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第九話「終焉のミラージュ」④

「そ、そうだねぇ……さすが不沈しずまずの天霧ってとこかな。コレだけボコられても、元気いっぱい……とは言えないか。さすがに、ダウンして、そこで大の字になって伸びてるよ。けど、ナイアーなんて出てきたら、もっと大騒ぎになる。人質を祥鳳に移したら、皆でこそーっと逃げちゃおうか。あ、悪い……たった今、メインモーターが一機、ダウンしたって……我、航行不能って奴だ。こりゃもう、だれかに引っ張ってって貰わないと帰れないわ」


 チラッと横を向くと、天霧は片手を伸ばしたまま、文字通り力尽きたように、床にうつ伏せになっていた。

 がに股でスカートもめくれ上がってて、色々見えてるけど……もう直す気力も無いらしい。


 なんだろう……何処かで見たようなポーズだった。

 どんな時でもネタに走る天霧……わざとじゃないんだろうけど、さすが天霧。

 

 とは言え、同じ女子としてあんまりな光景だったので、上着を脱いで、そっとかけておいてやる。

 

 そこまでやってから、自分の白いシャツがモノの見事に血染め状態になってるのを見て、シャツを脱いで黒のブラ丸出し状態になる……だって、暑いんだものっ!


「ちょっ、提督……何脱いでんだよぅっ!」


 回線接続中だった、沙霧が血相を変えて呼びかけてくる。


「気にしないでよ……いいじゃん、これくらい。いっそズボンだって、脱ぎたいのを我慢してるんだからっ!」


 いわゆるスポーツブラタイプのだから、見せてもいいヤツ。

 おヘソとか肩は……まぁ、水着になって見えるとこは露出してたって、問題ないんじゃないかな……?

 

 男の目とかそう言うのじゃなくて、純粋に暑いから脱ぎたい。

 見栄張って我慢して、オーバーヒートとか、洒落にならない。


「うん、暑いのは解るけど、それ以上は駄目だよ絶対! その時点で相当刺激的なカッコなんだから。けど、天霧もマジでズタボロ、よく浮かんでるねぇ……。でも、私らの代わりに弾除けになってくれたようなもんだったから、文句は言えないよ……。そうなると尚更、さっさと帰りますかね」


「そうだね……。こりゃ、本格的にお迎えが必要かもしれないな……。去り際はクールにって、やりたいんだけどねぇ……」


「……影のヒーローは人知れず去るってね。まぁ、私らが引っ張ってくから、何とかなるよ、とにかく流体面下の破孔だけでも直しとかないと、マジで沈んじゃうよ? あと顔くらい拭いたほうが良いよ」


 言われて、鼻の下に手をやると手袋にベッタリと赤い血が付く。

 

 シャツの血はこれか……鼻血乙女とか、確かに人前に出れないね。

 ブラも汗ででろでろ、ズボンもベタべタ……このまま、全部脱いで、頭から水でもひっかぶりたいっ!


「天霧がダウンしちゃったから、今や、アタシがダイレクトに艦に接続して、機能掌握中なんだよ。ダメコンは動かしてるから、なんとか沈まないようにもたせるよ……。けど、もう暑くってさ……天霧も放熱余力が無いらしくて、空調もあんまり効いてない……冷たい水かぶって、アイスが食べたいっ!」


 この感じからして、室内温度は35度くらいはありそうだった。

 エーテル空間自体は、15度から20度程度とむしろ涼しい……窓でもあれば全開にしたいところだけど、そんなものはない。


「提督、身体張りすぎだってばっ! けど、そんなカッコで顔見せなんかしたら、グエン提督たちが大騒ぎしそうだね。まぁ、早いとこズラかろうか」


 まぁ……多分それが正解。

 恐らく、このまま居残れば、アタシはちょっとした英雄ってヤツにもなれるんだろうけど、アタシはあくまで黒子役がいい。

 

 実質、この戦場を仕切ってたようなもんだけど、そこまで御大層な役割を果たした気はしない。

 

