第十話「これはひとつの後日談」③
「となると、事実上シュバルツはもう終わってますね。そうなると間違いなくセカンドの情勢が動くはずかと。桜蘭は直接国境を接してないようですが、過去幾度となく紛争を繰り返していたと言うウラルやブリタニアは間違いなく、シュバルツへ何らかのアクションを起こすはずです……具体的には、侵略戦争とかそんな感じでしょうね。アタシらは、向こうの宇宙のパワーバランスを完全に叩き壊してしまった」
「水に落ちた犬は叩けって奴かい? まったく、セカンドの連中はどいつもこいつも野蛮だねぇ……。と言うか、本来の敵は俺達同様、黒船なのになにやってんだかな。それにあのカイオスって野郎も……話を聞く限りだと、壮大な仕掛けを用意した挙げ句の自滅って感じじゃねぇか。自ら退路を断って、全財産ベットなんて、普通に考えて自殺行為以外の何だってんだよ。挙げ句に動員した頭脳体共は、永友提督にたらしこまれて、帰ってこない。何もかもが裏目に出たってところか。気の毒になってくるぜ」
「まぁ、セカンドの連中はどいつもこいつも必死ですからね。こっちみたいに余裕がないんでしょう。カイオスの奴は……無茶しやがって……としか言いようがないですね」
あの殺人狂の目的は正直良くわからない。
もちろん、アタシも野郎の殺すリストに入ってたようで、その理由についても思い当たるフシは色々ある。
ただ、奴の殺意は別の相手に向いていたような気もする。
実際、アタシらとの戦いについても、ヤツは前哨戦と考えていたフシがあった。
もっとも、野郎が何を考えて、何を思って死んでいったかとか、そんな事はどうでも良かった。
残存戦力については、ロストナンバースの艦艇はいくらか残ってるはずだけど、主力だったトーンとフロスト、殲滅空母レプライザルがまとめて沈んで、後は重巡デモインやら、潜行艦のシルバーサイズくらいしか大物は残ってない。
あとは、有象無象の駆逐艦が数隻程度。
エレメンタリストシリーズとか言う、火やら雷、嵐を発生させる魔法使いみたいな特殊兵器搭載駆逐艦がいるはずなんけど、ぶっちゃけそんなもん、コケ脅しの手品みたいなもんだ。
タネが割れれば、はっきり言ってさしたる脅威にもならない。
トーンやフロストについては、トーンはカイオス共々蒸発……レプライザルは艦と頭脳体が一体化しているようだったので、艦が沈んだ以上、運命を共にしたと思っていいだろう。
なお、フロストは無謀にも単艦で謎の艦隊の追撃戦を挑み、例の長距離荷電粒子砲の直撃を食らってやっぱり蒸発。
巨大な氷塊による防御システムで防ごうとしたようだったのだけど……そんなもので荷電粒子砲を防げるなら、誰も苦労しない。
一発は耐え忍んだみたいだったけど、容赦なく第二射が炸裂し、敢え無く蒸発……なんとも壮絶な最期だった。
BDS自体、元々10隻にも満たない小勢だったのだ……連中の拠点、資金、資材もアタシらが根こそぎ奪い取った上に、シュバルツの艦隊が壊滅した以上、もう出来ることもそう多くはないはずだった。
中心メンバーだったトーン達も退場……復活しようにも、連中の拠点だったナイアーくんは、すでに分捕って久しい。
シュバルツにBDS艦艇のバックアップデータがあるなら、復活の可能性もあるだろうけど。
自国艦隊が壊滅しているのに、BDS艦艇の再建にまでは手が回らないんじゃないかって気がする。
いずれにせよ、BDSはもう終わってると思っていいだろう。
……カイオスもシュバルツの総統なんて、御大層な立場ではあったみたいだけど、独裁者なんて、用済みになったら味方に後ろからズドンとか、毒を盛られてハイ、オツカレサマって相場が決まってる。
そもそも三度目の復活自体、もうないかもしれない……まぁ、それはそれで清々するんだけどね。
