第十六話「混沌の契約者」①
「……シルバーサイズ。こりゃ、もう無理だ……デコイ艦隊の攻撃も適当な所で切り上げて撤収だ」
戦術マップを見つめながら、私はそんな結論を出していた。
唐突に牙を剥いて来たハーダーとアルバコア。
こいつらどこに行ったのかと思ったら、いつのまにか斑鳩艦隊とデコイ艦隊の間に割り込んできていた。
おまけに、その猛反撃に飽和雷撃の壁は打ち砕かれ、デコイ群も次々とやられて消失していた。
斑鳩の奴らも最初は、ハーダーとアルバコアを敵とみなしていた様子だったのだけど。
途中で上空警戒機が割り込んできて、撃ち落とされた辺りから流れが変わってしまった。
もはや、奴らはこちらを共通の敵として、総攻撃を開始……さすがに、これでは持ちそうもない。
こう言うときは、潔く退く……それしか無かった。
「ええっ! カズハ様……私はまだまだやれます! 攻性デコイだって、まだノンアクティブ状態で10基くらい待機してますし! 本艦は単独でも十分に戦えます! このまま奴らの後背をつければ、勝機はあります!」
シルバーサイズの現在位置は、斑鳩艦隊の背後……下流側に位置する場所まで回り込んでいた。
一応、予定通りの行動では、あるのだけど……この辺りにいると思っていたハーダーとアルバコアが前進していたのは、誤算だった。
「いや、向こうの武器とこっちの武器の相性が悪すぎるね。三桁レベルの飽和雷撃なら余裕で押しつぶせると思ったけど、向こうの迎撃能力は相当なもんだし、おまけにあんな広域ボムみたいなのを使って来るような奴らが加勢に加わったんじゃねぇ……。さすがに軽い多弾頭弾なんて、いくらばら撒いてもまとめてドカンだ。参ったね……もう少し躊躇するかと思ったのに、迷わずこっちだけを敵と断定して撃ってくるなんて……まったく、随分思い切りの良い判断をしてくれたもんだ……これでは、今更こっちから撃ったって、何の意味もない」
噂の斑鳩艦隊の奴らは、正直思ったほどではなかった。
妙に躊躇いがあって、やる気のない攻撃ばかり。
指揮官が迷ったか、頭脳体が非好戦的なのか……まだ何か切り札を残しているか。
いずれにせよ、銀河連合軍が本気で連中を庇護するつもりになった以上、これ以上の攻勢は無意味だった。
連中は銀河連合に助力でも求めたいと言うのが透けて見えていたから、本気を出さなかったのも頷けなくもないが、他力本願のその心意気は気に食わない。
連中の迎撃能力も見れたから、次はきっちり対抗策を練って、確実に潰す。
異世界の奴らなんて、所詮は侵略者にしかなり得ないのだから、皆殺しにしてしまえばいいのだ。
今回の戦……私としては、一種の威力偵察だった。
二隻の銀河連合側の潜行艦がどう動くかが、この戦場の鍵だったのだけど。
奴らは、自分達が撃たれても乗ってこなかった。
挙げ句、私達の戦いに、割り込むような形で猛烈な攻撃を仕掛けてきていた。
その上、思った以上に対潜行艦戦に手慣れているような印象だった。
まったくもって、厄介な奴らだ……だが、そうでなくては面白くない。
「申し訳ありません。この私の力及ばず……でございます」
「初陣にしては上出来だよ。それにあの斑鳩艦隊の奴らや上空をウロウロしてる偵察機にも、この本体の居場所はバレてない。奴らに対して、潜行艦で挑んだのは間違ってなかったね。まぁ、本作戦の目的、威力偵察としては上出来の戦果と言えるだろう。ついでだ……残ってる攻性デコイを一斉突撃でもさせておいて、その隙に我々は銀河連合の支配領域へと突入する。どうせ、クリーヴァの領域と言っても、片っ端からエスクロンの艦隊に取られていってるからな。あんな所でグズグズしていたら、時間の問題だろうさ」
クリーヴァは一応、BDSと協力関係という話ではあったが……。
シュバルツの艦隊戦力が壊滅した上に、再建の見込みすら怪しい有様では、もともと大した戦力も有してなかったから、期待できそうもなかった。
おまけに、エスクロンとか言うやたら好戦的な企業国家が私設艦隊を使って、クリーヴァやシュバルツの占有していた中継ステーションを強襲し、連戦連勝の快進撃を続けているようだった。
