第六話「斑鳩よりの来訪者達」③
「セルゲイ艦長の言ってたとおりだったな。セカンドの軍勢とシュバルツの大艦隊の決戦か。向こうは万全の体制で待ち受けていたようだが、数的には圧倒的に不利なように見える……実際、戦力比はどの程度なんだ?」
利根に状況確認する。
利根も生真面目な様子で、敬礼を寄越すと、モニターに戦況の概略図を表示しつつ説明してくれる。
「はい、戦闘域に潜入させた熱光学迷彩仕様の瑞雲からの上空からの観測情報をまとめた限りですが、セカンド側はどうも30隻に満たない少勢のようです。一方、シュバルツ側は現時点で50隻……超空間ゲートから、続々と援軍が出てきてるので、まだまだ増えそうです。もっとも、ゲート収束の兆しも見えていますので、限度はあると思いますが……この様子だと最終的に100隻程度にはなるかと。……レナ達の情報だと、シュバルツの持つ艦隊戦力の大半を投入している可能性も考えられます。この数はセルゲイ氏の情報とも一致しますので、その点に関しては、まず間違いないでしょう」
「空間転移戦術による戦力集中による奇襲、まずは橋頭堡の確保ってところか? 普通に大戦力を出しても、セカンドの軍勢ならそれにすら対応できる程度の戦力があるって言うからな……。迎撃艦隊の数が少ないのは、奴らお得意の搦手の成果ってところだろうな。もっともゲート生成となると電力もバカ食いするから、一度ゲートが崩壊しちまったら、奴らは当分帰れねぇ……。だからこそ、確実に勝てる戦力をって事で、シュバルツの艦隊を根こそぎ総動員したって訳か。なかなか思い切ったな……奴らも」
「確かに、ずいぶんと大きく出たと言った感じですわね。けれど、大艦隊を敵地に送り込むと言っても、一時的に孤立状態となる以上、あれほどの大艦隊となると、継戦能力に問題があると考えます。シュバルツも恐らく短期決戦を狙うはず……」
「なるほど……確かにそうなるだろうな。であれば、逆に長期戦に持ち込むことが出来れば、セカンド側の勝機も十分ありえる状況……って事か」
「シュバルツも当然、それは計算に入れているかと。シュバルツ側の戦術としては、極力短期間での拠点と補給線の確保が最優先となるでしょうし、セカンド側も形勢が不利なら、一旦撤退……恐らく、そんな展開になると思われます」
「そうだな……この状況だと、普通はそうなるだろうが……。どうも、セカンド側は何かを必死に守っているように見受けられる。何を守ってるか解るか? この戦力差、セカンドの連中も不利を悟ってるはずだ。まともな判断力がある指揮官なら……お前の言う通り、撤退の一択のはずだが、連中はそうしようせずに、あくまで徹底的に迎え撃つ構え。あの指揮官がそんな判断ミスをするとは思えねぇ……何か理由があるはずだ」
実際、セカンドの指揮官は相当優秀だ……シュバルツ側は、イマイチ統率も取れておらず、艦列もグチャグチャで力任せに突っ込んでいるような状況なのだが、セカンド側は目まぐるしく前衛艦隊が動き回り、航空隊も整然とフォーメーションを組み、統率の取れた戦闘を繰り広げている。
明らかに戦なれした相当練度の高い艦隊だというのは確かで、劣勢下にも関わらず、シュバルツ艦隊の侵攻を良く阻止していた。
個々の示現体が優秀なのかも知れないが、恐らく全体を俯瞰視することで的確に指揮をとってる優秀な指揮官がいるって事なのだろう……どんな奴かは知らないが、大した奴だった。
もっとも、セカンドの指揮官の凄さを利根達に説明っても、俺はこいつらにそれを解らせる自信がなかった。
直感やら勘……こんなもん、奴らの未来予測システムと違って、何の根拠もないからなぁ……それを理解させるのは、はっきり言って至難の業だ。
由良あたりは、長年佐神と行動を共にしてるから、なんとなく理解してるようだけど……。
あの人の戦場の勘もすげぇからなぁ……。
俺は……まぁ、その辺は割と凡庸だって自覚はある。
正直、あんまり有能な指揮官って気はしない……たまたま、部下と機会に恵まれて、少将閣下、総司令官なんて呼ばれちまうご身分まで出世しちまったけど、分不相応って気はする。
