第四十四話 『竜人の台所』
アキラが“メロディちゃん人形”に耳を引っ張られながら向かったのは、宿屋兼酒場の《竜人の台所》である。ここは白昼夢のように過ごした元の世界の中で、唯一父親である霜月八雲がヒントをくれた場所でもある。父親は困ったら訪ねると良いと言っていたが、特に困っていたわけでもなく、ただ思いついたので来てみたのだ。
「見事にシノノメ様式だなぁ」
アキラが感嘆の言葉を漏らす。モミジに連れられてシノノメの国へ行ったことがあるが、建築物はこの酒場と同じシノノメ様式、所謂和風テイストな建物ばかりであった。
「なるほど。モミジと同じような竜人族がいるのかね」
「さっきから何をぶつぶつ言ってるのさ、入るぞ-!」
独り言を言っているとメロディちゃん人形が中へ入るように催促してくる。横開きの入り口を開けると中は、料亭のような旅館のようなそんな内装であった。
「おおーすげえ…いい感じだな」
シノノメ様式の内装に感心していると、奥から割烹着を着た竜人族の女性が出てきた。
「はいはい、いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「ああ、はい」
「お名前は?」
「アキラ……アキラ・シモツキです」
アキラがそう名乗った所で細目でニコニコしていた目が少し開かれる。
「あら……、ヤクモによく似ていると思ったけど、やっぱりそうなのね?」
「はい、ヤクモは俺の父です」
竜人の女性が赤茶色の瞳に涙を浮かべる。そして振り向いて酒場の奥の方へと声をかける。
「あんた!ヤクモの子供が!!私たちの孫が尋ねて来たわよ!!」
「ぬぁにぃ!?本当かぁ!!?」
随分と図太い声がしたなと思っていると奥から駆けてくる音がする。
「ふぅぅぉぉぉおおおお!孫よぉぉおお!!」ズドドドドドド!
シッフルの国王に会った時と同じような雄叫びを上げながら髭を生やした竜人族の男が走ってきたのだった。そして強く、熱く、アキラを抱きしめた。
「おおー!確かに!コレはヤクモにそっくりだァ!!」
ハッハッハッハ!!と男らしく笑いながらアキラを抱きしめる。そして今度は泣き始めた。
「うぐッ……孫がッ!!訪ねてくるとはッ……!!」
「あ、あんたッ!よかったわねぇ…!」
「お、落ち着いて下さい、二人共!」
その後しばらく玄関でおいおいと泣く二人をなだめるのには結構な時間を費やしたのだった。
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臨時休業、と書いた札を軒に下げた宿屋兼酒場《竜人の台所》。やはり宿屋や酒場と言うよりは旅館と言ったほうがしっくりくる気がする。ここの経営者である竜人族の二人の住居スペースの一室で、アキラと二人は向き合っていた。
小さなローテーブルではなく、ちゃぶ台を挟んで、座布団にそれぞれ座っていた。
「俺はヤシモ・シモツキ。そしてこっちが家内のイズモだ。して孫、いやアキラよ。この度は良くここまで来た。まあ茶を飲め」
隣の女性、イズモがペコっと頭を下げる。それに応じて軽く頭を下げるとアキラはお茶で唇を湿らせた。
「んで、アキラ。この度はどうしたのだ?あれか?孫がじいじの所へ遊びに来る感覚か?」
「いや、まあ間違ってないのが何とも言えないけど。父親が困ったらここに来いと言ってまして…別に困っているわけではないけど思い立ったので訪ねた次第であります」
「なるほど。まあ良い!俺は孫が来るのを楽しみにしておった!ゆっくりしていくといいぞ」
その後はここまで来た経緯や別の世界から召喚されて来たことなどを伝えた所、「バカ息子とロゼッタの子供なら仕方ない」と結論付けされてしまった。
「アキラ、今日は泊まっていくのか?」
「泊まっていくと良いわ」
ヤシモもイズモもそんな事を言ってくる。だがシッフルに残してきたメロディたちにすぐ戻ると言ってしまったのでそう言うわけにはいかない。
「あー、ごめん。シッフル国に友達を残して来たんだ。だから戻らないと」
