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5 デート()

第五話です。

 私が告白することもなく玉砕してしまった翌日。

 どんなに気持ちがどんよりしていようが、もちろん学校は今日も登校しなければならない。

 自分でも今日は覇気が感じられないという自覚があるくらいに、私の心はどん底だった。

 

「はぁぁぁ……」


 教室につくなり、腹の内からため息がもれ出る。

 ため息をつきながら席に着くと、隣の実森くんは南条さんと会話をしていた。

 別にその光景自体はたまに見ることがあるから、普段なら気に留めることでもないのだが……。


 朝から見せつけてくれますね? んん?!


 昨日の告白を聞いてしまった以上、私はそれを単なるクラスメイトのおしゃべりとして見ることができない。


「それで……。で、デートのことなんだけど……」


 朝からデートのお話ですか……。うらやましいですね?!


 私にとって想い人である実森くんとのデートはうらやましいという気持ち以外出てこない。

 キャッキャッとデートの日時を相談しだす二人を横目に、私は嫉妬ばかりもしていられないと教科書やノートをカバンから出していく。

 そしていつものように、カバンからICレコーダーを取り出す。

 授業の録音という口実を使って、実森くんの声を録っているそれだが、正直昨日の夜に学校の準備をしているときに持ってくるべきか迷っていた。

 しかしそのあといろいろ考えた結果、やはりこれからも持っていくべきだろうという結論に至ったのだ。

 その中にはもちろん実森くんの熱烈な想いが録音されたままで、音声は今すぐにでも再生できる。

 もし再生すればお隣でイチャイチャしているカップルはどんな顔をするのだろう? と魔が差す。


「……ッ!」


 録音されたファイルを再生しようとのびていた指を慌ててボタンから離す。


 わ、私は何を考えてるんですか!

 

 生徒会役員になるくらい真面目だと自覚している自分の中に、思わず首をもたげた黒い感情に私は絶句する。

 しかしその邪念を振りはらうように左右に首をぶんぶんと振って、私はそんな感情を生み出す元凶となった人物を睨む。


 も、もとはと言えば実森君が悪いんです! 私への愛を語った翌日に別の女の子に現を抜かしている実森君がっ!


 ICレコーダーを握りしめながら、私は「なんで私じゃないんですか!」と心の中で実森君にメッセージを送る。

 しかしその背中は何も答えることなく、南条さんとの談笑で肩が笑いに揺れるだけだった。

 両想いかもしれないと思っていた人が、なぜか違う女の子と恋人になっているその事実に、私はさらに彼を強くにらむ。

 

 じ―――――――――――――――――――――っ!


 しかしどれだけにらんでも、実森君は南条さんの方しか見ていない。

 それが分かると、どっと肩に落胆がのしかかる。

 私はため息をついて、視線を机に戻し、手に持ったICレコーダーを見つめる。

 授業の録音が嘘で、本来の目目的が実森君の声の録音ならば、これはもう必要ないのではないか? と。

 実森君にはもう恋人がいるのだから……。

 そんな考えから、カバンにしまってしまおうかと思ったが、私は結局それをいつもと同じく机の上に取り出した。 


 だって、これで録音した実森くんの声だけが私の安らぎですから!


 だから今日も、朝から録音ボタンをONにして、私はそれを机の上にセットする。

 実森君が結局だれが好きなのかはわからないし、というか状況がもう全然わからないことばかりだ。

 けれどそれは私の気持ちには関係ないと、私は先ほどまでの嫉妬の視線ではなく、決意の目を彼に向ける。


 実森君の愛を取り戻して見せる!


