第六話「斑鳩よりの来訪者達」⑤
この状況……大義は我にあり……。
もはや、俺達が躊躇う理由は無かった。
敵は愚かにも、俺達と言う敵に背後を取られていることに気付いていない。
奴ら……利根どころか、もうかなり近くにまで近づいているレナ達にすら気付いた様子がない。
普通、ヤバイ空気くらい解るだろうに……こいつら、戦ってもんを舐めてる……ド素人なんじゃないか?
さすがの俺も、そう思い始める。
なにせ、奴らと来たら、これだけ圧倒的なな兵力差にも関わらず、攻勢を中断して、呑気に再編成なんぞ始めていた。
確かに、シュバルツの前衛艦隊は、相当な被害を出していて、攻勢限界レベルの損害を被っているようだった。
艦隊戦に限らず、双方譲らず、拮抗した戦いの末、図ったように両者が引き上げて、膠着状態になる……人間同士の戦いでは、良くある話。
もっとも、それは得てして、防御側にとっての有利となることが多い。
圧倒的多数の寄せ手の取る戦術としては、余り褒められたものではない。
この場合、前衛への予備兵力の即時投入による攻勢。
それが最適解だったはずなのに、こいつらはそうせずに、後退し再編成に走った。
理由は解る……予備兵力を投入した上での力攻めの継続となると、間違いなく損害が拡大する上に、何よりも予備兵力が払底してしまうことになる。
損害を抑えるという事なら、悪くない選択ではある……むしろ、常識的と言える。
だが、利根の観測データでの双方の損害は、シュバルツは20隻近くが沈み、セカンド側も無傷ではないものの、未だに損害ゼロ。
「……セカンドの軍勢は……化物なのか?」
思わず呟く。
いくら有利な防御側で、遅滞戦術に徹して、あの初霜がいるにしても、シュバルツの受けた被害は尋常じゃない。
通常、桜蘭では一個艦隊は10隻ほどで編成する……俺達、斑鳩艦隊はそれにも満たないのだが、一個艦隊と言えば相当な戦力でもある。
一連の戦闘で、シュバルツは二個艦隊もの損害を出した計算になる……沈まなかったただけで、戦闘不能の艦も相当出ているようなので、それらを含めると3-4割近いもの損害を出していた。
「柏木閣下……ここに来て、まだ様子見をしろと? セカンド側の軍勢も明らかに押されているじゃないですか! 介入するなら今すぐすべきだって、僕にだって解りますよっ! 何より、あの利根もどき……あれの存在だけは、僕は絶対に許せない。利根、君だってあんなの視界に入るだけで不愉快じゃないですか?」
いや、待て。
これ押されてるのか?
確かに戦線は下がっちゃいるが、シュバルツの前衛艦隊、ボコボコ……傍目にもとんでもない被害を受けている。
……兵の質という面では、セカンド側はシュバルツの艦を圧倒している。
最高レベルの指揮官と兵……紛れもない精鋭部隊。
セカンドの凄さが垣間見えた。
だが、やはり頭数の差は歴然。
……大軍ってやつは、少しくらい削った所でビクともしねぇ。
インセクターの大群相手で、そう言うのは嫌ってほど思い知らされているし、ウラルなんかも昔から、戦いは数ってドクトリンで兵力の半数を失いながらも、ゴリ押しで競り勝つとかそんなのが当たり前。
シュバルツ側は、どうやら前衛に無傷の予備兵力を投入し、万全の構えで再突撃の準備を進めているし、どう言う手段を使っているのか解らないが、艦艇のみならず大量の艦載機を展開し、航空優勢も確保しているようだった。
確かに、形勢としてはセカンド側の不利は否めなかった。
だが、ほんのひと押しで、戦況は簡単に覆りかねない……俺は、そんな風にも感じた。
まさに、俺達は今……この戦場の鍵を握っているのだ。
「……た、確かに、なんですの。この無償に湧き上がるイラッとする感情は……無性に撃ちたい! 今すぐ視界から消えて欲しいですのっ!」
青島と利根。
人が真剣に戦況を見極めようとしているのに、二人揃って、すぐ撃ての大合唱。
いやいやいや、ここは手出しのタイミングが重要……ステイ、ステイ……。
「……だ、だから、お前らちょっと待てと。もう少し考えさせろっ! な? そもそも、戦況をよく見てみろ。シュバルツの奴らは数的には優勢に見えるが、セカンドの軍勢は相当な精鋭だ……。簡単に負けるような奴らじゃないのは確かだ。だからこそ、焦って手を出すまでもない……タイミングが重要なんだっての!」
「閣下! ここは決断のときですっ! 今の状況で、迷っている暇なんて無い……そう、小官も愚考いたしますぞ! 優柔不断な将校なんぞ、何の役にも立たない……違いますか?」
優柔不断とは、言ってくれるな……オイ。
「そうですわっ! 迷ったら、撃つ! いつもそう言ってたではないですか! 撃ちましょうっ! 初霜さんだって、いつまでも持ちません! やらずに後悔なんて、わたくしはしたくありませんっ!」
まぁ、こいつらももっともな事を言ってる。
それは認める……俺の駄目なところは、この優柔不断さ。
だからこそ、俺は将としては、下の下……そう自覚してる。
だが……こいつらの言い分は明らかに問題がある。
人の話全然聞いてない上に、完全に目的がすり替わってやがる。
セカンドの軍勢への助勢ではなく、あの利根モドキが気に食わない……だから、沈めると。
敵艦を沈めるのは、結果的にそうなる……という事であって、そこは目的にするべきじゃない。
士官学校で習った戒めの言葉。
手段と目的を取り違えるなと。
俺達桜蘭の歴史でも、太平洋戦争で負けずに済んだのは、国土防衛という目的が最優先だと、軍指導部がそれに早い段階で、気付いたからこそ、敗北という最悪の事態を避けられたのだと、伝えられていた。
強大極まりないアメリカも、長い戦いにうんざりした上でなら、講和の道も見えてくる。
ならば、徹底的に守りを固めて、持久戦に徹して、アメリカがうんざりするまで長々と戦い続ける……そう言う戦略に途中から切り替えたのだと聞いている。
そこにあったのは、明確な戦略目標を設定した上での戦争。
戦場での勝利とは、戦略目標を達成するための手段に過ぎないと割り切った上で、そのためには、一時の敗北や後退すらも受け入れる覚悟をする……そんなものなのだ。
それらがあったからこそ、アメリカと日本、共通の敵ロシアが牙を剥いてくるまで粘り切れたのだと、俺達にはそんなふうに話が伝わっていた。
今、俺がこいつらの考えが危険だと感じているのは、まさにそれ。
俺達の戦力は、あくまでセカンドと交渉を持つための手段のひとつであって、それを行使する必要は必ずしも無い。
ここで、あの利根モドキを沈めるのは、恐らく簡単だ。
けれど、セカンドの連中はどう思うだろうか?
