第十四話「乱戦」④
「まったく、なかなかハードな状況なんだが、そんなのに付き合ってくれるとか、さすがにこりゃ感謝しねぇとな。遥ちゃんも……グエンもありがとな」
「お前から、そんな言葉聞くとかむしろ、気持ちわりぃよ……。俺は、あくまで遥ちゃんの助っ人として、参戦してるだけだからな。気にすんな。とりあえず、千歳、千代田から索敵機を先行させてるから、一番最初に接触するとしたら、俺達だろうな。お前ら……ここは慎重に行けよ? いつもみてぇに秒で落とされるとか、やらかすんじゃねぇぞ?」
「了解だよ! でも、この「幻魔」とか言うヤツ、一応最新のステルス機だって話だけど、斑鳩艦隊にどこまで通用するかなぁ……。なかなか頑丈そうで悪い機体じゃないんだけどね」
メイドインアドモスの最新鋭ステルス偵察機「幻魔」……秋茜の派生機のひとつなんだけど。
光学迷彩と電磁迷彩、高高度滞空性能、生存性などなかなかに優秀にまとまっているのだけど……。
いかんせん、斑鳩の化物艦共を相手にする想定で開発したものではないので、ステルスタイプの偵察機とは言え、通用する見込みははっきり言って薄かった。
「千代田よ。我らはこの戦いにおける目であり、守りの要と言える。ぬかるなよ?」
「はいはい、姉上こそ、いつもみたいに何も考えずに突出とか止めてねー」
千歳、千代田の索敵。
現場の情報がはっきりしない以上、彼女達の目が頼りだった。
それに、戦闘機隊も進出させているので、制空権下の戦いという状況には持ち込めそうだった。
なお、千歳千代田も今回は、アサルトゼロではなく、秋茜改を使っている。
シュバルツとの戦いで、信濃の秋茜改は、軽戦闘機相手でも十分通じる上に高い生存率が実証されたので、アドモスとしては秋茜系列の戦闘機を推していく方針になったらしい。
千歳千代田も、あの現場では信濃からコントロール移譲と言う形で、秋茜改を制御下に置いたりしていた関係で、満更知らない機体でもなく、マルチロールファイターとしての性格の強い秋茜改の汎用性をお気に召したようで、機種転換もあっさり受け入れたようだった。
なんだかんだで、戦力としては、かなりのものが揃ってるのだけど……。
状況はあまり楽観視出来ない。
現場に先行しているはずのハーダーとアルバコアとは完全に連絡途絶のまま、未だ音信不通。
二人の無事は確認できておらず、現場の状況は不明。
最後の報告は、斑鳩艦隊より、迎撃を受けつつあると言う報告で終わっていた。
あの艦隊に関しては、その実力も未知数ながら、現状対抗戦術も装備も不十分だった。
要するに、今のアタシらではあの艦隊と戦ったら、確実に負ける。
なので、こちらの戦略としては、今起きている戦いの仲裁。
場合によっては、攻撃を仕掛けたガトー級を撃沈して、力づくでこの戦いを止めるつもりだった。
「こちら、千代田……間もなく、偵察機が問題の流域に到達。ソノブイ投下完了……映像も回すよ」
千代田の索敵機の中継映像が回ってくる。
同時にソノブイの入手した流体面下情報についても、一気に情報更新される。
こちらの現着は、後30分ほどかかりそうなのだけど、先行偵察情報があるのはありがたい。
「……予想以上に、凄まじい戦いのようだね……」
一言で言えば、沸騰しているかのような有様だった。
凄まじい量の雷撃とそれを獅子奮迅の勢いで駆逐していくアマゾンの様子が見える。
少し下がったところで、長良型軽巡……由良。
釣瓶撃ちのように上流へ向かって、長距離レールガンを乱射している様子。
遠く50kmほど離れた所で、巨大な水柱のようなエーテル流体の柱が立ち上る……どうやら、上流側のガトー級が一隻爆沈したようだった。
