外伝2「密着レポーター天霧、がんばりますっ!」⑤
次は艦橋です。
はっきり言って狭いですが……駆逐艦の艦橋なんてこんなもん。
4-5人もいると手狭なくらいには狭くて、椅子すらありません。
かつての名残で、吊り下げ式の戦術モニターだの指揮管制コンソールなども残ってますが。
最近は動かしてもいないですね……そう言えば。
かつては、ここの操舵手席の前で操艦していたものですが、今は艦底部のCICルームの操艦シートに座って操艦するので、この艦橋ももう限りなく飾りだったりします。
この辺は、やっぱり対人類戦を想定して進化してる部分です。
なにせ、初霜あたりはピンポイントで艦橋狙いとか平気でやってくるので、それで頭脳体が無力化すると負け確……。
私もシミュレーターで散々やられたので、どうも対人類艦戦闘では、それが基本戦術のひとつのようなのです。
エゲツない……本当にエゲツない。
なので、最近では……どうせ居住ブロックとかは空いてるからって、なるべく装甲が施されていて、被弾率の低い機関室周辺とか、艦橋の真下とかに装甲化した操艦ブロックを作って、戦闘時にはそこに引きこもるってのが、駆逐艦では主流になりつつあります。
エーテル空間戦では、海と違って流れがあるので、相手に艦首を向けての戦闘が多くなり、とにかく前半分や艦橋によく被弾するんですよね……。
この辺は、横っ腹を向けあって砲雷撃戦を行うことを想定していた第二次大戦の頃とは明らかに変化している部分で、戦艦なんかも後部砲塔が使えて、被弾時の傾斜が取れる10時から2時くらいの角度で斜行しながらの砲戦が理想……なんて言ってたりしますし、艦首部装甲を増設したり、艦橋前面部の装甲を強化したりする……そんな対策も行われているんですね。
他にも、光学観測ユニットもよく狙われるようなので、艦体各部にカメラを仕込んで、二重三重の予備光学観測システムを用意。
艦橋にいれば、周囲を直接目視観測出来ていたのですが、装甲化されたCICルームでは、このようにカメラ経由でないと外界が観測できませんので、これら光学監視システムはかなり重要視されています。
これは、思わぬデメリットと言えますけど。
複数カメラの光学観測情報を組み合わせることで、360度の視界を得ることが出来るようにもなったので、これはこれで悪くない進歩と言えるでしょう。
それに、機関部もピンポイントで撃ち抜かれるので、機関部周りは軽量化複合素材装甲で可能な限り守りを固めるようにしていますし、融合炉もコンパクトなタイプを採用……天霧の場合は四基搭載し、並列分散化しています。
蓄電素子ユニットも艦首部や舷側部など、あちこちに分散配置するようにしているので、砲弾の直撃一発で即座に無力化するような事態も軽減されています。
ダメージコントロールについても、ナノマシン修復システム集中運用による効率化が進められていますからね。
装甲防御力などはあまり変わっていませんけど、簡単には無力化しない……言わば、耐久性は確実に向上しています。
これも、初霜さんが私達に与えた影響のひとつですかね。
と言うか、あの人……敵に回すとトコトン容赦ないし、とってもえげつないんです。
戦闘シミュレーションデータに、文句言ってもしょうがないんですけど……。
おかげ様で「一回戦うたびに、誰かが沈む消耗品」なんて言われてた駆逐艦の対黒船の実戦における生存率も、劇的に向上してるんですよね。
……皆、初霜ベンチマークでやられまくってるから、簡単に無力化しないように、創意工夫してますから、その成果が数値上にも出てきてる感じなんです。
「駆逐艦の艦橋って狭いって聞いてたけど、めちゃくちゃ狭いのね……椅子もないなんて……」
「駆逐艦は大抵、こんなもんですよ。私達吹雪型はまだマシで、前型の睦月型や神風型なんて、天井布張りキャンバスで吹きっ晒しの露天艦橋なんですよ! 立ったまま操艦ってのも、大抵の艦がそんな調子ですよ」
「ええっ……そんなんだったの。じゃあ、ちゃんとした屋根があるだけまだマシなのね……なんだか、酷い話ね」
「でも、今はほとんどのエーテル戦闘艦は戦闘になると、もっと下の方にあるCICシートで操艦するんで、こんな艦橋なんて、もうほとんど使われてませんね。割と艦橋って被弾率高いんですよ。装甲化して重くするわけにも行かないし、構造上強度もあまり高められないから、戦闘機の機銃掃射程度で、穴だらけになっちゃいます。そんなとこで操艦とか危なっかしくてやってられません」