地上戦や宇宙空間戦闘をまったく想定していない銀河連合軍と違って、連中はその手の戦闘に長けているようで、補給を断った上で無人兵器による容赦ない物量作戦を仕掛けるというやり方で、次々とシュバルツやクリーヴァの宇宙艦隊や地上軍を葬っていっているようだった。
対するシュバルツの航宙艦はステルス性能重視で、銀河連合の標準的な宇宙戦闘艦を一方的に撃破することで優勢を確保していたのだが……。
エスクロンは、いつのまにかそのステルス技術の対抗技術を開発していたようで、各地でシュバルツの宇宙艦隊も逆に駆逐されて、各個撃破されていっているようだった。
ステルスが見破られてしまっては、シュバルツの航宙艦なんて、単なる雑魚……おまけに、本国と分断されて孤立しているような有様では、もはやシュバルツの侵攻軍は、全滅は免れないだろう。
……まったく、なにが戦争がない平和な世界だ。
いつの世にも人知れず牙を研いでいる奴らってのは存在する。
ああ言う奴らが世界を滅ぼすのだ。
私は、そう言った世界の敵と戦う為に、この世界に再び降り立ったのだから。
いずれ奴らも駆逐する……その為には、もっともっと強大な力が必要だった。
「かしこまりました。けど、この作戦でデコイも魚雷もほとんど使い果たしてしまいました。補給の当てがない以上、このままでは、ジリ貧なのではないでしょうか?」
「ほぅ、戦闘兵器の割に補給のことを気にするとは、なかなかに殊勝な心がけじゃないか」
「も、申し訳ありません! 出過ぎたことをっ!」
「いいよ。気にするな……私と君の仲だ。それに、戦において補給は極めて重要だ。そこを気にする辺り、むしろ評価に値すると思うよ」
「あ、ありがとうございます! けど、私の装備って銀河連合の規格品と違ったBDSの独自装備なので、補給に苦労するのは、今に始まった事じゃないんですよ……。何とかなりませんかね? と言うか、おっしゃる通り弾を惜しまず使ったので、魚雷も残り24発、攻性デコイも6基分しか残っておりません……これでは、まともな作戦行動は期待できないかと」
「やはり、君もそれが我々の問題だと感じていたんだね。私も同感だよ……兵器とは後方支援も含めたシステムだからね。そこを甘く考えていた辺り、カイオスの無能さが知れると言うもの。であれば、まずどうするべきかな?」
「はい、差し出がましいようですが……。我々の後方支援艦「黒き鋼」を奪還出来ぬものかと。あれを奪回できれば、ロストナンバーズの他のメンバーの再建も可能となりますし、弾薬類の心配もなくなります。カイオス様は、あれがなくともシュバルツの力があれば問題ないと言って、早々に奪還を諦めてしまったのですが……。あれを失ったが為に我々はその能力を大きく減じ、先の敗北に繋がったと私は考えています」
……やはり、このシルバーサイズ。
思った以上に、使えるようだった。
確かに、沈められた他のロストナンバーズの艦艇群は、戦力的に非常に魅力的だった。
一応、現存する艦としては、他に重巡デモインがいるはずなのだけど、こちらの呼びかけに対してはガン無視の構えのようだった。
エレメント級とか言う特殊装備駆逐艦も行動を共にしているようで、こちらも音信不通。
どうもカイオスの仲間と共にブリタニア方面でコソコソと動いているようなのだけど、こちらへは一切接触を持ってこないので、その動向は不明確だった。
今の所、私の使える戦力としては、このシルバーサイズのみ。
流石にこれでは心もとなかったのだけど、今の戦いでもう一つの収穫があった。
「うん、実に明察だ。実は、私も同じことを考えていたんだ。今の戦闘で……連中がナイアーラトテップって呼んでる君らの元母艦の位置情報と通信プロトコルの解析に成功した……。実は、連中の後方に私がハッキングした情報収集プローブがあったんだがね。そいつが上手い具合に向こうの通信を経由してくれたようで、通信情報をまるごと盗み出せたんだよ」
そう言って、通信情報をシルバーサイズの戦闘情報ディスプレイに表示させる。
