第31話:残された者たち
「アリアンヌ様の悲し気な感情を感知し、あなたの勇者であるこのエイリン、馳せ参じました!」
「エイリン……?」
「っ!? どうされたんですかアリアンヌ様!? こんなに泣き腫らして……後でちゃんと冷やさなければなりませんね」
すぐさま駆け寄ったエイリンは、泣いて腫れてしまった顔に手を添えると、心配そうにアリアンヌを抱きしめる。
大丈夫ですか? と問いかけながら、エイリンはアリアンヌの背中を優しく叩いた。
「大丈夫なのです。ちょっと悲しいことと、嬉しいことがあったのです」
「なるほど、原因はあの男ですね」
その言葉を聞いたエイリンは鋭い目つきで窓を見やる。
開け放たれた窓。おそらくはそこから、この部屋にいた男が出て行ったのだろうと思い至ると、すぐにでも飛び出して追いかけようと立ち上がる。
「ダメなのですよ、エイリン」
しかし、そんなエイリンの手をアリアンヌが握った。
「っ、しかし……」
「ダメなのです。それに、ミッチーは私と約束をしたのですよ」
「約束、ですか?」
首を傾げたエイリンに、「はいなのです!」と頷いたアリアンヌ。そのまま、開け放たれた窓へと駆け寄った彼女は、すでに姿の見えなくなった友人を思い浮かべながら手に持った星のチャームを握りしめる。
そんなアリアンヌの様子を見守るエイリンは、いったいどんな約束をしたのだろうかと疑問に思いながらも、特に何かを言うこともなく一礼してその場を引き下がったのだった。
◇
「そうか……この城を出て行ったか。あいさつの一つもできなかったのは、少々寂しいものだな」
続けてエイリンは国王ヘーデルバッハの下へと向かい、ナオミチがこの城から出て行ったことを告げた。
その報告を聞いたヘーデルバッハは深いため息を吐くと、静かに目を閉じて天井を仰いだ。
「でも君なら追いつけるんじゃないかな? 勇者の中でも随一の速度を誇る勇者。《瞬閃》エイリン・アル・コーデロス」
「私と同じように地を駆けるなら、そうだろうな。だが、あれは空も飛ぶ。向かった先がわからなければ、追いつくことはできないだろうな。それに、アリアンヌ様に追いかけないよう言われている。そちらが優先だ」
「国王としては、複雑だけどね。国王よりも王女の命令が優先というのは」
「それが約束だからな」
さも当然、という態度のエイリンにヘーデルバッハは苦笑を浮かべた。まぁ、これでも勇者の中では人格者の部類なのだ。むやみやたらと街を破壊したり、民を殺したり。あるいは、何も告げずに行方を眩ませたり、伝言を無視して山に籠ったままだったり。そういうこともなく話を聞き、ある程度の命令には従ってくれるのだから。
「しかし……色々と忙しかったとはいえ、彼の勇者認定を後回しにしてしまったのは申し訳ないな」
「思うに、あれは勇者認定そのものを拒んでいたんじゃないか? なら、無理に認定を出す必要もないだろう」
フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らしたエイリン。彼女からすれば、この国の勇者は自分一人で十分だと考えていた。
まぁもっと大きい理由としては、ナオミチが勇者として認定されてしまえば、自身は第一王女であるマリアンヌの護衛に、ナオミチが第二王女アリアンヌの護衛となるかもしれないと考えていたからでもあった。
彼女としては、王女たちにとっての勇者が自分以外にも存在するという状況は、あまり歓迎できるものでもなかったのだ。
だが、そんなエイリンの思考とは裏腹に、ヘーデルバッハは「そうもいかないさ」と言葉を零す。
「あの《魔法》という力は、広く露呈すれば間違いなく注目を浴びることになる。そうなれば、彼に干渉する者が多く出てくるだろう? どこかの国、あるいは君以外の勇者が手を出せば、彼の今後にも大きな影響が出るかもしれない」
「だからこそ、《勇者》に認定しようとしたのか?」
「そうだね。《勇者》として名を連ねてアルファ王国が後ろ盾となれば、彼に余計な手を出そうとする者は減るだろう? 今後あの《魔法》というものを使うのなら、その方が彼の助けになると思っていたんだ。アリアンヌの命の恩人だからね」
