第十話「決戦! 彼の者の名は」②
200機もの新手……敵航空戦力はかなり削ったはずだったのに、まだそんなに残っていたのか……。
おそらく敵の航空戦力の主力……いや、これすらも氷山の一角かも知れなかった。
「……こちら祥鳳……こちらでも敵編隊を確認……。編成はボクスター、スティンガー、それにやたら長い鼻の付いたフリスビーみたいなのがいる……なにあれ、新型? それと……見たこともないやたらデカいのがいる……100mくらいのドラゴン? そんな感じのが混ざってる……」
祥鳳さんからの報告に誰もが一瞬声を失う。
ここに来て、敵の新型……それに凄まじいほどの数の敵機。
何と言っても100m級の飛行種なんて聞いたこともない……。
「……作戦中の全艦に通達します……現時点を以って、全てのプランを破棄。速やかに現海域を離脱……撤退行動に移れとの提督命令が発令されました。ひとまず上空の戦闘機隊で迎え撃ちますが……敵機の数はこちらの約三倍……これはとても防ぎきれません。撤退プランはR1プランにて実施……一旦、中継ステーションまで引いて、防衛隊と共同して迎撃……現状、こうする他ありません……」
淡々と撤退命令を伝える祥鳳さんの声。
あともう一手なのに……彼女の無念も伝わってくるようだった。
けれど、状況としては最悪に近い。
200機もの敵機による集中攻撃……これまでは敵戦力の分断に成功していたからこそ、対応できていたのだけど。
三桁の大群による集中攻撃を仕掛けてくるとなると、対応は一気に難しくなる。
「ちくしょうっ! あと少しなのに……なんなんだ、あの物量は! ボクらUSNが言うのも何だけど……一体どれだけ敵がいるんだよっ!」
「……物量で押されると、元々寡兵のこちらはジリ貧……一時撤退もやむなしですわ」
「初霜ちゃん……さすがに、これはヤバイっす……ここは一旦後退して、守りに徹して増援を待つっす!」
この場の誰もが撤退はやむ無しと判断しているようだった……。
確かに、あの数相手では長くは持たない……それにあんな大きな空の敵なんて、私も戦った経験は無い。
たぶん、機銃なんて効果ないだろう……そもそも、航空機相手の戦術など通用するのだろうか?
……一旦引いて、対策の上で再挑戦すべきではないか……わたしもそんな風に思い始めていた……。
けど、あれだけの数の敵機に追われながらの撤退行……下手をすると潰走と成りかねない。
上手くいく保証もないし、何よりビッグクローラーが息を吹き返してしまうと、あの火山のような砲撃の前には固定施設なんて、長くは保たない。
どうしよう……考えが全くまとまらない。
「諸君……遅くなってすまない……私だ! 現状は把握している……だが、ここで撤退というのはいただけないな。あと、もう一手なのだろう? そもそもあのデカブツを沈めるのなぞ、もののついでにすぎないと私は認識しているのだが、間違っていただろうか?」
不意に回線に割り込んできた強い意志の籠った声。
その言葉に誰もが絶句する……。
「200機の敵機? 未知の敵……それがどうしたというのかね? 勝てそうにないから尻尾を巻いて逃げる? バカを言うな……逃げ場など何処にあると言うのだ? この程度の数の敵が何だというのだ……。我々は戦争をやっているのだぞ? ……戦場とはいつもこんなものだ」
そうだ……わたしの乗り越えてきた戦場は、常にそうだった。
負けて当然、生還も望めない戦場……わたしは、艦だった頃も……この姿になってからも、幾度となくそんな戦場を乗り越えてきた。
たぶん、ここでないどこかでの戦いの日々の記憶……忘れてはいけないはずなのに、忘れてしまった記憶……あれは、いつ……どこで?
「いいかね? 人は諦めたその瞬間にこそ、真の敗北を迎えるのだ……。例え国が滅びようと、周り全てが敵であろうと……最後まで戦い抜く意志を捨てぬ限り、そこに敗北などありえない。私は……ここに宣言しようじゃないか……この悪魔の爆弾でもって、あのデカブツを断固確実に粉砕してみせよう。なにやら、騒々しい団体さんが来ているようだが……ついでに巻き込んで吹き飛ばしてしまえばいい。そして、次は化け物どもの巣窟を焼き払う……今頃、あの勇敢なベトナム人少将に率いられた突撃艦隊が敵の真っ只中へ突入を開始している頃だろう……我々は彼らの信頼を裏切るわけにはいかない。永友少佐だったな……私の声が聞こえているかな? 君達がどうするのであれ、私と私の艦隊は作戦を続行する……以上だ」
大佐はそう言って、締めくくった。
……けど、わたしは確信していた。
この人はやると言ったらやる……そう言う人だ。
大言壮語とか誇大妄想ではない……やれると思っているから、やるのだ。
出来ないと背を向けてしまったら、万が一の勝機すらもゼロになる……ここは退いてはならない。
それを誰よりも解っているのだろう。
死中にこそ活があるのだ……この人はそれが解ってる……わたしと一緒だ。
「いやぁ……同志諸君、わりぃね……うちの大将、やるって言い出したら聞かないからさ。まぁ、我らが提督直々の命令だから、しゃあない……我々は反転、大佐の突入援護を開始する! てめぇら! 覚悟決めろよ!」
タシュケントさん達は、大佐に絶対の信頼をおいているようだった。
彼女達は戦うつもりのようだった。
ここで退くのは、彼女達を見捨てることになる……。
わたしは……わたしは、どうするべきだろうか?
