第四話「戦闘開始ッ!」⑤
「なんだい? 初霜君、作戦行動中の直接通信はなるべく、手控えて欲しいんだけど」
モニターには、小柄な黒いセーラー服に日本刀を帯刀した少女……初霜が映っていた。
最初は凛とした表情だったのだけど、アタシが不機嫌そうに答えると、一転おどおどとした雰囲気になる。
「も、申し訳ありません……。あ、あの……ご進言よろしいですか?」
「ああ、一応聞いておくよ」
別に、威圧するつもりも無かったので、努力して表情を緩める。
アタシとしては、微笑んでみたつもりだけど、初霜の様子を見る限り、失敗だったらしい。
「はい……降伏した敵艦や艦を失った頭脳体にまで、攻撃を加えるのはやりすぎだったのではないでしょうか? あの娘達もわたし達と同じ頭脳体なんですよね?」
……なんと言うか。
予想通りの答えだった……実際、永友艦隊は、今も撃破した待ち伏せ艦隊の頭脳体の救出作業を行っているところだった。
まぁ、その結果どうなるかなんて、アタシには解ってたけど、止める理由も無かった……ああ言うのは、実際に体験しないと解らない。
せめて、犠牲者が出ないことを祈る……。
けれど、初霜がいるのは、この戦場だった……この戦場の受け持ちはアタシだ。
である以上、アタシの流儀に従ってもらうだけの話だった。
「うん、言いたいことは解る……同胞を直接撃つのは、気が引けるんだろ? 天霧達も内心は嫌だと思ってるはずだ……。けど、これは必要なことだ。敵は徹底的に殲滅する……これはアタシの戦場での流儀なんだ。情け容赦無く見えるだろうけど、これがセカンドの奴ら相手の戦場って奴だ。桜蘭出身の君なら、少しは解ると思ったんだけどね」
「……解りますけど、これはやりすぎです。永友提督なら絶対こんな命令は出しません」
「そりゃ、アタシはあの人とは違うからね。いいかい? この戦場は君らの知ってる黒船相手の戦場とは訳が違う。敵は命ってのを安く扱ってる連中だし、頭脳体だって武器のパーツとしか思ってない。頭脳体をお情けで見逃したばかりに、自爆特攻を食らって、味方が沈められたりするんだ。君が相手にしてるのは、そう言う冷酷かつ、クレイジーな連中だ。だから、降伏は認めないし、艦を沈めて、頭脳体だけになって漂流してても、それ以上何も出来ないように念入りにふっ飛ばす。敵も君ら同様たった一人で戦闘艦を沈めかねない戦力をもった強力な兵器なんだ……手加減なんて、やってる余裕はないし、するもんじゃない」
「で、でもっ!」
「「でも」は聞かない。用件はそれだけかい? アタシも忙しいんだ、君にかまけてられるほど暇じゃない。アタシは、本来君への命令権限を持たないんだから、プライマリーコードなんて使わせないでくれよ。今は極めて重要な局面だ。施設の制圧は狭霧達に任せて、君は天霧と共同で、この流域の索敵警戒に当たれ、いいね? 些細な異常も即座に報告すること! ちょっとした違和感や直感だって構わないから、何か感じたらすぐに報告して欲しい。そして、残敵を見つけたら、即座に迷わず撃て! この戦場を覆うこの醜悪な気配……君だって、気付いてるはずだ」
「……了解しました。ごめんなさい、理屈ではおっしゃることも解るんですが……。なんと言うか、心が痛むというか……辛くって……無性に悲しくなってしまって……本当に……ごめんなさい。存分に力を振るうとか、偉そうなことを言っておきながら、こんな有様で……情けない話です」
ああ、永友提督が彼女に心理プロテクト処置を行わない訳が解ってしまった。
彼女は良心ってもんを持ってるんだな。
正直、羨ましくも思う。
アタシが、いつかどこかで投げ捨ててしまった感情。
いや、持ってるのかも知れないけれど、それに気付かないようにしているだけなのかもしれない。
非情な命令を下す時、いつも心の何処かに感じているチクリと刺さるようなトゲのような痛み。
……羨ましいな。
そう思ったら、クスリと笑みが零れた。
「は、遥提督?」
言ってることと裏腹な穏やかな笑みでも、浮かべていたのだろう。
初霜が不思議そうにアタシを見つめていた。
「ふふっ、すまないな。君はある意味、アタシよりも人間らしいよ……。心底そう思ってるみたいだから、悪いことをしてしまった。なぁに、憎まれ役は慣れてる。アタシを憎んで気が晴れるなら、そうするといい。アタシはそう言う星回りなんだ……。君は……君のような娘は、常に白い正義でいるべきだ。アタシのような灰色になってはいけない。灰色である以上、どうあがいても白くはなれないからね。これはかつて、白い正義を志して、いつのまにか黒に染まって、灰色にならざるを得なかった者からの心からの忠言だ」
それだけ告げると、初霜が押し黙る。
まぁ、この手のガチ過ぎる戦場は、慣れるまでは、少々刺激が強すぎる。
あの天霧や狭霧でさえ、最初の頃は、目の前で助け起こそうとした敵兵の自爆に巻き込まれて、返り血を浴びて、泣き喚いてたくらいだったからなぁ……。
プライマリーコードと、感情ブロック……あの娘達の心を守る為には、必要な措置だった。
アタシだって、遠隔モニター越しに展開される凄惨な光景を目にして、胃の中のものをブチまけた事も何度もあった。
あいつらは、いい感じにイカれてやがる。
悪意と狂気が同居したまさに名実ともにナチスドイツの後継者共だ。