「その辺は、宇宙戦艦と同じ経緯って感じなのね……。宇宙戦艦も最初の頃は直接外が見れるようにって、艦橋なんかもあって、海上船みたいな感じだったんだけどね。やっぱり艦橋によく被弾したり狙われるからって、結局、無くしちゃったんだって! その辺、まるっきり一緒ってのは、興味深いわねぇ……。でも、こんな風に艦橋に立つとちょっと偉くなった気がするわね。面舵いっぱ~い! なんてね!」
ユレさんが一段高くなってる艦長用の踏み台の上で、楽しそうに右舷側を指差す。
「ようそろー! 面舵いっぱ~いっ! ふふっ! なんか提督っぽくていい感じですね。確かに遙提督なんかも、そこで指揮するのが好きって言ってましたね。でも、戦場で一番死にかねないのが、あの人なんですよね……」
「そうなのよね……。星間連合軍の公開情報見てると、エーテル空間戦闘で真っ先に戦死するのって、いつも指揮官の再現体提督ばかりなのよね……なんで、そんな事になるのかしら? 貴女達駆逐艦とかだって、黒船との戦闘でしょっちゅう沈んでるし……。こう言うのもなんだけど、順番がおかしいんじゃないの?」
「基本私達、戦闘艦艇頭脳体か、提督くらいしか戦場にはいませんから、必然的にそうなるんですよ。私達は頭脳体が破壊されても、艦体が無事だったり、基地に定期バックアップデータが残ってれば、復活出来ますけど……。再現体となると、バックアップを取ってないと、死んじゃったらそこまでなんです。でも、うちの遥提督はバックアップ取りたがらなくて……。あれってなんでなんでしょう?」
一応、再現体も定期的に人格、記憶データバックアップをしっかり取っていれば、拠点で身体を新規製造して、バックアップデータを元に差分補完した上で再度、再現措置を受けることで復活は出来るんです。
けど、遥提督もなんだけど、何故か再現体の人達はバックアップ措置に、拒否感を持ってる人が多いのです……バックアップ措置も義務や強制でもなく、任意なんですが……。
現役の再現体提督で、バックアップをきっちり取ってる人の方がむしろ少数派なのです。
中には、もし自分が死んだら、未来永劫、二度と再現措置を行わないで欲しいなんて、意思表示する方もいらっしゃって……。
この点だけは、私達には全く理解不能の点なんです……。
「そうね……私は生身の人間だから、何となく解るわ。天霧ちゃんいい? 人間ってのは命はひとつなの。ひとつしか無いから命ってのは輝くのよ? バックアップからの復活なんて出来たら、自分もだけど、他人の命を粗末にするようになっちゃうし、自分が人間かどうかの境界が曖昧になっちゃう……。そう言ってた人がいたんだけど、アタシもその気持ち、良く解るわ」
「それ……誰の言葉なんですか? なんか深い言葉って感じがします」
「そうね……。アタシが昔、大ファンだった。とある再現体の人の言葉よ。今はもう戦死しちゃったし、本人が再現措置を拒否してたから、もう二度と会うことも出来ないわね……」
「……もう二度と会えないなんて……悲しすぎますね。人間はか弱いからこそ、バックアップ取って、不慮の事故に備えるべきなのに……」
「違うわ……本来、それが当たり前なのよ。たぶん、遥ちゃんもそれがちゃんと解ってるのよ。貴女達にはちょっと難しいかもだけどね」
「……そんな! どうにもならないんですか! 私! 遥提督に二度と会えないなんて、そんなの寂しいし、耐えられません!」
セルフ・モニタリングから、エラー。
冷静さを欠いている心理状態につき、戦闘行動に支障ありとの報告。
うん、冷静になろう……。
「そうね……。だったら、絶対に死なせないようにすればいいじゃない。あなたが守ってあげるのよっ! 貴女には私達と違って、人を守れる力があるんだから、この駆逐艦天霧っていうね! すごく強くて頼もしそうって、アタシも思うわよ」
そう言って、酷く優しい眼で私の肩をポンと叩くユレさん。
命はひとつ……か。
だからこそ、我が身を犠牲にしてでも、絶対に守り抜く……そう言えば、初霜もそんな事を言ってたらしい。
決意と強い思いが、私達をより強力な存在にするんだとか……。
そう……遥提督を生かすも死なせるも、私の双肩にかかっている。
そう考えると、立ち止まってはいられないですよね。
この天霧も一応、防御力や乗員保護を最優先するように改良していますし、私だって、しぶとさに定評があるんだから、そんな事には絶対させません!
