第十六話「混沌の契約者」④
「……蛍、意見具申求む。現時点でのシルバーサイズの意図を推測して欲しい」
「はい。向こうの狙いは、我々の包囲網の突破かと。もしも、こちらを殲滅する意図ならば、不発でまごついている隙に撃たれて、こちらは呆気なく沈められていたでしょう……。少なくとも敵の意図は艦艇の撃沈ではなく、可能な限り無力化した上での強行突破ではないかと推測されます」
「敵の戦略目標は、当初は斑鳩艦隊とハーダー達の同士討ちをさせることでの共倒れ狙い、それが失敗したから、一貫してこの戦域からの離脱を図っている……そう言う状況か。こちらに魚雷を直撃させながらも、とどめを刺さなかった理由も解る。損傷艦が離脱すれば、救援艦が駆けつけるだろうから、包囲している戦力は確実にダウンする。陸戦ではよくある話さ……わざと手足と言った致命傷にならないところを撃ち抜いて、敵兵を殺すのではなく、戦闘不能にさせるに留めるんだ」
「それは……いわゆる武士の情けと言うものですか? 我々は情けをかけられたと?」
「いやいや、全然違う。殺してしまったら、その兵隊は死体として捨て置かれるだけだけど、怪我人ともなると、そうは言ってられない。当然仲間は、その兵隊を救出する……けど、戦えない傷を負った怪我人を救出して、後送するとなるとその怪我人のみならず、最低でも二人は余計に戦線離脱を強いることが出来る……要するに一人の無力化で三人が退場する……実にお得だろう?」
「……お得って……嫌な話ですけど、確かに……。仮に五人無力化出来たら、最低でも十五人……十人となると軽く三十人……凡そ一個小隊がまるごと居なくなる。それでは全滅同然じゃないですか……」
「そう言う事さ……これは、情と言うよりも冷徹な計算に基づく非道の戦術だよ。実際、アタシらの戦線離脱で、上の天霧が後先考えずこっちに単独で急行してるだろ? おかげで上の方では、対潜警戒網に穴ができて、島風あたりが四苦八苦してると思う。もっとクールな奴だと、そう言う冷静さを失ったやつを片っ端から始末するんだ……これも戦場あるあるさ」
厳密にはスナイパーの戦術。
負傷した仲間を助けようと顔を出した奴らを片っ端から狙撃する。
たった一人のスナイパーが大隊規模の兵を足止めした。
そんな事例だって存在する。
「ひどい話ですね……けど、それが人間相手の戦場。ためになる話をありがとうございます。皆と情報共有したいと思います」
「君達なら、イザとなれば非情の選択肢を平然と選べるだろうからね。その辺りは心配はしてないよ……。天霧には、悪いけど……こりゃ後でお説教モノだよ」
「提督の危機にとるものもとりあえず、駆けつけるとか、よく出来た部下だと思いますけどね」
「いやぁ、そこは冷静に判断して欲しかったね。そもそも、アタシの天霧へのオーダーはグエン艦隊と共同して、対潜警戒網を形成し、ヤツを追い込む網の一角に徹しろ……だったのに。その役目をほっぽり出してなんて、何やってんだか。別にアタシも救援が必要な状況でもないし、救援要請も出してない……まぁ、ピンチだったのは確かだけどね」
「そこは……やっぱり、単純に心配だったんじゃないですかね。気持ちは解りますよ……。私も貴女を死なせずに済んで良かったと思ってます」
「うーん、君達にそう言う情緒的な感覚があるってのは、何とも不思議な話ではあるね。君達はAIの延長線上のはずなのに、たまに酷く非合理的な人間じみた判断を下すこともある……困った話だよ」
「私達は、人間が好きなんですよ。私達は一人では、とても戦えないです。だからこそ、遥提督のような方が必要。天霧さんもきっと同じなんでしょうね。正直、羨ましいです」
はにかんだように、頬を赤く染めて、そんな事を言う蛍。
あれー? これってフラグ立ったってヤツか? まさか……。
「な、なんと言うか……まるで、愛の告白でもされたような気分だよ。とにかく、一応君とは、死線を共に潜り抜けた仲ではある。いわば戦友ってヤツではあるけどね……」
