第十三話「斑鳩の騎士」④
「リょ、了解です……ひとまず双方の敵性潜行艦へ牽制射を実施します……。目標ガトー級! トラックナンバー03及び下流側04、05へターゲッティング。未来予測数値安定、第一射は直撃させず、夾叉狙いとします……撃ちます!」
初弾で直撃ってのは、さすがにやりすぎだろうから、夾叉着弾による牽制ってのが妥当な対応だろう。
あまり好戦的ではない由良らしく、穏当な対応とも言えるけど、攻撃的な連中と僕らみたいな守りを得手とする艦では、同じ命令を受けても対応は変わってくる。
この状況下では、命令通り問答無用で敵を殲滅するより、威嚇して逃げるように仕向けた方が良いような気がする。
甘いと言われれば、そうなのだけど……敵も少数、まだまだ本気じゃない。
牽制と言えど、夾叉の至近弾を受けたとなれば、敵もビビる……いつでも当てられると解れば、潜行艦なら退くはずだ。
柏木司令だとどう判断しただろう?
……あの人はああ見えて、結構深く考えている。
周りの人達は優柔不断とか言うけれど、軽挙妄動よりはずっとマシだ。
由良の長距離砲撃が開始される……ぎりぎり当たらない程度の精度での対潜スピアー弾による砲撃。
由良も未来予測システム搭載艦……敵は肝を冷やすだろうけど、位置もバレバレ、こちらの手も容易に届くと解れば、セカンドの跳ね返り共だったとしても、ここは退くだろう。
……けれど、結果は予想外……三隻のガトー級の一隻が反応消失。
対照的に下流側のガトー級は、どちらも撃たれた直後に増速回避の上で反応消失……。
こっちは何か隠蔽手段を使った様子な上に、その回避行動は由良の算出した予測値を遥かに上回っていた。
本気で当てに行っても、あれでは当てられたかは疑問だ。
これは、かなり高度なステルス装備を持っていると見てよかった。
それに、未来予測システムを越える反応ともなると……これはむしろ、下流側が本命のような気がする。
続いて……上流側で誘爆音検知? まさか……沈んだのか?!
「由良さん! 当ててどうするんだ! 初撃は牽制射だったはずだろうっ!」
「う、嘘っ! なんで回避しないんですか! 申し訳ありません、直撃させてしまいました……ガトー級の圧壊音は確認されませんでしたが、複数の爆発音を確認……恐らく撃沈したかと。敵艦が回避行動取ると予測していたのですが、敵が動かないなんて……こちらの砲撃精度を甘く見られていたのかもしれません」
これは由良を責められない。
未来予測システムと言っても、要するに膨大なデータを元に膨大な回数のシミュレートをかけて、近似未来を予測すると言うシステム。
超自然的な予知能力などではなく、予測シミュレーションに過ぎない。
こちらも敵のデータが圧倒的に足りていないし、敵もまた同様……となれば、不確定要素が入り込んでくる。
未来予測システムと言えど、万能でも無敵でもない……やはり過信は禁物のようだった。
敵も回避行動らしき動きも見せていたのだけど、明らかに遅く、むしろ当たりに行ったような状況だった。
おそらく、確実に撃沈……。
斑鳩で開発された対潜スピアー弾。
その威力、射程は恐るべきもので、対潜行艦用兵器としては、極めて有用だった。
直撃させれば、潜行艦程度の装甲ではとても持たない……一撃で致命的損傷を受けて高確率で沈む。
その直撃を受けたとなるとガトー級程度では……艦体に大穴を開けられて、為す術無く轟沈したと見てよかった。
これはまずい状況になってきてしまった……向こうが先に撃って来たとは言え、セカンド艦艇の一方的撃沈。
無言のうちに成立していた不可侵協定もこれでは、オシャカかもしれない。
「構わん……由良……お前は俺の命を実行したまでだ。だが、どう言うことだ? 今の動き、わざわざ当たりに来たような動きだったぞ。それに僚艦が沈んで居るにもかかわらず、攻撃を止める様子もない……どう言うことだ? 今のでこちらがその気になれば、沈められるって解っただろうに……何故死に急ぐような真似をするんだ……こいつら」
上流側からの更なる攻撃……第四波が接近、迎撃エリア内へと突入……迎撃開始。
更に第五波も確認……続いて第六波攻撃を確認……不味いな。
最後の第六波は、一隻沈んだ事で減じているものの、ここまでの飽和攻撃……いつまでも持たない。
第四、第五はほとんど間をおかず放たれた上に、ほぼ同時タイミングでの弾頭分離……総計200発超の猛烈な集中攻撃を受ける事になる。
こちらも全力射撃で迎撃を開始……。
最終防衛ラインとして制定した10kmラインすらも割り込まれつつある……。
けれど、由良も加勢に出てくれて、直撃は避けられそうだった。
短時間で派手に撃ちすぎたせいで、主砲も対空砲も過熱アラートが出ていたので助かった。
それにしても……セカンドのガトー級。
こちらの想定以上の戦闘力だった。
ブリタニアUSNの物より強力かもしれない。
わずか三隻の攻撃にも関わらず、こんな三桁にも及ぶ飽和攻撃を実現するなんて……。
艦艇と潜行艦の戦いとなると、本来火力と機動力に勝る駆逐艦が圧倒的に有利なのだけど。
黒船の潜行種と違って、人類艦……それも対人類艦攻撃を想定した潜行艦が相手となると、やはり苦戦は免れない。
おまけに、こんな流体面下を100kmもの彼方から撃ってきて、最終誘導までかけてくる魚雷……。
セカンドの艦艇は、人類艦戦を想定していないなんて楽観論もあったのだけど、とんでもない。
こいつらは、明らかに対人類艦を想定した精鋭中の精鋭とも言える奴らだ。
由良と僕だけで、しかも挟撃されているとなると……さすがに厳しいものがある。
第四、第五……更に第六波。
第六波は明らかに、それまでのものより足が速い。
迎撃能力が飽和仕掛けたところを抜くつもりだったらしい。
けど、甘いっ!