戦術マップに索敵機とばら撒かれた情報収集ソノブイが掴んだ情報が次々と追加されていく。
凄まじいほどの量の飽和雷撃。
上流のガトー級は、流体面にほど近い浅いところから、多弾頭タイプの魚雷を乱射しているようで、とんでもないほどの雷撃を展開させていた。
……数百発にも及ぶような雷撃。
瞬時にここまでの飽和攻撃を実現するなんて……こんな勢いで、雷撃を食らったら、とてもではないが防ぎきれない。
さすがに、これは見たことも無い兵装だった。
けれど、斑鳩艦隊……やはり、こいつらは規格外。
軽巡と駆逐艦一隻の戦力にもかかわらず、その猛攻を平然と凌いでいるようだった。
「千歳、索敵機はこれ以上近づけちゃ駄目だ。向こうに勘付かれる……」
アタシは、現場の中継映像を見ているだけなんだけど。
なんとなく、向こうの視線のような物を感じた。
こちらが見ている以上、向こうも見ているのだから。
「……だが、こんな高高度上空から、遠巻きに見てるだけじゃ、細かい状況が解らない。向こうの出方を伺うためにも接近を試みる。千代田、貴様は後方から私の機を観察しろ……」
千歳……厨ニっぷりが目立つけれど、伊達に幾度もの修羅場は潜ってない。
ここは強行策を取るべきと判断したようだった。
千歳の偵察機が流体面付近に近づくなり、案の定、ロスト。
千代田視点だと、どうやらアマゾンの砲撃で撃ち落とされたということがハッキリわかった。
プラズマ雲の上にいて、乱数回避機動中だったにもかかわらず、一撃とは……。
どうやら、このアマゾン……かなり感知能力の高い艦のようだった。
防御寄りの迎撃戦闘を得意とする艦なのか? 或いは、勘か?
経験値が高い艦ってのは、得てしてベテランの兵士のような超自然的な勘を持つケースだって、珍しくない。
なんとなく、初霜に通じるような独特の風格を感じる。
先の戦闘でもこのアマゾンは確認されていたけれど。
有明や夕暮と違って、積極的に攻撃には参加していないように見えていて、ノーマークだったのだけど。
かなり高い能力を有している可能性がある。
更に、千代田機にも至近弾……けど、今のはわざと外した。
……この期に及んで、威嚇?
「……遥提督、今の見た? 舐められてるねぇ……」
千代田も威嚇と感づいた様子。
「今のは、警告……多分、寄らば切るって言いたいんだろう。佐竹提督……ここはどう出るべきだろう? 上流側のガトー級はもうむちゃくちゃだ。あらゆる手を使って、斑鳩艦隊を殲滅する……そんな意志が透けて見える。下手な介入をすると三つ巴の乱戦になるのが、もう目に見えてる。ハーダーとアルバコアには、我々の来援は伝わったと思うけど。連中はどう動くと思いますか?」
「奴らは揃いも揃って、血の気が多いからな。もっとも、状況判断の出来ねぇようなマヌケでもねぇ。恐らく、上手い具合に逃げ回って、指示待ちしてるとかそんなところだろうさ」
ひとまず、こちら側……下流側へは、斑鳩艦隊も攻撃は散発的にしか行っていない。
この様子では、本気で見つけられずにいて、牽制程度にしてるのだろう。
と言うか、さすがにこの猛攻の前では、アマゾンや由良も防戦一方のようだった。
他の艦艇がこちらに増援として出てきてないのは、危険すぎるのと、大戦力の展開を手控えているように思えた。
……連中は、こちらの不可侵協定案に、返答は寄越さなかったようだけど、比較的穏当な対応をしている。
こんな飽和雷撃にさらされるような状況でも、徹底的に守りに徹して、積極的に攻撃をしていない。
