第三話「艦隊編成」⑥
「ご理解ありがとうございます。作戦の流れとしては、祥鳳さんの言うように、永友艦隊は陽動役……これは航空攻撃でちょっかい出す程度で十分だと思います。敵にはなるべく過剰反応して欲しいところなので、艦載機は爆撃編成でお願いします」
「陽動で、爆撃機を出すんですか? 対艦攻撃の場合、雷撃メインの方がリスクも少なくて、好都合なんですが……。私は雷撃機編成で来ちゃったんで、そうなると、信濃ちゃんにやってもらうことになりますけど……。ちょっと、その編成の意図は解りかねますね……」
「そうですね……。要するにこちらは、対地上攻撃……中継ステーションへの直接攻撃を意図している……。相手にそう思わせる事がキモです」
「うーん……? 攻撃目標を敵艦隊ではなく、中継ステーションの破壊に見せかけるってことなんですか? でも、中継ステーションには、カドワキさん達人質がいる……さすがに、相手もこっちは、手が出せない……ハッタリだって思うんじゃないですか? 敵もそう言う意図であんな所に集めてるって話じゃないですか」
「実を言うと、銀河連合は、いい加減人質が邪魔くさくなってきたから、収監施設を探し出して、施設諸共吹き飛ばして初めから居なかったことにする……非情の作戦を秘密裏に実施しようとしている。……そんな噂を流しているんですよ。当然、それは敵の耳にも入ってる……。そこへ爆撃機編成の機動艦隊が真っ正面から攻め込んできたら……敵はどう思うでしょうね」
「……本気で人質を消しに来た……確かに、そう考える可能性は高い……。でも、本気じゃないんですよね? さすがに中継ステーションを爆撃なんて……さすがに、そう簡単には壊れないとは思いますけど、万が一って事もあるんで……私は、あまり気が進まないのですが……」
さすがに、祥鳳も不安そうな顔。
初霜や島風も、なんとも複雑な顔で、非難めいた感情も見え隠れしている。
永友提督は、露骨に眉を顰めてる………。
反面、グエン提督はどうせ何か裏があるんだろと言いたげに、ニヤニヤしてる。
まぁ、ここらでタネ明かしかな。
それまで、生真面目な顔をしていたんだけど、アタシも唐突にニコリと笑顔を見せる。
「あはは……当然、ハッタリに決まってますよ。人質には、皆さんにもお馴染みのカドワキさんとか、アドモスの社長のサリバン女史とかもいるんですからね。アタシもあの人達とは付き合い長い上に、あの人達が無事に戻ってくる事が今後の戦略でも重要なポイントなんです。だから、爆撃して施設諸共、吹き飛ばすつもりなんて毛頭ありません。ただ、本気でやるつもりでないと敵も騙せませんからね。敵には、こちらがいざとなったら、人質諸共吹き飛ばしかねない……。そう思わせておいた方が、かえって人質は安全なんですよ。実際、どうでしたか? こう言うクールな手合いと相対して……」
ざっと見渡すと、誰もが安堵したような様子だった。
まぁ、そりゃ確かに顔見知りもいるのに、人質の抹殺なんて、本末転倒。
これはさすがに、アタシも意地が悪かった。
けど、こう言うのは自分で体験し理解する必要があるのだ。
彼らは、敵と同様の観点で、非道な選択肢をしかねない相手を見たのだ。
であれば、向こうの抱くであろう心理も垣間見えたはずだった。
「そ、そうね……。私達は人質は絶対無事で助けなきゃって思ってたけど。遥提督なら、イザとなったらやる……そう思ったのも事実……もちろん、悪い意味じゃないよ? 要するに、あれか……いざとなれば、人質諸共吹き飛ばしかねない以上、人質に銃を突き付けて武器を捨てろーってやっても無駄。そう思わせておけば、敵がその手で来る可能性が低くなる……そういう事なのかな?」
うん、さすが祥鳳……頭脳体の割には、人間の心理ってもんを良く解ってるよ。
人質と言うのは……人質を殺される訳にはいかないと思っている相手……そう言う前提でこそ、利用価値と言うものがある。
だからこそ、人質の価値を無くすには、人質なんてどうでもいいと思ってると、相手に思わせる……これに尽きる。