俺ってやつは、どうにも何もかもが、中途半端。
佐神先輩みたいに、最前線の親分って訳でもないし、さりとて総大将として人をまとめるよう才覚はないと痛感して久しい。
何もかも半端で使えないやつ……それが俺の自己評価だった。
「あの……柏木様。これは中継ステーションか何かでしょうか? そこに数隻の駆逐艦を横付けしているようですね……。推定艦種……特型駆逐艦系列だと判明。光学迷彩塗装やレールガン等を装備して、かなりカスタマイズしているようですが、大本の特徴がよく残ってますの。破壊された地上施設の隙間に、地上砲台やら戦闘車両の残骸が転がってる様子から、対地上戦が行われたようですの。けど、拠点攻略にしては地上確保の陸戦ユニットも全く見当たりませんね……。あ、何やら人が続々と駆逐艦に移乗しているようですわっ!」
上空10000mからの拡大映像ではよくわからないが、ぞろぞろと多くの人影が列を作って、順番に横付けされた駆逐艦に乗り込んでいく様子が映し出されていた。
「……なんだありゃ、避難民か何かか?」
けれど、それは何とも奇妙な様相を呈していた。
誘導している戦闘員らしき連中は、数人しか見えない……しかも、その戦闘員らしき連中は総じて小柄だった。
髪が長いスカート姿の……子供だと?
まさに、文字通りの女子供……本来、戦場にいて良いような者達ではなかった。
子供を戦闘員にする……さすがに、セカンドでそれは考えにくい。
セカンドはそこまで追い詰められていないし、俺達の世界でも子供を戦地へ送り込むなんて、言語道断の行いとされていた。
年中、戦争ばかりの世界と言えど、その程度の分別はある……。
そもそも、TV放送で見かけた、セカンドでのエーテル空間での戦闘艦隊の指揮官……。
連中はどう見ても、人間のようで人間でない……人造人間の類のように見受けられた。
どうも、セカンドでは、エーテル空間での戦いには、徹底して人造人間や示現体しか、投入していないようなのだ。
なにより、接舷中のエーテル空間戦闘艦……それも特型駆逐艦と酷似した艦。
ここまで来れば、結論はただひとつ……。
つまり、あの子供にしか見えない戦闘員は、利根達の同類、示現体の可能性が高かった。
示現体による直接地上戦……確かに、通常部隊に対して、示現体の地上戦投入は理にも叶っている。
コイツらなら、素手で一個中隊くらいなら軽く相手出来るはずだった。
見かけはただの子供に見えるのだけど、彼女達は、過酷なエーテル空間で艦を失い、脱出して身体一つで生還すべく、バカバカしくなるほど高度な防御能力と高い戦闘能力が備わっている。
他国の示現体はどうだかしらないが、少なくとも桜蘭の示現体は総じてしぶといし、その戦闘力も高い。
セカンドの示現体も同様だと仮定すれば、見たところ三人程度ながら、戦力的には軽く歩兵3個中隊に匹敵する……その程度には、考えてよかった。
……となると、今、シュバルツとやりあってる艦隊の目的は、その避難民らしき人々を乗せつつある駆逐艦の撤退支援……恐らく、そう言う状況だった。
「……利根、可能な限り、あの施設の情報を集めろ……何の施設か知りたい」
おぼろげながら、俺にも状況が見えてきた。
シュバルツの意図も含めて……。
「分析結果出ました。施設周囲より重力子反応を検出……あの施設は、マイクロブラックホールジェネレーターの可能性が高いですね。けど、これってどんな状況ですかね? わたくしではちょっと解りかねる状況ですの」
案の定……思わず、暗澹たる気分になる。
……マイクロブラックホールジェネレーターなんて、ヤバイ施設。
その周辺は、普通に重力異常地帯みたいになる。
短時間ならば、さしたる問題も起きないが、長期間付近に滞在すると、激しく変動する重力差異により、確実に不調を訴えることになる。
だからこそ、ゲート周辺は定住はもちろん、好き好んで長々と居座る馬鹿なんて、そうそう居ない。