 私はそう意志を改め、今日も実森君の声の採集は続けることにしたのだった。

 そんな私に背後から声がかかる。


「姫花、ちょっといい?」


 肩をトントン叩くその声の主は、振り向かずとも誰か分かった。

 相槌と共に振り向いた先には、案の定よくおしゃべりをする仲の良い級友がいた。

 そして彼女は私に場所を移すようにジェスチャーで伝え、私も逆らう理由もないので従って、二人で廊下に出た。

 そして廊下に出ると同時に、彼女は口を開く。


「単刀直入に聞くわね?」

「うん? いいですけど? なんですか?」


 どこか真剣な雰囲気に、私はこの級友とそんな真面目な話題があっただろうかと首をかしげる。

 そしてそんな私に、彼女は頷き返して本題に入った。


「姫花って――実森君と付き合ってるんでしょ?」

「………………ッ?!」


 脳を直接ぶたれたような衝撃を受ける私。


 ど、どどどどどどうしてそうなったんですかぁぁぁああああああああああああああっっっ?!


 彼女は心の中で絶叫し、驚愕に目を見開く私の様子を、図星を言い当てられ動揺して言葉も出なくなってしまったと勘違いしたようで、フリーズしている私にあれよこれよと聞いてもいない話をしてくれる。

 そして驚きのあまり真っ白になっていく思考の中で聞き取った断片情報を継ぎはぎしていく限り、私と実森君は付き合っていて……。


「――って南条さんがいってた」


 その話の出所は、現在進行形で実森君と付き合っているはずの南条さんで、


「――昨日にね」


 なぜか付き合い始めたその日に、何のメリットがあるかもわからない話をしたらしい。


「でも今日来てみたら、南条さんと実森くんが朝からデートの話してるし……。ねえ、どうなの?」

 

 結論――、


「私が一番知りたいですからぁぁぁああああああああああああああああああああああっっっ?!」


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 僕と輝は、遠くの席から二人の様子を眺める。もちろん達也と南条さんのことである。

 離れていても、だいたい二人が何を話しているのかはわかる。

 昨日ファミレス会議で決まったデートへのお誘いだ。いや、デートの誘い自体は昨日の夜にメッセージアプリで済ませたと聞いた。だから今はなしているのは詳しい日時とか、それに関する与太話。

 二人の隣には、達也の本物の想い人――西科姫花さんがいるわけだが……。


 好きな人の隣で他の人とのデートについて話すって、どんな気持ちなんだろう?


 まあ、達也が好きでその話を始めたわけではなさそうで、朝来たら南条さんからデートプランについて話そうと切り出してきたらしい。

 

「なんつうか、ご愁傷様だな」

「そうだね。席が近いってこういう時に不便だね」


 世界でも類を見ない不便だけどね……。


 好きな人と隣という幸運が歪な関係のせいで、こうも不幸になってしまとは。

 僕はそんなことを考えながら、二人を観察し続ける。

 それを一緒に眺める輝が口を開く。


「にしても、こうなるってなんとなく分かってたところあるよな……」

「こういうことって、どういうこと?」


 輝の唐突な未来予知告白に、僕は意味が分からず聞き返す。

 しかしその反応に、輝は「しらばっくれるなよ……」と問いへの返答をする。


「どうもこうも、この状況だ。昨日の朝の時点でなんとなくだが、違和感感じただろ?」


 そこまで言われて、僕は「ああ、そういうことね」と心の中で納得する。思い当たる節があったのだ。

 昨日の告白呼び出しの時。

 二人の会話の中で、南条さんの反応がなんというかいやにラブコメのヒロインじみていた。

 話しかけられただけで頬を赤くし、動揺のあまり身体バランスもままならないとか、どこのラブコメイベントを切り出したのかと思ったくらいだった。

 輝もあの南条さんの表情を見て「あれ? これホントに嫌いなのか?」と思ったらしく、僕たち二人は無言で顔を見合わせていた。

 しかし二人で「この告白止めた方がいいんじゃないか?」と以心伝心していたにも関わらず、僕は達也の達成しきった顔に、親指をぐっと立てていい笑顔を返すしかなかったのだ。

