第二話「最終ブリーフィング」③
永友提督は、何やら苦悩してるような様子だけど、モニターに映る副官の初霜や祥鳳は、解ってますよと言いたげにアタシを見て頷く。
永友提督の役割は、アタシらの提案を受けてくれて、中央に掛け合って、実弾演習の実施許可を得てくれたことと、作戦の補給物資調達をやってくれたことで、あらかた終わってるっちゃ終わってる。
裏ルートで空母四隻を含む、20隻あまりの艦隊の作戦要求物資を自前で揃えるとなると、その量も相当な量となる上に、輸送手段確保やら調達先選定やら根回しだけでも、頭を抱えたくなるほどの作業になるはずだった。
さすがに、それはなかなかにハードな課題だったのだけど、永友提督に頼んだら、充足率250%なんて、同等規模の作戦を二回実施してお釣りが来るほどの膨大な物資をいとも簡単に掻き集めてしまった。
この人、どうもストック癖があるみたいで、兵站関係者も永友提督が突発的に、多大な物資要求をしてきても、もう慣れっこ……みたいな感じで、何の疑問も覚えずに用立ててくれた上に、提督自身も小まめに顔出しやら、挨拶回りでせっせと兵站部門に人脈作ってたみたいで、何処にも波風立てずに、あっさり仕事をこなしてくれた。
もっとも、アタシもアドモス社とエスクロン社に、君らのとこのお偉いさん助けに行くから、支援物資寄越せって言って、色々試作兵器やら、高級レアパーツ、特殊装備やら純正のハイグレード弾薬やらを横流ししてもらっている。
さすがに、ブラックマーケットでは、エーテル空間戦用の特殊加工レールガン弾頭なんてのは、流れてこないから、純正品を大量にってのは、大いに助かった。
永友提督の物資調達ルートに、こっそり紛れ込ませるとかとか言ってたんで、永友提督の集めた物資が必要以上の量になったのは、たぶんそのせい。
今回の作戦は、偽装工作に協力してもらった港湾管理企業やら、輸送業者に、チャンネル667……人質に取られた人々の所属企業の関係者、その他もろもろ、数十社に及ぶ企業や多くの個人から非公式バックアップを受けている。
関係者総数は100人どころか、1000人位の人間が関わってるはずだった。
「秘密組織による極秘人質救出作戦」……この厨ニ心と正義心を刺激するワードを聞いて、皆割とノリノリで話に乗ってきたのは、この時代の人達も案外、そう言うのが好きって事なのかも知れない。
なんせ、人質救出なんて、誰がどう見ても正義の行い……そして、その行いに秘密裏に加担し、その一助と為す。
大の大人が目を輝かせて「任せてください! 正義の為に!」何て言うのを何人も見てきた。
厨ニは銀河を救うのだ! ……なんてね。
もっとも永友提督は……基本的にいい人だから、思いっきり関係者を詐欺にかけたみたいな結果になって、すごく気に病んでるっぽい。
……正直、色々御膳立したのはこっちなんで、そんな風に気にして欲しくない。
誰が皆を騙したのかって話になると……そりゃ、間違いなくアタシだ。
と言うか、関係者も割と確信犯なんだから、そこは気にするところじゃない。
まぁ、その辺は祥鳳達に、フォローするように頼んであるから、お任せなんだけど。
……正直、男心を掴んで、男の人を上手く扱うとか、そう言う柄じゃないからねぇ……。
もっとも、銀河連合軍の後方支援無しでの独自作戦ともなると、補給物資のみならず、資金の問題もあったけど、そこら辺も例の作戦協賛企業やら支援者達が用意してくれた活動支援ファンドなどから、結構な額の活動資金をご提供いただいているし、「裏門集」の活動資金も割と潤沢なので問題ない。
ちなみに、この「裏門集」の活動資金もカイオス達から分捕ってやった。
いや、分捕ったんじゃなく正規の手続きを経て、当たり前に返して貰っただけなんだけどね。