マイクロブラックホールジェネレーターの用途として、真っ先に思い浮かぶのは地上世界との往還ゲートが本来の用途だが、その場合、地上世界へ向かう宇宙航行艦を接舷するための真空無重力ドッグなどが内包されることになるので、もっとバカでかい大きな施設になるはず。
であれば、別の目的……シュバルツの連中が狙ったようにここに転移してきたとなると……。
「解ってきたぞ。あれは異世界間転移ゲートの生成施設って訳か……。シュバルツの奴ら、ああ言うのをこっちにいくつか作って、二つの世界を自在に行き来してるんだろうな」
「……なるほどですね。あれが超空間ゲートの受け側って事なんですね。けれど、そんなものがすでに作られているということは、シュバルツも相当、念を入れて準備していたと言うことですよね。そんなところに、どう見てもごく普通の民間人を多数収容していたとなると……。これって、どう言う意味があるんでしょうか?」
この施設は、恒久的にセカンドと俺達の世界を繋げることを念頭に入れて作られた施設なのは、間違いなかった。
……セカンド側からしたら、そんな敵の侵攻ルートを作り出すような施設、百害あって一利なし……出来れば、破壊か無力化したいところだろうが、それをせずに、そこから民間人を連れ出しているとなると……。
さすがの俺も、シュバルツの意図を察して、胸糞が悪くなる。
「実にわかりやすい構図だな。ありゃ、人間の盾……人質……セカンドの奴らは、それを助け出してるって訳だ。シュバルツの奴らがよく使ってた手口だ。破壊されたくない施設に捕虜や民間人をわざと置いておく。当然、施設を丸ごと吹き飛ばすような真似は出来ねぇ……それを狙ってるって訳だ。そりゃ、簡単には退けねぇわ……。だが、こんなすぐ近くでドンパチやってる中で、あれだけ大勢の民間人を助けるとなると至難の業だ。なにより、セカンドの艦隊は、よく守ってはいるようだが、明らかに多勢に無勢ってところだな。俺達が加勢したところでどこまで足しになるか……状況はあまり良くないな」
セカンドの指揮官も完璧に近い迎撃体制を整えるまでは良かったが、戦いってのは数が物を言うもんだ。
こうやって見ている限りだと、圧倒的多数のシュバルツの艦隊の猛攻の前に、セカンド艦隊もジリジリと後退を余儀なくされている。
兵力差はおよそ5倍近い……中継ステーションに接舷してる駆逐艦は戦力外だろうから、セカンドの軍勢は20隻程度……おまけに、約半数、10隻ほどは最後衛の空母の護衛と退路確保の後詰に回っているようで、積極的には前に出てきていない。
中衛と言える位置に、戦艦クラスの大型艦と空母が三隻ほど、いるようだが、こいつらは後方支援役だろうから、セカンドの前衛として、前に出てきてる艦となると、わずか5-6隻程度の駆逐艦しか見当たらない。
たったそれだけの少勢で、100隻以上のもの数のシュバルツ艦隊を相手取り、あっさり戦線崩壊しても不思議でない状況で、良く粘っていると言いたいが、このままではジリ貧なのはどうしょうもない……そんな状況だった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 艦影照合……アレは……アレはっ! 駆逐艦初霜ですっ! 提督ッ!」
言われて、モニターをみると小さな駆逐艦が先頭に立って、レールガンを撃ちまくっている様子が見えた。
数十隻がかりの鬼のような集中砲火を一身に受けながらも、近づく爆撃機、攻撃機を片っ端から粉砕し、砲弾すらもガンガン撃ち落としていた。
獅子奮迅と言った調子で暴れまわっている……明らかに別格の戦闘力を持つ艦!
……と言うか、戦場の中心がその駆逐艦だった。
ちょっとした注釈。
第2世界から来た柏木達は、永友提督や遥提督達の側の世界の事をセカンドと呼んでますが。
遥提督たちは、柏木や利根のいる世界をセカンドと呼んでます。
どっちもお互いを同じ呼び方をしていて、とってもややこしいですが、
これは、双方の主観の問題なので、むしろ当然と言えます。