第五話「Operation Bite The Dust」⑥
「情報解析完了、敵艦位置情報、現在リアルタイムで捕捉中……数12……本当にいましたね。戦術マップ上に反映……これより、対潜哨戒機及び駆逐艦総出での潜行艦狩りを開始します。なお、当艦天霧は情報集積統括艦として、この場にて待機します」
予想通り……シュバルツの潜行艦、発見の報。
まぁ、潜行艦ってのは見つからないうちは、良いんだが……イザ見つかってしまうと、割とどうしょうもない。
駆逐艦……それも手練揃いとなると、そう時間をかけずに始末してくれるだろう。
しかしまぁ……天霧の足元と言っていいほどの距離にも一隻居るってのはなぁ……。
さっきから、感じていた気配はコイツだったか。
あらゆる手段から、隠蔽されていても、アタシの超感覚は敵の存在を捉えていたってことでもある。
……この戦士の感覚ってのは、戦場じゃ無視しちゃいけないって痛感する
「……12か……結構な数な上に、案の定、近くにも居たか。見つからないと思って、調子に乗って近づきすぎたのが命取りだったな……迂闊な話だな」
この敵が天霧の近くに居なかったら、アタシも敵の存在を確信しなかっただろう。
年季の入った戦争屋ってのは、理屈や条理を軽く超えた勘を発揮する。
テクノロジーを過信した結果がこれだ……けど、この程度の理不尽可愛いと思っていただかないと。
第三次世界大戦で相対した生粋の戦争屋……有人兵器で無人兵器を圧倒する化物共。
今思い起こしても、アレこそまさに理不尽の塊共だった。
「おおぅ、ほぼ足元に……な、何たる不覚っ! で、でも、後方からの情報中継で、もう私も信濃も、リソースあっぷあっぷなんで、操艦とかもう無理ですぅ……。だ、誰かコイツをなんとかしてっ! 潜行艦に足元取られてるなんて思ったら、落ち着きませんっ!」
「心配するな……先程、信濃の出した哨戒機が飛来して誘導爆雷を投下していった。……あれはもうじき、沈む。天霧は中継役に専念してていいよ」
「そ、そうさせてもらいます。あの……さっきから、演算リソース酷使気味で、お腹減ってきました。おやつ食べてもいいですか? って言うか、なんかください」
……どう言う理屈で、そうなるんだろう?
演算力をフル活用してるのは、天霧本体であって、それで何で頭脳体のお腹が空くのか?
まぁ、良く解んないけど、そう言うものらしい。
「そこは無理すんなって言っとくよ。お菓子とか気の利いた物は、あいにく切らしてるから、ひとまず、これでも食ってろ」
言いながら、非常食の携行カロリーバーを天霧に投げ渡す。
「やたっ! しかも、チーズ味ですね……私、これ結構好きです」
嬉しそうに、包装の皮を向いて、カロリーバーをもそもそ頬張る天霧。
ほんとに、嬉しそうだった。
「それ、一気食いすると口の中、パッサパサになるよ? ところで、敵艦はどんな感じのやつだい?」
「形状とかはよく解りませんが……モグモグ……。どうせUボートベースなんじゃないですか? 50mくらいの小さいヤツです。多分、情報収集に特化してるんじゃないかと……深度も200mとかなり深い所にいますね……。けど、全ての駆逐艦が、最新の対潜魚雷に、対潜スピアー弾を装備してますからね。確実に狩り尽せますよ。あ、足元のウザイの……沈んだみたいですよっ!」
対潜スピアー弾は、もとを正せば初霜の装備品でメイドイン桜蘭。
対潜魚雷は……第9潜行艦隊が開発したんだったかな? 速度は出ないんだけど、ホーミング機能付き。
機動機雷をベースに、エーテル流体面下をより自在に動けるようにその形状を魚雷っぽく変えたものなので、厳密にはVLS投射式のやたらめったら射程の長い、機動爆雷と言っていい代物だ。