「……い、いつのまに。これは駆逐艦天霧と後方の「黒き鋼」との通信記録じゃないですか。それに、情報中継プローブをハッキングなんて……。カズハ様の能力なんですか? それは?」
「私は、対AI戦を想定した強化合成人間ってヤツだったからね。この手のハッキングやAIを騙すなんて、造作もない。遥達とあの斑鳩艦隊は少々因縁があるみたいだからね。斑鳩艦隊をつつけば、遥が出てくる可能性が高い。必然的に奴らがナイアーラトテップって呼んでる、君らの母艦と連絡を取る可能性がある……そう踏んでたんだけど、上手く行ったようだ。実は、これこそがこの作戦の本当の目的だったのさ。斑鳩艦隊と銀河連合の共倒れなんて、せいぜいあわよくば……程度、だからこんな戦い、別におざなりでも良かったんだよ」
シルバーサイズにこの作戦の本当の目的を明かす。
私の狙いは、まさにそれだった。
向こうもどうやら、こちらの正体に感づいて、知っていそうなナイアーラトテップに確認を取ったらしい。
私はそれを読んで、デコイ群に敵の目を引き付けておいて、向こうの通信システムへの侵食に専念していた。
そして、上手い具合に中継プローブの乗っ取りに成功。
奴らは不用意に、最前線でナイアーラトテップとデータ通信を行うという愚を犯した。
「し、しかしながら……カズハ様。「黒き鋼」は遥と直接交渉した上で、己が主人と認めたのですよ? あれの艦載AIは極めて高度な超AIと呼ばれるクラスのものです。いくら、通信プロトコルの解析に成功したと言ってもハッキングで取り返すのはかなり難しいのではないでしょうか? 実際、BDS所属の電子戦担当者は奴らのカウンターアタックで殉職を遂げています。極めて危険だと思われます」
シルバーサイズの懸念はもっともだった。
けれど、居場所と最新の通信コードとプロトコルが判明したなら、アレとのコンタクトが取れる。
ヤツは交渉で、アレを味方に付けたようだけど。
アレのプライマリーコードは、カイオスの遺産の一つとして私が受け継いでいた。
これまで、カイオスが奪回が出来なかったのは、裏口からこそこそと忍び込もうとしたからだ。
遥と私は遺伝子的には同一人物なのだ……生体コードを使って、正面からハッキングをしかけてプライマリーコードを使えば、奪還は容易に出来るだろう。
「そこら辺の筋道はすでに付けているよ。だからこそ、この戦いで弾薬は全て使い尽くしたって問題ない。いいね?」
もっとも、AIと言えど強制コードを無理やり言うことを聞かすと、人間同様叛意を隠し持ちかねない。
出来る限り、穏便に説得の上で味方に付けなければならない。
まぁ、最悪直接乗り込んで見るのも手だろう。
「……カズハ様、素晴らしいです! 解りました! では、早速進軍しましょう!」
「いや、待て……。なんだ、遥……お前、そんなところにいたのか? まったく、タイミングの悪いやつだ。シルバーサイズ……ちょっと挨拶したいやつがいた。雷撃準備だ」
「……カズハ様、前方に何かいるのです?」
「私の宿敵だよ。これはいいな……どうやら私の感知能力は、君達より上らしい。前方100kmほどの位置に恐らく潜行艦がいる。かなり、早いな……100相対ノット近い。ここまで高速で動くとなると、相当やかましいだろうから、距離さえわかれば、捕捉出来るだろう?」
シルバーサイズが目をつぶって、うんうんと唸ってる。
頭脳体ってのは、艦を身体のように扱えるらしいから、感知中ってところなのだろう。
「……敵影、捕捉しました。なんですか、この速度は! ありえないほどの速度です!」
「更に後続が10隻くらいいるね。潜行艦隊ってところか。コイツらを突破するとなると、なかなかハードだ。でも、私と君の能力をフル活用すれば、単艦で突破くらいなら不可能じゃないだろう。ここはひとつ奴らを出し抜いてやるとしよう」
「……私は、カズハ様の力に全幅の信頼を置いています。仰せのままに……」
第二ラウンド開始と言ったところだった。
では、戦争を始めよう。
天風遥……好敵手の貴様と戦うのが私の生きる目的なのだ。
せいぜい、私を楽しませてくれよ!