「……俺が思うに、野郎は分不相応の立場に担ぎ上げられた事で、周りが見えなくなっちまってたんだろうな。わざわざ、俺等人質を置いてまで、あんな超空間転移施設を作って、やろうとしてた事は俺等を救出に来た連中を殲滅する……。その割にはあんなアホ見てぇな戦力出してきて……明らかにコスパ悪すぎだろう」
「まぁね……。確かにカイオスの戦略目標がまるで見えない。だからこそ、アタシもピンチに陥ったようなものだったんだよ」
……実際問題。
あの壮大な仕掛けが、アタシらを殺すためだけって考えると、色々と無駄が多すぎる。
……正直な所、あまり考えたくないのだが。
アイツはそもそも、アタシらじゃない別の何かが人質奪回に来ると想定してたとしか思えないのだ。
アイツがあそこまでムキになって執着する相手……。
それは少なくともアタシじゃ無かった。
アタシら再現体は、一度殺されても再生は不可能じゃない。
一応、一度死んだら再復活はなしと思ってはいるんだけど。
ここで死ぬ訳にはいかないような局面で死にそうになったら、契約破棄くらいはする……と思う。
アイツはそんなアタシの事情なんて知る由もないのだ。
だからこそ、アタシを殺してもあまり意味がないと解っているはずで、あんな投機性の高い作戦を行ってまで、アタシを殺そうとすると言うのは、ちょっと考えにくかった。
「まぁ……あれで勝ってりゃ良かっただろうけど、負けた時の事、考えてなかったんだろうな。俺達の時だって、クリーヴァの奴らはあれでもちゃんと話し合うつもりだったみてぇだったのに、野郎が暴発して、あんなことになっちまったからな。なんと言うか……なんとも浅はかな野郎だったな……」
「……所詮は小物だったって事なんですよ。壮大な計画を立てて、神にでもなったつもりでコマを動かして、そのクセ、一時の感情に流されて、アツくなり過ぎてヘマをやらかす。そもそも、あれはただ壊すこと、殺すことしか考えてない異物と言うべきもの……。どう転んでも建設的な方向なんて行きようがない。ただ、滅びの道へと突き進むだけの存在と言えますよ」
まぁ、ヤツの行動パターンから、心理分析した結果……そんな分析結果が出ていた。
典型的な破滅型の人間……言ってみれば、手の込んだ自殺志願者。
それも、なるべく大勢を巻き沿いにしようと言う……極めてタチの悪い代物。
人類には、どうもそう言う破滅の遺伝子とでも言うものが眠っているようで、時折ああ言う手合が現れては、破滅に向かって突き進もうとして、阻止される……歴史上幾度となく繰り返された悲劇の一端だった。
「……ったく、なんで、そんなのを再現体として、再現させたんだかな……あれでもあの野郎は、銀河連合の正規の手続きで選ばれた再現体提督のひとりだったんだろ?」
「そこが不可解なんですよね。わざわざ歴史データベースまで改ざんして、あんなのを再現するなんて。ただ、奴がセカンドのナチス総統の曾孫に当たる人物だったのも事実なので……シュバルツの裏工作……だったのかもしれませんね」
この再現体の技術は、どうやらセカンドには存在しない技術だと言うことが解っている。
まぁ、そりゃそうだろう……この技術は、人の魂の本質について理解出来ていないと絶対にたどり着けない。
……この世界では、アタシの頃に開発されたソウルダイブ技術により、魂の本質に触れることに成功していた。
セカンドの歴史では、どうも天照のような超AIは誕生しなかったようだし、お兄ちゃんのような人の魂をデータ化するなんて、無茶な研究者も生まれなかったのだろう。
だからこそ、シュバルツは自分達が神として崇める人物の血族を、こちらの技術を使ってでも、この世界に再現させたい……そう考えたのかもしれない。
愚かであるとしか言いようがないのだけど……。