聞いた話によると、提督座乗の指揮艦は、どれも防御や乗員保護を重視しているようなんですよね。
永友艦隊の旗艦祥鳳なんかも、居住性やダメージコントロール、装甲の強化、提督の脱出装置とか色々盛ってるって話です。
……その辺は、皆考えることは一緒か……。
今度、祥鳳なんかにも話聞いてみようかな……まんざら、知らない仲でもないし。
お次は……VLS式の飛翔魚雷パッケージユニット。
横から見ると、装甲化されたコンテナみたいに見えるけど、この中には飛翔魚雷がぎっしり詰まっています。
本来は、この場所には無誘導の連装魚雷が置かれていたのだけど、610艦隊や永友艦隊では、この36連装飛翔魚雷を実戦で運用し、なかなかの戦果を挙げており、今では私達もこれを正式装備として採用しています。
「駆逐艦の装備も連装魚雷じゃなくて、VLS式ランチャーに更新されてるって聞いてたけど、本当だったのね。この辺の装備ってあなた達的にはありなの?」
「そうですねぇ……火砲のレールガン化もありますけど、黒船側も砲の長射程化傾向があるんで、平均交戦距離が伸びてますからね。従来の無誘導魚雷では、もはや狙って当たるものじゃなくなってますよ」
この飛翔魚雷もすでに、Block21。
初期の頃は、単純にロケット推進で飛んで、落ちて、だーっと明後日の方向へ走っていくだけの代物だったのだけど、最新Blockでは、空力制御翼を展開し、事前にプログラムすることで、ある程度の誘導制御も可能となっています。
当初は、全然使えない兵器だなんて、酷評されてたんですけど。
610艦隊では、一斉投射による面制圧力が高く評価され、他の艦艇にも普及したことで、進化のペースが向上し、ドンドン使い勝手の良い兵器となって来たんですね。
自律誘導やレーザー通信による遠隔制御も現在研究中。
それが実現できれば、21世紀の主流だった誘導兵器が実現出来ます。
これもまた、宇宙戦闘では光学系兵器の発展で、廃れてしまった技術であり、エーテル空間の過酷さで誘導兵器がまともに機能しなかったことから、これまではあまり着目されてなかったのですが。
耐エーテルシールド技術の発展で、その実現に現実味が帯びてきたところなのです。
ここまで来ると、もはや魚雷でも何でも無いのですが……現時点での射程距離も10-20kmと、従来の巡洋艦砲並にまで、向上しており、対空、対潜にも使えるようになって、汎用性も向上しているのです。
特殊なブースターを装備させた延伸弾を使えば、100km位先に飛ばせたりします。
まぁ、さすがに命中率は期待できないレベルなので、威嚇くらいですけどね。
なんと言っても、このVLSは発射台と弾薬庫が兼任されているのが、積載スペースや搭載重量に限りがある駆逐艦にとっては、実にスグレモノ。
補給艦を随伴していれば、パッケージごと交換することで、弾薬補充も楽にできる。
私もこの兵器は、なかなか気に入っています。
この天霧は、火力は控えめでVLSパッケージも二基だけなのですが、72連の一斉投射はもうっ! 快感っ! の一言っ!
いつの時代も駆逐艦とは、機動力と重火力を求めるものなのですよ。
戦いとは……火力なんです! 火力!
