第十話「これはひとつの後日談」②
「特務艦隊……。つまり、ブリタニアのアタシらみたいなもんかな? そりゃ、なかなか追えないだろうね。女王陛下直属……なんてのになると、多分、ブリタニアでも、最高機密レベルの連中だろうね」
ブリタニアの艦隊については、王室直属のイギリス系と、政府軍直轄のアメリカ系で完全に分かれた指揮系統になってるらしかった。
派閥どころの騒ぎじゃなく、指揮系統すらも別々。
一国に、二つの軍隊が同居してると言って良いだろう……なんともややこしい。
ブリタニア自体は、イギリスとアメリカをミックスしたような国らしいんだけど、頭脳体のルーツ自体は別の国。
一応、同盟国だったとは言え、微妙な温度差や考え方の違いとか、色々あるんだろう。
「だな、悪いがお手上げってところだ……すまんな」
「うん、解った。けど、技術的な側面からならどうだろう? 解析映像やシュバルツ艦の残骸から、回収できた弾片とか色々回してあげたじゃない。そこら辺、少しは期待してるんだけどさ」
「まぁ、そう来るよな? そっちから解ったことなんだが、とにかく冶金技術や精密加工技術、ナノマシン集積技術……そんな基礎技術の段階で相当高いレベルだってのが判明してる。特にレールガンの命中精度は、こっちのはもちろん、桜蘭の最新モデルすらも凌駕してる。これ見ろよ……シュバルツの奴らも主力艦を守るために、護衛艦で壁作ってたのに、その隙間を縫って、直撃させてやがる。こんなアホ見てぇな精度、半端なシロモンじゃねぇぞ」
解析映像で色々補正をかけてるらしく、スローモーションで砲弾や銃弾にマーキングされた映像が流される。
カドワキさんが言うように、cm単位の誤差で同じところに着弾する砲弾や単発のレールガン狙撃で10000m上空の索敵機が撃墜されたり……そんな光景が展開されていた。
砲弾を横合いから撃って叩き落とす……初霜がやってた、神業も平然とこなしている。
「……改めて見ると、とんでもないな、こいつら……。普段何とやりあってたら、こんなになるんだか」
「知るかよ……そんなもん。とにかく、こいつらの装備と同レベルの代物があるとすれば、初霜の搭載兵器くらいだが……。ありゃ、あの艦が自前で独自進化させたようなもんで、俺達ですら同じものは作れねぇ……言わばオーダーメイドの一品物だ。だが、不可解なのは、このレナウン級やA級駆逐艦の装備だ。こっちにもブリタニアの艦艇情報はいくらか流れてきてるから、その技術レベルを推測するくらいは出来るんだが、その推測値を遥かに凌駕してやがる」
「ブリタニアの特務艦……それが初霜レベルのハイレベル装備を持ってるって事か……。けど、そんな物がどこで作られたんだろう? 本来、頭脳体連中の技術開発って、力技の積み重ね、愚直なアップデートが基本。そんな一足飛びの進化ってあんまりしない。大体、右へ倣えで横並びでじわじわ進化するもんなんだけど……。その特務艦の装備がブリタニアの平均値を軽く超えていたとなると……一体、セカンドでは何が起きてるんだろう?」
その手の一足飛びのブレイクスルーを起こすのは大抵人間の技術者が絡んでるんだけどね。
カドワキ氏みたいな鬼才と言える人材のぶっ飛んだ発想力もだけど、ここをこうしたら? って、ちょっとした角度の違う見方の助言ひとつで、連中は一足飛びの劇的進化を遂げることがままある。