 そこまで考えて、僕は言う。


「……分かってたのに止めないとか、輝はとんだ確信犯だね?」

「おい待てよ?! 顔見合わせといてそれは通らねぇぜ?! あの場で俺と無言顔見合わせたことが何より物語ってんだろ!」

「……あれは輝の顔を改めてみると不細工だなと思ってただけで」

「そうか。オレの顔つきについて見解を改めてたから無言でオレの顔……ってそんなわけあるか! オレがカッコいいのは普段から理解してただろ!」

「僕は不細工といったのに、それをあくまで難聴でごまかすなんて、やっぱり輝は基本確信犯だよね?」

「だからなんでオレ一人だけが悪いみたいになってんだよ?! ……オレは信じてるぜ。あの時オレたち二人の心は繋がってたってな?」

「言い方には気を付けてよ!」


 右隣のクラスメイト(男)が興味ありげにこっちを見てるから!


「嫌だ! 那岐がオレとの、あの日の繋がりを認めるまでは!」

「大声で誤解を振りまかないでよ!」


 前方のクラスメイト(女)のチラ見が止まらないから! 


「分かったよ! 認めるから! 落ち着いて? ね?」

「……つうか、(南条さんの)あんな表情見といて、分かんねぇ奴なんていねぇよ」

「人物指定を忘れないでよ?!」


 左隣のクラスメイト(レズと噂)が今にもペッて唾吐きそうだから!


「人物指定? なんだ面倒くせぇな……。まあそんなことより、二人・・のデートの話だけどよ」

「もう少し詳しく!」


 後方のクラスメイト(ホモと噂)がガタッ! ってなってるから!


「那岐、お前さっきから何言ってんだ?」


 これで確信犯でなかったら、僕はこれから輝を天然誤解量産機と呼ばなければならない。

 首をかしげる輝に「何でもないよ……」と言葉を返し、とりあえず話を進める。


「そうだよ。確かに気づいてたよ。南条さんの反応はどう見たって恋する乙女だったって」


 そう言って気づいていた事実を認める。しかしそのあとに「でも」と付け足す。


「誰か一人との思い出だけで、妄信的に恋をするよりはいいんじゃないかな?」


 僕がそういうと、輝はため息を吐き出す。


「……じゃあお前は、あれを見ても一緒のことが言えんのかよ?」


 輝が顎で示す先にいたのは、西科さんだった。

 その瞳の奥の眼光は鋭く、怪しい光が見て取れる。プルプルと震えるその肩は怒りの具合を示しているのだろうか。

 そして手に握られたICレコーダーがミシミシと音を上げそうなくらい力いっぱい握りしめられていた。

 その原因たるものは、彼女の視線の先をたどればわかる。

 隣に座る達也と南条さんの二人だった。

 二人から笑い声が聞こえるたびに締め上げられるICレコーダー。

 その光景を目の当たりにした僕は、


「そ、そうか?! 西科さんはレズだったんだね?!」

「なんでそういう結論になんだよ?! もっと普通に考えろ!」

「……じゃあ、南条さんが変な男に引っかかったって心配してるとか?」

「あの眼光が心配する目かよ」

「だから『あいつ、私の友達にちょっかい出しやがってー!』みたいな」


 それを聞いた輝はため息をついて、


「あれはどう見ても、達也のことが好きで嫉妬して――」

「それはないよ」

「なんでそこで即否定なんだよ?! レズとかよりよっぽど考えられるだろうが!」

「いや両想いで空回ってるとかよりは、レズの存在の方が信じられる」


 そう言って僕は左隣のクラスメイト(レズと噂)をチラッと目で示す。


「なにこの頭のおかしいクラス……」

「うん?」


 輝が珍しく頭を抱えている。

 もしかして本当に、自分が言ってる「達也と西科さん両想い説」が正しいとでも思ってるのだろうか。

 僕はそんなわけあるわけないないと、心の中で結論を出しながら、そのあとも二人の様子を眺める。

 そしてふと思ったことを口にする。


「……このデート提案したの僕だよね?」

「そうだな」

「……びこ――陰から見守ろうか」

「那岐今尾行って……」

「見守るんだよ? 僕がデートを提案したんだから、その始まりから終わりまでをしっかり陰からサポートするのは普通でしょ? それに友達のデートを応援したいってのは、当然のことだよね?」