火力なくして、勝利はおぼつきませんからね。
この辺は、アメリカ系の駆逐艦連中も同じことを言っていて、主砲をおろしてまで、ランチャーパッケージを積むような艦もいるくらいですからね。
……私、そんなに間違ってない気もします。
「確かに、エーテル空間じゃ誘導兵器はまともに機能しないのよね……。雷撃っても、艦影がバッチリ見えるほど肉薄してとかそんなんだったんでしょ?」
「そうですね……と言うか、従来の魚雷が使え無さ過ぎたんですよ。無誘導でゆったりまっすぐ走るだけとか、あんなものを敵艦の航路を予測して当てるなんて職人芸の世界です。それに、対潜戦術も最近では爆雷投射機よりも、この飛翔魚雷に対潜魚雷をセットして、飽和攻撃を仕掛けたり、対潜砲弾による高角度砲撃で対応するのが、セオリーになっています」
黒船の潜行艦も最近では、厳粛性も向上し、より深く潜るようになってきてるので、従来の爆雷じゃ手に負えなくなってきてるのもあるんですよね。
なにより人類艦の潜行艦を相手にすると想定した場合、肉薄しての爆雷攻撃じゃ軽く返り討ちに合うのが実証されてしまいましたから。
「なるほど、もしかしてその辺って、例の第9潜水艦隊と永友艦隊の演習結果を受けてって、そんな感じなのかしら?」
「さすが、ご存知のようで……実はその通りなんです。あの演習もTV中継が入ったので、ユレさん達マスコミ人の方が詳しいかも知れませんね」
第9潜水艦隊のハーダーとアルバコアの極悪潜水艦コンビと、永友艦隊の模擬弾演習。
潜水艦隊エース格の二人と、彼女達と浅からぬ因縁がある雷と電が、リベンジマッチって事で、対抗演習を行っているんですが……。
その結果は、精鋭のはずの雷電コンビが、ハーダー達を捕捉することも出来ず、一方的に撃沈判定と言う散々な結果に終わってしまったんですよね。
まぁ、原因としてはこのハーダー達が対アクティブソナー対策の逆位相音響システムを実装して、アクティブソナーを無効化するようになっていた事や、二人が無音隠密戦闘に関して、トップクラスの腕利きだったって事もありますが。
雷電コンビの装備が旧式ソナーと爆雷のみと言うもので、対潜装備が貧弱だったのが敗因でした。
爆雷の射程はせいぜい数十mと話にならないほど短いのと、ハーダー達もエーテル流体下での三次元機動能力を向上させてきていて、従来型の真上から投げ込むスタイルの爆雷が対潜兵器として、明らかに性能不足だったのもあります。
ハーダー達に言わせれば、落とされたのが解ってから避ければ、余裕で避けられるらしく、爆雷攻撃は殆ど無意味。
おまけに、爆雷は設定深度に至ったら自動起爆するようになっているのですが。
当たったかどうかすらも解らない上に、起爆するとしばらくソナーが使用不可になってしまいます。
その隙を機動爆雷やら、無音浮上魚雷で狙われたのでは、如何に実戦慣れしていても、対応なんて出来るわけがありません。
もっとも、この演習自体は二人の仇討ちとばかりに、疾風と初霜のコンビがアクティブソナーの変調二重奏と言う逆位相音響システムの無効化技術で、容易に捕捉し、対潜砲撃や飛翔魚雷の飽和攻撃で、まとめて押し潰すという身も蓋もない戦術で、ハーダー達を撃沈判定して終わったんですけどね。
このおおよその位置情報を特定して、当たりをつけたエリアに飽和攻撃を行い全部まとめて吹き飛ばす戦術自体は、すでに桜蘭帝国との決戦の前哨戦で、永友艦隊のハーマイオニー隊や駆逐艦マコームなどが実践してはいたんですが……。
旧式対潜システムと、この最新鋭対潜システムの実戦での差異が、公に実証されてしまったようなものでした。
当然ながら、この演習結果は、すごいスピードで各艦の間を駆け巡り、現在、皆躍起になって装備更新を進めているのです。
旧式の装備にこだわる傾向が強く、装備について保守的だった我々から、装備更新の要求をするなんて、今まではあまり考えられなかったのですが……。
この演習結果は、潜行艦の天敵のはずの駆逐艦が従来装備では、最新鋭装備を実装した潜行艦相手に手も足も出ないと証明したようなもので、完全に立場がないと危機感を提起するのに十分すぎるものでした。
アドモス社を筆頭に各軍事メーカーも割と本気を出し、桜蘭帝国との技術交流、実戦や演習を通じての新兵器開発など、技術革新に全力を注ぐようになり、わずか半年足らずの間に、対潜システムのみならず、エーテル空間兵器開発はとんでもない勢いで進んでいるのです。
想定敵が同等レベル以上のテクノロジーを持つ相手となると、もはや一瞬たりとも停滞は許されない。
私達も否応なしに進化を続ける毎日なのです。
そこには浪漫も郷愁もない……致し方ありませんね。
少しだけ、ユレと天霧のやり取りを追加。
なんだかんだで、頭脳体達は命の概念が全然人間と違うんで、そこら辺を強調したいなと。
この娘達って、艦と身体が相互補完関係で、どっちかが無事ならオッケー。
……なんて調子なんで、命がひとつって意味も解ってるようで、全然解ってません。
ちなみに、再現体ってのは、古代先史文明由来の技術の応用で、要はアカシックレコードの記録を元に魂を再構成みたいな無茶やってたりします。
当然ながら、色々倫理的な問題が多いので、未来人も被検体にはなりたがらないような技術だし、軍事用途以外では禁忌とされています。
なんで、提督たちの拒否感も当然で、その辺も理解されているので、
本人の希望があれば、戦死後はどんなに貴重な人材であっても、敬意を込めて、そっとしておくと言うのが習わしになってます。