第十五話「アマゾン」②
「……どうかされましたか? 申し訳ない……このような出で立ちで外交代表と言われても、説得力に欠ける……そう思われても、返す言葉もありません」
……あからさまに、しょげかえったような様子に、己の態度を恥じ入る。
頭脳体……それも歴戦の勇者と言える相手を子供扱いとか、それはない。
「いや、すまない。正直、意表を突かれてしまった。実際の所、我々の戦闘艦の頭脳体も君と似たような子供のような見た目のものは多数存在する。けれど、彼女達は見た目にそぐわぬ勇者揃いだと、私も良く知るところだ。君の戦いぶりもその理性的な判断力も高く評価するに値する。ひとまず、非礼を詫びさせて欲しい」
「なるほど、そちらのヴァルキュリアも私達同様、子供のような外観なのですね。どう言うわけか、駆逐艦クラスは皆、人間の子供のような外観になるようなのですが、そんなところまで同じとは、なんともはやと言ったところです。もっとも、戦において外観など問題になりません」
「そうだね。実際問題、私も人以上の力を持つ強化サイボーグなのだけど、君達には到底敵わない。この過酷なエーテル空間で戦い抜くために最適化された戦士……それが君達だ。ああ、そうだ……こちらの情報だと、君はRN駆逐艦アマゾンに由来していると判断しているのだけど、間違ってないかな?」
「失礼しました。自己紹介が遅れました……私はブリタニア王国宇宙軍、特務艦隊ブラックウォッチ所属の駆逐艦アマゾンです。そちらの世界では、その……頭脳体とか呼ばれているそうですね。おっしゃる通り、私はブリタニアRN系駆逐艦の原型……ブリタニアでも最古参の部類に入りますが、その点については、むしろ誇りを持っております。お見知りおきを!」
なんと言うか……これは、予想以上の大物。
頭脳体と言うのは、活動時間に比例してあらゆる経験を経験値化し蓄積する。
そして、経験値に比例して能力が増大する傾向がある。
艦体と言うハードウェアはいくらでもアップデート出来るから、その差異が出てくるとしたら、ソフトウェアレベル……つまり、経験値の差異と言うのは、埋めようがない差となってくる。
ブリタニアは、かなり早い段階で楼蘭同様に旧世界の戦闘艦をエーテル空間戦闘に動員していたようなので、その最古参……それも激戦に投入され続けてきた特務艦隊所属ともなれば……洒落抜きで初霜クラスの怪物の可能性が高い。
そんな相手に敬意以外の何を持てというのか?
それに、特務艦隊ブラックウォッチとはまた……確か、元々は英国のハイランダー連隊か何かを示す名誉称号だったはず。
どっちかと言うと、黒と緑のタータンチェック柄がそう呼ばれてるのでそっちが有名なんだけどね。
女子高生やってた頃に、同じ柄のマフラーを愛用してたから、名前だけは知ってる。
誇らしげに、同じ柄のマフラーなんか身につけている様子から、その称号に誇りを持っているようだった。
この様子から、RN系の頭脳体の例に漏れず、伝統と名誉を重んじるタイプらしかった。
「……ありがとう。君の実力……相当なものだと感じている。君に会えて光栄だ」
「ありがとうございます。貴官の事は天風遥大佐とお呼びすればよろしいでしょうか? 」
「ああ、別に遥大佐でも構わないよ。一応、これでも銀河連合軍の一員だからね。階級としては、大佐ってのは、なかなか響きが良いね」
「では、そのように……それにしても、我が艦名までも把握されているとは、高い情報収集力もお持ちのですね」
「ああ、君達のブリタニアの事は楼蘭経由で、いくらか情報を仕入れていたのでね。それにこちらにもRN系の艦艇はいる。艦影から、データベースを探って特定に至った。しかしまぁ、戦闘中に悠長な話に付き合わせてしまって申し訳ないね」
向こうは、未だにシルバーサイズと戦闘中。
未だに退く様子は見えないが、戦力的には、ハーダーとアルバコアの加勢でこちらが優勢なのは明らかだった。
