第九話「終焉のミラージュ」③
「こ……こちら、祥鳳! さすが解ってるわね……ええ、ここがまさに正念場って奴よねっ! 解った、こうなったら、生き残ってる直掩機、予備機も全部まとめて、前線に投入する! さすがにこれで打ち止め……私もすっかり丸裸だけど、制空権を奪えるなら、安いもん! 疾風、追風、アンタ達も直ちに吶喊! ハーマイオニー達もこっちに構わず、一気にまとめて敵陣に突っ込んじゃって! 信濃は……さすがにまだまだ元気そうね! そっちはもう対空砲台として、私の航空隊と連携、敵機の完全駆逐に励めっ! これより永友艦隊、全艦総突撃を敢行スッ! 勝利は目前ッ! イケイケ、行っちゃえーーーッ!」
……祥鳳航空隊の最後の戦闘機隊が前線に投入される……その数、なんと30機っ!
さらにあちこちに分散していた秋茜改や千歳、千代田のアサルト・ゼロ隊も次々と合流……あっという間に50機もの編隊を組み、敵陣へと突入していく。
「祥鳳っ! ……この状況で、まだそれだけの予備兵力なんて残してたのか!」
敵の航空隊も、航空管制母艦だったレプライザルが謎の艦隊の奇襲で沈められたことで、各個自律制御となってしまっていて、祥鳳最後の戦闘機隊の猛攻の前に、もはや的同然にバタバタと落ちていく。
何より、もはや新手が一機も来なくなっている……もちろん、敵艦隊上空にはまだまだ多数の敵機が周遊しているのだけど、司令塔を失いもはや、烏合の衆。
実際、高空にて上空偵察中の観測機にすら手出ししようとしてこない……空母どころか、キャリアー艦もあらかた沈められた事でまともに統制すらも取れていない……これでは、いくら何百機いようと物の数ではない。
永友艦隊の護衛艦群が攻勢に回った事で、グエン艦隊の各駆逐艦が勢いを盛り返し、こっちがどうこう指示する前に負けじとばかりに突撃を始め、次々と前衛艦隊を葬って、その数を減らしていっている。
退路確保と、後方支援に専念していた事で、意図せず予備兵力状態となっていた永友艦隊の怒涛の攻勢……この最終局面で、余力を残していたのも大したものだったけど……その勢いはグエン艦隊にも劣らぬ統制の取れた凄まじいもの。
最前線で戦い続け、満身創痍となった初霜の代わりにとばかりに、全艦士気旺盛で次々と敵艦を沈めていく。
守りに強く長期戦を想定していた永友艦隊と攻撃特化の短期決戦型のグエン艦隊。
なるほど、組み合わせて使うといい感じで長所と短所を補い合える。
まったく、この艦隊を選んだのは正解だった……うまく噛み合うとここまでの戦闘力を発揮するとは……。
謎の第三勢力も後方の戦艦、空母群を的確に削り取ってくれたようで、これが援護のつもりなのだとしたら、喝采でも送ってやりたかった。
「よし、完全に戦場のイニシアティブを奪ったな……これはもう勝ったな。天霧、そろそろ楽にしていいよ。多分、これから先は、もう単なる掃討戦になるだろう……ご苦労様」
「謎の艦隊の敵中央突破も凄まじかったですけど、永友艦隊航空隊の最後の押し返しとハーマイオニー隊の突撃が勝負を決めましたね。と言うか、先陣のハーマイオニー隊、一気に敵の前衛を食い破ってあんな深いところまで……J級駆逐艦、侮れないです……。提督、コレで終わり? 終わりなんですよね? うはぁ……も、もうダメっ!」
……天霧が操艦シートから転げ落ちるように、床に倒れ込む。
戦術モニターを見る限り、もう周囲に脅威はないみたいだから、ほっといても平気かな?
天霧……お疲れ様っ!
アタシももう倒れたいっ!