「……白々しい友達想いだな」


 輝は多少渋りながらも、最終的には、


「まあ、見守りに行くか」

「よーし! 決まりだね!」


 そして僕たち二人は、達也から南条さんとのデートプランを聞き出すために聞き耳を立てるのだった。


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 三日後。六月十日。土曜日。

 僕は私服に身を包み、駅の花壇の物陰から様子をうかがっていた。

 ターゲットはもちろん、僕の友人――実森達也だった。

 デートプランは達也に聞いてもよかったが、ついてくるなと念を押されそうな気がしたため、結局僕らはあの日一日中彼らの話に耳を傾けていた。

 そして聞き出したデートプランをもとに、僕と輝は二人で息を殺して達也を見守っていた、のだが……。


「ふふふ……、私にかかればデートプランなんてお見通しなんですからね。やっぱりこれをセットしておいてよかったです……、ふふふ……」


 隣にはおなじみのICレコーダーを握りしめた西科さんが、怪しい目つきで達也を見つめていた。

 僕はICレコーダーの不正使用を聞いたような気がしたが、何かの間違いだろうと聞き流す。

 そしてなぜこんな状況になっているのか、輝に顔を向け、声をしぼって会話を始める。


「ねえ、西科さんなんでここにいるの? ショッピングかな?」

「ショッピングで物陰に身を潜めてる奴なんていねぇだろ……」

「で、でもほら……おしのびでっていう可能性も」

「逆に怪しすぎて目立ってんだろ……。というかこの前のことを思い出せ」

「この前?」


 輝に促され、ここ数日のことを思い出し、現状に最もあてはまる話題をピックアップする。

 

「そ、そうか! やっぱり西科さんは南条さんのことが好きで……!」

「どうしてもそういう結論になるんだな」


 あのデートプランに聞き耳を立てていた朝の会話の時と同じ呆れを示す輝。

 どうやらまだ二人が両想いだとでも思っているようだ。……やれやれだね。

 おたまお花畑なラブコメ展開を信じるピュアな輝に、僕が温かい目を注いでいると、


「あれ? あなたたちは、確か実森君の御つきの人ですよね?」

「対面そうそうなんで僕たちが達也の従者扱いを受けるのか?!」

「ふふ、おはようございます。こんなところで会うなんて奇遇ですね?」


 奇遇も奇遇である。ここは達也と南条さんのデートを尾行するポジション。そこで鉢合わせるということは……。


「……西科さんは何してるの?」


 僕は先ほどと同じ質問を、今度は西科さんにする。

 当の本人は質問の意図がつかめないようで、首をかしげながら答える。


「えっと、お出かけですけど……」

「幅の広い解答!」


 僕が応えてほしかったのはそうじゃなくて!


 しかしさすがに「尾行してるんですか?」などと質問できるはずもない。それに生徒会役員レベルの真面目な西科さんが尾行なんてするはずもない。


「そ、そっかぁ……。じゃあショッピングを楽しんでね」

 

 僕はそういって、西科さんと距離を取ろうとするが、


「ショッピング? いえいえ、私はお出かけをするだけで、しいて目的を上げるなら……尾行ですよ?」

「言った! この人今間違いなく尾行って言ったよ!」

「落ち着け、那岐。俺たちも同じだろ?」

「や、やっぱりでっすか! どこか同じようなにおいを感じ取れたので、話しかけて正解でした」

「やめて?! なにかよくわからないけど、君と僕は絶対に同じいくくりに入らないから!」

「なに言ってるんですか? このデート、尾行せずにはいられないんでしょう?」

「いやそんな禁断症状みたいに?! というか僕らは二人のデートを見守りたいだけで、び、尾行なんてこれっぽっちも考えてはないから!」

「見守り……。あっ! ……コホン。そうですよね。やはり見守りでしたか! 私も二人が付き合いだしたと聞いて、不純性交遊があってはいけないと、自主的にデートの風紀を見守ろうかと思いまして。……やっぱり同類でしたね?」

「さっき尾行って――」

「見守りです」

「いやだからさっき尾こ――」

「見守りです!」

「……」


 同類、なのか?