「いえ、我々は会話と戦闘を同時にこなす程度の事、造作もありません。そちらの助勢で飽和雷撃も問題にならない程度になってますからね。随分と楽が出来て、礼の一つも言うべきだと思ったのですよ。しかしそうなると、貴国と楼蘭は同盟関係にあると? 先の戦いでは、かつて斑鳩の所属艦艇だった艦が参戦していたりと、色々複雑なようですね。っと……由良の方は未だに楼蘭所属だと主張してます。この場合どう言う扱いになるのでしょう?」
「楼蘭では、斑鳩の所属艦艇は全滅したって扱いだからね……どうなるんだろう。けど、全滅したはずの部隊の生き残りがひょっこり帰ってきた……なんて話もよくある話だから、悪いようにならないと思うよ」
「それを聞いて安心しました。しかし、我々が思った以上に複雑な情勢のようですね……」
「そうだね……。そちらの銀河とこちらの銀河。いずれも情勢は複雑怪奇だ……これ以上ややこしくしたくないから、君達とは穏便な関係を築きたい……そう願ってる。礼なら、ハーダーとアルバコアに言っておくんだね。あの連中が理性的な対応をしてくれたおかげで、助かった。一歩間違えたら、我々も君達の敵として立ちはだかることになっていたかもしれない」
「それは、お互いにとって幸運だったのでしょう。戦場というものは得てして、悲しいすれ違いが起きがちです。我々の指揮官も危うく判断を間違えるところでした。けれど、それが人間……我々は、人の過ちを正すことが出来る。私はあなた方を信じる事に賭けてみました。抗命ギリギリでしたが、貴女は私の呼びかけに応えてくれた。改めて、例を言わせてもらいます」
なるほど……斑鳩側の判断は、こちらを敵と判断。
恐らく、そうなったのだろう。
千歳、千代田の索敵機も本来は撃墜するように命が下っていたのだろう。
けれど、このアマゾンは命令通り、千歳機は撃墜したものの、千代田機にはわざと外した上で、警告なんて送ってくることで、こちらに非戦の意志を伝えてきた。
そして、アタシはそのメッセージを読み違えなかった。
一歩間違えていたら、アタシらは斑鳩艦隊を敵に回していた……。
まったく、運が良かった。
「君に……心からの敬意を。それと私は、今、この現場に展開している銀河連合軍艦隊の交渉代表という事になっている。皆を代表して、私が話を聞くことになっている。すまないね……今の乗艦は少々手狭なんで、こんな窮屈な姿勢での対応になる……無骨な姿な上に、頭を下げるのもままならないのでね。非礼を詫びておくよ」
ちなみに、今の私は頭脳体用のインターフェイスユニットをデチューンした上で無理やり接続してる状態。
本来のこの席の主の蛍は、サブシートで無線モードで艦体と接続中。
ぶっちゃけ鼻の頭を掻くのもままならないくらいには、ガッツリ拘束されている。
一人じゃ、この拘束を外すのも一苦労……この辺も乗り換えをしなかった理由の一つだった。
「いえいえ、お気になさらずに。ところで、天風大佐は何故、我々に助太刀をすると決断されたので? 上流側のガトー級はそちらの銀河連合の艦艇なのではないのですか? 休戦協定を持ちかけられた手前、反撃も最低限に留めていたのですが……。そちらはガトー級に容赦なく攻撃している様子……これはどう言う状況なのですか? 対応がちぐはぐとしか見えず、こちらも当惑を禁じ得ない。それもあって、このように不躾な通信要請をさせてもらった次第なのですが」
要するに、向こうも訳がわからないまま、戦闘になってしまったので、話になりそうなこっちと話をする気になったってことだった。
なんと言うか、怪我の功名と言うべきか……。
「こちらも一枚岩じゃないからね。連中は反動分子ってところだ。別に君らが自衛の為に処理してしまっても一向構わなかった。けど、ゲストに跳ねっ返り共を処理させるのも忍びないし、君達とは交渉の余地ありとは思っていたからね、思ったより早くその機会が巡ってきて僥倖と考えている」
「なるほど、あなた方は我々と交戦する意思はないということですね? こちらもどのようにそちらとの交渉を切り出すべきか、考えあぐねていた部分がありまして……。実を言うと、この交渉も私の独断という部分が大きいのです」
……このアマゾンという頭脳体。
本当にAIなのか? という疑念が湧く。
AIは、独断でプランや下準備まではするのだけど、人の意思を介さずに、それを実行するまでに至る事は基本的にありえない。