素直に助太刀と思うか……或いは、何かの罠だと思うだろうか?
もしくは、新たな敵の出現と見るのではないだろうか?
こっちも連中が得体の知れない連中だと思っているように、連中もまたこちらを得体の知れない奴らだと思うだろう。
なにより、連中は、セカンドの軍勢でも有数レベルの精鋭の可能性が高い。
そんな奴らが、俺達の助太刀を素直に助太刀だと受け止めるだろうか?
むしろ、こちらがより一層の脅威だと認識する……その可能性は否定できない。
ここで利根モドキを撃ったら、もうシュバルツの奴らも、確実に敵に回る……シュバルツの奴らは、セカンド経由で俺達、斑鳩星系に攻め込むことも不可能ではないと、セルゲイ艦長がすでに証明している。
俺達は、レナやクロンシュタット達を仲間に引き入れた事で確実に戦力を向上させているが、それでも二個艦隊に満たない程度の小勢……戦線の拡大は、俺達も望むところではない。
このまま、利根のヤツの感情に任せるがままに、ぶっ放させるのは危険。
その程度には、二つの世界の情勢は複雑を極めている……ここは思案のしどころだった。
慎重に判断するに越したことはない……俺はむしろ立場上、そうするべきだった。
そんな風に思索に耽っていると、俺にだけ解る利根のモニタリングシステムからアラート。
戦意高揚過剰気味、そろそろ宥めろとのこと。
こりゃ、ヤバーい。
こいつら示現体の重大な欠点……下手に感情なんてもんがあるから、うっかりで暴発しかねない。
まぁ、蛮族駆逐艦コンビは年中暴発しまくってるのだけど、利根は、単独で黒船の一個艦隊を軽く葬る程度には、高い戦闘力を持つ……はっきり言って、宇宙最強レベルの戦闘艦だ。
過酷な実戦を通じて、病的なまでに繰り返し洗練を重ねた兵器群。
常人離れした発想を持つ青島達の変態じみた技術力と、暇さえあればVRシミュレーターで訓練を重ねる利根の勝利への執念。
そんなものが色々化学反応を起こして、利根はもはやもうコイツだけでいいんじゃないかと、言いたくなるほどの化け物じみた戦闘力を手に入れていた。
セルゲイ達のクロンシュタット……利根にとっては、軽く一蹴レベルの相手だったのだが。
青島達の解析したデータを見る限るでは、分断される前の桜蘭の戦艦よりも、遥か先を行く非常に高い完成度の高性能艦だった。
それが利根相手だと、ほとんど為す術無く一方的に撃ち負けたのだ。
セルゲイ達も、レナ達と何度も戦った事で、実戦で磨き抜かれ、レナ達も相当な難敵だと理解していたのだが、実際はセルゲイ達の戦意が低かったこともあるが、実にあっけないものだった。
今の所、推定スペックと言ったところになるが、シュバルツの艦も、セカンドの艦も観測できた範囲では、利根ほどの戦闘力はないと判断されている。
利根に対抗しうる艦としては……初霜がいるのだが、あれは例外と考えるべきだろう。
だが、利根は初霜を大型化させて、武装を凶悪化させたようなもの。
正面切って戦う限り、スペック上は初霜と大差のない有明と夕暮、二隻がかりでも利根には及ばないのだから、半端では無い。
つまり、利根ヤバイ。
そこまで強力な艦がうっかりカッとなって、暴走したらもう手に負えない。
だからこそ、示現体の感情モニターシステムというものを、青島に命じて作らせたのだ。
とは言え、そんなものがあると言っても、こっちに出来ることは、頭に血が上っていたら、まぁまぁ、落ち着こうぜと、頭でも撫でながら、宥めるくらいなんだがね……。
スイッチオフで大人しくさせることなんぞ、出来ない……兵器としては、割と欠陥品なのかも知れない……。