第七話「大正義の名の下に」③
「さすが、柏木様……。よくぞ決断してくれましたわ。なんかもうスッキリって感じですの!」
どう言う因果関係なのか、利根のヤツ……頬がツヤツヤ。
傍目にも機嫌良さそうだった。
「ですなぁ……この宇宙に利根は一隻で十分。見てください、あの無様な燃えっぷりを! これぞ、天誅っ! パチもんなんぞが存在する余地は、この銀河のどこにもありませんからな。まぁ、一緒に居た艦隊は……我々桜蘭のかねてよりの宿敵、シュバルツのようですからね。そもそも、あの程度の小勢相手にあんな大艦隊で攻めるなんて、大人気ない……小官も閣下の決断を支持いたします!」
「まぁな! 俺もああ言う弱い者いじめみたいなのは気に食わねぇ! とりあえず、利根は突撃せずに、この場でセカンドの方には当てずに適当に援護。レナウン達も無理せず……って、別に掠めるだけでいいのに、中央突破狙いとか無茶するねぇ……行けるのか?」
「そうですな。レナウン達もうちの技術転用で相当強化されてますし、有明と夕暮は未来予測システム搭載艦です。従来艦では束になっても歯が立たんでしょう。と言うか、シュバルツの奴らも遅れてますなぁ……火薬式砲なんて、あんなもんうちの戦闘艦なら、対空砲火で撃ち落として終わりですよ。奴らもレールガンくらいは作れたはずなのですが、こちらの世界のコリドールは環境が違いますからな。我々のように、速攻で最適化出来るほどの技術がなかったのかもしれませんな」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたな。利根も試射もせずに、初弾かつこの距離で荷電粒子砲なんて良く当てたな。軽く200kmはあったんじゃないのか? まぁ、大分広がったみたいだが、おかげで相手は一撃であの有様だ」
「利根の未来予測システムは、発射前の段階で命中するかどうかを確定させるものですからね。今回の遠征に合わせて、改良型の荷電粒子砲を搭載しましたので、当たったのは当然の結果です。むしろ、こっちのエーテル空間環境は荷電粒子が通りやすいみたいですね……斑鳩付近での試射の際は、もう少し有効射程が短かったはずなのですが……。それにあの様子では、シュバルツでは荷電粒子対策装甲すらも実用化出来ていないのでしょう……。あの距離では相当、粒子も拡散、減衰していたはずなのに、あっさり上部構造体が消し飛んでしまうとは……素材レベルで安普請だったのか、何ともお粗末な話です」
「……備えあれば憂いなしって言葉を知らねぇのかな……。備えが悪いとああなるって、見本ってところだな。そもそも、荷電粒子砲程度なら、既存の兵器だろうし、セカンドならシールド技術程度あっても不思議じゃないんだがな……。しかし、レナも結構撃たれてるようだが、大丈夫なのか……あれは?」
「まぁ、宇宙戦用装備をそのまま転用できるほど、コリドールの環境は簡単じゃないですからね。お言葉ながら、技術力で我々を上回る勢力となると、どちらの宇宙にもそうはいないはずです……我々を基準に考えるのは、些か酷な話かと思われます。レナウンについても、あの装甲外殻の強度はこちらの技術で格段に強化されています。あの様子では、レールガンクラスの艦砲でもない限り、貫通することは不可能でしょう」
俺達に、そこまでの技術優位があるとは、思えないのだが……青島が言うならそうなんだろう。
戦いに関しては、有明と夕暮なんて、普段から、10倍20倍とか平気で出してくる黒船共相手に無双してるようなよりすぐりの戦闘狂共だ。
レナウン達も元々ブリタニア艦隊でも随一の精鋭……なんとでもなるだろう。
「……利根、初霜とコンタクト出来そうか? 出来るようなら、話が早いんだが……。それと、セカンドの奴らが撃ってきても絶対に反撃するなよ。最終的に連中に取り入らないとこっちも立ち行かんからな。しかし、セカンドの艦隊は統制が取れてるな……あれだけの兵力差にも関わらず、こっちの攻撃に呼応して、すかさず反撃に転じてる。劣勢下で迷わずあんな対応できるなんて、艦もすげぇが指揮官もすげぇな……」
「初霜さん……。示現体共鳴通信で呼びかけてるんですけど、反応無いようです。示現体共鳴通信のスクランブルコードが変わってるのかも知れませんね……。ルームにもアクセスしてみたんですけど、割と最近大勢でアクセスした形跡があっただけで、今の所コンタクトが取れておりません」
「いや、それどころじゃないんじゃないのか? あんな、最前線の十字砲火の中で綱渡り……まぁ、無事を確認できたし、俺達の介入でこの戦闘もセカンド側にも勝機が見えてくるはずだ。ファーストコンタクトとしてはそれで十分だろう? それにセカンドの艦隊も一度攻勢に出た後はすかさず兵を退かせたか。まったく、見事なまでの判断力と艦隊運動だ……やるねぇ……」
どうも、セカンドの艦隊もいい加減無理が来ていたようで、攻勢に転じたものの、その勢いが早いうちに停滞したと思ったら、レナウン達の突撃に合わせるように、一転後退に移っていた。
結果的に、一撃反転離脱のようになって、シュバルツ艦隊も大混乱を起こし、もはや反撃どころじゃなくなっていた。
鮮やか……そうとしか言いようのない見事な用兵だった。