「そうだな。確かに連中は総じてそんなもんだ……良くも悪くも手堅くやりすぎる傾向がある。だからこそ、俺達みたいな技術屋が必要とされるって訳だ。まぁ、持ちつ持たれつってところなんだがな。だが、どうもブリタニアの連中ってのは、技術開発を頭脳体に丸投げにしてるみたいでな。おかげで、ブリタニアの連中ってのは技術に疎い上に、進化のペースも早いとは言い難い。セカンドで技術開発に一番熱心なのは、どうも桜蘭の奴らみてぇなんだ……。連中は派手に負けこんでたからか、ずいぶんと研究熱心でな。そこら辺が楼蘭の連中の強さの秘密でもあるんだが。その桜蘭すらも、飛び越えた技術をブリタニア艦が使ってるってのは、確かに不可解な話ではあるな」
「確かに不可解だね……。ところで、非ブリタニア系の初春型……初霜モドキ、そっちの線はどうだい? こっちの初春型は、例のフロスト以外、割と平凡な艦ばかりで、その所在も確認出来てる。となると、こいつらは桜蘭製で決まりだと思う。そっちはさすがに少しは情報もあったんじゃないかな?」
「初春型か……そっちについては、向こうの艦籍データベースに照会してもらったんだが、艦名……有明と夕暮だって事までは解った。初霜の姉妹艦……そこも決まりだ。ただ向こうではどちらもロストシップ扱いになってるそうだ……」
「ロストシップ? つまり、失われた艦って事かい?」
「ああ、あちらさんの記録で、斑鳩星系の先進技術開発部隊の所属艦だったって事までは判明してる……。どうもかなり初期段階の無人運用試験艦だったみてぇなんだがな。もっとも、その斑鳩星系は、黒船の侵攻に対応するための重力爆弾による回廊封鎖で、所属艦隊共々封鎖流域に取り残されちまったらしい。なんでも、他にも同様、斑鳩基地所属の無人運用実験艦だった利根、長良型軽巡由良、軽空母龍驤、睦月、如月だの……結構な数の艦が孤立、そのまま音信不通。桜蘭ではすでに全滅していると判断し、全艦の艦籍を抹消……まったく、ヒデェ話だぜ」
……滅亡寸前まで追い込まれていた桜蘭帝国では、そんななりふり構わぬ撤退戦が頻繁に起きていたと言う話だった。
大群が押し寄せる中、味方が取り残されているのに構わず、回廊閉鎖。
そうでもしないと、突破を許してしまい、更なる被害拡大となるから……。
黒船共の常套手段……大規模突破侵攻。
それに、少数兵力で対抗するとなると、確かに何処かで侵攻自体を強制停止させる回廊封鎖が一番有効……事情は解る。
でも、その結果生まれるのはちょっとした地獄だ。
こっちも同様なのだけど、基本的に星系内の自給自足で賄えるなんてのは、むしろ少数派。
食料生産に向いてる環境の星系もあれば、鉱物資源ばかり有り余ってて、食料が全然作れない……なんて星系もある。
水資源なんて、はっきり言ってどこも不足しているし、天然食材や天然素材なんて、基本的に高級品扱い。
だからこそ、足りないものを融通し合う……交易による物資調達が極めて重要になっている。
この辺りは、人類が地球だけを生活拠点にしていた頃と何一つ変わってない。
だからこそ、どの星系もいったん孤立してしまえば、発生するのは極端な物資の偏り……孤立環境では、一年と持たない所ばかりだと言われていた。
孤立した星系の人々の運命は……緩慢なる滅亡への日々。
残された物資の奪い合いや生き残るための争い……いずれにせよ暗い未来しか待っていない。
救援があるなら、話は別なのだけど、その見込みがないとなると……そこにはもう絶望しかない。
それを承知で、そうせざる得なかったのだろう……。
酷い話なのだけど……小を捨てて大を救う……戦略としては間違っていないし、理解は出来る。
もっとも、とても賛同はできないのだけど。
「けど、その取り残され失われたはずの艦が、こっちの世界にブリタニアの特務艦と艦隊組んで、隔世レベルの装備を引っさげて現れた。これはなかなか興味深い背景がありそうだね」