 心底疑問ではあるが、僕は「見守り」と言い張ってやまない西科さんにこれ以上事実を突きつけるのを止めた。


「そ、そっかぁ……。じゃあ、尾――見守り頑張ってね」


 そういって、僕は西科さんと距離を取ろうとするが、


「待ってください」

「うん。なにかな?」

「女の子に一人で尾行させるつもりですか?」


 なにこの人図々しい! というか尾行って言っちゃってるし、尾行犯の言葉ではないけどね?!


 そういって僕のことを不安の混じった瞳で、上目づかいに見つめる西科さん。

 どうやら尾行の共犯がほしいらしい。

 彼女がどうしてこのデートを尾行するのかよくわからない。

 他人の恋路を眺める悪趣味があるのか、あるいは僕が考えている通りレズだとか「友達に手だしやがって」展開なのか。はたまた輝の言う、両想いでその嫉妬から動いているという、虚数の彼方ぐらいのちゅんな確率のルートなのか。

 僕がいくら考えても正解はわからない。

 だから僕たちと同じ目的――まあ、僕たちもただの興味本位であるが――で動いていると確信できない以上一緒に行動する理由もないのだが……。

 僕ももし輝なしで、一人で尾行をしていたらと考えると、確かにとても心細い。……その行為が後ろめたいことだからということには目をつむる。

 そこまで考えて、僕は不安気な視線を投げかける西科さんに、


「じゃあ、一緒に行こうか。人は多い方が楽しいし(……多い方が見つかりやすいけど)」


 僕の返事に、西科さんはぱあっと顔を明るくし、


「そ、そうですね! 行きましょう! いざ尾行――見守りに!」


 もはや言い直すのが意味をなしていなかった。


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 デート予定地の大型ショッピングモールについた僕たち三人は、今その中にある一つの喫茶店に入っていた。

 もちろん尾行の一環である。ちなみにここまでの道中、なぜか達也がリア充イベントに参加表明をしていて、それを見ていた輝が「面白そうだな」と僕のも含めて勝手に参加表明をしていた。……まあ、抽選だし、僕のような凡人に白羽の矢が立つこともないだろう(伏線)。

 あれから駅で一先ずイチャラブトークを交わしていた達也たちを追って、このショッピングモールの中でいろんな店によっていたのだが、ちょうど昼時ということもあり、ここに入店したのだ。

 席は二人の座るボックス席から斜め方向にある場所だ。開いている場所でよさげな場所がそこだけだったのだ。

 