BDSの資金管理部門の連中は、自分達が何の団体の資金を管理してたか、全く解ってなくて、どこからともなく送られてくる予算を、黙々と資金運用して増やして、言われるがままにあちこちに送金とか、そんな調子の仕事してた人達で、お金だけ取り上げて、路頭に迷わせるのもあんまりだったんで、うちの資金管理部門として、そっくりそのまま移籍いただいた。
まぁ、ボスの方には、拳銃突きつけて脅しをかけたりと、少々過激な真似をしてしまったけど、ちゃんとお話し合いの上で納得していただいたし、資金管理の面でも全うかつクリーンな株や通貨運用やらで、元手を減らさず、せっせとコツコツと増やしてくれてたような有能かつ、真面目な方々なので、なかなか重宝している。
カイオス達には、義理も恩も感じてないし、そもそも顔ももちろん、名前すらも知らない。
テロリストに加担してたなんて、冗談じゃない……なんて、言ってる始末で、例によって「共に正義を!」……このキーワードであっさり、落ちた。
この時代の人達って、基本的にヌルヌルでお花畑脳なんだけど、こう言うキーワードにものすごく弱いって、アタシも解ってきた……と言うか、なんか割と純朴な人が多いんだよね。
……要するにいい人が多い。
今後、そこら辺はわきまえるようしたいと思う。
「正義の名に恥じないように」
カタギリの爺様の言葉は、こう言うことだったのかと……後になってから、思い知った。
世に悪がのさばると、力なき人々の間にも自然とそれを憎み、それと相対する正義への渇望ってのが現れるものなのだ……。
だからこそ、アタシは、表向きには正義の名に恥じぬ行いを……後ろ暗い行為は、水面下でコソコソと。
まさに、灰色の正義ってのはこう言うのを言うのだろう。
反面、色々分捕られたカイオス達は……物ない、金ない、家もないで、相応に苦労してると思うけど……まぁ、知ったこっちゃない。
関係部署に嘘付きまくりってのも、んな自分たちの作戦行動が、民間人やら敵にも筒抜けなんて、ふざけた環境なんだから、こっちも味方に正直でいる訳にはいかない以上、当然の処置だ。
この作戦については、カタギの民間人も結構巻き込んでしまっているから、それらの口までは塞げない以上、情報漏えいは避けられないとは思うけれど、そこはもう織り込み済みだ。
なにぶん、BDSの作り上げていた情報網も、すでにあらかたひっくり返して、分捕ってるので、あちらさんの情報収集能力はもうガタ落ちで、まともに機能していない。
反比例するように、こちらの情報戦能力は爆上げ状態なので、情報戦に関してはこちらが圧倒的に有利。
この辺りは、後方支援担当のカタギリの爺様達がやってくれているので、現場のアタシとしてはもう丸投げ状態。
シュバルツやウラルは、かなり前から秘密裏にこちらの世界に進出して、かなり深いところにまでその情報網や人脈を広げていたようだけど、すでに裏側でのアタシらの反撃は始まっている。
こうしている今も水面下では、熾烈な情報戦や、双方の下位諜報組織同士の暗闘が各地で繰り広げられているだろう。
まぁ……アタシとしては、敵が思い切り油断してるところを奇襲かけて、相手が為すすべなくオタオタしてるところを、人質をかっさらうと言う展開を希望してるんだけどね。
敵もそこまで間抜けじゃないだろうから……あまり期待はしてないけど。
まぁ、今の時点では、割と勝率も十分な数値で、お気楽でいられてはいる。
「さて、まずお二方にとって、たぶん重要な話……作戦上の指揮系統はどうしようか? こちらはあくまで協力をお願いする立場だから、お二方への命令権なんてないってのが正直なところなんだ。そもそも、命令系統が違うから、こればっかりはどうしょうもないんだけど、この作戦は複数艦隊の相互の連携が重要になってくる。てんでバラバラに好き勝手に動いてちゃ、勝利なんてとてもおぼつかない……言うまでもないと思うけど」
