外伝2「天風遥」①
……戦いが終わった。
普段、アタシらは本来、戦場の黒子……裏方なのだけど。
今回の様に、矢面に立って最前線でってのは、本当に珍しい戦いだった。
でも、ああ言う訳の解らない敵……。
他の艦隊だったら、確実に相応の損害を出していただろうから、アタシらが対応して正解。
敵は対初霜用に徹底チューニングしていた特殊艦艇。
その目的は、永友提督の暗殺とその最大の障害となる駆逐艦初霜の撃破。
アタシは、そう結論づけている。
実際、あの敵と、あの場にいた永友艦隊とが、独力で交戦したと仮定した場合、永友艦隊は旗艦祥鳳轟沈と言うシミュレーション結果が出ていた。
アタシらがアレに勝てたのは、相手は天霧達と交戦する事を想定してなかった……それが原因。
ミラージュフォグを使った隠蔽戦術や、天霧の電子戦装備も上手くハマった。
もっとも、その勝利も本気でギリギリ。
あの天霧の土壇場でのスーパーショット。
アタシもヒントくらいは出せたけど、あの奇跡の一撃が勝敗を決したのは間違いなかった。
……ホント、なんなんだありゃ? アタシの計算すらも軽く飛び越えてたぞ……あれ。
天霧達も珍しく自分達が目立った働きをして、称賛されて……とても嬉しそうな感じ。
本人は、至って軽い調子で、撃った瞬間に当たるのが解ったとか言ってたけど。
同じ言葉を、熟練のスナイパーが言っていたのを思い出す。
まったく……大したヤツだ。
天霧とは、アタシがこの世界で再現体としての第二の人生を生きることとなってから、それなりに長い付き合いなのだけど。
たかが駆逐艦とは思えないほどの存在になりつつある。
もとを正せば、過去の戦闘艦の経歴や戦績を記憶データ化して、自己進化する高度な人工知能体……そんな風に説明されてはいたのだけど。
たまに、機械的なカタログスペックをガン無視するような進化を遂げるケースがある……駆逐艦初霜辺りは少々特殊なケースなのだけど。
こちらの世界のエーテル空間戦闘艦でも、突然変異的進化を遂げるケースが散見されるようになってはいたのだけど……。
どうやら、天霧もその一人になりつつあるようだった。
将来が楽しみ、いや……戦場で命を預ける相棒なのだから、そうでなくてはいけない。
アタシは、あんまり目立ちたくないから、今の戦場の黒子役にも満足してるんだけど。
ご褒美代わりに、ちょっとの間だけ、表舞台に立たせてやるのも悪くない。
……そんな風に思わなくもないのだけど……。
「……ふふふ! この天霧……もはや、最強と言っても良いかも知れませんねー! 皆さん、称賛をーっ! ぶいっ!」
訂正……めちゃくちゃ調子に乗ってるみたいだ……。
かつての天霧はもうちょっと自己主張の少ない……物静かで気弱な所があるヤツだったんだけど……。
でもまぁ、あの変なプラグインもほっとけば、元の人格と統合最適化されるみたいだし、そのうち、いつもの大人しい天霧に戻るだろうさ。
絶対、自分の言動を思い返して、ずーんと落ち込むと思うんだけど……まぁ、いいか。
ただ、今回の相手。
クリーヴァ社……連中の仕業なのは確定。
もっとも、証拠は失われてしまったから、立証は困難を極めるだろう……。
多分、尻尾を掴ませず、逃げ切る……そんなオチが待っていそうだった。
例の荷電粒子砲艦は木っ端微塵に吹っ飛んでしまったし、くっそ怪しい超大型コンテナ船も、積荷が突如爆発したとかで、銀河連合軍が本格的に臨検する前に自沈してしまった。
脱出した乗組員は、短期雇われの連中ばかりで本気で何も知らなかったらしいけれど……。
途中で大きなコンテナを大量に投棄した記録が残っていたり、まぁ、100%クロ……。
けど、疑わしきは罰しない……銀河連合軍は、そんなヌルい対応がお決まりだから、これもウヤムヤで終わるだろう。
けれど、クリーヴァ社については、調べれば調べるほど、その規模はかなりのもので、今のこの宇宙の秩序自体を崩そうと画策してるようにしか、思えなかった。
まさに内患……こいつら、正気なのか……そんな風にアタシは思っている。
けど、何のために? そして、何がしたいのか?