 達也たちに目をやると二人で広げたメニューを見ていた。

 自分たちの注文そっちのけで、二人を観察していると、


「ねえ、二人でお互いが相手の食べたいもの予想して注文するのってどう?」


 南条さんがそんな提案を達也にする。

 そして少し言葉を交わした後、その提案が採用され、二人はここでメニューを広げる。

 それを見ていた僕たちの中で、西科さんが口を開く。


「私たちもあれしてみますか?」

「僕はいいけど、輝は……」


 お肉のページにくぎ付けの輝。僕たちの話など聞いていない。


「まあ、あっちも二人でやってるし、こっちも僕と西科さんの二人でやろうか」

「はい。じゃあ制限時間は五分ということで」

「はいよ」


 そして僕たちがそれぞれメニューとにらめっこすること数分。

 お互い注文が決まったようだ。なお輝はすでにステーキの注文を済ませている。

 僕はそれを確認してから、テーブルの端に置かれたベルを鳴らす。

 少し待つと店員がテーブルにやってくる。その手にはステーキの盆がある。どうやらちょうど輝の注文の品も出来上がっていたらしい。

 一先ず先にそれをテーブルに置いてもらうと、店員は改めて注文を受け付ける。


「ご注文をどうぞ」

「……あっ」


 僕はそこで初めて気が付く。そして店員に聞こえないように小声で西科さんに話しかける。


「ねえ、これどうやって注文するの?」


 相手が目の前にいる状況で注文したら、出てくるまでのお楽しみがなくなってしまう。

 どうしたことかと僕が西科さんに尋ねると、


「そこは店員さんの耳元でこそこそっとすればいいのでは?」

「でもそれってこの状況を店員に説明しないとけないわけで……、誰がやるのさ?」

「そんなのメガネ君しかいないですよ。私にそんな頭のおかしい提案を店員さんに話せと?」

「どうかされましたか?」


 困り顔で僕たちを見下ろす店員さんの言外の催促に、僕は「どうするの!」と西科さんにアイコンタクトを送る。

 しかし西科さんは一方的に早くしろと視線で促す。


 説明すればいいんでしょ! 説明すれば!


 西科さんの頑として自分はしないという態度に、僕は諦めて店員への説明をする。


「そのぉ……、今僕たち、お互いの食べたいものを想像して注文するという遊びをしていまして……」


 ああ、店員の笑顔が引きつっていく!


「もちろんはた迷惑だとはわかってるんですが、彼女がどうしてもといいもので」

「弱みを握られた私は何も言えません……」

「ちょっと西科さん?! 何言ってんの?!」


 ああ、店員の目が笑ってない!


「と、とにかく! そういうことなんで、ちょっと耳かしてくれませんか?」


 あれ? 店員の顔が赤く染まっていく?


「う、ウチの耳が性感帯やってしってて……変態!」

「いや知らないからね?! 自分から変な墓穴掘るのやめて?!」


 というか今のやり取りで僕のことをどう誤解してそんな結論に至ったんだ!


 店員は耳を押さえて顔を赤くしていたが、何を思ったのか体をかがめ顔を横に向ける。

 まさにこそこそ話を聞く態勢である。その足はプルプル震えている。

 真っ赤に染まった耳を僕の眼前に差し出しながら、店員はいう。


「仕事やから! 仕事やから、嫌なことも耐えてまっとうしてみせるんやから!」

「なんだこのぐへへ展開にはまりそうなチョロイン?!」

「ち、チョロインとかいうなし! と、というか弱み握って付き合ったんやとしても、彼女さんの前でさすがにそんなやらしいことせんやろ?」

「や、やらしいことなんてしないけどね?! ただ耳打ちするだけだから!」

「もううっさいな! さ、さっさとしいや!」


 とんでもない誤解を店員が抱いているようだが、せっかく耳打ちしやすい態勢まで作ってくれたのにこのまま放置はさすがに忍びない。

 僕は目の前にある女の子の横顔にドキドキしながら、その耳元に手を添えて小声で口を開く。


「そ、その――」

「ひゃうっ?!」

「最低……」

「僕は何もしてないから!」


 さすが耳が性感帯といういうことだけはある。小さな吐息ひとつで顔が真っ赤であった。

 そしてそのせいで対面の席に座る西科さんの白い目が痛い。

 僕が両手を上げて、西科さんにないもしてないアピールを続ける中、息が荒くなっている店員がいう。


「我慢するから。ウチ、我慢するから! 最後まで続けてぇな!」

「最低……」

「ちょっと店員さんも言い方とかいろいろ考えてよ?! 赤面する美少女。肩で息する乱れた呼吸。えっちぃ声。こんなの誤解しかないでしょ?!」

「な?! 何考えとんじゃ変態! もう! いらんこと言っとらんではよしぃ!」


 なぜか逆切れで僕にプレイもとい耳打ちを催促する店員。


 この人やっぱりぐへへ展開狙ってるのか?!


