奮して飛び回った。
「ま、まあ…キレイですわね…」
マイーシャも言葉を忘れる程度には驚いていた。目の前に広がるのはシッフル平野のほぼ全景であり、その向こうには王国北部の城塞都市ノルデンミストが見える。さらにこの日はその先にある王都ルフニエルまでが見渡せるという好条件であった。
「ガキの時はあそこに見えるデカい町に憧れたもんだ。ここ一年でやっと憧れの都市にも行けたわけだ」
「確かに、ここから見るとこの上なく素敵な町に見えるですぅ…」
子供の頃から殆ど変わらない、素晴らしい景色だ。かなり長い時間、景色を楽しんだり涼んだり走り回ってみたり、三人で過ごしたのだった。
そして、そろそろ昼時だなと言うことで、帰ろうとした時の事だった。
「おぉっと…、なんだこのマナの動きは…」
キールと同じく、フェニクレインも異質なマナの動きを感じ取っていた。
「キール、嫌なマナの流れがするです。マイーシャをすぐ帰すですよ」
「えっ、えっ?何がありますの?」
当のマイーシャは状況が掴めていない様子であった。キールはさっさと馬にマイーシャを乗せると、マイーシャに向かって言う。
「いいかマイーシャ。お前は俺たちより先に帰って、昼飯を食え。俺たちも必ず帰る、だから先に帰ってろ」
「え、ええ……。キール様、お気をつけて…」
さすがのマイーシャもキールの言葉に気圧される。短い言葉をキールに送ると馬を操って丘を降りていった。
「なんだよ、隠れてねえで出てこいよ」
キールが何もない野原へ向けて、そんなことを言う。すると草花があるだけだった大地が盛り上がり、地面から男が現れた。それはキールよりも大柄な男であり、身につけたコートのような服にはゼーカルマール帝国の紋章があった。
「なァるほどなァ。さすがにバレてたかァ」
「変なマナを漂わせてりゃ、そりゃあな」
キールにはマナの素養があまり無い。だがその大男の周りに漂うマナは、素養のないキールでもわかるほどに歪な混ざりモノを孕んだ物であった。
「ちッ…本当はここで地震か地割れでも起こして、シッフル全体を落としてやろうと思ったんだがなァ…気ィが変わった。お前で遊ぶわ」
男の言葉にキールが身構える。ゼーカルマール帝国は昔、三英雄によってシッフル平野で撃退されている。だがこの度のこの男の出現、やはり帝国は数十年経った今もシッフルの領地を諦めていない。
「どうしたァ?早く俺をどうにかしねェと、さっきの女が危ねェぞ?」
「貴様!マイーシャには手を出すな!!」
「クックック、それは俺の部下に言ってもらわねぇとなァ?」
キールが苦虫を噛み潰したような顔をする。それを見ていたフェニクレインが小さく「キール…」と呟く。
「大丈夫だフェニー。よし!それじゃあ、さっさと倒してみんなで飯を食わねぇとなあ!!」
キールが手甲を構えて大男に向かって拳を繰り出した。
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マイーシャ・オルクスは馬を操りつつも、背後に迫る無数の気配を感じ取っていた。そしてこのまま追手をシッフルまで引きつけるのは得策ではないと考えついたのだった。
「お願い、良い子だから、シグルド国王にこの事を伝えてください」
優しく首筋を撫でられた馬は一度だけ嘶くと、速度を上げて丘を下っていった。マイーシャはそれから飛び降りると追手の方へ向く。そして着ている服の手足の裾を強引に引きちぎった。
「私もシッフル戦士の女。家族を守る強さはありましてよ」
軽装を身に着けた六人の帝国兵、その一人ひとりがゆらりゆらりと気味の悪い動きをしていた。敵の一人がダガーのような物を持って襲いかかる。
「“獣変化”、ナァーゴ…!」