だからこそ、カイオス共々、この世界から叩き出し、殲滅しないといけない。
あんな戦争狂……ナチスの亡霊やアカの末裔なんて、この世界からも、セカンドからも居なくなるべきなのだ。
永友艦隊を陽動に当てて、この戦場に直接投入しなかったのは多分、正解だったのだろう。
初霜には、悪いことをしてしまった……さすがのアタシもちょっと後悔する。
「すまない。君を傷つけるつもりはなかった……それだけは言っておく。それでは、交信を終了する。ありがとう、君の言葉……痛み入った」
それだけ告げると、無言で俯いていた初霜が勢いよく顔をあげる。
「いえ、遥提督……あ、あの……。こ、これだけは言わせてください。貴女の強さに、心からの敬意を……そして、救いが……ありますように……」
その一言だけ残して、通信が切れた。
その言葉に彼女の抱いた複雑な思いが垣間見えた気がした。
ちょっと言い過ぎだった……と思うのだけど、生半可な気持ちでこの戦場に立っていて欲しくない。
初霜は……いい娘だった。
彼女は、永友提督の守護女神……それでいいと思う。
彼女は戦闘兵器として、最上級なのは認める。
天霧達が、銀河連合最強の駆逐艦と言うのも当然だろう……。
けれど、彼女……初霜は戦闘兵器としては、少し、優しすぎる……悲しいくらいに。
彼女の最後の言葉を反芻する。
「貴女に救いがありますように……」
純粋な他者への思いやり……善意。
純白の正義ってものが存在するとすれば、きっと彼女のような者なのだろう。
……だからこそ、黒に染まって欲しくない……その言葉はアタシの本心からの言葉だった。
灰色は、どんなに白になりたくても、決して白にはなれない。
どんなに白く染まろうとしても、一度黒が混じってしまえば、灰色は黒にはなりえても、白には決して成りえない。
……それが灰色の宿命と言うべきもの。
アタシは、もうはるか昔に道を違えて、黒に染まっているのだから、未来永劫白には成りえない。
この二度目の人生でも、恐らく、アタシに救いなんてない……。
いつか戦場で倒れ、朽ち果てるその日まで。
思わず、自嘲の笑みが浮かぶ。
続いて、今度は祥鳳からの通信要請。
まったく、次から次へと……落ち込んでいる暇すら与えてもらえないとはね。
「こちら、祥鳳です。遥提督、少しお話よろしいですか?」
「よろしくもよろしくもないもないよ。通信封鎖って言ったの、聞いてた? 進言なら、永友提督でも通すのが筋だろう?」
……大方、初霜との交信をモニターしてて、その抗議ってところだろう。
そんなもん、後にして欲しいよ……まったく。
「いえ、ちょっと提督に聞かせるには、少々刺激が強い内容なので……出来れば、ご内密にしていただきたくて……」
さすがに、これは意表を付かれる。
刺激が強いから、直属の指揮官をすっとばして、総指揮官に直接連絡って……祥鳳も大概だな。
彼女の意図を察して、思わず苦笑する。
「やれやれ、それが君らのやり方って訳かい? ちょっと提督のこと……過保護に過ぎやしないか?」
「あははっ、返す言葉もありませんねぇ……。それはともかく、実は戦艦ダンケルクと交戦の末、その頭脳体を捕虜にすることに成功したんですが……」
「みなまで言わなくても、もう結果は解るよ。どうせ、降伏したふりをして接舷したところで、刺し違え覚悟の自爆特攻でも食らったってとこだろ?」
「はい……まぁ、お察しのとおりです……。実際、疾風が武装解除すべく、ダンケルクに接舷したんですが、そのとおりの展開になりまして……」
「シュバルツの頭脳体共のいつもやり口だよ。だから、降伏信号打電されても、容赦なくブリッジ諸共吹き飛ばすってのが正しい対処なんだよ……。初霜には少々クールなやり方に思われたみたいで、抗議されちゃったんだけどね」
「ああ、なんとなく解りますね……それ。とにかく結局、疾風が一人でダンケルクの頭脳体と交戦、制圧しましてね。あの娘、少々サディステックなところがあって、本人曰く、騙した報いとして死なない程度にかるーくお仕置き……要するに拷問を加えたそうなんですが。なんだか、聞いてないことまで、ペラペラと話しだして、色々と敵の情報を得ることに成功しまして……なんでも、連中はフェイク。始めから捨て駒だったらしいです」
「捨て駒? 本人がそう言ったのか……ちょっと詳しく聞かせてくれないかい?」
「はい、どうも敵はセカンド側で大規模侵攻艦隊を準備してるみたいで……それが奴らの本命なんだとか。更なる詳しい情報を入手すべく、頭脳体のダイレクトハッキングで、強引に情報をひきだそうとしてるんですが。我々はこの手の事に慣れてないので……色々、手慣れてそうな遥提督にご助言いただけたらなぁ……と」
なんと言うか、そんなハードな事を、晩御飯のレシピでも聞くような調子で尋ねてくる祥鳳もなかなかアレだけど、疾風ってのも大概だな。
騙し討ち食らった腹いせに拷問とか、クールすぎるだろ。
天霧だって、敵の頭脳体に拷問を加えろ……なんて言ったら、躊躇するだろう。
痛そうです……とか、泣きながら、相手の指をポキポキへし折る。
想像するだけで、気の毒になってくる……さすがに、そんな命令は下したくない。
永友提督ははっきり言って甘ちゃんだけど、その配下の艦艇共は甘ちゃんどころか、汚れ仕事も平然とやってのけるクールビューティぞろい……。
提督……あんた、騙されてますよ?