「やけにご執心だな。そんなに連中が気になるのか? 確かにあの艦隊……並外れたテクノロジーに裏打ちされた相当な実力の艦隊ではあるがな……俺達技術屋はともかく、遥お嬢ちゃん達の興味を引くような話だとは思えねぇがな。結局、あれから、音沙汰無しなんだろ? どうも、目的ってのがはっきりしねぇんだよな……」
「確かに続報は一切ありませんね……。気になるのは当然ですよ。ぶっちゃけあの戦い……カイオスがあそこまでやってくれた時点で、もうこちらの負け確でしたから。けど、結果は奇跡の逆転完封勝利。その一助になった連中には、一言くらいご挨拶してやらないと気がすまない……良い意味でも、悪い意味でもね」
「確かにな……。まぁ、今の所、銀河情勢はお前らがシュバルツの艦隊を根こそぎ沈めちまったもんだから、連中もすっかり意気消沈。各星系に乗り込んでた連中も本国の艦隊戦力と言う軍事力を失ったことで、ビクビクしてるらしいぜ。なんせ、公式にはたった20隻足らずのグエン、永友連合艦隊にその全戦力が返り討ちにあったって話になっちまってるからな。セカンドのシュバルツは張子の虎、もはや恐れるに足りず、侵略者への譲歩やらお情けなんざ止めちまえって世論がすっかり主流だ。うちのボスが復帰して、議会で一席ぶちあげたせいで、連合議会も主戦派が勢いを盛り返して、シュバルツの後ろ盾を失ったクリーヴァや平和主義者共もタジタジだ。まったく、つくづくやってくれたよなぁ……これもお前さん達のシナリオどおりってところかい?」
「いえ、正直勝ちすぎましたね……。シュバルツはあの戦いに主力艦艇はもちろん、その艦隊戦力の大半を投じてました。けれど結果的にそのすべてを失い、こちらの世界への侵略どころか、もはや国防に支障をきたす……その程度には損害を受けたはずです。シュバルツの生産力はこちらと違って、戦艦が一週間で戦線復帰とか、そこまでチートじゃない。多くの敵性頭脳体も捕虜にした以上、その艦隊戦力の復活には相当な時間がかかるはずです」
「確かに、頭脳体を抑えられちまったら、艦の再建もままならんからな。永友提督は好意のつもりで、シュバルツ艦の生き残った頭脳体の大半を救出……捕虜にしたらしいんだが。その実、捕虜が返還されない限り、奴らのエーテル空間軍事力の再建の道が絶たれたままになる……なんて状況を作り出してしまったんだよな。奴らは、プロクスターの収容所に収容されてるらしいんだが……。「飯が美味いからもうシュバルツには、帰りたくない!」なんてゴネてる奴らが出てるような有様らしい。あの提督も多分善意からなんだろうけど、エゲツない真似をやってくれてるぜ」
……思わず絶句する。
あの人たらし提督……タチ悪っ!
大方、善意で捕虜にも美味しい食事を……なんて言って、大盤振る舞いしたんだろうな。
シュバルツの頭脳体連中もお世辞にも、いい扱いを受けてるとは思えなかったし。
六百年も前のナチスドイツへの忠誠よりも、目の前の美味い飯……ああ、あの娘達ならそうなるよ。
実際、祥鳳の豪華お風呂に入って、激ウマご飯にありつけて……あれはもう天国だった。
戦いに勝つたびに、あんなご褒美……皆、提督の配下で良かったとか言う訳だよ。
確か、ドイツ、フランス系の艦の半数近くを捕虜にしたから、30人位は捕虜の身になってるはず。
それがごっそり、返還を自らの意思で拒絶してこっちに恭順……なんてなったら、もうシュバルツは詰む。
頭脳体を容赦なく破壊して回ったアタシらのやり方だと、向こうでオールリセット状態ながら、再建すればまだ良かったけど、頭脳体が健在な状態だと、そうも行かない。
艦体自体は再建しても、その頭脳が戻ってこないのでは、ただの張子の虎にしかならない。
有人での運用という手もあるけれど、戦力的には無人艦以下。
シュバルツ、終了のお知らせってやつだった。
永友提督の知られざる非道。(笑)