「戦友……なんだか、悪くないですね! ふふふっ……」
最初は、無表情な鉄面皮だったのに、こんな風に笑うとか。
やっぱり、頭脳体ってのは面白いな。
蛍とのやり取り……ちょっとした気分転換が済み、眼下の戦場に意識を戻す。
シルバーサイズと伊10は、未だに正面から向き合いながら、距離を近づけていた。
相対距離はもはや10kmを切っている……この深度だと魚雷も狙い撃てるのはせいぜい1km以内になってしまうらしい。
何とももどかしくもあり、緊張を強いられているのだろうと言うことは容易に想像できる。
「まったく、こんなチキンレースに付き合うなんて、佐竹提督も思った以上に豪胆だな……あの人もうちょっと慎重派のように思ってたんだけど、意外にグエン提督同様、武闘派の面もあるんだな」
「我々もこう言う突破阻止戦の想定訓練は行っておりますからね。静丸も敵の意図を察しているからこそ、チキンレースに付き合っているはずですし、伊10が時間を稼いでいる間に、後続のヨーコ達が包囲陣を築きつつあります。幸いアルゴノート達、支援艦も後続しています。彼女達は新開発の深深度対応機雷を装備していますので、静丸が抜かれても、最悪突破を許すことだけは無いと思います」
さすが、専門家だけに色々考えているようだった。
目立った戦果や活躍はしてないながらも、独自路線で研究開発を進めて、セカンド側の潜行艦と比較しても遜色のないレベルの装備を開発し、深深度戦闘すらも想定していた。
さすが、銀河連合の切り札と言われている中央艦隊の一角だけの事はある。
まぁ、所詮はアタシは門外漢……。
早々とリタイアしてしまった以上、ここはもう大人しく観戦役に徹するしかない。
「……馬鹿な、何故浮上しない……敵艦深度、更に下降……深度600だと? 馬鹿な……圧潰するぞ? ヤツは何を考えている?」
無線越しに、静丸の驚愕したような声が響く。
すでに、双方の距離は5kmを切っていた。
シルバーサイズ……更に潜ったのか? 深度600なんて、限界の更に下……。
現在の推定圧力係数は深海3000m相当……1cm平方辺り300kgの圧がかかっている計算になる。
アタシの時代よりも冶金技術などは隔世レベルの進化をしている事もあってか、地球の海を戦場としていた潜水艦と比較したら、どちらももはや化物のような性能ではあるのだけど……。
それにしても、限度ってものがあるだろう……。
600mの潜行を可能とするとなると、尋常ではない……ロストナンバーズやはり、侮れない。
「冗談じゃねぇぞ……。どうなってやがる……ヤツはまだ潜れるってのか?」
「いえ、限界が近いのは確かです。シルバーサイズの船体各部に不規則な気泡が多数発生している模様……船殻圧潰の前兆です。ですが……こちらもそろそろ限界です。外殻装甲各所にたわみと収縮が発生……エーテル流体漏洩も許容量を超えています! これ以上の深深度潜行は危険……直ちに浮上を推奨します!」
「クソったれっ! 冗談じゃねぇぞ……こんな命知らずに付き合ってられるか! 上方転舵……奴に腹見せちまうが、やむをえん! 牽制で魚雷放った上で転舵だっ!」
「了解、魚雷発射……上昇転舵……! メインタンクブローッ!」
伊10が牽制魚雷を放った上で、転舵に転ずる……けれど、その前にシルバーサイズは魚雷を放っていたのをアタシは見逃さなかった!
「静丸! 警告……シルバーサイズが魚雷を発射した模様……周辺警戒っ!」
とっさに静丸へ警告……間に合うか?
「ば、馬鹿なっ! 進行方向に雷撃……4つっ! 減速……スターマイン射出!」
……シルバーサイズ! いちいち、上手いっ!
伊10が転舵浮上に転ずるタイミングを読んだ上で、偏差照準による置き魚雷を放っていたようだった。
転舵しつつ、スターマインによる迎撃……立て続けに魚雷が吹き飛ばされていくのが、可視化された戦術モニター上でも解る……けれど、タイミングとしては遅きに失したようだった。
魚雷の爆圧球が伊10を包み込むのがモニター越しでも解った。