こんな指揮官がいるとなれば、なおさらセカンドの奴らとやり合うなんて選択肢はない。
妙な展開になる前に、さっさと引き上げる……多分、それが賢明だった。
「……初霜さんとは、募る話もあるんですけどね……。柏木様もですよね?」
「俺か? まぁ……いつ何時も古い戦友との再会ってのは嬉しいもんだな。つぅか、アイツがそう簡単に沈むなんて思ってなかったが、こっちでも相変わらず、派手にやってるみたいじゃねぇか。雪風のヤツにも知らせてやりてぇが……アイツも今頃、何処でどうしてんだかな」
「あの方こそ、そう簡単に沈むような方じゃありませんの。ところで、この後は、どう致します? セカンドの皆様にご挨拶とかですか?」
「そうだなぁ……この様子だと向こうも、一枚岩では無さそうだしな。色々ややこしい事情もありそうだ。今回は顔見せ程度で構わんだろう。レナ達には、敵艦隊突破後は隠蔽装置を作動させて、後退し本艦と合流。然るべき後に、我らが本拠地、斑鳩へ一旦帰還だ。今ん所、示現体共鳴通信も繋がったり、繋がらなかったりで、何とも不安定だからな。時間どおりにゲートの近くに戻ってねぇと、帰りそびれちまうかもしれん。とにかく、長居は無用だ……ここが敵地だと言う事を忘れてはいかんぞ」
「あら、すげないのですね。この戦、最後までお付き合いしてもよろしいのではなくて?」
「まぁ、こう言うのは順番があるからな……あの指揮官はなかなかのやり手だ。援護射撃って、割にはちょっとやり過ぎた気もするが。これなら野郎は勝つだろうよ……。っと、お次はここで航空隊を繰り出してきたか……えらい勢いで叩き落としていっているな! なかなかどうして、芸達者な奴だ……こんな劣勢下で、まだあんな切り札を温存してたとはな。だが、この分だとえらく好戦的な指揮官……猛将タイプみてぇな感じだな……。こりゃ、シュヴァルツを狩り尽くしたら、こっちにも喧嘩売ってきかねぇ……やはり、即時撤退が賢明だな。レナ達も適当なとこで引き上げろって言っとけ」
「見も知らない相手なのに、随分高く買ってるんですね。それに敵の一割程度しか沈めてませんのに、まだ勝敗は解らないのではないですか? ……せっかくなので、このままセカンドの軍勢との挟撃に持ち込み、シュバルツの連中を軽く殲滅して差し上げましょうよ」
「ばぁか、だから言ってんだろ……下手に深入りしたら、こっちが撃たれかねねぇよ……。向こうからすれば、こっちは得体のしれねぇアンノウン。三つ巴の乱戦になんてなったら、もう目も当てられねぇ。どのみち、補給の当てがない以上、戦闘介入行動も最低限に止めるべきだとは思わんか?」
「一応、弾薬は3回位突撃しても余るくらい積んでるんですが……。そもそも、わたくし一発しか撃ってませんの……もっと戦わせてくださりませんか? 実は……ちょっと物足りなくて……身体が火照ってしまって仕方がありませんの」
……翻訳すると、暴れ足りないから……もっと寄越せと。
「その心意気やよし……だな、利根。とは言え、旗艦が沈んで、主力艦をあれだけ沈められたら、いくら数がいてももう総崩れだろう。ひとつ貸しを作ったってとこで戦果としては、もう十分だと言える……ここはセカンドの奴らに華をもたせてやるとしよう。次のこちらの一手は地味にアマゾン辺りでも斥候に出して、情報収集活動だな……。つか、今回だけでも結構、こっちの情報を取れたからな。斑鳩の連中の手も借りて、情報分析……そっちが優先だろ? なぁに、暴れたいなら、そのうちいくらでも機会なんてあるだろ」
言いながら、利根の腕を握りながら、服の下に手を突っ込んで、お腹直ナデナデモード。
司令部の連中も、そんな俺達のやり取りを見てみないふりをする程度には分別はあるし、これは大人しくさせるためのスキンシップだと言ってある。
実際、一歩間違えれば、セクハラ以外のなにものでもないのだが、効果抜群なのは、皆もよく解ってる。
まぁ、女性士官連中辺りは、白い目で見てたりもするのだがね……俺、これも仕事だと思ってるし、チューしたり、胸とか尻揉んでるわけじゃないし。
そう言う目で見るのはやめて欲しい……俺は紳士なのだ!
「……か、畏まりました。柏木提督のその深遠なる英断に、わたくし感服致しましたの……。それでこそ、我が親愛なる艦長。仰せのままに致しますわ……ああん、柏木様ぁ……素敵ですわぁ……」
……頬を赤く染めて、ビクビクと悶える利根。
ちょ、ちょっとやりすぎたような気もしないでもない……。
スキンシップも、程々にするべきだな! うむっ!
こりゃ、今夜は確実に夜這い食らうな……また腕がしびれるのを耐え忍ばねばいかんが……。
それも俺の役割の一つである以上、甘んじなければなるまい。
そして、俺は名も知らぬセカンドの指揮官に、内心でそっとエールを送った。
(頑張れよ! 塩を送ってやったんだから、うまくやれよ! そのうち、一緒に美味い酒でも飲もうぜっ!)
次回、遥視点に戻ります。
こんな形式にしたのは、理由があって、
遥視点では、この戦い割と絶望的な状況の描写が続きます。
所謂下げ展開ですねー。
賛否あるでしょうが、オチ解ってりゃ気楽に読めんだろ? と言う作者なりの気遣いです。