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第四話「戦闘開始ッ!」④

「……初霜。未来を識るフネか……まったく恐れ入る! 天霧、この様子だと守りは任せてよさそうだ……。こっちは攻撃に専念しろ、敵艦の機関部とブリッジは、念入りに確実に潰せ。あまり時間がなさそうだ……15分以内に済ませろ」


「了解です。現在、全艦リンク状態での統制射撃中、祥鳳観測機からの諸元、未来位置予測精度が半端じゃなく正確なので、もう目をつぶっていても砲側の自動照準で当たります。15分以内どころか、10分でケリを付けますよ」


「そうかい……ならば、可及的速やかに殲滅せよ。全艦確実に沈めろ、一兵たりとも残すな! これは命令だ……プライマリーコード発令!」


「プライマリーコード受領、敵は殲滅する……了解」


 一瞬で天霧の雰囲気が変わり、機械的な口調へと変貌する。


 ……本当は、こんなプライマリーコードなんて使いたくないけど。


 敵は彼女達の一瞬の躊躇いとか情を的確に突いてくる。

 

 であるからこそ、アタシは敢えて命じるのだ……敵は確実に殲滅せよと。


 ここはそうすべき局面だった。

 

「敵艦ミストラルより、降伏信号打電中……要提督判断状況。降伏信号、受領しますか?」


「……無用、敵は全て沈めろとアタシは命令しただろ? 二度は言わない……撃て」


「了解……射撃開始。着弾……ミストラル轟沈を確認。報告、現時点で敵の抵抗を完全排除……残存敵、炎上中のド・グラースと、流体面上に浮かぶ敵艦の頭脳体を四体ほどを確認。ド・グラースは攻撃力喪失の模様ですが、対空砲が一門だけ稼働中。おそらく頭脳体による直接操作によるものかと」


「ド・グラースは完全に沈むまで撃ちこめ……その対空砲は念入りに潰しておけ。浮いてる奴らも全て砲弾を撃ち込め。どうせその程度じゃ完全には殺せないだろうけど、艦体、頭脳体揃って、全損ともなると、さすがに戦線復帰にも手間取る上に、頭脳体の経験値もオールリセットになるからね。いつもどおりの処置だ」


「了解。プライマリーコード発令中につき、命令遵守いたします」


 ……炎上中のド・グラースがトドメの一斉砲火を食らって、沈んでいく。

 一門だけ派手に火を噴いていた対空砲も、天霧のレールガンの直撃を食らって沈黙する。

 

 モニター上では、判別出来ないが、一見何もないエーテルの表面上にいくつもの砲弾が集中する。

 レールガンの集中砲火を浴びては、いくら頭脳体の防御力が強力でも木っ端微塵になって終わりだ。

 

 ……天霧達の同類と言える存在の最期としては、あまりにも悲しい。

 本来だったら、天霧と口論の一つだって起きても不思議じゃない……。

 

 けど、プライマリーコードの強制命令権下では、彼女達はその感情を凍結され、淡々と命令を実行するだけの存在となる。

 

 ごめん、天霧……許せ。

 あまり気に病まないでくれ……非難は後で、いくらでも聞く。


 ……今は、この痛みに耐えなきゃいけない時なんだ。


 たったひとつの憐憫が、躊躇いが……すべてを台無しにすることだってあるんだ。

 かつて、アタシはそう言う戦場を経験してきた。

 過去にそう言う過ちも何度も犯してきた……。


 アタシの甘さで……失われた命……大切な仲間達。 

 ここで、またアレを繰り返すわけにはいかないから……だから、アタシは心を鬼にして、心凍らせて、撃てと命じる。


 あれは、敵艦のパーツだと考えるべきだ……。

 敵に、感情移入なんて無用だ……非情に……徹するんだろっ! 天風遥!