なかなかに、ダーティなやり方だけど、テロリスト相手に、これは常套手段だと言える。
「そう言うこと。敵にとっても、人質ってのは、殺した時点で何の意味もなくなるからね。実は人質カードなんてのは、本来は抑止力や交渉カード程度の意味合いしか無いんだよ。それが何でこんなこじれたかって言うと、こっちも下手に下出に出たもんだから、奴らは人質は、こっちにとって大きな価値がある……そう思って、無理な譲歩を引き出すカードとして便利使いしてる……こう言う図式なんだ。まぁ、人質交渉の駄目な見本って奴さ」
「確かにそうみたいだね。銀河連合の上層部が強く出ようとしないのは、人質を取られているからってのも大きい……人命第一それが何よりも優先する……そんなことも言ってる。けど、そう来られると、それに反対する側はまっきり悪人……敵も上手い。そうとしか言いようがない……。なるほど、こんな大掛かりな情報戦を仕掛けた上での救出作戦……。遥君の狙いが解ってきたような気がするよ」
永友提督も、この人質救出作戦の持つ意味が解ってきたようだった。
確かに、人の命ってのは取り返しがつかない。
人命を第一に考える……その理屈は、頷けなくもないのだけど。
人質を第一に……なんて言ってる時点で、すでに負けてると言ってもいい。
相手は、いくらでも要求し放題。
交渉の主導権も取られっぱなし……こんなんじゃ、文字通り話にならない。
だからこそ、テロリスト相手の交渉は、表向きには、強気で突っぱねて、裏で民間の交渉人による交渉や特殊戦隊と言った連中を使って力づくでの対応、そんな硬軟使い分けた選択肢を見せつける……これが人質交渉の基本的な対応となる。
……銀河連合の上層部は綺麗事が大好きだから、そんな腹芸すらも出来ない。
このままでは、埒が明かない上に状況は悪化の一方、だからこそ、アタシらは力づくでの人質奪還。
この選択肢を選ぶ事にしたのだ……困難を承知の上で。
「まぁ、人質犯の要求に全部従うのは、大間違いだってのは、過去の幾多の事例が証明してますからね。そもそも、相手にとっても、人質ってのは何があっても殺せないですからね。殺しちゃったら、人質に取った意味もないし、そうなれば完全に銀河連合は奴らの敵に回ります。それはそれで、悪くない展開ですけどね」
「……場合によっては、敵も厄介払いとばかりに人質を解放してくれるかもしれないし、助命するから、大人しく人質を解放しろって逆に脅すのに使えるって、そう言う話なんですよね? なるほど、そうなってくると、爆撃編成は、敵にこっちが本気だと知らしめる為の威嚇行為……そう言うことですか」
「そう言うことだね。イザとなれば、非道の選択肢を迷わず選ぶようなクールな相手だと思わせるのは、テロリスト相手には有効な戦術なんですよ。どのみち、敵には、こっちが本気かどうかは解りませんからね。そんな爆撃機隊が施設に向かってる……なんてなったら、敵としては総力を挙げて迎撃行動に走る……それが、狙いです」
「ふむ、確かに解らねぇでもないな……。しかし、そこまでやるとはな……。つくづく、見た目にそぐわず、おっかねぇお嬢ちゃんだな……遥ちゃんって。確かに理屈じゃ解るが、それを平然と口にされると、空恐ろしくなるぜ」
見た目にそぐわずおっかないって……。
ちょっと、傷つくなぁ。
けど、戦争なんて、クールにやるに限る……だから、こっちも気張ってんだけど。
まぁ、いいや。
「むしろ、誉め言葉と思っておきますよ。とにかく、1tクラスのバンカーバスターでも積んでるのでも見せれば、敵もこっちが噂通りに本気だって知って、必死の迎撃となるでしょう。ただし、その場合は、敵の総力による迎撃が殺到するかもしれませんので、退き際は弁えておいてくださいね」