その辺りは、天霧達頭脳体も同様で、始めから独断専行を許可でもしているなら話は別ながら、基本的に人間の指揮官の最終確認や指示を必要とする。
まぁ、永友艦隊みたいに、指揮官が始めから頭脳体の独自判断と独断専行を許してるようなのもあるんだけど。
あの艦隊は、指揮官が自他ともに認める戦術音痴って事であくまで例外だし、責任自体の所在は常に永友提督と共にある……そういうものなのだ。
「なるほど、事情は理解した。とりあえず、私の判断は正解だったようだ。ただまぁ、実は私は、君達に借りがあったからね……いつぞやかは、なかなか派手にやってくれたけど、借りは借りだ。少しは負債を返せたと思ってるが、どうだろう?」
「……なるほど、あの時のセカンドの艦隊指揮官は貴女でしたか。我々の指導者もずいぶん高く評価していたようですよ。セカンドは戦争のない世界という割には、随分戦慣れしている様子でしたね。今も判断に全く迷いがないように見受けられます……指揮官としては、悪くないと素直に賞賛させていただきますよ」
「ありがとう。私は、厳密には過去の人間なんだ……過去の戦争狂の成れの果て、いわば亡霊のようなものだ」
「……再現体と言うらしいですね。TVでそのような情報を入手してはいましたが、正直半信半疑でした。けれど、過去、激しい戦いを経験した猛者を蘇らせると発想は、実に興味深い……。まったく、そのような重要情報をこのような誰でも入手できる形式で発信しているとは……我々の世界では考えられないことです」
「この世界の売りは、その点にもあるんだよ。この世界は戦うべきもの……戦士達と戦わざる一般人が明確に区別されている。そして、戦わざるものにも公平に情報が行き渡るようになっている。おかげで実に混沌としている」
「……きっと、悪い世界ではないのでしょうね。実際、色々と楽しませていただきましたよ」
「はははっ、その様子だとこちらの文化や言語なんかも研究してたようだね。言葉も問題なく通じる……交渉において、これは極めて重要なことだと思うよ」
「ありがとうございます。本来ならば、我々の人間の指揮官が対応すべきなのですが。佐神大佐は、まだあなた方の銀河公用語が使いこなせないようですし、あくまで戦闘指揮官という立場なのです。私は一応外交権限を女王陛下より付与されているので、この場は私が対応するのが適切と判断し、交渉役を買って出た次第。もし、人ならざるものとの交渉に価値がないとお考えなら、戦闘終了後にこちらの総司令官との会合をセッティングいたしますが……」
「いや、私は構わないよ。私もそう言う事なら、人ならざるものだ。我々の銀河は自らの命運を我々人ならざる者へ託す……そう言う選択をしたのだよ」
「ふむ、貴女の事は嫌いになれそうもないですね。諧謔趣味と言うんでしたっけ?」
「それが解る君こそ、嫌いにはなれそうもないな」
そう言って、どちらともなく笑い出す。
うん、このアマゾンと言う頭脳体……なかなかに、面白い奴だった。
相応に強大な戦闘力を持つにも関わらず、驕りというものが見えない。
外交権限を託されているとなると、相当信頼されているのだろう。
何より、直接言葉を交わしてみて、見た目にそぐわない古参兵の風格や、深い思慮深さを兼ね揃えているのがよく解った。
間違いなく相当な手練……天霧どころか、あの初霜辺りと比較しても遜色ないかもしれない。
いや、この高いコミュニケーション能力……こちらの頭脳体連中では、とても及ばないかもしれない。
まったく、斑鳩艦隊はどいつもこいつも実力者だらけのようだった。
こうして話している間にも、アマゾンは片手間のように確実に雷撃を迎撃し、一定のラインから全く雷撃を寄せ付けていない。
ハーダーとアルバコアの重圧弾頭の威力は地味に凶悪で、シルバーサイズの攻撃はほとんど無効化されているのもあるとは思うのだけど……。
この分だと、その気になれば単独でも返り討ちにできていたのかもしれない。
単独で、こっちに進出していただけのことはあるって事だった。
さて、カイオス……どう出る。
この賢明な頭脳体のおかげで、お前の浅はかな思惑は、潰えたんじゃないかな?