マイーシャが手足を地に付け一鳴きすると、彼女の手足は人の形ではなく獣のそれに変化した。そして武器を持ってやってくる敵兵をひらりと宙返りで躱すと一気に距離を詰めた。
「ハッ!おりゃッ!」
帝国兵のダガーを持った手を肘打ち、そして蹴りを懐に打ち込む。帝国兵が吹っ飛んで岩に突っ込んだ。気を失ったようだ。
すぐさま次の帝国兵が攻撃を仕掛けてきた。次の武器は長槍のようである。
繰り出される突き攻撃をすんでのところで躱し切るマイーシャ。そして僅かな隙を見逃さなかった彼女は槍の攻撃範囲の内側へ潜り込み、拳を突き出した。
「だぁりゃッ!!」
マイーシャの一撃で吹っ飛んだ帝国兵はごろごろと地面を転がっていき、そのまま動かなくなった。
「二人目…あと四人…」
残された敵は四人。だが獣人族特有の能力である“獣変化”は絶大な力を得る代償に身体への負担が大きいものである。既にマイーシャの体力は限界を迎えようとしていた。
相手も一対一では埒が明かないと悟ったのか、二人同時に襲い掛かってきた。
「ぐッ!!」
踏み込もうと足を動かそうとするも、上手く動かない。しまった、もう限界が…。攻撃が当たる。マイーシャは目をぎゅっと閉じた、その時だった。
「さすがはキールの許嫁じゃ。よう頑張った。あとは任せい」
そんな声が耳に入ったので、マイーシャが目をゆっくりと開ける。帝国兵の攻撃はマイーシャに届く事無く、彼女の手前で時間を止められたかのように停止していた。
「竜人族の秘術、“防護障壁・絶対防御”じゃ。わしの気が途切れん限り、お前らの攻撃が届くことはないわ」
竜人族の中でも秘術を極めた者だけが到達できる領域。その真髄が“防護障壁・絶対防御”である。これはマトイ状態のアキラの攻撃でさえも傷を負う事無く凌いだ防御術であり、剣術と秘術の達人であるモミジ・クレハのみが使える“最強の盾”であった。
「ぬぉりぁあ!!」
モミジが展開していた防護障壁を爆発させる。とてつもない轟音と共に二人の帝国兵が後方へ吹き飛んだ。障壁によって集められたマナのエネルギーをそのまま敵の方向へ吹き飛ばしたのだ。
「あんまりのぅ、無駄な戦いはしたくないんじゃけどのぉ。奇襲を仕掛けてくるのは気に入らんのぉや。ほいじゃけぇ」
残りの二人に向けて覇気のある言葉を放つ。そして翼竜種であるモミジがその翼を大きく広げ、ぼそりと唱えた。
「ちぃーとばかし、本気で行くけぇ覚悟せぇよ」
挑発的にモミジが指をクイッと動かした。それに対して二人の帝国兵はそれぞれ弓と弩弓を構えたのだった。
「モミジさん!飛び道具です!」
「大丈夫じゃ分かっとる。さて、どっちから来る?それとも両方か?」
モミジがケラケラと笑いながら言うと、帝国兵は二人同時に矢を打ち出した。
「たったらええのぉ。じゃが、たわんのじゃこれが」
竜人族独特の言い回しではあるが、マイーシャにはなんとなく言葉の意味が分かった。そして敵の攻撃は決してモミジには“届かない”のだ。
「秘術、“防護障壁・絶対反射”。お前らの攻撃は同じ力でお前らに返ってくるわけじゃ」
放たれた矢がモミジへ撃ち込まれる。だが矢はあり得ない動きで帝国兵へ跳ね返っていった。
「ぐぅ!」
「ぬぁがっ…」
跳ね返った矢は帝国兵の胸へ深々と突き刺さる。それほどの威力だったのだろう。攻撃を受けたはずのモミジはなんともないみたいである。
「さて、ここはこの六人だけみたいじゃのぉ。とりあえず終わりじゃな」
竜人族の剣士、モミジ・クレハ。攻撃においても防御においても右に出る者はいなかった。
「アキラとメロディが向かった。キールは大丈夫じゃ」
マイーシャにそう言い聞かせるとモミジは丘の上をじっと見つめたのだった。




