第九話「終焉のミラージュ」①
「イエス、マム……では、接続します」
敵艦トーンとの限定回線がつながると、陰気臭い糸目野郎がその姿を見せる。
「やぁ、ご機嫌そうだね……カイオス。ご指名いただきながら、たいへん恐縮なのだけど、こっちも色々忙しいんだ。用事があるなら、程々にね。と言うか、そのキモいツラ見ただけで、吐き気がしてきてるんだ。通信回線越しなのに、なんかドブみたいな匂いがプンプンする……ヤダヤダ。ひとまず、30秒だけやるから、御託を並べたいなら、手短に頼むよ」
野郎が口を開くより先にぶった切り宣言! 懐中時計を懐から取り出すと、時計の針を見つめながら、どっかりと足を組んで、ふんぞり返りながら、肘掛けに頬杖を付いて、余裕たっぷりと言った様子を見せつけてやる。
なんか、懐に手を入れた拍子にシャツのボタンがちぎれた上に、ふんぞり返ったせいで、ブラ丸出しで胸がバイーンって感じになったけど。
ここで慌てて、胸ガードするとかない……見たけりゃ、冥土の土産に好きなだけ見ていけっての。
もし、視線が釘付けに……なんてなってたら、思いっきりあざ笑ってやるだけの話。
アタシとコイツの関係なんて、単純明快。
出くわしたら、お互い殺し合いあるのみ……話し合いだの妥協なんて、お互い微塵にもない。
コイツは、他人をモノみたいにしか思ってないし、アタシはこいつを人間として見てない……。
で、ある以上……交わす言葉なんて、相手を嘲り、罵倒し、呪いの言葉を吐く。
それ以外に何があろう? 殺すか殺されるかの二択。
……実に心暖まる関係だった。
「いつもながら、ツレナイんだねぇ……君は。口を開けば、憎まれ口ばかり、その下品な胸と言い、育ちの悪さが窺い知れるよ。なぁに、今の気分はどうだいって聞きたかったんだけどさ。ねぇ、遥ちゃん……今さぁ、どんな気分なんだい? なんか勝ったも同然みたいな態度だけど、むしろ敗者となることが確定していると思うよ? これから、一体どんな負け惜しみを聞かせてくれるんだろう……いやぁ、楽しみでならない……アハハハハッ!」
芝居ががった仕草で、髪をかき上げて、いやらしい笑みを浮かべるカイオス。
やっぱ、駄目だコイツ……生理的に受け付けないわ。
目の前に居たら、迷わず刺してる。
「そうだね……スリル満点で最高の気分ってとこだね。やっぱ、この爆音轟く最前線ってのは、いつ来てもいいね……ワクワクしてくる。ボクちゃんはどうなんだい? どうせ、一番後ろで手下の背中に隠れて、コソコソしてるってところだろう?」
「はははっ……言うねぇ……。僕はこれでもシュバルツの総帥閣下と呼ばれる身分なんだ。後方で指揮を執るのが当たり前だろ? なにより、前に出たら、殺す気満々で狙い撃ちするんだろ? その手には乗らないよ」
「そう言うのをチキン野郎っていうんだよ。どうだい……たまには、なけなしの勇気を振り絞って、最前線で修羅のごとく暴れまわってる初霜あたりにでも、チャレンジしてみれば? なんなら、そこのフロストとかいう雑魚船に乗ってきてもいいんじゃないか? 条件は互角……とはいい難いが、宿命の対決……悪くないカードだろ? まぁ、貧乏くさい装備にダウングレードしちゃったみたいだから、瞬殺されるのがオチだろうけどね」
「おのれっ! 調子に乗るのもいい加減にするのですっ! この泥棒ネズミっ! 人の物を掠め取っておきながら、何を偉そうにっ! 貴様こそ、正面に出てくればいいのですっ! カイオス様、トーン前進の許可を……私自ら、この女を葬ってみせます!」
頭脳体トーン、あっさり激高して、口を挟んでくる当たり、まさに三下。
お嬢様然とした口調ながらも、ちょっと挑発すると目を三角にしてヒステリーに喚き散らす。
育ちの悪さという点では、なかなかのものだった。
……相方のフロストはちょっとは冷静だけど、いかんせんコミュ障気味な上に、氷結弾以外に取り柄のない雑魚艦だからなぁ……。
初霜の同位体……こっちの世界の初霜らしいのだけど、如何せん、桜蘭製の初霜がヤバすぎて、アタシとしてはとっても影が薄いと思う。
天霧もフロストとは、何度か交戦してるけど、全勝状態……このトーンもこの前、艦橋ごと吹き飛ばしてやったのに、相変わらず、カイオス共々外から丸見えの艦橋にいるようだった。
まぁ、死んでバックアップからの復活と言っても、最後にセーブしたところからリスタートだから、自分の死に様とか何が原因だったのかとか、反省のしようがないからだと思うけどね。
どっちにせよ、進歩のない奴らだった……いい加減、そろそろ縁を切りたいもんだ。
「三下風情が吠えるな……って言いたいところだけど、その勇気は賞賛に値する。飼い犬のほうが余程勇敢みたいだね。と言うか、わざわざオープン回線でコケにされる為に、回線繋げたんだったら、君も大概だね。用件はそれだけかい? ホント、ご苦労な話だね」
「……口の減らないガキだな。この状況で普通、そこまで吠えるかい? どうみても君らは風前の灯って奴だ。全く、ずいぶんと色々やってくれた君を確実にブチ殺すために、わざわざこんな晴れ舞台を用意してやったんだ……。僕の思惑通り、まんまと誘いに引っかかってくれて、実に傑作だったよ……。なぁに、僕としてはもっと、もーっと、君達に絶望して欲しいんだ。ここはひとつ惨めったらしく命乞いでもしてみせたらどうだい? 別に助命なんかするつもりもないけど、少しは楽な死に方が出来るかもよ」
「それには及ばないね。ご存知のように、アタシの手は長いんだ……実は、今この瞬間にもテメェの首に手をかけつつある。そうは思わないのかい? おや、背中がお留守みたいじゃないか、そんな油断してると……また死ぬよ? それに帰り道ももう無い。君らは敵中に孤立している……そう言う見方も出来るだろ? そこがお前の死に場所になるって可能性は考えてなかったのかい……このアタシが奥の手を残してると、思わないのかな? 果たして、追い詰められてるのはどっちだろうね。アハハハハッ!」
……そう言われて、慌てて振り返って背後を気にするあたり、やっぱりコイツは小物だった。
残念ながら、今、この場でコイツを始末するには、少々ハードルが高すぎるのだけど、ここはハッタリ上等!
