第三話「艦隊編成」⑤
「んーと、提督はこんな事言ってますが、副官の祥鳳の意見はどう? これまでの話で何か問題ありそうなら、遠慮なく言って。アタシと貴女の仲なんだから、気遣いとかはいらないからね」
まぁ、提督はあくまで後方支援担当。
この艦隊って実戦指揮は、ほぼ頭脳体の娘達任せだからねぇ……。
具体的には、そのリーダー格、副官の祥鳳。
彼女が出来ると言えば、出来るだし、出来ないって言えばそれが限界ってことだ。
なんでまぁ、ここは戦時責任者に確認ってのが一番早そうだった。
「そうですね……今や、うちの航空戦力も100機近いですからね。この程度の艦隊、臆するものぞって感じですね。そもそも、提督……私達はこの戦力配置から見て、陽動部隊としての役目が期待されていると思っていいかと。堂々と姿を見せて、飛行機で遠くから、かかって来いやーってやって、チクチク叩きながら、敵を引きつけつつ、スタコラサッサと逃げるってのでも、陽動としては十分……うっかり突撃艦隊を全滅させちゃっても、別に問題はないとは思いますけどね。まともなエアカバーもない戦艦なんて、どって事ない相手だと思いますし、今明らかになってる戦力が相手なら、私達永友艦隊の独力でも勝てる相手ですよ」
うん、祥鳳君。
戦術研究に熱心だって聞いてたけど、なかなかどうして、いい戦術眼をしてる。
配置の時点で、すでに自分達の役割を理解しているようだった。
と言うか、永友艦隊の基本戦術は、彼女が言ってる通り、祥鳳と信濃の両空母による航空機部隊によるアウトレンジ波状攻撃がその攻めの要になってる。
艦隊戦も航空波状攻撃を掻い潜ってきて、ボコボコになった奴らを航空機による近接観測の上で、初霜辺りの長射程レールガンによる精密アウトレンジ砲撃で、割と一方的に仕留めるってのが基本。
要するに、制空権を奪取したうえでの、空海連携アウトレンジ戦術……こんなドクトリンで編成されている艦隊なのだ。
とは言え、この艦隊、毎度被害も殆ど出さずに、割と一方的に打ち勝つってパターンがほとんどで、はっきり言って普通に強い。
祥鳳が自信満々で、正面決戦を挑んでも勝てるって言ってるのは、慢心でも何でも無い。
アタシから見ても、装備、練度、基本戦術……どれを取っても優勢で、数が倍するとは言え、シュバルツ艦隊相手に負ける要因は無いと見ている。
総計100機にも及ぶ航空隊。
もう、この時点で普通に強い……対抗するには相手にも、空母や基地航空隊の支援が必須となる。
航空支援なしとなると、たとえ戦艦が居ても対抗するのは難しい。
空母ってのは、それくらいには戦力としては、強力なのだ。
各駆逐艦の役割も、もっぱら防御主体……対空対潜が主な役目。
限りなく、21世紀に完成されていた空母機動艦隊の編成に近い。
装備も割と徹底して、その戦術に対応すべく先進特化されているのが、装備情報を見るだけでもよくわかる。
最新型のハーモニクスソナーシステムに、対潜魚雷を満載したVLS対潜システムと、対空レールガン機銃を大量に並べた防御特化駆逐艦の疾風と追風……。
同じく防空と対潜に特化したJ型駆逐艦と、防空巡洋艦のハーマイオニー。
この辺は、装備の時点で守りに特化しているのが伺える。
言わばメイン盾。
それを二枚も揃えてる時点で、鉄壁の守りと言っていいだろう。
遊撃隊の雷電姉妹については、対照的に攻撃特化の装備構成になっているようで、初霜と同クラスの連装レールガン計6門に、3基のVLSランチャーを装備して、うちで言うところの狭霧と同等の打撃駆逐艦状態となっている。
対空や対潜装備は、申し訳程度のレールガン銃座とVLSに対潜魚雷を積むことで、お茶を濁しているらしい。
速度性能や被弾時の脆弱性を度外視してでも、武装を積めるだけ積み込んでいるように見えるのは、さすがにどうかと思うけど。
