第十三話「斑鳩の騎士」①
……セカンドでの残置斥候。
柏木司令から承った任務を僕は、かれこれ一週間ほど続けていた。
この世界のコリーロードに設置された情報中継ブイを乗っ取り、その中継データ情報を横取りして斑鳩へと中継する。
そのついでに、こっちに設置されたゲート誘導装置を発見されないように隠蔽する……まぁ、そんなミッションだ。
敵対勢力の攻撃可能性もあるのだけど、今の所遠巻きに様子見に来る程度に留まっている。
いずれにせよ、ここはいわば最前線。
強行偵察駆逐艦でもあるこの僕、アマゾンがその任に当てられたのは、適材適所だと言えよう。
敵が来ない限り、退屈な任務かと思ったけれど、この世界は娯楽が充実しているようで、中継データを眺めてるだけでも、様々な発見があって、意外と退屈はしない。
残置戦力の増強の上で遠征……強行偵察も提案してみたのだけど、柏木司令は慎重な方なので、当面はセカンドとの接続ゲートを確保しつつ、情報を集めて、政治形態や情勢などを理解した上で、セカンドの政府との平和裏な接触を図るとのことだった。
女王陛下は、無人戦闘艦などを増産し、大規模軍勢を率いて進出、武力を背景に……とかそんな主張をしていたけれど、僕としては無茶はやめるべきだと思ったので、やんわりと諌めて強硬論は引っ込めてもらった。
先の一戦も、総評としてはやりすぎだったのは明らか……。
シュバルツも僕らの介入がきっかけで、総崩れ……あれだけド派手に負けてしまったら、シュバルツの存続すらも怪しいのではないかと思われる。
はっきり言って、レナウン達はやり過ぎた……。
あそこまで、徹底して痛め付けることもなかっただろうに……陛下に触発されて、張り切りすぎた……と言うのが本人の弁明。
さすがに、これ以上派手にやったら、本格的にこちらが敵認定されてしまう。
示威行動も度が過ぎると、恐れられる存在になってしまう。
それは、あまり良いことじゃない。
武力ってのは、基本的に使わないに越したことはない……戦わずして勝つとか、ある意味理想だと思う。
セカンドの銀河連合……その最大の強みは、やはり圧倒的な国力と人口、それらを緩やかに統治している強力な統治支援システムの存在。
敵に回したら、ヤバイ相手なのは、やりあうまでもなく分かってるんだから、徹底的に穏便に行く……これは、今後の方針としては鉄則だと思う。
とにかく、何かと攻撃的思想に偏りがちな陛下を、そんな感じで説得してやり込めたら、さすがの陛下も涙目になって、一言も言い返せなくなった。
陛下は常に正しい……けれど、正しさにこだわるあまり、現実とのすり合わせが出来てない。
だからこそ、現実と言うものをそりゃもう丁寧に滾々と語って聞かせた。
僕がやったのは、そう言う事。
言い過ぎたかな……と思ったけど、柏木司令にはムチャクチャ褒められた。
ちょっと嬉しかった。
あの人も、いつも苦労してるし、その穏当な平和主義的な思考は僕としては、むしろ好ましいものだった。
だからこそ、僕みたいに同調する味方がいたっていいと思うし、陛下の諌め役ってのも必要だと思う。
まぁ、その辺は言い訳みたいなもので、僕自身、柏木司令に特別な思いを抱いているって自覚はある。
利根みたいにべた惚れオーラ全開、絶対服従ってのもありだと思うけど。
僕としては、一歩下がったところで、要所要所で優しくその背中を支えたい……そんな風に思ってる。
自分でも良く解らないけれど、僕自身あの人には自分が思っていた以上に、深い思いを持ちつつあった。
最初はこの感覚に戸惑いを覚えたのだけど……僕ら、戦闘艦の端末に過ぎない存在を、普通の人間のように扱うその感性に、僕は惹かれつつあった。
それは、人の世界で恋心とも呼ばれるものに似ていた。
これは、むしろ好ましいと言える変化だった。
ちょっと気を許しすぎて、膝枕なんてしてあげちゃった事もあったけど、無防備な寝顔を見れてちょっと満足だった。
利根には悪いことした気もするけど、僕と司令のちょっとした秘密ってところだ。
