十九章 一つの終わり 別の始まり
「うぅぅぅっ……いてぇ、ちくしょう……」
男は、左腕を抱え込むようにして歩いていた。
男の左手には、親指がなかった。
「くそ! くそ! あのビッチめ……!」
悪態をつきながら、人目につかない路地裏を歩く。
目の前は、ビルで行き止まりだ。
「殺す……! 殺してやる……!」
しかし、男は意に介さず、そのまま前進する。
そして、ビルにぶつかった。
「殺す、殺す、殺す……」
だが、男の体はビルの壁に吸い込まれ、いつの間にかビルの内部に侵入していた。
男は、その後も前進を続け、ビル内部の壁も何事もなく通り抜け、行き止まりだった道をまっすぐに通過する。
この眼鏡の痩せた男は、天恵受者だった。天恵の名は《通過》。彼は、生きているもの以外なら、どんなものでも通り抜けることが出来る。今のような《壁抜け》などが、その例である。
「いてぇ……いてぇよぉ……」
男は、指を根元から千切られた激痛から、声を漏らす。
病院に行くべきではあったが、自身のしたこと(殺人未遂や不法侵入)がばれるのを恐れて、行くに行けない男は、ある人物を頼って、ある場所へと向かっている。
やがて、男は、とある古びた教会に辿り着いた。
解体作業をしているのか、教会の入り口近くには、立ち入り禁止の看板が立てられ、敷地内には解体されたと思われる資材にブルーシートがかけられているものが幾つかあった。
人気は全く無く、周囲には誰も住んでいないことが伺える。
男は、看板に構わず教会の敷地に入り、ドアを使わず、《壁抜け》で教会内部に入る。
そして、いまだ設置されたままの長椅子に腰をかけ、携帯電話を取り出し、誰かに電話をかける。
「いてぇよ……早く、出てくれ……」
数回のコール音の後、電話はつながる。
途端に、男はすがるような声を出し、話し出す。
「も、もしもし! 教師様! 今、所定の場所に着きました!」
男に教師様といわれた、電話の相手は男に優しく話しかける。
『そうですか。私もそちらへ向かっているところなので、少々お待ちください。約束どおり、教団の治療系の天恵受者を紹介しますよ』
「あ、ありがとうございます!」
男が礼を言うと、電話は切れてしまった。
男は、言われたとおり、待つことにする。しかし、痛みのせいで時間が流れるのが、大変遅く感じる。
「いてぇ! いてぇぇっ!」
何故、こんな目に俺が遭っているんだ?
みんな、あのビッチのせいだ!
男を連れ込むような淫乱の分際で、よくも俺の指を……!
復讐してやる! 殺してやる!絶対に!
「殺す……!」
自分のことは棚に上げて、愛理に対する怒りをぶつぶつと繰り返す男。
狂気にその顔は歪んでいた。
あの女をどうやって殺してやろうか?
そんなことを考えていると、気が紛れた。
男は、妄想の世界に、意識を没却させた。
結果、次の瞬間、致命的な遅れをとることになった。
ダァンッ!
突如、教会のドアが蹴り破られる。
「っ!?」
男が、はっとしたときには、もう遅かった。
スーツを着た小柄な人物に、間合いを詰められていた。
そして、強烈なボディブローを叩き込まれる男。
「げはぁっ!」
その場に崩れ落ちた男の両手をとり、背中のほうに回して、押さえつけるスーツの人物。
さらに、男の両手には手錠がかけられる。
「これは特殊警察でも使われている、天恵受者の天恵を封じる手錠です。もう、あなたは逃げることも出来ませんよ」
スーツの人物―神城千風は、男を床に組み伏したまま告げる。
「て、てめぇ、さっきの……!? お、女だったのか!?」
男は、自分を押さえつけている人物が、愛理が部屋に入れたスーツの人物であることを理解し、その人物が男ではなかったことも理解した。
「えぇ、どこから見ていたか知りませんが、私は女です。あなたは勘違いで愛理さんを殺そうとしたんですよ」
千風は、無表情に事実を突きつける。
「そ、そんな……勘違い……?」
男は、途端に呆然とする。
愛理が、遅れて教会内に入ってくる。
「あなたは、自身の身勝手な愛情のために、本人の承諾なしに部屋に勝手に侵入し、愛理を不安がらせただけではなく、勘違いで殺そうとまでしました。あなたは、罪を償わないといけません」
千風は、呆然とする男に、告げる。
愛理は、その様子を無言で見守っている。
「な、なんで、ここが……」
分かったのか、と問う男に、千風が答える。
「あなたに言う義務はありません」
言いつつ、千風は愛理に合図を出す。
愛理は、気分悪そうに千風にあるものを渡す。
それは、男の指をティッシュでくるんで(愛理の強い要望により、捜索前にくるむことにした)、糸で縛ったものだった。
糸をはずすと、指は男の手の本来あるべき場所に戻り、くっついた。
「なっ!?」
驚愕して、男はくっついた指を動かす。痛みも消えている上に、ちゃんと動いた。
そんな男に、千風は厳しい口調で言う。
「愛理に何か言うことがあるでしょう! あなたの身勝手な感情で、愛理は酷い目に遭ってるんですよ!」
男は、呆然としながらも、愛理を見る。しかし、愛理は、男の顔を見ようともしない。愛理の首には、生々しい縄の跡が残っている。
「す、すみません、でした……」
男は、今更ながらになって、涙ながらに愛理に詫びた。
千風は、男の謝罪を聞いた後に、
「謝罪だけですむ問題ではありません。刑務所で、罪を償うことが必要です。天恵は悪用するために存在しているのではありません。これからは、その力の使い道を考えて、生きてください」
と、断じる。
男は泣きながら、頷いた。
その反応を見た後、千風は男から離れ、愛理の傍に寄る。
「後は、警察に連絡して、任せましょう」
千風の言葉に、愛理は頷く。
「そうね……ということは、これで私の依頼も完了した、ってことになるわね」
少し、寂しそうに愛理が言う。
「まだ、事後処理が少しありますけどね」
同じく、千風も少し寂しそうだ。
「まぁ、まずは警察に連絡をしましょう。私はおにいちゃ……所長に連絡するので、愛理は警察に……」
「分かったわ」
と言って、二人が携帯電話を取り出した。
「それは困りますね」
誰かの声がかかった、その瞬間、
ドンッ!
と、愛理と千風の携帯は爆発した。