天霧の話だと、特型系列艦は一部の例外を除いて火力馬鹿のDNAが流れているとかで、納得の構成らしい……。
確かに、ほっとくとアイツら、火力増強とかそんな方向にばかり走りがちなので、頷ける話だった。
実は、アタシも意外と連中の抑えに苦労している……こちとら、特殊戦隊なんだから、速度や生存性が最優先。
天霧あたりは、とにかく沈まないってのを重視してるからいいんだけど、狭霧や朝霧辺りは戦いは火力と言って聞かない火力信奉者だ。
……なので、対空対潜が弱いと言うのも、天霧達も似たようなもの。
天霧達の対空兵装は、舷側部や隙間に25mm対空レールガン銃座を10門ほど並べてる程度。
もっともこれは、対空を軽視しているというよリ、空の敵に対しては、隠蔽により、とにかく発見されないことを前提にしてるから。
敵機に見つかり、追い回されるような状況になるようでは、それはもう特殊作戦としては失敗と言える。
対潜に関しても、潜行艦なんて相手にしなければ済む話。
初霜の装備品……対潜スピアー弾なんて、使い勝手のいい対潜兵器もあるのだから、ソナーや電磁探査システムがあれば、何とでもなる。
通常の戦闘艦とは、想定している戦場自体が全く違うのだから、必然的にその目指す所は違うところになる。
ただ、砲火力の削減については、全員揃って頑として、聞いてくれない。
レールガンの速射性能なら、前に一門、良くて前後二門もあれば十分だと思うんだけど……三門並べてないとヤダと言って聞かない。
……最近は、もう諦めた。
むしろ、砲撃戦や対地上戦の機会は他より多いくらいなので、砲戦特化でも問題ないと言えば問題ない。
いかんせ、ココらへんの火力、突撃馬鹿のDNAは、実は同じく大所帯の陽炎型系列も同様。
白露とか初春、朝霧型もやっぱり似たようなもので、色々お察しと言ったところだった。
他の国の駆逐艦はそうでもないかと言うと……別にそんな事はなく、ご同類の代表格は、USN系のフレッチャー軍団。
あの駆逐艦最大勢力のチート量産艦共は、基本的に突撃馬鹿揃い。
文字通り銀河連合のワークホースとして、もう何処に行っても見かけるくらいには、あちこちに配備されているのだけど。
……基本、どいつもこいつも血の気が多いので、どこも扱いに苦労しているらしい……解る。
日米の水雷屋ってのは、どっちも同じようなドクトリンで、お互いをライバル視して、張り合ってた関係もあるのだけど、揃いも揃って戦いは火力! もうそんな感じ。
これがRN系になると、護衛艦的な性格が強い艦ばかりなのだけど、むしろ、そっちの方が正統派……。
実は、USNにもバックレイ級護衛駆逐艦と言う、やっぱり150隻くらいの大量生産護衛艦もいて、本来はそっちの方が防御向きではあるのだけど……。
総じて20相対ノット程度と鈍足なので、機動力が要求されるエーテル空間戦闘ではちょっと微妙……。
エーテル空間の流速は早い場所では、20相対ノットなんて速さで流れてる場所も珍しくないので、そんな場所でバックレイ辺りだと、あっという間に流されてしまうのが関の山。
結局、血の気の多い駆逐艦を宥めつつ、あんまり向いてない船団護衛やら主力艦のお供やらをやらせざるを得ないってのが、実情な訳。
この辺は、なんと言うか……困った話だった。
とにかく永友艦隊は、蛮勇で鳴る駆逐艦を主力にしているにも関わらず、守勢に強い艦隊だとアタシも評価している。
銀河連合の艦隊でも、ここまで守りを重視した艦隊なんて、そうそういない……それ位レベルが高い。
そして、その戦術の要となってるのが、この軽空母祥鳳。
搭載機自体は、少ないものの、信濃の航空隊と共同して多大なる戦果を挙げていた。
真っ先にやられた空母と言う事で、とにかく手堅く守りを重んじているみたいで、速力強化に高射砲のレールガン化と順当な強化が為されている。