 ささやかながらの瞑目……偽善と解ってはいたけれど、自然とそうしていた。

 ……憐憫の涙なんて、誰も居ない所で人知れず流せばそれで良い……。


 今は……感傷を捨てて、非情なる将に徹するべきなのだ。


「……任務完了。祥鳳からも、ハーマイオニー隊と疾風、追風による蹂躙突撃で、敵の突撃艦隊を全滅させたとの報告あり。この流域からの敵の排除完了と認む」


 感情のない淡々とした声色で、天霧が敵の殲滅完了を告げる。

 宣言通り、わずか10分足らずの出来事だった。


「了解した。では作戦は第三段階へ移行する。狭霧、朝霧、夕霧の三隻は、艦砲制圧射撃による敵地上兵器群排除の上で接岸、上陸戦を開始せよ。方針はいつもどおり、敵地上戦力は確実に殲滅せよ。捕虜の命は絶対死守、何よりも、全員無事帰還することが最優先命令だ……復唱っ!」


 天霧の視線を感じるのだけど、あえてそれには気付かないふりをする。


「狭霧了解した。捕虜の命を守る。全員帰還……遠足は帰るまでが遠足ですってやつだね。ところで、初霜ちゃんは上陸戦には使わないのかい? 彼女すごいね……シミュレーションデータなんか話にならないって、よく解ったよ。……ありゃ、私らなんかじゃ勝てない訳だよ。なんかもう、次元が違うね」


 狭霧の軽口でなんとなく、救われた思いがする。

 

 苦悩するとか、柄じゃないんだけど……狭霧も、重たい命令にも関わらず、どこ吹く風と言った調子だった。


 彼女は天霧と違って、プライマリーコード発令中でも、割と平常運転と行った調子で、口調も態度も殆ど変わらない。


 この辺りは、個体差と言うべきものがあった。

 命令への忌避感などが、この個体差を生んでいるのだと思うけれど、その法則性はイマイチ良く解らない。


「使わない。彼女の地上戦戦闘能力は、確かに高いかも知れないけど、慣れない地上戦に投入するには不安要素しかない。理由は解るだろ?」


「そうだねぇ……。シュバルツの地上軍の相手なんて、ロクなもんじゃないからね。さすがに、不慣れなご同胞と一緒じゃ、色々間違いが起こりそうだ。私は司令の考えを支持するよ。それとちょっと気負いすぎてない? いつもならもっと軽いじゃん、なんか雰囲気暗いし、顔色も悪いよ。もしかして、泣いてる?」


「……気のせいだ……照明のせいじゃないかな」


「提督はさ……自分が思ってるよりも、強くないと思うよ。そばに居たら抱きしめてあげるところだけど、そうもいかない。その役は天霧にでも譲るよ」


 名前を呼ばれて、天霧が自分を指差す。


 いやいや、待て待て……。


「沙霧……任務中だ。軽口は程々にしてくれ」


「はいはい、いつも通りの展開じゃないか……とりあえず、気楽にやろうよ。提督の悪い癖だよ……一人で抱え込もうとして……。私達がついてるんだから、元気だそうよ」


 ……まったく、無駄に鋭いんだから……。 

 思わず、盛大にため息をつく。


「すまない。心配は無用……いつもどおり気兼ねなくやれ。それと、人質がなんか言ってきても無視して構わない。……意外と、この手の長期間人質にされてる連中ってのは、テロリストに妙な感情移入しちゃって、救出者側の妨害とかトチ狂った真似をしでかす事があるんだ。一応、無力化ガス弾を持たせてるだろ? いざとなれば全員眠らせればいいし、敵もしぶとく粘るようだったら、例のアレを使って瞬殺してしまって構わない」


「……まぁ、人質に無力化ガスなんて、出来れば避けたいね。寝てる奴を担いで運び出すとか……。この人数でやるのは、さすがにキッツイ。……確かにアレ使えば、簡単にケリ付きそうだけど……非人道的とかあとから言われないかい?」


「ひとまず、真っ当に攻略してみて、時間がかかりそうだったら、容赦なく使え。見てみろ……敵の地上部隊の数が思ったより多い。あんな戦車まで用意してるとなると、恐らく上陸戦に持ち込まれる事も想定内ってところなんだろう。これは、なかなかホネが折れそうだね……」