 薄い本の登場人物になりそうな可能性を秘めたその店員の耳に、僕はもう一度口を近づける。この恥ずかし状況を早く終わらせるために。


「そ、その――」

「ひゃいっ!」

「とりあえず――」

「ひゃんっ!」

「ミートソーススパゲッティを――」

「はわわわっ?!」

「頼めますか?」

「んんんんっっっ!」


 そういって背筋を弓なりにのけぞらせぐったりと僕の方へともたれかかってくる店員。


「なんか事後みたいになってるんだけどぉぉぉおおおおおっ!」

「最低……」

「ち、違ッ! 僕には北上ちゃんっていうマイエンジェルがいてって、そろそろ店員さんも起きようか?!」

「ちゅんちゅん!」と輝。

「うう、う……。あれ? 小鳥の声が……もしかしてこれが朝チュンっていうやつやの?」

「なんだ今の汚いスズメは?! 店員さんも気づこうよ!」

「最低……」

「西科さん終始それしか言わないよね?!」


 僕はカオスな状況になってしまったこの場をどうにかはやくおさめるために、西科さんに注文を促す。


「僕の注文は終わったし、西科さんも早く頼みなよ」

「そうですね。じゃあ終わるまで、耳をふさいでいてもらえますか?」

「うん。わかったよ」


 僕は言われた通り耳を塞ぐ。すると彼女はメニューを盾に僕との視界を遮る。

 そしてその向こうで未だ息が荒い店員に何かを注文しているようだった。

 それが終わると店員は奥へと下がっていき、西科さんもメニューをたたむ。

 僕はそれを見て耳を開放し、返答を期待せずに西科さんに投げかねる。


「どんな系統のもの頼んだの?」


 来てからのお楽しみだから教えてもれえないかもと思いながらも、世間話的にした質問に西科さんは口を開く。


「……そうですね。しいていうなら国家公安系でしょうか?」

「通報されてる?!」

「ふふ、冗談ですよ」


 僕は性質の悪い冗談に冷や汗を流しながら、そのあとは注文の品が出てくるまで西科さんや輝と世間話をしながら時間をつぶした。


 ……そういえば、輝はずっとお肉食べてたね。僕は大変だったのに……。


 肉を追加注文している輝に恨みがましい視線を送りながら、待つこと数分。

 僕たちの席に注文が来るより早く、達也たちのテーブルに料理が運ばれていく。


「なに頼んだんだろうね」

「さあ、好きな人の好みという知ってて当たり前の項目、あなたはちゃんと把握できてるのかしらぁ?」


 なにか採点ポイントをチェックする教官風になっている西科さんを傍目に、僕は運ばれてきた品に目を向ける。

 運ばれてきたのは、ハンバーグだった。二人の反応から頼んだのは達也のようだった。

 そして南条さんはそれを切り分けながら達也と会話をして、フォークに刺したハンバーグを、


「は、はい。あ~ん」


 ガタンッ!


 目の前の西科さんがテーブルに額をぶつけて伏す。

 

「ど、うしたのさ? 西科さん!」

「ふ、ふ、ふ……」

「ふ?」

「不純ですっっっ!」

「いや子供か!」

「え? あ~んとか実際子供はしないですよね?」

「唐突なマジレス?! でも確かにしないね……」

「ですよね?! だかえらあれはどう考えても――」

「でも大人たちもしないけどね?」

「なっ?! じゃあ誰があ~んとかするんですか?!」

「そりゃ青春真っ只中の思春期ボーイとガールだけでしょ」

「そんな?! それじゃああ~んの適正年齢は高校生の頃ってことになるじゃないですか!」

「なにも間違ってないけど?! ……だから二人のほほえましい光景を優しい気持ちで眺めようよ。向こうにいるおばさんたちみたいに」

「私はおばさんじゃないので優しい気持ちになれません……」


 ズーンと気落ちして、暗い表情で二人を眺める西科さん。

 おばさんに失礼である。

 僕はそんなことを考えながら、二人を観察する。


「い、いやそれは南条さんのお昼ご飯だし! 俺のもそろそろ来るだろうし!」

「来ないよ?」

「……どういうこと?」

「頼んでないから」

「いやなんで?! ……まさか、これが世に言うお前のメシねぇから! ってやつか?!」


 ぷぷー、達也の奴昼飯抜かれてやんのー!