せいぜい、みっともなくうろたえてろっ!
けど、さすがに自分の無様な姿がオープン回線で垂れ流しになってた事に気付いたのか、一瞬でそのポーカーフェイスが崩れる。
「クソっ! よくもそんなハッタリを! は、はははっ、強がりもそこまで行けば、大したもんだよっ! いっそ、命乞いでもするなら、見逃すつもりだったが、そのつもりはなさそうだね。トーン、今ここにこの女の死刑を宣告する! コイツを僕の前に連れてこい。別に五体満足でなくても構わない。その上で、僕自らの手でブッ殺す……覚悟しておけ! 死なせてくださいって、懇願する程の地獄の責め苦ってのをその身体に教え込んでやる……この僕を怒らせた報いを思い知らせてやる!」
「やれやれ、がっかりさせるなよ……。言うに事欠いて、なんだ、その雑魚っぽいセリフは……殺すって言っときながら、見逃すつもりだったとか……言ってることがてんでバラバラ、それに毎回、同じこと言ってないかい? そもそも、何回目のセリフなのか解ってるのかい? いい加減、もう聞き飽きた。……君は何回死ねば、自分がただのやられ役、モブキャラだって解るのかな?」
「貴様ァッ! な、な、な……舐めやがってェエエッ! つけあがるなよ! ゴミグズの分際でッ! いいだろう、いいだろう……そこで首を洗って待ってろ、こっちは圧倒的な兵力で貴様らをまとめて押し潰すだけだ! いいか? この状況で僕が負ける訳が無いっ! 今日こそ、この僕がお前を……」
肩を怒らせ、目を見開いて、カメラに向かって、歩を進めながら、イキがるカイオス。
けれど、そのセリフは最後まで放たれることもなく、モニターが唐突に真っ白になった後、砂嵐になる。
Lost Contact――
モニターには、信号消失の文字だけが虚しく表示されていた。
「……おい天霧、どうしたんだ? 通信妨害でもやったのか? 勝手なまねをするなとあれほど……」
出来れば、もう少し焚き付けてやりたかったんだけど……。
こんな半端なところで、ぶった切りなんて、気の利かない奴だ。
「い、いえ、私は何も……えっと……最前衛の島風から報告、敵艦隊最後尾にて……閃光と共に何かが爆発。推測とのことですが、トーンと思わしき敵艦……突如、爆発しまし……た? ハイ?」
疑問形で終わる報告ってどうなの?
なんて事を思うのだけど、何か向こうにとっても想定外のアクシデントが発生した。
そう思って良さそうだった。
戦術モニター上でも異変は起きていて、それまで整然と組織的に行動していた敵艦や敵機の動きが突然、漫然としたものとなり、それまでパラパラと降り注いでいた戦艦群からの砲撃も唐突に止む。
「何か解らないけど、恐らくチャンス! 麾下の全艦に告ぐ、直ちに全面攻勢に移れっ! 勝機は今しかないっ! ……フルバーストで撃ちまくれ! 一気に押し返せーっ!」
躊躇う理由はなかった……即座に総攻撃指令を発令。
さすが手練揃い。
この敵の停滞を見逃すほど、甘い奴らじゃない。
アタシの指示が出るなり、後先構わぬ猛烈な射撃と共に一気に攻勢に移る。
折しも、千歳、千代田の参戦に伴い、最前線にはグエン艦隊のほとんど全艦が集結していた。
それらが一斉に弾かれたように、再編中の敵前衛艦隊へ襲いかかった!
前衛艦隊の上空の敵機が一気に吹き飛び、再編成しつつ艦列を整えようとしていた駆逐艦群がたちまち、その数を減らしていく。
「提督、緊急入電っ! フッドより全艦へ警告、敵艦隊後方推定200000からの荷電粒子砲の射撃反応を捉えたとのこと! トーンを沈めたのはその長距離荷電粒子砲の可能性が高いとの事ですっ! それに新手がっ! ……敵艦隊側面に戦艦クラスの巨大反応が突如出現っ! な、なんですか、これ!」
戦術モニターに次々と各艦からの観測情報が次々飛び込んできていた。
さすがに、そのデータにアタシも戦慄を禁じえなかった。