 敵の地上施設付近には、いくつものダミーの建物群に加えて、簡易タイプの戦車、対艦砲台なども多数並べられていた。


 展開されている歩兵の数もかなり多い……一個中隊程度と想定していたけれど、恐らく1000人近い……一個大隊はいる。

 

 地上兵器自体は、艦砲射撃と飛翔魚雷によるアウトレンジからの面制圧で、一方的に叩き潰すのみなのだけど、歩兵を全滅させるのは至難の業。

 恐らく地下施設に立て籠もられる……そんな展開になる。

 

 当初想定だと、生き残っても一個小隊30名程度と想定してたけど、100人、200人くらいの生き残りは出そうだった。

 さすがに、その数相手だと、いかに頭脳体の個体戦闘力が強力でも、殲滅には時間がかかりそうだった。


 もちろん、対策は用意してきている。

 人質を巻き込まず、敵だけを瞬殺する恐るべき兵器……BDSの負の遺産と言える兵器だ。


 ……イザとなれば、使うことも辞さない覚悟で、用意してきたのだけど、いかんせん人道面では、些か問題になりそうな代物だった。


 使わないに越したことはない……何より、人質の目という物を考えると、出来る限りクリーンに戦って、ダーティな相手を粉砕する……そんな風に演出したい所だった。


「そうだね……。あんな戦車なんかで私達に対抗なんて、無駄な努力だと思うけど、地下にごっそり立て篭もられると厄介だ。けど、やっぱりアレは使わないに、越したことはないと思うよ。そもそも、実戦での使用実績だって無いんだろ? 安全性にしたって、ホントに大丈夫なのかい?」


「それなんだよね……。ナイアーくんの工房製だから、まず失敗はないだろうけど……。元々の発案は、あのカイオスの野郎だからねぇ……。あんなモノ……出来れば、使いたくはない。けど、状況次第じゃ迷わず使うべきだ。一応、決断は狭霧に任せるけど、迷ったら、アタシに振ればいい。それと人質の前に出る時は、なるべく笑顔で頼むよ」


「了解……夕霧、朝霧、聞いてたな? 行くよっ! 対地上戦闘開始っ! ……あとスマイルも忘れるなってよ」


「朝霧、了解です……なんですかそれ? 笑顔でデストローイでもやれってこと?」


「はい、夕霧も了解しましたっ! 朝霧、人質の前に出た時にって話じゃないですか? 笑顔で大虐殺とかそれこそ、頭おかしいです。私達は人質を助けに来た正義の味方なんだから、皆さん、お待たせしましたーって笑顔でいかないと」


「……確かに、人助けって思えば、ちょっとは気楽になるね。では、いってきまーすっ! 提督、戻ったら美味しいものでも食べに行きましょう! 朝霧はお寿司がいいです!」


「そうだね。廻る寿司モドキでいいなら、アタシが奢るよ。ああ、永友提督がなんか作ってくれてるらしいから、皆でご相伴に預かるとしようか」


「そりゃ、楽しみだ! じゃあ、提督、天霧! 上陸中、留守の間の私らの艦の守りは任せたよっ!」


「天霧、了解……狭霧も気をつけて! いってらっしゃいっ!」


 天霧……命令遂行と判断したのか、すでに平常モードに戻ってる。

 戦闘モードも解除したようで、ゴーグル型のヘッドセットモニターを外すところで目が合った。

 

 軽く手を上げると、天霧もペコリと会釈するのだけど、表情がちょっと固い……。

 たぶん、言いたいことのひとつやふたつありそうだった。

 

 ……一通りの指示を出し終えて、一段落ついたと思ったら、なんだかどっと疲れが出た。

 

 非道な命令なんて、ホントは出したくない……けど、これは戦争。

 割り切らないといけない。

 

 そんな命令でも飄々と受け入れる狭霧達は強い……そんな風に思う。

 

 続いて、初霜より、個人用秘匿回線での通話要請が来る。

 まぁ、言いたいことはなんとなく、解るから、ここは甘んじよう。


 アタシは、初霜との通信回線をオンにした。


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