「うん。わたしが実森くんに食べさせてあげる用のハンバーグ、だよ?…………ダメ?」


 ガタンッ! ドタンッ!

 

 今度は二人分の額で机を強打する僕と西科さん。


 あ~ん専用ハンバーグだって? なにそれ羨まけしからーん!


 すかさず誰かが近づいてくる足音が聞こえる。


「お、お客様? 他のお客様の迷惑となりますのでテーブルに頭突きするのはおやめください」

「さっきそこで発情してた変態店員には言われたくない」

「は、はははは発情なんてしとらんし! そ、そんなことより、料理もってきたから早よテーブルあけてぇな!」


 店員らしからぬ口調だが、たぶん感情が高ぶるとそうなってしまうのだろう。

 僕たちは注文した品が来たと聞いて、さすがに開いてるとこに置けよ、なんて傲慢態度をとることはできず、素直に体を起こす。

 開いたところに発情店員が料理を置いていくのだが……。


「注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「よろしくないよねぇっ?!」


 僕が声をあげた理由は、目の前に置かれた料理が一皿だけだったからだ。

 ミートソーススパゲッティ。それは僕が頼んだ、西科さんのお昼ご飯だった。

 困惑する店員をよそに、僕は対面の西科さんを問い詰める。


「西科さん、僕のご飯は? もしかしてオーダーミスかな? だったらこの店員さんにガツンと――」

「オーダーは以上で間違いないですよ? 店員さんもありがとうございます」


 西科さんの一言で店員は安堵の息を吐き、テーブルから放れる。

 しかしそこで僕はハッとなる。


 この流れは、さっき聞いた達也と南条さんのイチャラブ展開なのでは?! ならば僕がとる行動は一つだけだ。


「あ、あーん」

「なにしてるんですか? 口臭振りまいてるんですか? やめた方がいいですよ?」

「いやいやあ~んだよね? あれやるために頼まなかったんじゃないの?!」

「はい?」

「え?」

「……これは私のご飯ですよ?」


 え? なら僕のお昼ご飯は?

 

「えーっと……つまり?」

「考えたんですよ。メガネ君が何を食べたいのか? ハンバーグ? ピザ? サンドイッチ? 確かにいろいろ思いついたんですけど、私はハッと気が付きました。そういえばこのお店に入った理由は実森君たちを追いかけて入っただけで、別にご飯を食べに入ったわけではないと。……つまり導き出される答えは、メガネ君はご飯を望んでいない!」


 ぷぷー、僕ってばお前のメシねぇからされてんじゃん…………泣きたい……。


 怒る気力も失せてため息を吐く僕の肩を誰かがツンツンとつつく。

 僕はその主である輝に首だけを向ける。


「あ~ん」

「輝…………キモい」

 

 だけど今はなんかうれしいから、僕は口を開く。食べるために。


「あーん……。うん、ステーキうまい」


 そして僕はお昼を新たに注文するのではなく、輝にあ~んであまりものを食べさせてもらうのだった。……一部の女性方の視線が腐っているのは気のせいだろう。

 それから僕たちがご飯を終えたころ、ちょうど同じタイミングで僕と輝のスマホが振動する。

 顔を見合わせながらそれぞれスマホを確認すると、


『「大好きな人に愛を叫べ! ~彼女持ちもそうでない人もお前の愛を見せてみろ!~」の抽選へ参加して頂きありがとうございます。今回抽選結果として、あなたは見事本イベントへ当選したことをお知らせいたします。本イベントは予定通り、午後四時に開催いたします。遅れのないよう、会場まで足を運んでもらうようにお願いいたします』


「どうすんのこれ! なんか抽選しちゃってるんだけど!」


 僕が輝にスマホを見せながらそう言うと、輝も僕にスマホを見せながら、


「当選しちまった……」

「輝もかよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 対面で西科さんが「これで実森君も当選してたら、面白いですよね」なんて笑っていたが、まさかこれが真実になるとは、あのアナウンスを聞くまでは知る由もなかった。



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