「……なるほどなぁ。だが、いくら総帥様の血を引いてるからって子孫と先祖を同一視して、無条件で崇めるってのは、よく解らんなぁ……。おまけに再現体だからと言っても、文字通り住んでる世界が違うんだから、むしろ、こっちの奴なんて、セカンドとは関係ないんじゃないのか?」
「異世界間の同一人物……双方の歴史記録を照合した限りでは、確かに21世紀初頭辺りまでは、そんな事例があったみたいだけどね……。ただ、平行異世界間で同一人物が居たとしても、それは全くの別人だよ。例え、DNA情報や見た目が同じだったとしても、同一人物となることだけはあり得ない。要するにクローンみたいなものさ。実際問題、頭脳体だってそうだろう?」
クローン人間を作ったところで、出来上がるのは、別の魂を持った別の存在。
パラレルワールド同士で、同一人物がいたとしても、同じ魂……認識を持つと言うことはあり得ない。
これはもう、断言しても良い。
「クローン人間か。確かに、過去にはそう言うものを作った事例もあったみてぇだな。今じゃ、銀河条約で明確に禁止されてるんだがな。臓器バックアップだの、若返りだの……クローンの人権を無視したような事をやらかす奴が続出したもんでな」
「……やっぱり、この世界の人々ってのは、嫌いになれそうもないな。ヤバイ領域に手を出すけど、ちゃんと節度ってもんを守ろうとする。それがあるのと無いのじゃ大違いだよ」
「……ふん、俺達27世紀人だって、馬鹿じゃねぇって事さ……馬鹿やって反省して、その積み重ねの末に今があるんだ。だが、そう考えると、ますますもって、シュバルツの連中の拘りは、理解に苦しむ話だな。別人で何の繋がりも無いやつを崇めてどうするんだっての」
「皇帝や王様ってのは、血筋ってのが重要らしいですから、そこは拘る所だったのかもしれません。世襲制なんて、馬鹿げた制度だとは思いますけどね……。彼らにとっては、ナチスドイツは信仰のようなもの……宗教ってのは少しくらいの理不尽だろうが、あっさり正当化してしまうもんですよ」
「権力の相続とか……。子孫が先祖の能力や人格を引き継ぐわけじゃあるめぇし……。世襲制の話は昔話で知ってる程度だが、訳が判らん風習としか言いようがねぇが……信仰って言われりゃ、なんとなく理解も出来るか……」
「まぁ、そう言うのもあって、王政……世襲制ってのは廃れたんですよ。実際、21世紀の時点で世襲王政なんてのは滅び去ってましたから、日本や英国みたいに国の象徴として、残したって例はありますがね。シュヴァルツについては、完全に自業自得ですよ。そもそも、大軍ってのは動かす以上、絶対に勝たないと駄目ですからね……。何より次元転移なんて、行ったきりの一方通行で逃げ場もない。ちょっと負け込んだだけで、全滅が確定する。一国の軍勢まるごと使ってなんて、正気の沙汰とは思えない。シュバルツも、正気じゃない凡夫を指導者として迎え入れた結果、滅びの道を邁進するハメになった……実に、バカげた話ですよ」
「シュバルツもクリーヴァも、その戦略自体は相当巧妙だったんだがな。実際、銀河連合も結構危うい状態まで行ってたからな。あのまま、奴らを好きにさせてたら、本気で内乱になってたかもしれん。奴らも担ぐ神輿を間違えたってところか。なんとも不憫な話だぜ」
「……そうですね。実はあなた方を奪還出来たのも、どうやら、あれが最後のチャンスだったようなんですよ。奴らはアタシらが救出に動こうか、動かなかろうが関係無しで、大規模侵攻艦隊を進出させていたようなんです。あなた方はあくまで時間稼ぎとして、あそこに収監されていた……そんな状況だったみたいでして……。そもそも、あそこを守っていた地上軍もいよいよとなれば、人質諸共自爆するつもりだったみたいですからね。まぁ、狭霧達が危うい所で阻止したんですが……少々非人道的な手段を用いてしまいました……けど、それも止むを得ませんでした」