「なるほど。ならば致し方ないな。次は友も連れて来ると良い!困った時はラケッソ村に何人でも連れてきて良いぞ。この店は地上五階、地下五階まであるからな!!」
ウワッハッハッハ!!と豪快に笑うヤシモ。そんなとんでもないキャパシティがあるのかと驚いていると、イズモが「私が掘りすぎちゃったのよ」と笑っていた。いろいろと規格外の老夫婦である。
確かに、何かがあった場合の避難場所には最適だろう。ラケッソ村は霧深いイルシオン大森林と高い山々に囲まれており、それ以外はミスミティオン連合国家側から入ってくる他ない。
「分かった。ありがとう。次来た時は父さんの事とか教えてよ」
「うーむ、了解だ。いつでも遊びに来い!」
「玄関はいつでも開けておくからね」
ひとしきり話した所でシッフルへと戻る事にした。もう既に昼を跨いだ頃だろうか。
「アキラ、これを持っていきなさい」
ゲートをシッフルに繋いでいざ帰ろうとした時、イズモに手渡されたのは小さな包だった。匂いからすると食物のようだ。
「弁当よ。お昼はそれを食べなさい」
「ありがとう、イズモばあちゃん!」
それを聞くとイズモはヤシモの横に並んで小さく手を振った。
「それじゃあ、またね」
手を振る二人を後にしてゲートへと入るアキラ。少し進んで光の円に入ると、その先は見慣れたシッフル国のテントの中だった。
「あ、おかえりー」
「おかえりじゃ!」
メロディとモミジの二人だけがそこにいた。
「あれ?他のやつは?」
「馬で遠乗りしに行ったよー。あたしたちはお留守番」
「と言いながらわしもメロディもアキラを待っておったんじゃがな」
それぞれ、メロディはマナを集めてマナ制御の鍛錬をしながら、モミジはテントの中で木製の剣を振りながら答えた。
それよりもアキラはメロディと話したいことがあったのだった。メロディを連れてテントの外へ出る。そして。
「メロディ、これを俺の荷物に入れたのメロディだよね?」
「いたたた!耳引っ張ったのは悪かったから!ごめんて!」
カバンの中からメロディちゃん人形を引っ張り出した。
「あーバレちゃったか、てへっ!」
「てへっ!」
「いや、二人で“てへっ”を合わせなくていいから。それよりも王族って本当なのか?」
するとメロディは罰が悪そうな顔をしてもじもじし始めた。
「あー…そうよね、そう思って忍ばせたんだからそれもわかっちゃうよね」
「全然忍んでなかったけどな」
アキラのツッコミには舌を出して答えるメロディ。そして話し始めた。
「王族って言っても、分家の分家のそのまた分家くらいだから遠いんだけどね。ごめんね隠してて」
「いや、言わなかったのはいいんだけど。それがバレて困ることがあるなら考えないとなあと思ってな」
メロディはアキラの言葉に意表を突かれたのか、少し驚いた顔のままでしばらく無言になった。そしてゆっくりと答えた。
「……そっか、そうだよね。アキラって本当お人好し。誰かに知られて困ることは何もないよ。ありがとうね」
「おう、ならいいんだけどな」
アキラは何がお人好しなのかイマイチわからなかった。だが別にメロディ自身が真に隠そうとしていることではないのと、第三者に知られて困ることはないと聞いて安心したので良かった。別に言いふらすつもりはないが、何かの拍子にぽろっと漏らさないとも言い切れないからだ。
「別に困らないけど、あたしがちょっと特殊な家系に生まれたからって理由で、アキラが離れちゃうんじゃないかって心配はあるかな?」
「そんなんじゃ離れないよ」
「ふふ、知ってる」
アキラが答えると、メロディが鼻先を指で突いてきた。メロディは嬉しくなるとよくアキラの体のどこかを突く。彼女はきっとアキラの体を突くのが好きなのだろう。
「あいたたた!お前は耳引っ張るなって!痛いだろ!」
「えー、どっちもあたしには変わりないのに、態度が違う!」
メロディちゃん人形がアキラの左肩でぷんすかぷんと怒る。それをメロディと二人でなだめながらテントの中へ戻っていった。もちろんモミジに「随分と長かったのぅ!プンスカプン!」と文句を言われたのは言うまでもない。