「そうだな。一応中将なんて御大層な階級持ちの俺が最上級将校なんだが、俺の階級は飾りだって自覚してるからな。俺は君の指揮下って事で構わない……永友ちゃんもそれでいいだろ?」
「そうだね。私も指揮統制となると、無能の誹りは避けられない……。その程度の自覚はあるよ。作戦指揮、戦術眼、判断力……遥君の能力の高さは、我々も良く知るところだからね。年下の女の子に命令されるってのは、ちょっと複雑だけど、戦場の君がどれだけ頼もしい存在か……。何より、私の部下達も君のことは信頼してるみたいだからね。異論はないよ。祥鳳、初霜、聞いてのとおりだ……各艦のプライマリーコードを遥くんに移譲する。私はいつも通り、戦闘が始まったら置物で構わない」
「了解です。各艦より同意の返信……各艦頭脳体の強制命令権を駆逐艦天霧へ移譲いたします。初霜もそれで構わないわよね」
「わたしも異論ありません。遥さんの指揮なら、問題ないとわたしも判断します」
初霜と祥鳳のプライマリーコードが送信されてきて、天霧の指揮管制システムに登録される。
やがて、永友艦隊の各艦からも同様にプライマリーコードが送信されてきて、全艦、天霧の指揮下に入る。
「永友ちゃんも正直だねぇ。そんな訳で、総大将は遥ちゃん、君って事で構わない。こちらも全艦のプライマリーコードをそちらに移譲する。これで俺達は君の意のままに動く……どのみち、この作戦自体が「裏門集」主導の秘匿作戦だからな。まぁ、遥ちゃんなら問題ないだろう」
「こっちもプライマリーコード送信済み。遥提督の命令優先順位をグエン提督の上に設定しておいたわ。まぁ、グエン提督って戦闘になると、とにかく突撃あるのみだから、かえって安心かな。期待してるわよ……遥将軍っ!」
グエン艦隊下の各艦からも、プライマリコードが一斉に送られてくる。
まさに名実ともに作戦総旗艦になってしまった天霧がアワアワしてるけど、こう言う状況を想定して、駆逐艦にも関わらず、天霧には統合指揮システムや、情報処理サブコンピューター群などを搭載してあった。
まぁ、そのおかげでCICが手狭になったり、ジェネレーターを増設する羽目になったりと色々弊害が起きているのだけど……。
アタシは、アタシで身体に情報リンクコネクタをいくつも増設したり、皮下埋込式の外部情報処理チップを増設したりと、割と自分自身をカスタマイズしてるから、膨大な情報処理についても、問題ない。
アタシは、元々コンピューターやAIとは相性がいいのだ……実は、天霧のサブパイロット的な事もできるようになってて、一時的なら操艦とか銃座や砲の制御なんかも出来る。
元S級電子戦エージェントは伊達じゃないのだ。
もっとも、他の提督は自分の体を改造なんてのは、あんまりやってないみたいだけど。
この辺は、同じ再現体の人達でも20世紀後半から21世紀前半の人達が多いからってのもある。
あれは、アタシの生きていた21世紀後半になってから、本格的に普及した技術でもあるので、その当時でもサイバネ手術を好き好んで受けるのは、少数派だった。
あの頃より、昔の人となるともはや、理解の範疇外なんだろう。
この時代の人達も……身体改造はあまりやりたがらないらしい。
宇宙時代の未来世界はもっとサイバーパンクだと思ったんだけど、案外そうでもなかった。
携帯端末なしで、共用ネットワークと接続出来たり、圧縮情報処理、情報プラグインって、色々便利だと思うんだけどなぁ……。
一応、イザという時の為に、戦闘用パワードスキンやら、各種携行重火器なんかも用意してるけど、これ使う事態になったら、それはもう詰んでるようなものだから、使う機会が来ないことを祈りたい。
気分で用意してもらった日本刀を帯刀してたりもするんだけど……さすがのアタシもポン刀で人斬りやった経験はないから、まぁ、これは飾りかな?
……水面下で、あの手この手でカイオス達をボッコボコしてる遥ちゃん。
この娘、スペック的には作中トップクラスのSSR級の子です。