「スマート機雷、爆破っ!」
10km地点に壁として用意してあった機雷をまとめて爆破。
いい感じで、巻き込んだ。
誘導装置を破損したり、流体制御フィンの損傷で迷走する魚雷が続出しており、上手く抜けてきた魚雷も丁寧に精密射撃で潰していく。
この最大級の飽和攻撃は凌ぎきれそうだった。
けれども、本来警戒阻止兵器とも言えるスマート機雷をこんな防御兵器として使い捨てにせざるを得ないのは、不本意だった。
スマート機雷の減少で、探知能力も低下。
僕の持つスマート機雷は、攻撃兵器と言うよりも、どちらかと言うと、警戒阻止兵器の性格が強いので、こう言う使い方は非効率的なのだけどやむを得ない。
敵が遠慮なく、飽和攻撃を仕掛けてきている以上、こちらも手加減や弾薬の温存なんて言ってられない。
各所で、加熱アラート発生。
射撃頻度を下げて対応。
空冷システムだけでは、そろそろ限界のようだった。
もっとも、以前の装備だったら、とっくに限界だった事を考えると、良く持っている。
まだ余力はある。
強制砲身冷却装置起動……流体面下に放熱フィンを展開……。
機動力は低下するものの、エーテル流体へ直接放熱することで、放熱効率は劇的に向上する。
艦体各部及び砲身温度がみるみるうちに下がっていく。
ステルス性は犠牲になるものの、元々僕の艦体は外部への排熱が最小限になるように設計されている……多少無理しても、なんとでもなる。
青島さん達、いい仕事をしてくれてるな……。
特にこの放熱フィンの性能に関しては、僕らの装備していた物よりも隔世レベルで優秀なものだった。
利根達は、基本的に少数で圧倒的多数の敵と戦うことが常だった為か、この手の長期戦や持久戦に関わってくる装備には、やたらと力を入れていたらしい……。
熱容量については、今のペースで迎撃を続けても、なんとか許容範囲内に収まりそうだった。
けれど、問題は弾薬だった。
敵の飽和攻撃への対応で派手に射耗してしまった。
……レールガンの発射頻度で撃ちまくると、弾なんてあっという間に無くなってしまう。
理屈では解っていたつもりだったのだけど、少々派手に撃ちすぎたようだった。
こっちは、搭載スペースと言う物理的な限界がある以上、やはり問題だった。
有明達は、いつも隙間という隙間に弾薬を満載して、喫水が低くなるほどの量を詰め込んで、戦いに臨んでいたのだけど、なるほど……そう言うことか。
僕も少々想定が甘かった。
せめて、同クラスの護衛駆逐艦がもう一隻か二隻いれば……まだ楽なのだろうけど……。
現有戦力は、僕と由良の二隻のみ……増援は、急行中のようだけど、来援はまだまだ先だし、こちらが大戦力を展開することで、セカンド側がどう反応するか。
ここは敵地である以上、本格的な艦隊戦力が出張ってくる可能性もある。
これは流石に厳しい展開だった。
このまま際限なく続けられると、こちらの限界だって必ず訪れる。
その上、下流側から挟み撃ちにされると防ぎきれないかも知れない……。
そんな風に思っていると、上流側に新たな反応……ガトー級が二隻追加。
「何処から出て来たんだ! こいつら!」
「なんだと! 次から次へと……一体どれだけの戦力を用意してきているんだ!」
いくらステルス性能が高い潜行艦と言っても、何の予兆もなく増援が唐突に湧いてきたようにしか見えなかった。
総数6隻……推定される戦力数値は、すでにこちらを上回っている。
「アマゾンさん! 不味いです……もう二隻! 上流側に……。ガトー級、際限なく湧いてきます!」
この戦力は明らかに本気……それに、接近してきたことすら、探知できなかった。
どうなってるんだ?
こうなってくると、姿を消している下流側のガトー級の存在が嫌な伏兵となってくる。
ゲート自体は、その気になれば放棄して撤退しても、差し支えないとは言われていた。
けれど、ゲートを失ったら、再度リスクを犯して再侵入、再建となかなかの手間になる上に逆侵攻を受ける可能性だってあった。
とにかく、敵の戦力は、こちらの想定以上……このままではそう長くは持たない。
現状の選択肢としては、ここは敵に痛痒を与えた上で、ゲートの向こうへ後退するしかなかった。
一番いいのは、敵戦力の全滅……その上で撤退というのが一番楽なのだけど。
……ただ、如何に先制攻撃を受けたからと言って、僕らの立場上、それが許されるかと言えば疑問だった。
すでに一隻沈めているのだから、同じことかもしれないけれど……ここは、自重すべき局面だった。
取って付けたような宣戦布告と共に奇襲攻撃。
その対応……迎撃戦闘……そんな様相を呈している。
いわば、X-DAYの初日とも言える状況……けど、今なら、まだ間に合う可能性だってある。
判断が難しい状況だった。
そんな中、不意に訪れる凪のような時間。
敵の雷撃が止まっていた……弾切れ? まさか、こんなに早く?
いや……この感じ……明らかに何かあるっ……!