まぁ……アタシとしても、その考え方は支持するところ。
だからこそ、作戦動員艦隊の候補としても、真っ先に永友艦隊を挙げた……そのくらいには、贔屓してるのだ。
「そうだね。お察しの通り、君達は陽動部隊だよ。敵戦力を引きずり出したら、お役目はほぼ完了。高速艦隊といえども、Uターンして遡上するとなると、それなりにホネだからね。敵を引き連れて、目一杯下がったって、作戦上別に問題はない。まぁ、突っ込んで来た敵は、煮るなり焼くなり好きにするといいけどね。退路確保の必要を考えると、邪魔者は排除するに越したことはないけど、その辺はお任せするよ」
「そ、そうか……なら……いや、今回は初霜をそっちにつけてしまったんじゃないか……。そうなると、こちらの対艦戦力はあまり強力とは言い難いと思うんだ。うちの艦隊だけで、待ち伏せ艦隊の殲滅までとなると、ちょっと大変じゃないかな? 敵も空母がいる以上、航空隊も出てくるだろうし……」
うーん、ジョッフル程度の航空隊。
どって事ないと思うんだけどなぁ……スツーカとか普通に雑魚だよ? あれ。
「提督も心配症ですね……。この祥鳳も高速化改装で軽く35相対ノットくらい出せますからね。ダンケルクの速力なら振り切れます。それに本艦の直属護衛艦も増強して、疾風と追風の二隻体制。ハーマイオニーさん達、J級駆逐隊の子達だって、ジュノーとジュピターの木星コンビが増えて五隻編成になってるんだから、頼もしい限りです。対艦戦力についても雷電姉妹の砲戦火力は初霜と同等レベルなので、十分強力です。私達は退路確保という重要な役目もあるから、責任重大ですよ! 提督はいつもどおり、戦いが始まったら、全部私達に任せて、厨房で戦勝会の準備でもしてればいいんじゃないですかね」
凄いな……直訳すると「提督は戦いになると役立たずなんだから、裏でメシでも作っててよ」って言ってる。
これって、完全に尻に敷かれてるんじゃ……。
グエン提督もアレだけど、こっちはもっと酷い。
……思わず、アタシも天を仰ぎ見る。
「あー、うん。そうだな……戦いには口を出さない。そうだったな……戦いが始まってからの私の役目は、ブリッジで偉そうにふんぞり返って、晩飯のメニューでも考えてる……だったな。君らが問題ないと言うなら、問題ない……確かにそうだ!」
これが連戦連勝の常勝提督達の実態だと世に知られちゃ、あまり良くないと思うな。
この今悟った事実は、アタシの最高機密フォルダにしまい込む事にしよう。
まぁ、女性に優しい紳士……そんな風に思っとこう。
実際、提督の作る料理やスイーツは最高だからね。
指揮官の役目のひとつに士気高揚ってのもある……そこを考えると、戦いが終わったらごちそうが待ってる……それだけでも、皆張り切るのは間違いない。
いい仕事してる……そう思うことにした。
「そうですよ。提督は戦いになるとすぐヘタレるんですから! それでも、今まで勝ってこれたんだから、いつも通りでいきましょう!」
「そ、そうだなっ! いや、すまないな、遥くん。私を信じて、重要な役目を託してくれたのに、何を気弱なことを言ってるんだか、今のは忘れてくれ! ここはひとつ期待に答えてみせるよ」
あーうん。
提督、今度一緒にお茶しましょうか。
……女の子の扱い方とか、レクチャーしますから。
一応、これでも女子の端くれなので、少しくらいは……ね?
うん、まぁひとまず株価も安定、下げ止まりかな。
こう言うビビリ気性だからこそ、銀河連合でも有数の防御重視の艦隊編成にしてるんだろう。
本丸の空母の守りが堅いから、初霜と言うジョーカーも気兼ねなくフリーハンドになって、最前線で暴れまわって、多大な戦果を挙げる。
そんな風に考えると、永友提督ってスゴい提督に思えてくるから不思議だった。