……となれば、向こうもこちらとの接触を諦めていないと見て良さそうだった。
だとすれば……。
「グエン提督……。どうだろう? ここは助太刀の呼びかけでもしてみてはどうかな? こないだの借りを返すって……」
「ほほぅ、遥ちゃん……そいつは、随分と甘い判断だな。連中は俺達の宇宙に仇なす存在かも知れねぇぞ? 奴らは強い……だが、その力がいつ俺達に向いて来るか解らねぇ。奴らの肩を持つのはいいが、それだと無条件降伏と変わらんぞ? こう言う場合は、遠巻きに様子を見て、奴らの方から援護要請をして来てから動くべきだな。向こうに泣きつかれたってのなら、体裁だって整うし、その後の交渉にだって有利になる」
……なるほど、グエン提督の言うことも一理はあった。
向こうは、迷いつつも未だにこちらに何一つ交渉を持ちかけてきていない。
銀河連合の総力については、向こうも解っているだろうから、向こうとしてはなるべく、対等な関係でいる為にも余計な借りを作らない……そんな風に考えていると思っていいだろう。
でも、それだと何もかもが手遅れになってしまう可能性もある。
斑鳩艦隊の由良かアマゾンの撃沈……それを目の前で見ていただけとなると、むしろ失点の方が大きいのではないかと思う。
「政治的主導権……理屈じゃ解りますけどね。この状況でどちらを味方すべきか。そんなのは明らかじゃないですか……こちとら絶体絶命の状況をひっくり返してもらった借りがある。そりゃ、別にこっちが頼んだ訳でもないし、向こうの都合で勝手に割り込んできただけですがね。借りは借りです……アタシは借金ってヤツは大嫌いなんですよ」
「そうか、それもそうだな。借りっぱなしで見殺しとか、そりゃねぇわな。確かに、奴らに借りを作るんだったら、泣きついてきてからの方が大きな借りになる……そう言うもんだが、こちとら借りがあったんだな。確かに、借金生活とか気分ワリぃからな……おい、佐竹。こっちにゃそう言う事情があるんだが、いっちょ考慮してもらえねぇかな?」
「そうだな。多分遥ちゃんの判断は正解だろうな。手出しが出来る状況で、黙ってみてるとかそりゃねぇよ。でも、悪いが俺は交渉役とかなんてガラじゃない。もし、連中と話し合いをしたいなら、このまま、遥ちゃんに丸投げしよう……グエンもそれでいいか?」
「ああ、俺も交渉役とか性に合わねぇからな……そこら辺は総大将のお前がいいってんなら、構わんさ」
「……まったく、悪い大人達ですね。こんな小娘に重大責任を丸投げなんて。では、グエン提督……千代田に指示を送らせてもらいますね」
「ああ、任せるよ。千代田……今回は、遥ちゃんの指示をプライマリーオーダーにしておいてくれて構わんぞ」
「了解。でも、伝達手段は?」
「プロパテール情報だと、向こうにTV放送データを垂れ流しにしてるそうだから、言語解析くらいしてるんじゃないかって話だ。と言うか、向こうにも英文平文モールスなら、通じるんじゃないかな? 電文は「当方は銀河連合艦隊、貴艦への助太刀の準備あり」この一言で様子を見る。相手はアマゾンにしよう。あくまで勘なんだけど、あの艦……初霜クラスの古参艦だと思う。そう言う奴らは総じて、話もしやすい」
「……んじゃ、発光信号で向こうに送ってみるわ。つか、一応最新鋭ステルスって聞いてたのに、あっさりバレてるし……。確かに、敵に回したくない相手ってのは、頷けるよ」
……千代田の「幻魔」から発光信号送信。
さぁ、どう来るか?
「……遥提督、向こうから応答あり。「当方は自衛戦闘中、貴軍への害意はない。我々への敵対行為を直ちに中止するよう要請する」とのことです」