 あくまで、この戦場に勝利をもたらしたのは、グエン提督と永友提督。


 そして、両提督が手塩にかけて育て上げた歴戦の強者ども。

 やはり、そうでなくてはいけない。


「とぅわーったーっ! な、永友提督から入電ですよっ! つなぎましょうか?」


 潰れたカエルみたいなカッコで、床にひっくり返ってた天霧が起き上がりながら、報告。

 でも、スカートが捲れ上がってた事に今頃気付いて、一生懸命に直してる。

 

 まぁ、アタシも良くTシャツ一枚で、パンツ丸出しで雑魚寝とかよくやってるしね。

 今だって、そんな変わりないカッコしてるし……。

 

 どうせ、ここには女の子しかいないんだから、別にいいんだけど……。

 

「あの人、ホントに何もしなかったよね……と言うか、天霧はしたないよ。と言うか、あのポーズはないなぁ……」


「い、いいじゃないですか! 私、提督と違って、下着はオシャレに……なんですから! ところで、その姿を永友提督お見せするとドン引きされそうですよ。せめて、顔くらい拭いてケーブルは外したほうが……それと上がブラだけってのは、ちょっと……エロすぎですっ! 提督脱がなくても凄いんですからっ! そこまでやられると、もう嫌味ですっ!」


 手鏡で見ると、顔のあちこちが血塗れで、ケーブルがアチコチから伸びてて、とってもサイバーパンク。

 ……これは、軽くホラーだな。

 

 天霧が冷蔵庫からおしぼりを出してきて、顔を拭いて、ケーブルも外してくれる。

 まぁ、天霧が復帰したなら、臨時の制御システム代わりになってる必要もなかった……。

 

 コネクタと言っても、コンセントみたいなのじゃなくて、肌にくっつけるだけだから、抜いてしまえば、一見コネクタが何処にあるかも見えない。

 

 なんか、いっそブラ外して、胸はだけて、谷間の汗を拭きたいって言う衝動に駆られる。

 気持ち悪いよぉ……それになんか臭う。

 

 考えてみれば、最後にお風呂やシャワー行ったのいつだろう? やばい、3日くらい行ってないかも。

 このCIC……アタシの体臭でムンムンだと思う。

 

 ひとまず、上着を羽織って、身だしなみを取り繕ってから天霧に頷くと、永友提督がモニターに表示される。

 

「やぁ、遥君、それに天霧君もお疲れ様。色々アクシデントがあったようだけど、何とか勝てたみたいだね。私は例によって、役立たずだったけど……。いやぁ、今回はさすがにスリリングだったよ」


 にこやかな笑顔の永友提督。

 身なりもビシッとしてて、とても激戦を終えたばかりには見えない。


「提督、ホントに戦いになると一切口出さなかったですね。けど、祥鳳達、あの局面であんな余力を残してたなんて、あれって提督の指示だったんですか? さすがに驚きましたよ」


「うん、私は良くも悪くも臆病だし、祥鳳も似たようなもんでね。直掩機や護衛艦の戦力を最後まで温存できてたのは、祥鳳のビビリ思考故にってところだよ。彼女はどんな時も予備兵力を残しとく主義なんだ。私もよく言ってたからね。弾も兵も使い切っちゃいけない……何があるかなんて、最後まで解らないからってね。けど、こんな臆病者でも戦場では少しは役に立つって解ってもらえたら、ちょっとは誇らしいかな」


「そうですね……。永友提督の教えがあってこそだと思いますよ。戦争における予備兵力ってのは、極めて重要ですが、その使い所は難しいものですからね……。祥鳳の予備兵力の使い方は見事としか言いようがなかった」


「いやいや、攻勢に移る戦機の読みに関しちゃ、君の判断力が絶妙だったと祥鳳も絶賛していたよ。あそこで祥鳳の背中を押してくれたからこそ、祥鳳達も最後の守りを捨てて全面攻勢に移れたようなものだ……やはり、君はすごいね。私も見習わないとな」