はっきり言って、割とギリギリ……こっちも余裕なんて全然なかった。
そして……狭霧達が思いの外、人質を早く救出出来たのは、理由があった。
空中散布型選択致死ナノマシン「デスサイズ」
……予めDNA情報を登録した人物に対しては全く無害なのだけど、DNA情報が登録されていない人物の体内に侵入すると、その人体組織を徹底的に破壊しつくし、確実に絶命させる凶悪な対人兵器。
DNA情報さえあれば、特定の人物だけ残して、それ以外の全員を瞬時に絶命させる……まさに人質救出作戦には打って付けの秘密兵器。
あの時、敵の守備隊が施設の自爆を試みようとしていると言う報告を受けたアタシは、狭霧達に施設内の空調設備の占拠を命じて、この殺人兵器の使用を命じた。
BDSが開発していた極悪なナノマシン兵器だったのだけど、その効果はめざましく、人質を盾に、核爆弾を持って最深部に立て篭もろうとしていた敵の残存守備隊100名余りを、文字通り一瞬で死に至らしめた。
……まさに外道、けれどアタシに後悔はない。
それしか手が無いから、迷わずそれを選んだだけの話だった……。
アタシはやっぱり外道の誹りは免れそうもなかった。
「止むを得ない……か。俺も現場にいたからな……奴らが突然、バタバタと倒れてくたばっちまったのを、この目で見た。確かにありゃ、人道にもとる恐ろしくエゲツねぇやり方だった……。けどな、これだけは個人的に言わせてもらうぜ」
「あはは……なんですかね。お手柔らかに……」
「……お見事っ! 人質救出作戦としちゃ、もう満点だったぜ! 俺達人質になってた奴らは、誰ひとりとして欠けることもなく生きて帰れた! そりゃ、テロリスト共に情が移って色々騒いでた奴らもいたがな……テメェが助けられておきながら、その手段にケチ付けるなんて、そんな馬鹿な話はねぇっ! 違うか? ん?」
「……そ、そりゃそうですけど。普通思いません? もう少し手段を選ぶべきだとか……。そもそもカドワキさんも思いっきり、殺人ナノマシンに晒されたんですよ? まかり間違ってたら自分が死んでた……そう思えば、普通頭にきません?」
「クックック……俺を誰だと思ってる? このカドワキ様は、アドモスの誇る天下無敵の技術屋なんだぜ? 当然、サンプルを回収して、徹底的に調べさせてもらったに決まってんだろ? まったく、実に機能的で良く出来てるって感心したもんだ。まぁ、確かにやり方に少々問題があったのかもしれんが、俺達技術屋の世界ってのは結果オーライだからな……。少なくとも俺は遥ちゃんを許す! よくやってくれたっ! まったく、遥ちゃんと仲良くしといてよかったぜ! ってな訳で、今後もよろしく頼むぜ!」
いい笑顔を浮かべつつ、手を差し出すカドワキ氏。
……やっぱ、この人クレイジーだ!
殺人ナノマシンのサンプル解析とか……思いっきり、BC兵器と変わりないような代物を、知的好奇心だけで解析しようとするとか、普通の神経じゃないよ。
むしろ、絶対怒られるって思った……。
正直、直接会いに来たのは、その事について謝罪したいって思いもあった。
けど、なんとなく嬉しくなって、その手を握り返す。
機械油の染み込んだ……無骨だけど、やさしい手。
……アタシって、男の人って苦手なんだけど、こう言うおじさん達や年寄り相手だと不思議となんともない。
そう言うのもあって、若い男の子なんかより、おじさん達の相手する方が好きなのだ。
なんと言っても、アタシは元々重度のブラコンで、基本的に歳上好みって言う自覚はある。
……そう言えば、お兄ちゃんもこんな感じにマッドな人だったっけ。
思わず、懐かしくなってしまい、その手を握ったまま、ぼんやりと見つめていると、思いがけず目頭が熱くなってしまう。