どっちも、初霜ショックで和製駆逐艦連中が一斉に欲しがって、おっそろしい勢いで広まって、例によって和製駆逐艦をライバル視してるフレッチャーズに伝染し、あっという間に標準装備化したと言う逸話のある代物だった。
駆逐艦連中の戦闘力への貪欲さには、定評がある……各艦隊の提督すらも知らないうちに、パワーアップしてて、各艦隊の旗艦の軽巡などがいつの間にか戦闘力で逆転してた……なんて話もよく聞く。
銀河連合所属の駆逐艦ともなると、軽く1000隻くらいはいるので、アドモスやエスクロンの兵器工廠は凄まじい勢いでフル回転してたらしい。
義勇軍の戦いでも、シュバルツの潜行艦相手に、十分有効な兵器だと実証されているし、銀河連合の領域内にたまに長距離斥候の潜行艦が入り込み、アンノウンの無警告撃沈なども度々報告されていた。
しかし、情報収集特化潜行艦とはまた……何ともシュバルツらしい兵器だった。
連中は情報を重んじている……腐っても、カイオスは諜報暗殺機関BDSのトップだった男だ。
それ故に、ヤツは情報の重要性ってものを知り尽くしている。
だからこその、情報収集特化の新型潜行艦。
……これが奴らの真の伏兵だったって訳だ。
これを狩り尽くせば、この流域から奴らの目が失われる。
「Operation Bite The Dust」
……この作戦であぶり出された奴らの運命は、すでに決まったようなもので、情報収集の目を失う事はカイオスにとっても、かなりの痛手になるはずだった。
なにせ、ポーカーで言えば、それまで相手のカードが丸見えだったのが、いきなり伏せられたようなものなのだから。
イカサマで勝つつもりだったのが、実力と運の勝負に持ち込まれた以上、もう余裕なんてカマしてられないだろう。
「なるほどね……これがカイオスの秘策だったって訳か。敵艦は全て捕捉してるのかい?」
「ええ、この流域については、まとめて徹底して、フルスキャンをかけたようなものですから、敵の逆位相音波吸収システムもこのピンガーの洪水には対応できていないようです。ただ思ったより数が多かったですね……これはやられました。これの存在を見抜いたあたり、さすが提督です。この天霧前からですけど、もう感服しっぱなしです! ついでに飲み物もいただけたら、もう何でもしますよ!」
「ねぇ、一隻だけ、残せないかな? 如何にも取りこぼしたような感じで、敵も流石に逃げにかかってるだろう?」
言いながら、紅茶ドリンクを投げ渡すと、天霧も嬉々として受け取る。
たぶん、お口の中がパッサパサになったんだろう……言わんこっちゃない。
「そうですね。揃って、グエン艦隊が伏せていた上流域へ逃れようとしてますね。下流域には永友艦隊の駆逐艦群が横隊組んでるし、私達が来た方面からは、プラズマ嵐が接近中……逃げ場としては、もうそこしかありませんからね。しかしながら、敵を見逃せとは、なんともらしくありませんね」
訝しげに、紅茶ドリンクをグビグビ飲んでる天霧……なんと言うか、緊張感の欠片もなかった。
「なぁに、全部の目を潰されたら敵もイチかバチかで、ギャンブルに走るかも知れないだろう? ならば、敢えて安全パイを用意してやるってのがベターだと思ってね。観測網を潰されたからって、アイツがこの機会を見逃すとは思えないからねぇ……。そんな大艦隊を用意しといて、指を咥えてアタシらが人質を奪還して、逃げ去るのを見送るくらいなら、ヤツはギャンブルだってやるだろうさ。その程度には恨まれてる自信はある。だからこそ、その心理を逆手に取る」
中国かどっかの計略でこんなんあった……三国志だっけかなぁ?