「いえ、正直アタシも貴方を過小評価してました。やはり、提督は名将の素質があるようですね。この戦いの勝者として、きっとその勇名が益々轟くことになるでしょう」


 戦場における名将とは、最後までより多くの兵を立たせていた将を指す。

 であれば、この永友提督のような将こそ、名将と言って何ら差し支えがないだろう。


「あー、やっぱりそうなるのか。実を言うと、戦いの最中、私はいつもどおり、厨房に籠もって鉄鍋を振るってたんだけどね。まぁ、派手に揺れたりで大変だったけど、おかげで、戦勝パーティーの準備はばっちりだよ。あとで皆で食べに来るといいよ」


 この人……ある意味、大物だよね。

 

 至近弾の爆音やら、銃弾が装甲を叩く、死神の音が轟く最前線で、厨房で鍋を振るって平常運転とか、キモ座ってるって言うんだよ。それ。

 

 グエン提督やアタシも大概だけど、この人も大概だった。

 

「そうですね。時間があれば、是非、ご相伴させていただきたいのですが……。ちょっと色々面倒な事になってるので、時間があるかどうか……」

 

「そうだねぇ……。確かに、敵も降伏艦続出で、敵の頭脳体もあっちこっちに浮いてるから、救出するだけでもなかなか大変そうだ。まさか、100隻規模の大艦隊との決戦になるなんて、私も想定外だったよ……。よもや、あれだけ用意してた弾薬が底を尽きかけるなんて……。こりゃ次はもっと用意しないと駄目だな。まぁ、戦後処理と人質の方々の後方移送はこちらで引き受けるよ。実を言うと、近辺の辺境警備艦隊が続々と駆けつけてくれることになってるから、ちょっとは楽できそうなんだ」


 ……あんな大規模艦隊相手にして、弾が持つほうがおかしいと思うんだけどな。

 信濃なんて、あんな巨艦で60機程度の搭載機なんて、やけに少ないって思ってたら、格納庫に弾薬を満載してたらしい。


 そして、弾薬と燃料をパッケージ化した補給コンテナをせっせと戦場にバラ撒く……この戦場簡易補給システムを展開してくれてたのも、勝因のひとつなのは間違いなかった。

 

 なんて、用意周到な……どうもアタシは、この人の用心深さに助けられたようだった。

 まったく、こういう地味なところで手抜かりがないとは、この人十分名将だと思う。


「ははっ、けど、そう言う事なら尚更、我々はお先に失礼させていただきますよ。我々は秘匿艦隊なので、あまり人目には晒されたくないのです。提督の手料理は大変、魅力的なのですが……」


「そりゃ、残念だ。ああ、いつぞやか絶賛してもらったベイクドチーズケーキも焼いたから、せめてお土産として持っていくといい。それくらいの余裕はあるだろ?」


 ……うわぁっ! あの絶品チーズケーキ!

 

 も、ものすごく欲しいっ!

 

 天霧もアタシを見て、しきりに頷いている。

 あの後、天霧達と分け合って、美味すぎるって揃って絶賛してたんだよな。

 

 うん、ご褒美にそれくらい、もらってもバチは当たらないか。

 

「解りました。実は天霧がものすごく物欲しそうな感じでこっち見てましてね! ボロボロになるまで頑張ったんで、労ってやりたいんで、是非!」


 天霧がガーンと言った感じで、口を開けている。

 ごめん、天霧……アタシの見栄のために……犠牲になってくれ!

 

「そうか、そうか。うん、そう思って3つくらい焼いたから、全部持っていってくれ! いやぁ、戦後処理となると私の出番なんだが、ちょっとこれはなかなか大変そうだ。それと天霧もなかなか派手にやられてる感じみたいだから、今、疾風と追風を救援に向かわせてる。人質の移送も手伝わさせるから、君も楽にしてるといい……うん、ご苦労様! 後のことは任せなさい」


 そう言って、ニコリと微笑む提督。

 こんな激戦をくぐり抜けておきながら、この余裕たっぷりの貫禄と優しい笑顔。

 

 これに加えて、美味い手料理なんかで、出迎えられちゃったら、そりゃ心酔だってするよ。

 解ったこの人、たらし上手って奴なんだ……紛う方なき将才って奴だね。


「ご足労かけます……何から何まで。落ち着いたら、後ほど手土産でも持って、ご挨拶に行かせていただきますよ」


 そう言って、頭を下げる。


「ああ、楽しみにしてるよ。けど、これから大変だ……さすがに、ここまで派手にやっちゃったら、見せかけの平和なんて終わりだろうからね。これから一体どうなっていくのやら」