「……戦略目標は敵戦力の殲滅に非ず……か。本当に黒船相手とは勝手が違うな。奴ら相手なら、艦隊を全滅させれば済む話だったけど、そうはいかないって事か。我々もこれまで敵に良いように振り回されてきたけど、手段を選ばないような相手には、こっちも清濁併せ呑んで、あらゆる手段を講じたクレバーな戦い方をしないと駄目ってことなんだな」
永友提督も複雑そうだった。
まぁ、人間相手の戦いなんて、策士と書いて「ひとでなし」と読む……そんな覚悟が必要だからね。
お人好しに、ひとでなし共の相手なんて辛いだけ……人には向き不向きってもんがある。
そう言うのを相手するのは、同じひとでなしの仕事なのですよ。
「そうですね。まぁ、人間相手に戦うってなると、とことん性悪で陰険にってなりますからね。お二方のような真っ当な武人は、正々堂々とクリーンに戦っていただく。汚れ仕事や騙し合いは、アタシのような策士が引き受ける。それでいいんですよ」
「けど、なんとも情けねぇ話だな……。戦争なんて、本来ド汚ねぇ世界だからな……。遥嬢ちゃん、正直俺はお前さんを舐めてたのかもしれん……。心から謝罪するぜ」
そう言って、グエン提督が丁寧に頭を下げる。
……なるほど、この人はベトナム戦争の経験者……あのダーティかつ、凄惨な戦争で、アメリカ軍相手に生き延びたと言う話だから、色々と思うところはあるのだろう。
「やめてくださいよ。アタシは生まれついて、そう言う奴なんですよ……。一度、死んで生まれ変わったくらいじゃ、真っ当にはなれませんでした。なんでまぁ、ここは適材適所と考えましょう」
「やれやれ……永友ちゃん、俺達もキレイ事ばっか言ってねぇで、そろそろいい加減、ダーティに容赦なく戦争しねぇとな。汚れ役なんてのは、本来俺達、アダルトなオジサンがやるべきで、こんな若い女の子に押し付けちゃ駄目だろ」
「……そ、そうだな。そう言われるとなんとも心苦しい。これは……戦争、そう言うことなんだな」
「いえいえ、そこはお気にならさらず」
……気持ちだけでも、存外嬉しいもんだ。
やはり、この人達の背中は守るに値する……アタシは間違ってない。
「しかし、そうなると俺達の役目は、永友ちゃん達が奴らとやりあってる隙に、敵の背中から突っ込んでって防衛艦隊を蹴散らす役目ってことだな。人質の救出は、遥ちゃん達がやるってことだったよな?」
「そうですね。本来は揚陸輸送艦を随伴の上で、陸戦ユニットを使うところですが、今回は頭脳体による少数上陸戦を挑ませます。救出した人質も一旦駆逐艦に押し込んで、一気に後方へ移送する……それが一番安全かつ、手っ取り早いでしょう」
「確かに、鈍重な揚陸艦を接舷して、陸戦ユニットを出すより、足の早い駆逐艦で乗り付けて、数人の頭脳体の力技で強行突入の方が確実だろうからな。駆逐艦の頭脳体は、総じて白兵には滅法強い。いい采配だ……だが、君のところの天霧達は、地上戦なんて大丈夫なのか? 何なら、うちからも応援出してもいい、どいつもこいつもなかなかの腕利き揃いだぞ?」
グエン提督の進言。
確かに、グエン艦隊の各艦は、最終的に敵の艦への殴り込みの上で白兵戦……なんてのもよくやってる。
千歳、千代田あたりの空母ですら、黒船の陸戦種との白兵戦経験者だったりもする。
まぁ、頼もしいのは事実なんだけど……ここは、謹んでお断りかな。
「天霧達は、何度か連中の地上軍とやりあってますから、まず問題はありません。頭脳体の相手なんて、同じ頭脳体でもなければ、まず出来ないですからね……。大抵、一方的に蹴散らして終わりです。天霧あたりなら、素手で戦車の相手だって出来ますよ」
「いや、あの……さすがに、戦車砲や対戦車ミサイルとか食らうととっても痛いので、勘弁してほしいんですが。あれはさすがに痛くて泣いてしまいます」
「……あのさ、戦車砲なんてアタシら食らったら、一発で木っ端微塵だよ? 痛いで済む君らがおかしいんだ。まぁ、セカンドの地上軍相手に上陸白兵戦となると、むしろ君らが適任だ。意味は解るだろ?」
「……そうですね。はい、解ります」
それまで、どこかゆるっとしていた天霧も、その事を口にするとさすがに真剣な顔になる。