敢えて、守りの薄い隙を用意して、敵をそこへ誘導する……そんな感じの計略で、良くも悪くも使い古された手ではあった。
「つまり、敵の目をわざと取り逃がして安全地帯を作ってやって、敵の侵攻ルートを限定させると言うことですね? さすが、意地が悪い。そうなると、どこに追い込みますか? 出来るだけ遠くに転移してきてもらうと何かと楽ですよね」
「うん、グエン艦隊が待機してた上流を少し遡った辺り……この辺りがいいだろう。幅もあって隊伍も揃えやすい、奴もそこが狙い目だと考えるだろう。まずそこに転移してもらってから、ゾロゾロと隊列組んで、真正面から艦隊決戦を挑んでもらう……こんな形式にしよう。朝霧、夕霧の高速機動機雷もありったけ出して、あからさまな機雷原を生成して、侵攻流域を限定させれば、敵は大軍を生かせなくなる。島風、祥鳳、敵の出現座標がα方面上流側100kmと言う仮定で、今の戦力での総力戦……勝率はどんなもんだい? まぁ、3時間もたせるって条件でもいいんだけど」
「祥鳳です。この敵の予測出現位置と布陣なら、こちらも前進した上で戦力の集中運用が出来ますので、時間稼ぎ前提なら、遅滞戦術に徹することで、かなりの時間持ち堪えられますね。これなら悪くない展開です。……けど、敵も乗ってきますかね? この合流点のど真ん中に来られると、こちらも対応は難しくなるので、敵も離れたところに転移するくらいなら、思い切って、これを狙ってくると考えますが」
「いや、乗ってくるね。それも間違いなく。カイオスは選択の余地があるなら、イチかバチかのギャンブルよりも、堅実な一手を選ぶ。重大な局面でこそヘタれる……そんなチキン野郎なのさ。いずれにせよ、野郎をどう料理するか、仕上げは君達に任せるよ」
……深慮遠謀に基づいて、リスクの少ない選択を取る。
と言えば、聞こえは良いけれど……要するに、ビビリのヘタレってだけの話だ。
アイツは、正面からぶつかるよりも搦手で正面に立たないようにする……。
あくまで、安全だと思っているところから、遠巻きにニヤついてるのを好む……そんな野郎だ。
一か八かのギャンブルなんてするような度胸はない……それはもう断言しても良かった。
「……そこで断言するあたり、遥提督って、つくづく大したタマよね。けど、アイツがチキン野郎って事には私も同意するかなぁ……。私もそう言う事なら、敵は上流に転移して、一旦集結してから、ゾロゾロと隊列を組んで下ってくる……そう予想するわ。意外性もなんもない、単なる数任せの平押しになるだろうけど、そう言う事なら、むしろなんとでもなりそうよね」
島風もヤツと直接言葉を交わし、正面から戦った事があるから、アタシと同じ意見のようだった。
彼女の時も、ヤツは停戦交渉を持ちかけて、罠にかけるつもりが、まんまと島風に出し抜かれていた。
「アイツは、自分ではキレ者とか思って他人を見下してるみたいだけど、その発想は常人の域を決して超えてこないんだよ。本人が思ってる以上に凡人……要するに、そう言うことなんだよ。まぁ、どのみちこっちは人質を奪還したら逃げるだけだけど、向こうはアタシを殺したくてしょうがない……実に解りやすい話だ。向こうの戦略目標がはっきりしてる時点で、その行動予測も誘導も容易。まぁ、チョロい相手だね……。猛烈なラブコールをしていただいて、大変心苦しいけれど、ここは素気なくフッて、惨めにお引取り願うとしよう」
「心苦しいとか、嘘ばっかりなんじゃないですか……やだなぁ、もう。でも、それって私が標的になるって言われてるようなもんなんで、とってもヤバイ状況に変わりない気もするんですけど……。あ、提督……これもう一個ないですか? おかわりくーださいなっ!」
チーズバーを食べ尽くして、おかわり要求する天霧。
指揮官シートの脇のエマージェンシーボックスの非常食だったんだけど、まぁ、ここで食べ尽くされても構わないか。
天霧にもう一個を投げ渡すと、私も一つ開けて一口。
やっぱり、美味しくないぞ……これ。
同じく非常食のペットボトル紅茶を飲むんだけど……紅茶風味の砂糖水って感じの味。
天霧は同じのを美味そうに今も飲んでるんだけど、はっきり言って不味い。
まったく、非常食こそ味に気を使って欲しいのだけど……今度は別のメーカーのを買ってこよう。
もっとも非常食を美味しくすると、普通に食べちゃって非常食が非常食じゃなくなるから、敢えて不味くしてるって話も聞くけれど、非常時ってのは、こう言う時を言うんだ。
むしろ、こう言う時くらい、美味しいものを食べたいもんだね……。