一瞬の躊躇いのあと、提督との個人秘匿回線を繋げる。
「提督……聞こえてますか? わたしです……初霜です」
「……秘匿回線でわざわざ……なんだい? 初霜」
回線の向こうで、提督が大きくため息を吐くのがわかった。
「単刀直入に聞きます……提督は……怖いですか?」
「怖いね……私は……生来の臆病者でね……怖いかと言われれば、迷わずそうだと答えるよ。大佐は……凄い人だね……伝説の軍人と呼ばれるだけはある。けど、所詮私はただの一般人だ。こうしている今も歯の根が合わなくなりそうになる。何故、こんな所にいるのかも解らない。すまないな……最前線にいる君に話すべきことじゃなかった」
情けない臆病者……そう一喝するのは簡単だけど。
わたしはこの人の弱さも強さも解ってる。
いつも、震えながらもやせ我慢してる。
この人は……口では大丈夫と言いながら、怖くて怖くて仕方がないのだ……いつも。
けど正直に、その気持ちを正直に、伝えてくれたのは悪い気分じゃなかった。
「提督……わたしも怖いんですよ……戦闘になると、いつも逃げ出したくなるんですよ……本当は。けど、わたしは知ってます……恐れることを知らない……それが勇気ではないと。恐怖に怯えながら、恐れてなお立ち向かう……それが勇気です……違いますか?」
「……初霜……君は強いな。けど、私はそんなに強い人間ではないよ……。君もそれは知ってるはずだろう?」
「いえ、提督はすでにそれをわたしに見せてくれました。提督は、恐怖に打ち克つ強さと勇気を持つ人だと……わたしは断言します。最前線で戦うだけが勇気じゃありません……」
「よしてくれ……それはきっと買いかぶりだ……」
「解りました……では、一言……わたしにお命じください……全てを護れと……。そう言っていただけるのであれば、わたしは身命を賭して、そのご命令に従います。わたしに……恐怖に打ち克つ力を与えてください!」
……私の決意は伝わっただろうか?
無線機の向こう側で提督が息を呑むのが解った。
そして、しばしの沈黙。
「……こちら永友提督……作戦行動中の全艦艇に告げる。先の撤退命令は取り下げる……これより、全艦全力を以って、大佐の突入を援護せよ。後方の空母二隻も前進し、敵戦力の誘引を図る……前衛の駆逐艦群は防御陣形を組んで敵機襲来に備えろ。初霜……前衛艦隊の指揮は君に任せる……全てを護れ! そして、必ず戻ってくるんだ……これは命令だ」
……提督の全体通信による通達だった。
煽るような形になってしまい正直、申し訳ないかなとも思う。
無事に戻れたら、ちゃんと謝ろう……。
「こちら、初霜……ご命令……了解しました。お任せください……ご命令通り、全てを守り抜いてみせます」
「すまないが、頼んだ……それと……ありがとう、君に感謝を。大佐……我々も貴官の突入を援護します。ですが、敵機を完全に食い止めるのは難しいかと思います……勝算はおありなのですか?」
「はっはっは……誰にものを言っているのだ……だが、上出来だ! 指揮官たるものそうでなくてはな。君もなかなかいい部下を恵まれたようだな……永友少佐……君もまた勇者の一人であると私が認めよう。そうだな……敵巨大戦艦はもはや漂流するだけの的、その上護衛の防空艦もほぼ壊滅。下から撃たれないのであれば、敵機などいくら束になってこようが私にとっては物の数ではない。では、諸君参ろうか……Viel Gluck!」
ドイツの言葉で、幸多くあらんことを……何とも気の利いた言葉を残して大佐との通信が切れる。
こちらのやることは、敵の主攻が大佐のスツーカに向かわないように、この場に留まり、囮として敵機を迎撃する。
たった一機の急降下爆撃機と空母を含む艦隊……どちらを狙うかなんて、言うまでもない。
……どのみち、あのタイミングでは撤退しても敵機の追撃は避けられなかっただろう。
けど、敗走と勝利を託す為の囮となっての迎撃戦……どちらが良いかは言うまでもなかった。
「それでは……申し訳ありませんが。皆さん、ここは覚悟を決めて……がんばりましょう。」
「いやはや、撤退命令が出た時はどうしようかと思ったけど。まぁ、たぶんこれが正解だね……背中から追いたてられるのは、正直癪に障る。グレイソン……そっちは大丈夫かい?」
「エモンズが一番危なっかしいですわ。ところで、初霜さん、永友提督さんに何か口添えでもしませんでしたか? 逃げ腰になった司令官を奮い立たせた言葉……どんなのだったか気になりますわ」
「……それは、ナイショです」
……もう一度、同じ言葉を言える訳がない。
冷静に考えると、結構恥ずかしい事を言っていたかもしれない。
「うししっ……初霜ちゃん、後でなんて言って提督にハッパかけたか、教えるっすよ。もしかして、愛の告白とかしちゃったりしたんすか? 勝ったら、わたしを好きにしていいです……とかなんとか。いやぁ……大人しそうな顔して、結構大胆っすね! 初霜ちゃん!」
「し、してませんっ! 好きにしてって……わたし、そんなはしたない事、言いませんからっ!」
なんか、皆鋭い……。
愛の告白とか……あれは違いますよね?
な、なんだろ……なんか耳が熱いし、ほっぺも熱い。
なんで、こんなになってるんだろ……わたし。
ううっ……戦闘中なのに……疾風の馬鹿。
なんか、調子狂う……。
でも……戻ったら、少しくらいワガママ言っても良いかもしれないかな……何てことも思う。
でももし、提督さんに、好きにしてとか言ったら、どんな顔をするのだろう?
ちょっとした悪戯心が湧いてきて、それもちょっと面白いかなって思ったりもする。
いずれにせよ……わたしは、言葉通り……全てを護る。
けれども、その決意とともに、明日のことも考えている自分に気づく。
……負けるつもりなど殊更なかった。