「で、アルファ王国に二人目の勇者が誕生したと大々的に発表し、他国へのけん制でもするつもりだったのだろう? 口では恩人に対する礼と言いながら、随分と食えないことをするものだな」
いつの間にか開いていた左目でエイリンを見るヘーデルバッハは、「あらら」と小さく笑った。
「でも、お礼をしたいという気持ちは本当さ。彼には何不自由なく、アリアンヌとこの国で過ごしてもらいたかったんだからね。まぁ、もう出て行ってしまったから言っても仕方ないんだけど」
「お前のそういうところが、あれに信用されなかったのかもしれないな?」
「それは残念だ」
はぁ、と大きなため息を吐くヘーデルバッハの様子を見て、エイリンはくつくつと小さく笑う。
そんなエイリンの笑い声に呼応してヘーデルバッハも諦めの笑みを浮かべると、さて、と一呼吸入れて立ち上がった。
「過ぎてしまったことは仕方ない。彼が今後どうするのかは少し心配だけど……そればかりを気にしてられないからね。それに、アリアンヌを攫おうとしたのがどこなのかも引き続き調べる必要がある」
「内通者はどうした。あれに尋問でもすればすぐだろ」
「みんな自害さ。まぁ、だいたいの予想はつくけど……証拠がないんじゃ難しいからね」
「ベータ帝国……あの脳筋クズの《怪力》がいる国か?」
エイリンの言葉に、おそらくと頷くヘーデルバッハ。
自害した者たちからはベータ帝国に繋がる物品は見られなかったが、アリアンヌ一人に固執していた様子からそう予想を立てた。
「君が守護しているアリアンヌとマリアンヌを狙う愚か者なんて、この世の中には存在しないと思ってたけど……わざわざ狙ったのなら、それは誰かしらの意志があるはずさ。で、そんなことをしようと考えるのは勇者くらいだと思うんだ。君、《怪力》とは相当仲が悪いだろ?」
「ああ。あの下品な顔も態度も姿もな。わざわざ私一人に突っかかってくるのも腹立たしい」
「僕の予想だと、そんな君に対する嫌がらせって線が強いと思って見ているよ。ちょうどあの時は、マリアンヌの護衛で君が王都から離れていたからね」
だからこそ、もう一人勇者が欲しかったんだけどと項垂れるヘーデルバッハ。対してエイリンは、「《怪力》の首を取るついでに、帝国も滅ぼしてこようか?」と恐ろしいことを宣うのだが、ヘーデルバッハは力なく首を横に振った。
「勇者同士の争いなんて、都市一つが滅びかねないからやめておいてくれ。それに今回は、帝国も無茶な要求に付き合っただけだろうさ。《怪力》の御機嫌伺いも大変だろうね」
「アルファ王国の勇者が理知的な優しい勇者で良かったな?」
「ハハッ、もう少し僕の言うことを優先してくれると、尚良いんだけどね」
もっとも、今後もそうなってくれることはないのだろうと、諦めの苦笑を浮かべるヘーデルバッハ。
そんな彼は立ち上がると、さて、と目の前のエイリンに命を下す。
「さて、それじゃあ早速だけど、君に頼みたい。マリアンヌを迎えに行ってほし――」
「了解した。すぐに迎えに行こう」
では、と一言だけ告げたエイリンは、ヘーデルバッハが瞬きする間にその場から姿を消していた。今頃王城の外へと向かっているのだろう。相変わらず、娘たちに関わることに関しては食い気味だと呆れながら、ヘーデルバッハは再び座って目を閉じるのだった。
◇
ある程度空を飛んだところで着陸した俺は、すでに見えなくなってしまった城を振り返り、懐にしまい込んだ星型のチャームを取り出した。
必ずまた、会いに来よう。
「さて、それじゃあどこに行こうかねぇ。たしか【フォト】で確認した地図だと、この先は……」
頭の中に広げた地図を確認し、ちょうど俺がいる場所と、この先一番近い国を把握する。このまま【フライ】で飛んでいけば、陽が落ちるまでには国境を越えられるだろう。
なら、このまま進もうじゃないか。
色んな国を旅して、色んなものを見よう。そしてその冒険を、感動を、一番の友達に伝えよう。
「さて、それじゃあ……魔法のない異世界での冒険を始めようか!」
『異世界ファンタジー、魔法がないとはこれ如何に~転生者俺のみ魔法使い~』をここまでお読みいただき、ありがとうございました! また続きが書けたら再開したいと思いますが、一旦はここまでとさせていただきます。