 ……全く同感。

 アタシのやったことは、淀みかけていた池に小石を投げ込む……その程度のつもりだったのだけど。

 

 ……アタシの投げた石は小石どころか、大岩だった。

 池の中はもう大騒ぎ……正直、またやっちまったとしか思えないんだけど。


 これもまた、アタシという人間の持つ業って奴なのかも知れない。

 

「なるようにしかなりませんね。アタシが言うのもなんですが」


 それだけ言うと、永友提督も苦笑しながら、急に呆気にとられたような顔になる。

 

 少し顔の下の方……視線を追うと、いい加減に止めたボタンが弾けて、アタシの無駄にデカイ胸がボロンとはみ出していた。

 

 ぐっはぁ……不覚。

 

「……し、失礼しました……提督」


 後ろを向いて、大慌てでしまい込みながら、モニターをチラ見すると、提督もあらぬ方向を眺めていた……見てないよアピール中。

 

 アタシも、この場は何事もなかったかのように取り繕うべく、とりあえず振り返っとく。

 なかなか刺激的なカッコだけど、別に性的アピールとかしたい訳じゃない。


「い、いやぁっ! はははっ! な、なかなか大胆な格好だったんで、ビックリしてしまったよ! うん、凄い胸だなぁ……とか思ってないからね」


 ……アタシが悪いんだけどね。

 これは痛い……ますます熱が上がった気がする。

 

 絶対、顔も赤い……死にたい。


「す、すみません……ああもうっ!」


 こう言うときに限って、我が双丘の暴れ馬は収まるべきところに、ちゃんと収まってくれない。

 

 うがーっ! マジで要らないっ!


「そ、そうだね。君も疲れてるだろう……うん、ゆっくり休んでいいから……。あ、祥鳳がうちのお風呂に一緒に入らないかって言ってるから、来る? と言うか、疾風達から、天霧が今にも沈みそうだって、報告来てるんだけど、ほんとに大丈夫なのかい?」


 天霧の方をちらっと見ると、すっと視線を逸らされる。

 その横顔は、汗でいっぱい……どうやら、本格的にヤバイらしい。


「……あまり大丈夫なようではないので、ワレ救援求む……ですね。すみません、お世話になります」

 

 もう色々諦めたっ!

 

 ここはもう、大人しく祥鳳とお風呂入って、流しっこでもして、永友提督のディナーパーティーで、美味いものたらふく食べていってやるぅっ!!

 

 ――こうして、ひとつの戦いが終わった。

 

 ……アタシらはシュバルツの大艦隊を打ち破り、カイオスと言う諸悪の根源を葬った。

 

 けれども、戦いは終わってない。

 こちらの技術力の遙か先を行く、謎のブリタニア艦隊。

 

 カイオス達と敵対しているようではあったのだけど、誰にも知られずこちらのエーテルロードに侵入し、何処かへと消えていった……。

 

 何モノなのかすらも、判然としない……その目的もまた然り。

 

 アタシも、敵の敵は味方……なんて、甘く考えてなんかいない。

 セカンドの新たなる勢力の参戦……もはや、混沌の予感しかしない。

 

 それに、カイオス達の逆襲もあり得る。

 奴らの片割れ、ウラルもこの戦場には一切戦力を出さなかったようだった……。

 

 ……まるで、沈む船から逃げ出したように……。

 シュバルツ艦隊がこうなるのが解っていたかような……そんな感じだ。

 

 見えざる意志の存在……そんなものが垣間見える。

 

 アタシは、良くも悪くも結果的に、この二つの宇宙の混迷とした戦乱の舞台に、役者の一人として嫌が応にでも立つことになってしまった。

 

 銀河の歴史がまた1ページ。


 昔見た古典アニメのキメ台詞だけど、自分がその登場人物の一人になるってのは、ちょっと複雑な気分だった。

第6部「天風遥の戦い」はこれにて、完結。


一応、後日談パートがあるんですが、

思いっきり書きかけなので、しばらく間を置きます。


おつかれさまーでした。

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