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楽しい尾行のすすめ


「私たち、何しているんでしょう」


 建物の影から顔を突き出しながらフロラは隣に話しかける。


「それはもちろん、イレニヤ殿下がアース様に変なことをなさらないか、見張っているのですわ!」


 リリアンも同じように顔を突き出して、気合い十分に言い切る。


「昼食にサンドイッチを持って来ましたので、お二人ともよろしければ召し上がりながらどうぞ」


 エバが、手が汚れないよう紙で包まれたサンドイッチを差し出す。


「あら。ありがとう、エバ」


「まあ、美味しい。少しお行儀は悪いですけれど何だか探偵小説の登場人物になったようで楽しいですわ」


 アースとのデートを取り付けたイレニヤは、上機嫌のあまりフロラに仕事を言いつけていかなかった。元々臨時の小間使いであるフロラは、イレニヤに仕事を与えられなければすることがないので、実質的には休み時間である。

 これ幸いと睡眠不足を解消すべく部屋に戻ろうとしたフロラだったが、リリアンと出くわして、うっかり事情を話した結果、ここまで連行されることになったのだ。

 リリアンはものすごい推進力だった。目的はもちろんアースとイレニヤの尾行。


 通りすがりの人々が、どう見ても貴族である女性二人とお付きの侍女の奇行に一瞬ギョッとした顔をしてから、関わり合いにならないよう足早に通り過ぎていく。


「ええと、二人は」


 デート中の二人の様子を伺ってみれば、嬉しそうに微笑むイレニヤと、不本意のあまり見たことがないくらい目付きが悪くなっているアースが、遠目にもはっきりと見えた。


「ああもう、アースってば愛想笑いくらい浮かべられないのかしら」


「お姉様にしか笑顔を見せないアース様の愛……推せますわ」


「アース様は普段からフロラ様以外へはあのような目付きなので、あれは頑張っておられる方かと」


「あれで!?」


 アースはどこからどう見ても不機嫌で、今から目の前の敵を倒そうと言わんばかりの殺気を放っている。とてもデート中とは思えない殺伐さだ。

 しかし確かに、一緒にいるイレニヤは気にするそぶりがない。あんなものなのだろうか。


 フロラが唸っていると、リリアンが首を傾げる。


「むしろ、アース様の冷たい眼差しに睨まれたいというご令嬢も多いと聞きますわ」


「睨まれたい……?」


 睨まれると何かいいことがあるのだろうか。見つめられたい、ならまだ分かるけれど、睨まれても何も起こらないと思うのだが。


「そしてその睨まれたいタイプの人にイレニヤ殿下は該当するということ? 人間って本当に不思議……」


「フロラ様、リリアン様、お二人が店に入るようですが」


「ああっお姉様、あそこは美味しいケーキで有名なお店ですわ!」


「それは大変。ぜひ追いかけないといけないわね!」


「あの店のお薦めはチーズケーキです」




***






「ゼルラント公爵、ここのお薦めはチーズケーキだそうよ」


「そうですか」


 通された窓際の席に着くと、媚びるような上目遣いのイレニヤを無視して、アースはコーヒーを注文した。甘いものはそれほど好きではないのだ。

 フロラが甘いものが好きだから、彼女の喜ぶ顔が見たくて良い菓子を用意させたり、一緒に食べたりはするが、そうでなければアースにとって菓子など無用の長物。この女ではなくフロラとこの店に来たかった。きっと蕩けるような笑顔を見せてくれただろうに。


 アースは女性が好きではない。いや、はっきり言って苦手だ。

 それは過去に、"ゼルラント公爵"という地位に惹かれた女たちが甘い言葉を吐きながら群がってきて辟易したからであり、イレニヤはまさに、そんな女たちの中の一人だ。初めて会った瞬間の、互いの人となりも分からぬ時から仕切りに男女の関係を迫ってきたのだから。

 そして、そんな相手と二人きりの時間を楽しめるはずもなく。


 こんな事はさっさと終わらせようと、店員を探して店内に視線を巡らせると、あるはずのない黄金の髪が視界の端にふわりと流れて、アースは驚愕した。


「フ、……!?」


 アースから見て正面、イレニヤの背後。衝立てで仕切られた遠くの席の、見間違えようもない美しい色彩に、アースは思わず立ち上がりそうになったのをすんでのところで堪える。

 よく見ると同じ席にピンク色の髪と藍色の髪も見える。リリアンとエバだ。


 あれで気付かれないと思っているのか。どういう意図だ。


(まさか、気になって付いてきたのか……?)


 疑問符が頭の中をひとしきり駆け巡る。


「ゼルラント公爵、どうかなさったの?」


 楽しそうにメニュー表へ目を通すフロラに釘付けになっていると、そんなアースを不審に思ったのかイレニヤが後ろを振り返ろうとしたので、アースは慌ててイレニヤの手に触れる。


「待……っ、ごほん。オーダーは決めましたか?」


「ええ。わたくし、チーズケーキにするわ」


 イレニヤが握られた手を見て機嫌良さげに前へ向き直ったので、アースはホッと息をつく。


 改めてイレニヤに悟られないよう、視線をフロラに向ける。集中すれば、声も聞こえた。


「いい香り。これは期待できますね、チーズケーキ!」


「お姉様がチーズケーキなら、わたくしはチョコレートケーキにしますわ。分けあいっこしましょう」


「エバ、あなたも好きなものを頼んでね」


「ありがとうございます」


 偶然のはずはないから恐らく自分を追ってきたのだと思うが、それでいて普通にケーキを楽しもうとしている所がなんともフロラらしくて、アースは笑みを噛み殺した。

 何の楽しみもないはずだった白黒の時間が明るく色付く。


 イレニヤの話を適当に聞き流しながら、生クリームの乗ったケーキに目を輝かせるフロラや、美味しそうにケーキを頬張るフロラや、お腹いっぱいになって幸せな顔をするフロラを存分に堪能していれば、時間はすぐに経った。


「そろそろ行きましょう」


「ええ。そうね」


 儀礼的にイレニヤへ手を差し出して椅子から立たせる。店外へとエスコートしようと扉を開けたその時、イレニヤが小さく悲鳴をあげて倒れ込んできた。


 事故か、わざとかは分からない。最後に一目だけフロラの様子を見てから出ようと余所見をしていたアースを扉に押しつける形でイレニヤの身体が密着し、顔と顔が親密な距離に迫った。

 店の奥でガタン! と椅子が倒れるような音がした。


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