けどアタシには、この戦いを最後まで見届ける責務がある……まだまだ倒れる訳にはいかない。
対空戦闘のみならず、時々電脳コネクタ突っ込んで、天霧のサブシステム代わりに頑張ってたせいで、なんか鼻血やらなんやら出てるし、さっきから熱っぽい……脳チップが過負荷気味で放熱が追いついてないんだろう。
でも、ここは踏ん張りどころっ!
戦術モニター上では、先発していたハーマイオニー隊が、グエン艦隊の各艦や初霜すらも追い越して、既に敵の真っ只中に飛び込んで、蹴散らしにかかってる様子が映っていた。
その実、敵中で包囲されてるようなものなのだけど、ハーマイオニー隊の巧みな艦隊機動の前に、敵も完全に分断されてしまって、各個撃破されてしまっている。
なにせ、敵の損耗率もとっくに5割を超えている……本来ならば、ここまで損害を受けると、まともな組織的戦闘なんて行えるものではない……机上演習だったら、この時点で全滅したと判定される状態だ。
その上、指揮艦と主力艦が軒並み沈み、指揮系統が壊滅し、制空権が奪われ、陣形も完全に分断され、崩壊。
更にグエン艦隊の精鋭や初霜が、ハーマイオニー隊に追いつき戦線を拡大しつつ、敵艦を駆逐していく。
……アタシの予言どおり、戦闘は掃討戦の様相を呈していた。
敵の旗艦トーン……映像解析で、その状態が見えてきたのだけど、200000なんて意味の解らない距離からの荷電粒子砲の一撃で、甲板から上がまるごと消滅しており、未だ浮かんではいるもののあちこちで誘爆中。
長距離戦闘を得意とする一種のミサイル巡洋艦のような艦だったのだけど、その戦闘力を発揮する間もなく後ろから撃たれるとは……200000なんて、視認は論外……索敵すら怪しいものだ。
そもそも、レールガンですら、届くかどうか怪しい距離……荷電粒子砲も100000を超えると粒子が広がって、まともに当たらなくなると言う話なのだけど……。
背中がお留守……カイオスに言い放った言葉だけど、意図せず予言のようになってしまった。
とは言え、艦隊最後尾に主力と旗艦を固めるとか……フォーメーションの時点で色々間違ってたと思う。
文字通り背中がガラ空きで、その背中から襲われて、応戦の間もなく主力をまとめて食われてしまうなんて……あの謎の艦隊から見れば、ごちそうが並んでいるようなものだったのだろう。
文字通り、美味しいところを全部平らげていきやがった。
カイオスも……指揮官としては、凡庸な奴だとは思っていたが、本当に凡庸だったのだろう。
考えが単純過ぎる……数を揃えれば勝てる、後ろにいれば安全。
大軍は、一歩運用を誤って、総崩れになったら手に負えなくなるし、後背からの奇襲なんて、本来最も警戒すべくもの。
どこまでも素人……奴は所詮、艦隊を率いるような器じゃなかった。
それにしても、トーンの被害状況から推測すると、かなりの高出力砲の直撃のようだった。
……荷電粒子砲の直撃なんて、何処にいたって、一瞬で蒸発して終わりだ……その残骸は赤熱化し、時より舞い上がる爆炎が見えるのみで、もう一切動くものは見えない。
エーテルの波を被り、徐々に沈んでいっている……カイオスやトーン、その乗員達も確実に全滅しているだろう。
奴らも自分達に、何が起きたのかすら解らなかっただろう。
どうせまた復活するんだろうけど、さすがにお悔やみのひとつでも送ってやりたくなる。
「狭霧、敵は撃退した。もう移乗作業はゆっくりやっていいよ」
人質の移乗作業中の狭霧たちへ連絡。
さすがにこうなると、急かす理由もなかった。
「冗談っ?! あの状況からどうやって……提督、今度はどんな魔法を使ったんだい?」