その行動原理や背景……解らない事も数多い。
ただ、これだけは言える。
間違いなくアタシらは、アレに敵と認識された。
今回の件で、敵の目論見は大きく躓きを見せた……次は、アタシらの存在も計算に入れた上で仕掛けてくるだろう。
なにより、今回の一件で、アタシらの存在も民間にも大きく知れ渡ることになる。
ユレさん達もそれなりに、配慮はしてくれるだろうけど、あそこまでの大規模戦闘……無かったことにはとても出来ない以上、有効活用してもらう方向で話はついているんだけど……。
大方、行動を逐一マークされたり、装備や戦術の研究もされることになるだろう。
その対策を考えなきゃだし……。
長らく追っていた、この銀河の裏側に潜む敵の尻尾を掴むことも出来たのも事実だし……考えることも山積み……。
正直、なかなかに憂鬱で……とても、皆の輪に加わって、騒ぐ気にはなれなかった。
まぁ、私は自他ともに認める悲観論者だから、しょうがないっちゃしょうがないんだけど。
「やぁ、天風中佐……今回の功労者なのに、こんな隅っこで一人だなんて……皆、気が利かないよね」
……永友提督。
今や准将の立場……佐官たるアタシとは、もはや別格の立場でもある。
戦術家としても前線指揮官としても、はっきり言って「無能」の一言なのだけど。
軍政家……後方支援担当としては、その手腕は一級品だとアタシも高く評価している。
装備、弾薬、燃料と言った物資の手配、各提督たちのまとめ役、未来人との交渉については、感心するほどの手腕を発揮していた。
ついでにいうと、人間的にも……普通にいい人、愛すべきお人好しと言っても良い。
これがアタシのこの人物への評価だ。
アタシにしては……むしろ、好意的と言えよう。
「ああ、どうも。私はいまいち、こう言う賑やかなのは苦手でして……皆は知ってるから、敢えてそっとしてくれてるんですよ」
まぁ、一応上官なので、言葉使いは意識して変える。
私とか、言い慣れないんだけど……。
「そうなのかい……? なら、お邪魔だったかな?」
「いえ、そんな事はありませんよ。機会があれば、提督と話がしてみたい……そう思ってましたから。ああ、提督謹製のお料理やお菓子、とっても美味しかったです……。提督の麾下の方々が羨ましく思えるほどですよ」
これは社交辞令抜きでそう思った。
元パティシエと言う話なのだけど、その腕前は本物。
繊細な見栄え、絶妙な味……合成食材でも、この人の手にかかると魔法のように美味しくなると言う評判なのだけど。
その評判は本当だった。
今日の慰労会も、永友提督が手配してくれたのだけど……。
テーブルに並んでいる料理やお菓子のたぐいは、永友提督直々に作ってくれたらしい。
その素材は現地調達の合成食材……香りや味は本物っぽいけど、致命的に何かが違うファクトリー製の工業大量生産品……。
あれをここまで美味しく出来るなんて……うーむ、素晴らしい腕だ。
アタシは、料理なんて出来ないから、それだけでも素直に尊敬に値すると思う。
頭脳体の子達からは、やけに人気があるようなのだけど、それも納得。
アタシだって、女子である以上、甘いものや美味しいものには、目がない……。
実際、チーズケーキをホールでこっそり頂いていて、独り占めして堪能してた所。
うん……実はアタシの大好物なのだ。
これと、コーラとポテチでもあれば、言うことはない。
「お褒めに預かり恐縮だよ。ところで、何か悩み事でもあるのかい? ずいぶん難しい顔をしてたようだけど、私で良ければ相談にのるよ」
一歩引いた距離で、優しく丁寧な対応。
なんだろうね……このお父さんみたいな感じは。
とても、嫌いになれるはずがない。
「ええ、今回の件で色々と……。永友提督は今回の事件……どう思いました? 私は、これ……かなり根深い厄介な問題が表面化しつつあると見ています」
「そうだね……例の非武装平和主義の蔓延と、クリーヴァ社の暗躍ってとこかい? どちらも我々にはなかなか手が出せない問題なんだけど……。結局、手がかりは全て失われてしまった……。たしかになんとも嫌な感じだ。果たして私達がどこまで対抗できるのやら……」
