一章 午前の出来事
長かったので短くしました。
「はぁ、寒かった……」
朝錬が終わって制服に着替えた後、教室に向かう途中で、愛理は思わず独り言を漏らしていた。
「おいおい、イメージが崩れんぞ」
そんな風に、彼女の席の前の席にいる男子が声をかける。
「……別にそんなこと、どうでもいいわ。変えたい人は変えちゃえば?」
面倒くさそうに返事を返す愛理。
彼女は基本的にマイペース人間で、他人にどう思われようが全く気にしない。そこがクールに思われ、後輩たちには激しく憧れられているが、同級生にはお高くとまっていると思われ、正直言って友達が少ない。ただし、その中にも例外がある。
この男子こそが、愛理にとっての例外その一、青井原実親という人物である。
愛理と同じく、陸上部に所属している。そして愛理と同じ中学の出身であり、彼女と同じく、スポーツ推薦でこの天山高校に入学した。そして、一年、二年と偶然にも同じクラスになった。
中学時代から親しかったというわけではないが、そんな縁もあって高校に入ってから、よく会話するようになった間柄である。
「君も頑張るね。寒がりなのに、くそ寒い朝に練習するなんて……」
いつも笑っているような細い目が特徴の青井原は、自分の後ろの席に着いた愛理の方を向いて、話しかける。
「今日は、午後の部活が休みだから、朝だけでも参加しとこうと思ったの」
簡潔に、朝錬に参加した理由を述べる愛理。
「真面目だねぇ〜」
「そう言うあなたこそ、ちゃんと参加してたじゃない。朝、弱いくせに」
お互い相手の特徴を言えるくらいには、相手のことを知っている。同じ中学出身の縁ということで、青井原が積極的に愛理に話しかけた結果である。
しかし、青井原が積極的に話しかけてきたのには、もう一つ理由があった。
「ん、まぁ……」
何故か細い目をさらに細めて、照れたような仕草をする青井原。
その態度に、朝錬に参加した理由を読み取った愛理は、ため息をつきつつ、
「瀬尾なら、予鈴が鳴るまで来ないわよ。更衣室でだべりまくってたから」
と、青井原に言った。
途端に机に突っ伏す青井原。
赤面した顔を隠しているのだと分かっている愛理は、それ以上は何も言わず、自身の鞄から筆記具などを取り出し、授業の準備を始めた。
愛理の隣の席には本来、瀬尾という女子がいる。その瀬尾という娘は、愛理ととても親しい、ということになっている。
要するに、瀬尾に青井原は惚れていて、瀬尾の友達である(といわれている)愛理によく相談をしていたのだ。
協調性に欠ける愛理は、別に相談を聞いて何らかの手助けをすることはなかったが、聞かれたことは正直に答えていたため、結果的に相談に乗った形になっていた。
(ま、こいつと瀬尾がどうなろうと私の知ったことではないし……)
そんなことを考えながら、窓の外の青空を眺めていると、
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…
ドタドタドタドタッ! ガラッ! ズザザザァァ〜!
予鈴が鳴ると同時に一人の少女が凄い勢いで、愛理のクラスである二年二組の教室のドアを開け放ち、勢いそのままにヘッドスライディングをしながら入ってきた。
「よっしゃあぁぁ! 予鈴に間に合うという奇跡たっせぇうぎゃん!」
ドカン!
と、顔面を教卓に思い切りぶつけて少女は止まった。
そして、ピクリとも動かない。
これだけの奇行が目の前で繰り広げられたにもかかわらず、クラスの生徒たちは別段驚いた様子もない。
すると、同じドアから担任の男性教師が入ってきた。
「朝のホームルーム始めんぞ〜」
微妙にやる気なさげに感じる台詞を発しつつ、担任は教卓の横に突っ伏している少女をまたいで通り、生徒たちの前に立った。
「早く座れ。座ってないやつは、居ても遅刻扱いにすんぞ〜」
そんなことを言いながら、担任は出席簿と座席表を見比べて、出欠確認をする。
「おし、瀬尾小春は欠席だな!」
「居るよ! ここに! 遅刻扱いどころか欠席扱いにランクアップしないでよっ!」
ガバッ!
と、突っ伏していた少女が、担任の言葉に反応して起き上がり、抗議までしだした。その顔に傷は一つも無い。恐るべき頑健さである。
「こんなとこで寝てるお前が悪いだろ。どう考えても」
「並々ならぬ事情があったんだよ!」
(いや、なかったな。全部、自業自得だ)
心の中で突っ込みを入れる愛理。同じことをクラス全員が考えていたことは言うまでもない。
「いいから早く座れ。本当に欠席扱いにするぞ」
そう言われて、渋々引き下がる瀬尾小春と呼ばれた少女。
「心が狭いなぁ……そんなんだからお見合い失敗すんだよ…」
と、小声で呟く小春。
「……瀬尾、放課後、指導室に来い」
担任教師の顔は、怒りで引きつっていた。
言われた小春は、どこ吹く風で愛理の隣にある自身の席に座った。
担任はため息をついて、今日の連絡事項について説明すると、教室を出て行った。
本鈴が鳴るまで、まだ時間はある。
愛理が一時間目の教科書を確認していると、隣の席の小春が、またも凄い勢いで立ち上がって、怒鳴るように話しかけてきた。
「何で着替えんの待っててくれなかったの! 私たちの愛は、もう終わってしまったの!? 愛理ぃ!」
「そもそも始まっていないわね」
昼メロ調に台詞を発する小春を、一刀両断、身も蓋も無い答えで返す愛理。
「そんなことより、あなたのスカート、今の勢いでずり落ちたわよ」
「はっ!そんな嘘にひっかかるアタシでは……」
愛理の指摘を鼻で笑おうとした小春だったが、
「オゥ、シット……」
本当にずり落ちていることに気付いて、似非外国人になってしまった。
「でもダイジョーブ! 下はジャージだから恥ずかしくないもん!」
「むしろ私が恥ずかしいから、静かにしてくれない?」
テンション高く振舞う小春に対して、テンション低く応じる愛理。
このテンション高すぎて、あらゆる意味で痛い娘が、愛理にとっての例外その二、瀬尾小春という人物である。
やはり愛理と同じく、陸上部である。中学は違うが、高一のときに同じクラスになってから、何故か一方的に愛理を気に入り、よく話しかけてくる。そのうち、周りも公認の友達になってしまった。小さな体に、予想外の行動、どれをとっても高校生には見えないのが特徴だ。
小春が教室に入ってきたときの、他の生徒の反応を見れば分かることだが、彼女の奇行は日常茶飯事なので、教師にまで諦められている。
「むぅ、冷たいなぁメグチンは……ところでメグチンや?」
不服そうに席に座りなおした小春は、今度は普通に愛理に話しかける。
「……なに?」
「君の前の席の青くんが鼻血出して倒れているが、何かあったのかね?」
言われて前を見ると、確かにさっきまで机に突っ伏していただけだった青井原が、鼻血を出して机に突っ伏していた。
(こいつ、スカートがずり落ちたって言葉だけで、妄想したわね……)
大体の事情を予想した愛理は、小春にこう返した。
「――幸せな夢を見てるのよ。寝かせてあげなさい」
そして、本鈴が鳴り響いた。