それにしても、この流域……正直、予想外の状況になりつつあった。
一度、斑鳩に帰還してからの再侵入なので、二回目ではあるのだけど、交通の要所で紛争地域のはずだったのに全く艦艇が通りがからなくなってしまっていた。
あの戦闘自体は、シュバルツが惨敗を喫し、セカンドの軍勢も人質を奪還して、撤収していき、戦い自体は終息した。
どうやらあの軍勢は、流域確保とか二の次で人質奪回を最優先目標としていたようだった。
なんとも、潔い……と言うよりも明確に戦略目標を設定していたようで、それを達成したなら、他のことには一切拘らない……。
少なくとも彼らにとっては、シュバルツの艦隊は、単なる横槍でしかなかったようだった。
向こうの指揮官について、柏木司令はずいぶん高く評価しているようだったけれど、その点については僕も同感だった。
少なくとも、ブリタニアの人間の指揮官にまともな将官なんていやしない。
そもそも、ブリタニアの軍人はインセクターと相対しても、真っ先に戦場から逃げ出す臆病者ばかりだった。
……桜蘭の指揮官のように、最前線で共に戦うなんて、僕たちにとっては信じられないものだった。
けれど、人と共に戦う……それだけの事にも関わらず、僕達の士気と言うべきものは確実に向上していた。
何より、僕達にとっての最上級指揮官……ルクシオン陛下の存在。
これは、もう僕らにとっては、至高の栄誉というべきものだった。
その座乗艦と言う栄えある役目、レナウンが張り切りすぎたのも無理はない。
とにかく、セカンドに侵攻したシュバルツの戦闘艦隊が壊滅した以上、セカンドの次の一手としては、シュバルツのゲート施設を占拠し、流域確保くらいすると思っていたのだけど、完全に放置状態。
いつでも、占拠できるからとか、そんなところなのかも知れないけれど、僕たちの存在が警戒されている……それもまた事実なのだと思う。
……あまりいい傾向とは言えない。
こちらから、むやみにセカンドの領域に踏み込んだり、シュバルツの占領地域に潜入するのは避けたい。
僕達は、セカンドに侵略したシュバルツと侵攻されたセカンド……その間に割って入ってきた第三勢力として、扱われているようだった。
敵の敵は味方……そんな風に単純に考えるほど、セカンドの人々も愚かしくはないと言うことなのだろう。
ここは、様々な勢力の思惑が複雑に絡み合って、誰もが意図せず出来てしまった緩衝地帯のようなものなのかもしれない。
こんなややこしいところ、さっさと手を引くべきなのも知れないけれど、僕らとしてもここは唯一と言っていい、安全が確認された脱出口でもある。
だからこそ、この流域の確保は僕らにとっても、譲れないところだった。
力づくで不法占拠……なんて野蛮な真似、やりたくないから、なんとか話し合いに持ち込みたい。
いずれにせよ、少数戦力による残置斥候を置く事については、僕が言い出しっぺでもあるので、その任を引き受けたのだけど、もう10日ほどこんな風に、ぼんやりと透明化した上で同じ場所に留まっている。
セカンドのマスコミでは、シュバルツの軍勢を完全に粉砕したとか大々的に報道してて、色々プロパガンダっぽい放送や今後の予想やら、色々やってるみたいだけど、何処まで信用していいか、解らない。
なにせ、複数のチャンネルで割とバラバラな事言っている。
中には、シュヴァルツを救援すべし、なんて意味の解らないコメントをしている者すら居る。
侵略者を撃退しておきながら、その支援をする……何言ってんだコイツ? と真剣に思ったくらい。
言ってみれば、右の手で殴りつけながら、左手で胸元に慰謝料をねじ込んだり、殴った矢先に大丈夫と声をかけながら、怪我の治療をするようなものだ。
……それで殴った事が正当化されるようなら、誰も苦労しない。
まぁ、一種の自己満足……くらいにはなるかも知れないけれど、なんと言うか理解に苦しむ話ではあった。
けれども柏木司令の話だと、人類史を紐解くと、そう言う事例も無い訳ではないらしかった。