「……そうですね。この世界は、基本的にお人好しの善意で回ってる世界ですからね……。銀河連合と言っても、大半の地上世界の人々は、政治やエーテルロードのの問題に関心を持たず、なんとなく……緩く繋がってるのが実情。その緩さに付け込むような悪意を持った第三勢力の介入……悪い方へ進んでるのは確かですね」
「それも第二世界側の……だろう? 桜蘭以外の国々……いよいよ、連中が本格的に動き出したのかも知れない」
「おや、そこまでご存知ですか……その様子だと、永友提督も色々お察しで?」
「ああ、私のところには、各方面から色々な情報が届くからね。それに資金や物の流れについても色々と独自調査したんだ。一応、私は経営者でもあったから、その手の事は人より詳しいんだけど、その筋で追っていくと、何となく見えてくるものがある。クリーヴァには何処からか大量の資金や技術が流れ込んでる……そして、何らかの意志に基づいて、何か大きな事をしでかそうとしている」
「でしょうね……。あの荷電粒子砲艦にしたって、相当高度な技術が費やされていましたからね。こちらの世界の技術を部分的には上回っているほどだそうです。あのレベルの超兵器を作るとなると、大規模星間連合国家でもバックに居ないと、ここまで派手な真似は出来ない」
「現時点で可能性が高いのは、第二世界のロシア、ナチスドイツの後継者達……って話だ。向こうの世界って、日米独ソなんて言う四強体制のまま、宇宙に進出して延々戦争やってたとか、そんな感じらしい。一応桜蘭とは休戦してるみたいだけど……虎視眈々とこちらの世界への進出を狙ってるみたいだからね……」
「第二世界の歴史は……私も知ってますよ。まさにクレイジーな歴史としか言いようがないですね」
「まぁ……我々の世界も一歩間違えていたら、ああなっていたのかも知れないからね……決して他人事じゃないさ」
「未来人は、他人事と思ってるみたいですけどね。だからこそ、非武装平和主義なんて、馬鹿げた思想が蔓延するんですよ……」
「その非武装平和主義についても、ある程度調べはついているんだ。その出処はとある新興宗教団体に行き着くんだけど……。これもお金をじゃんじゃん使って、経済界や政界に着々と信奉者を送り込んでる。まぁ、その平和主義って主張自体は悪いものじゃないと思うんだけど……悪い意味で、未来人達との相性がいいみたいなんだよね……」
「提督……平和主義なんて、幻想ですよ。彼らの主張は厭戦プロパガンダそのものです。この世界から戦う意志を、牙を抜こうと言う深淵たる悪巧みの一環でしょうね。本当の敵は、耳聞こえのいい言葉と笑顔と共にやってくるのですよ」
「反戦運動を悪巧みと切って捨てるのか……君は。確かにすっかり宗教じみてるような人達もいるけど、大半が切実な願いと言った様子なんだけどね……。それを悪巧みに加担するように言うのは、感心できないよ」
さすがに、呆れたような様子で、永友提督が返す。
……確かに、アタシみたいな小娘の口から、平和主義を全否定するような言葉が出るとドン引きなのも解る。
でも、永友提督……あなたがそんな調子じゃ、駄目なんですよ。
ああ、もうこうなったら、嫌われても構わないから、ビシッと現実を教育して差し上げるとしよう。
アタシは、悪鬼羅刹の類と思われても甘んじて受けよう。
……実を言うと、アタシはこの人のシンパの一人を自認している。
アタシ自身は、目立って脚光を浴びるとか、そんな事やっても、どうせ自滅するだけだって、解ってる。
元々、あまり人には好かれないタチなのだから……。
だからこそ、アタシは誰かを立てて、支える側に回る……そう決めていた。
永友提督は……アタシと違って、自然と人やモノが集まってくる……英雄たる素質を持つ人。
会ってみて、確信した……何より、敵が危険人物と認識して、暗殺まで試みたんだ。
この人は間違いなく本物だ……。
でも、致命的なまでに脇が甘いし、お人好しが過ぎるのが欠点。
だからこそ、アタシみたいな腹黒いのが暗躍して、背中を守ってやる必要がある。
正直、危なっかしくて仕方がないんだよね……。