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第十一話「グッドイブニング」④

「……ふむ、戦に勝って勝ちすぎたってのは、ちょっと俺には理解出来んな。シュバルツはあの戦で、その艦隊戦力の8割を失って、大慌ててこっちに展開してた戦力を掻き集めて、本国に戻してるらしいぜ。ウラルは元々ロクな艦隊戦力を持ち合わせてねぇから、シュバルツ艦隊の壊滅ですっかり逃げ腰になったみてぇで、さっさと引き上げつつあるようだし、奴らの武力を後ろ盾にしてたクリーヴァもテロ支援企業として、再指定するって話になってるみたいだから、もう終わってるだろ、ありゃ」


 まぁ、普通に考えて、8割もの艦隊戦力が吹き飛べば、もう戦争どころじゃない。

 シュバルツも強硬姿勢で鳴る強面国家だったけど、武力がないのでは、いくら吠えても虚勢にしかならない。

 

 こっちに入り込んだ連中もほっとくだけで干からびる。

 結局、宇宙空間や地上の戦力なんていくらいたって、何の役にも立たない。


「そうね。私も銀河連合評議会の執行部がこの期に及んで、多くの戦死者を出したシュバルツに見舞い金と捕虜の即時返還を……なんて言い出したもんだから、もういい加減にしろって怒鳴りつけてきたわ! でも、あの平和ボケの馬鹿共ももう終わりよ……マスコミに、銀河連合上層部へクリーヴァ社から裏金が流れてた証拠がどこからか大量にリークされてね。もう議会総解散の上での総選挙は避けられない流れよ。そして、次の議会は戦勝で勢いに乗ったタカ派が主流を占めることになりそうな情勢ね。うちやエスクロンの株価も爆上げで、はっきり言って遥ちゃん様々って感じなのよ」


 ……なるほどね。

 カタギリの爺様のシナリオ通りの展開ってことだった。


 アドモスのビッグマダムと言えば、銀河連合評議会でも有名な超タカ派議員。

 

 とにかく、声がデカくて勢いもあるもんだから、腑抜けた戯言を語るお花畑共を一喝して、ワンマンショー状態でシュバルツの数々の蛮行と、虜囚生活の厳しさ……戦場で目にした本物の戦争の光景を語り聞かせてくれたのだろう。

 

 なにせ、また聞きの同情話どころではなく、思いっきり当事者で最前線をくぐり抜けてきた上での実体験談。

 もう説得力が違う……。


 おまけに、人質の中には、エスクロンのクスノキ・タイゾウなんて、ビックネームも混ざってた。

 エスクロンの裏工作主任って話だったけど、虜囚の身でありながら、相当な敵情を拾い集めていたのは間違いない……。


 なにせ、このタイミングでのクリーヴァと上層部の黒い繋がりの露見。

 エスクロン人は、完全な生身の人間のほうが少ないような改造人間だらけの国だから、タイゾウ氏もアタシみたいにコンピューターシステムとのダイレクト接続の上でのダイレクトハッキングくらいやってのけるだろう。


 シュバルツもエラい地雷を後生大事に人質にしてたもんだ……恐らく、虜囚生活を送りながら、これ幸いとシュバルツ側の情報を相当盗み出してたんだろう。

 

 なんせ、沙霧達の作戦がうまく行ったのは、あの人が施設の詳細な見取り図とか各種データを提供してくれたってのもある……沙霧達の話だと、むしろ制圧作戦を仕切ってたくらいだったらしい。

 

 そこら辺のタイゾウ氏の周到さを考えると、情報リークの件もおそらく爺様達と、タイゾウ氏の合作と言ったところなのだろう……まったく、とんだダークホースだ。


 もう、あのお花畑連中は、売国奴扱いの上で失脚は避けられない……実際、すでに何人かは行方をくらませて、逃亡していると言う話もある。

 

 ただやはり問題は、アタシらが勝ちすぎたことだった。

 セカンド側のパワーバランスにまで影響を与えるほどってのは、ちょっと計算外だった。


 ただでさえ、セカンドのブリタニアがおかしな事になってるみたいなのに、ここに来てのシュバルツの大幅戦力ダウン……もうこの先の展開が全く読めなくなってしまった。

 