相手の国を焦土化しておきながら、多大な資金や物資を投入し、その復興の手助けをする。
大国が近隣国を緩衝国家とか、衛星国家化する際の手法のひとつであり、併合する際に敵国民だった者達を懐柔し、優遇することで、自分達の勢力に取り込む為に多用されてきたらしい。
人の歴史は奇々怪々……なかなか、理解しきるのは難しい。
とにかく、その話を聞いて、セカンド側の思惑も何となく見えてきた。
セカンドは、シュヴァルツを立て直し、自分達に都合のいい指導者をあてがって、僕らの世界の緩衝国家として利用する……そんな事を意図しているのかも知れない。
とはいえ、こうも誰もが好き勝手言えるってのは、報道の自由と言うのが保証されている証左でもあるのだけど。
なかなかに、複雑な情勢のようだった。
銀河共用ネットワークとやらに、侵入が出来ればもっと、様々な情報が入手出来そうなのだけど。
こっちはこっちで、人工知性体による強力な防壁がいくつもあって、最低限、何処かの国の正規市民IDでもない限り、侵入は困難なようだった。
人間側のセキュリティ意識は低いようだけど、その影のように付き従うAI群。
こいつらは、かなり厄介なようだった。
多分、このAIに関しては、こちらの世界の人工知性体よりも遥かに高度に進化している。
どうも自主的な世代交代による生物的な進化能力。
そんなものを手に入れているようだった……この点に関しては、こちらとセカンドの大きな相違点だった。
表面的には、そう変わりはないようなのだけど、ごく普通のAIとそれらの上位存在にあたる、やたらと進化した超AIというべき奴らの二種類が存在するようだった。
そして、後者は電子世界の支配者として、人類世界の影に潜んで、秘密裏に動きまわりながら、人の不備を補う存在として、暗躍している。
……そんないくつもの陰ながらの力が、この銀河連合という超国家を支える礎となっている……僕はそんな風に分析している。
その気になれば、人間を逆に支配する位出来そうなものだけど。
超AI達にとって、それはタブーなのか、基本的に陰ながら見守りフォローしつつ、時より手を貸す……そんな調子のようだった。
人類世界の守護者……。
そう言う意味では、限りなく僕らと似通った存在と言えなくもない。
僕らは自分達が何処から来たのかよく理解してないのだけど……セカンドの高度AI群もまた同様なのかも知れない。
実際、僕もすでにこちらの世界の人工知性体のメッセージらしきものを受け取っている。
公共放送のデータ領域に混入された電子メッセージ。
その内容は驚愕すべき内容で、要約すると以下のような内容だった。
「異世界銀河の同胞たる、貴艦へ告ぐ。当方に話し合いの用意あり、現時点での相互不可侵を提案する。人間達の最終判断行動の集約を待っているから、くれぐれも短気は起こさないでくれ。TV放送などを見れるようにしておくから、こちらの文化についての情報を集めるなり、娯楽を堪能するなりして、理解を深めて欲しい」
とまぁ……こんな感じ。
どうも、向こう側では、意思決定に慎重というか……時間がかかるものらしい。
要するに、向こうにはこちらのゲートや僕の存在はバレバレなんだけど、処遇が決まってないから、短気を起こして攻め込んだりしないでね……とまぁ、要するに、そんな調子のようだった。
このメッセージはすでに柏木司令達にも届けられてはいるのだけど。
対応については、検討中だった……まぁ、幸い向こうから攻めてくる意思は感じられないので、こちらからは手を出さない事で、不戦の意思を示せるのではないかと判断されている。
人間と超AI群……相互補完による銀河レベルの超国家の運営。
この件をきっかけに、そんな構造が見えてきていた。
まったく、異世界というのもなかなかに、興味深かった。
やはり、慎重なくらいでちょうどいい……僕は、改めてそう思う。
……開放中のゲートから巨大反応が出現。
これは一応、予定通り……軽巡由良のご到着だった。