「アタシは特に何も……謎の騎兵隊が助けてくれたってとこかな。まぁ、正直命拾いしたってところだね。けどありゃ相当、ヤバイ奴らだ。初霜が群れをなしてる……そんな感じだと言えば解るかな?」
謎の艦隊は、シュバルツ艦隊を突破すると速やかに反転……再びその艦影を消し、何処かへと去っていってしまった。
こちらに敵対する意志はない……そう言いたげな、鮮やかな引き際。
けれど、記録映像で、あの艦隊の艦隊機動や攻撃精度を改めて見ると、その例えがしっくり来る感じだった。
「……ごめん、何が何だか分からないけど、相当ヤバイってことは解るよ」
「悪いけど、説明は省く。詳細は天霧の戦闘ログにでもアクセスしてくれ。それと後方への人質の護送は、永友艦隊の祥鳳が引き受けてくれるそうだよ。さすがに駆逐艦に寿司詰めじゃ、後々文句のひとつも来そうだったからね。正直助かったよ」
「そりゃいいね。とりあえず、皆通路だの弾薬庫だのに、無理やり押し込めちゃってるから、文句ぶーぶーだったんだ」
「そりゃまぁ、駆逐艦は大勢の人を乗せるなんて、想定してないからね。それは致し方ない。反面、祥鳳って居住性は抜群らしいからね。艦載機の損耗率が8割とか酷いことになったんで、格納庫が空っぽになっちゃったらしいから、100人くらいなら、余裕だって言ってるよ。けど、こりゃ戦後処理が大変だな……。永友提督が敵艦の降伏を受け入れちゃってるし、捕虜の救出も始めてるみたいだから、ちょっと手が足りないかも知れないし、アタシもこう言うのは慣れてない……。正直、さっさとズラかりたいんだけどねぇ……長居は無用だと思わないかい?」
「私ら一応極秘艦隊だからねぇ……。ナイアーくんでも迎えに来さす? 天霧も……ずいぶん、手酷くやられて……。ダメージレポート見た? もう真っ赤じゃないか……」
どうも、天霧のヤツ。
アタシに気遣ったのか、被害を隠そうとでもしてたらしく、今頃になってダメージレポートが更新されてた。
アタシが出張った時点でも結構やられてた気がしてたんだけど、改めて見ると、そのダメージはもう半端じゃなかった。
まず機銃弾やら弾片の貫通による125箇所もの破孔……蜂の巣状態。
メインカメラユニット半壊、艦橋部大破、バッテリーセル50%破損、ジェネレーターもすでに半分が緊急停止し動いてない。
対空砲も1/3が消失、第三砲塔もダウン……こりゃ、被害甚大、もう満身創痍じゃないか。
確かに、火器管制引き受けた時点で、動かないのとか動作が怪しいのがそれくらいあったけど、第三砲塔はレプライザルを落とそうと真上に向けて、派手にぶん回した挙げ句、回転軸のギアが噛み込んで停止……完全にぶっ壊れてる。
こりゃ、アタシが壊したようなもんだ。
こんなになってるのに、CIC周辺は、まったくの無傷……。
なんと言うか日頃から、防御力強化やらダメコンやらに熱心だった成果が出たって感じだった……外部装甲も至近弾の爆圧でもうベッコベコ状態。
艦底部にもエーテル流体が流入してて、最下層ブロックの隔壁閉鎖で被害拡大を何とか抑えているような状態。
確かに、銃撃されてる音とかめっちゃしてたし、至近弾も盛大に食らってたけど、その辺全然気にしてなかった……我ながら、図太すぎるだろ……。
レプライザルとやりあってる間も、動きに精細が欠けてるとは思ったんだけど、恐らく必死にダメコンに励みながら、あっちこっち騙し騙しで、とにかく持たせるの一心で頑張ってたんだろう。
あの局面で、天霧任せにしてたら、ちょっとヤバかったかもしれない……と言うか、あそこで下手打ってたら死んでたな。
とにかく、天霧頑張った……めちゃくちゃ頑張った!