 これが黒船の大艦隊相手に……なんて話だったら、シンプルでよかったのだけど。

 

 人間相手……それももう一つの銀河系の大勢力の一角ともなると、その敗北の影響も半端じゃなく大きい。

 向こうの情勢がはっきりしない以上、一体どんな展開となるか、こればっかりは海千山千の爺様や超AIに近い存在のナイアーくんでも、さっぱり読めないらしく、完全にお手上げ状態だった。

 

「な、なかなかの騒ぎになっているようですね……そこまでとは……」


 ……セカンドのみならず、こっちの世界でもアタシの想定以上の騒ぎになっているようだった。

 こっちのことは、カタギリの爺様達に丸投げ状態であまり、気にしてなかったけど……。


「そこまでの騒ぎになってるわよ。それに貴女の勇名もね」


「そんな……アタシは、表向きには名前も出てないはずなんですよ……」


「確かに貴女は表向きには、あそこにはいなかったって事になってるけど。あの現場で助け出されたのは100人以上の我が社やエスクロンの社員、それも揃いも揃って重役揃い。評議会議員だって、私以外にも何人もいた。……それに他の企業の重役やマスコミの人達や星間連合の軍人だっていたのよ。皆、あの戦いを勝利に導いたのは貴女だって知ってるからね……。皆、あちこちで本当の勝利の立役者について、話ししてるみたいなのよね……」


「そうだな、俺や永友の旦那だけだったら、さすがにあの状況……どうにもならなかっただろうさ。まったく、周到な準備に、敵の戦術の読み……的確極まりない戦術指揮、銀河連合軍最高の戦術家って言っても過言じゃねぇだろ。まったく、21世紀ってのは、どんな時代だったんだかな」


「そうね……。私達って、戦闘中に全体を見て……なんて、無理な相談だからね。ましてや、複数艦隊の連合なんて、どうやっても、連携に無理が出て来るもんだけど、その辺、御見事なもんだったわ。弾切れと損傷で、やむなく下がったら、すかさず補給済みの味方が交代に出てくるとか……。さすがにこっちが驚きよ。それに、あの兵力で5倍以上の敵と渡り合えて、損害ゼロとか、信じられない話よ」


「それに、遥ちゃんも後方の安全地帯で指揮を取るとかそんなんじゃなくて、思いっきり最前線で戦ってたのよね……。あんな敵機が飛び交うような状況で、皆を守っての決死の戦い! 貴女や天霧ちゃんが皆を守るために目の前で戦ってる姿を皆、見てたんだから……私なんてもう、ハラハラしっぱなしで、涙が止まらなかったわ。どう? 今からだって遅くないのよ。英雄として名乗りをあげてみない? こんな可愛らしい娘が、異世界の侵略者達を相手に銀河連合にあんな痛快な勝利をもたらしてくれた! これが公になったら、もうこの銀河一丸となって、盛り上がるのは間違いないわ!」


 ……そっか。

 サリバン女史もだけど、人質になってた人達は生の目で、あの戦いを目撃してたんだよね。

 

 ……皆、どこか遠いモニターの向こう側みたいに思ってた戦い。

 

 人質にされて、助け出されて、目の前で飛び交う敵機と銃弾……そんな死と紙一重のリアルな戦場で、あんなボロボロになるまで人々の盾となって、戦い抜いた天霧。

 

 さぞ、人々の目には鮮烈に焼き付いたことだろう。

 

 そして、最前線で旗艦フッドへの直撃弾も物ともせずに、陣頭指揮を続けたグエン提督。

 

 全てを部下に託して、皆を信じて戦場音楽を聞きながら、恐怖と戦いながら、一心不乱に鉄鍋をふるい続けた永友提督だって、立派だと思う。

 

 勇者ってのは、恐れを知らぬ蛮勇の士を指すものじゃない。

 恐怖に震え、恐れながらも、それでも膝を屈する事無く最後まで前を向き続けて居たものを指す。

 

 そう言う意味なら、戦場から背を向けることなく、部下を信じ、その背中を支えきった永友提督は、紛う方なき勇者だ。

 

 まさに、英雄達の戦い……称賛されて然るべきだった。

 

 ……だからこそ、称賛されるべきはアタシなんかじゃないだろって思う。

 アタシは、天霧に守られながら、その背中の上で胡座をかきながら、アタフタとグダグダな指揮を執ってただけだ。

 

 何より、アタシはカイオスのヤツを甘く見てた。

 

 ヤツの指揮官としての能力は、凡将のそれを超えることは最後まで無かったのだけど。


 その策は、完全にアタシの読みを上回っていた……。

 まさか、そこまでしないだろう……そう思っていたアタシを完全に裏切ってくれた。

 

 アタシは、アイツの手のひらの上で良いように転がされ、死地へと赴いたただの自殺志願者だ。

 

 紙一重どころか、明らかに負け戦……。

 ……アタシは戦争には勝ったけど、結果的にカイオスに負けた。


 アイツの方が完全に一枚上手だった……。

 

 ……悔しい。

 

 あの艦隊の助太刀があってこその勝利。

 ……アタシはアイツに及ばなかったのだ。

 

 何が正義の執行者だ……聞いて呆れる!

 

「ごめんなさい。アタシにはそんな称賛を受ける資格なんて無い。グエン提督も解ってますよね? あの戦いは負け戦でした……。あの艦隊の助太刀がなかったら、きっと皆、揃って討ち死にしてた……。アタシには……そんな英雄なんて言われるような資格はありません」


 思わず、悔し涙が溢れる。

 

 ちくしょう……涙なんて、冗談じゃないっ!

 

 アタシは、天風遥だっ! 負けっぱなしなんて自分が許せないっ!

 

 けど、アイツは死んだ。

 バックアップで生き返ってくるかも知れないけど、アイツ自身は解ってないだろうけど、それはもう別人だ。

 

 あのバカには、勝ち逃げされたようなものだ。

 

 この悔しさを……アタシは、何処にぶつければいいんだ!

 称賛なんて、絶対されたくない……自分が……惨めになってくる!

 

 せめて、あの艦隊には……なんとしても、借りを叩き返してやらないと気がすまないっ!

 

「……は、遥ちゃん? ねぇ、グエン提督……私、そんな不味いこと言っちゃったかしら? ご、ごめんなさい……私ったら無神経なことを……」

 

「……マダム、すまねぇな。遥ちゃんにとってはあの戦は負け戦なんだとよ。確かに、あの戦い……どう考えても分が悪かった。結果的に勝ったものの、言われてるような完封勝利なんてのには程遠かった。だが、結果だけを見れば、大勝なのは違いないし、遥ちゃんは将帥として、あの場で望める最高の仕事をしたってのは、俺や島風が保証してやる。永友提督や祥鳳ちゃんも、遥ちゃんの指揮を絶賛してたから、思いは同じだろうさ。なぁ、遥ちゃんよ……戦場ってのは、その過程がどうだろうが、最後の最後に立ってた奴が勝者なんだ。勝者に悔し涙は似つかわしくねぇよ……涙を拭って、胸を張れっ! 勝者はそれでなきゃいけねぇよ」


 グエン提督の慰めの言葉が胸に突き刺さる。

 

 ……勝ちを確信しつつも、勝利を目にすることもなく、戦場の露に消えた歴史上の将帥だって、数多く居た。

 棚ぼた式に勝利を手にしたような無能な将帥だっているんだから、勝ち方に拘って悔し涙なんで、それこそ敗者に対する冒涜だ。

 

 あの戦いだって、幾多ものシュバルツの頭脳体がエーテル流体の底へと消えていったし、カイオスと運命を共にしたシュバルツの将兵も少なからず居たはずなのだ。

 

 アタシは、紛れもなく勝利者なのだ……。

 望む望まないに関わらず、アタシは少なくない人々にとっての、英雄となってしまったのだ。

 

 敗者の絶望や人々の希望……アタシはそんな物を背負い、飲み込みながら、前に進むしか無いのだ。

 かつて……古き時代を葬り去り、輝かしい未来を築くために戦っていた頃のように……。

 

 こんな所で、ピーピー泣いて、俯いてるなんてそれこそ、アタシらしくないっ!

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