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金屋子の隠れ里山  作者: 戸次葵楓
壱章.祭りの役者たち
3/3

ようこそ、守(カミ)の残りし里やまへ

長い大学の夏季休暇。飾りっけのない旅行カバンをごろごろと引っ張りながら、大学の北門にて私は待ち合わせの面々を待っていた。カバンの中は3日分の着替え類と簡単な化粧品にスキンケア。あとは洗面用具や寝巻きなどなど、とてもシンプルにまとめられていた。

父が昔から旅行が好きで、わたしの荷造りに口を出したからであった。何泊の旅行でも普通のリュック一つで来る人かっておんねんから、と言いながら私の荷物を引っ掻き回そうとするので慌てて自分でやると言い必死に減らしたものだった。

結局最終は母がチェックしてくれた。長袖長ズボンをはじめ、山に入れるようにと着替えを少し変更された。母も旅行は好きな方で、特に山には若い頃父とよく行ったそうだ。自称山アレルギーなので大変だったらしい。

集合十分前から待っているが、足元のレンガ道の照り返しがたまらなく暑い。

わたしはコンクリートジャングルアレルギーとでも称してみようか。山より肌には悪い気がする。

クールドライのタイツにサンダルで来にもかかわらず全くクールでもドライでもなかった。

昔は画期的だったと両親は言っていたが、当時より気温も上がっている。技術がまだ追いついていない。

そんなこんな考えながら狭い空を見ていると、門の前に一台の白い軽のバンが止まった。

助手席の窓が開き、紗枝ちゃんの顔がひょっこり出てきた。

相変わらず、日差しに負けないくらい元気だ。

「おっはよう!お待たせ、行こうか」

後ろに座っていた恵実ちゃんがドアを開けてくれて、手招きをした。冷気が逃げてはもったいないといそいで乗り込み、キャリーバッグを持ち上げて後ろへとやった。

恵実ちゃんはベージュの薄いジャージに涼し気な水色のスポーツ用の長袖をきていた。

普段の恵実ちゃんのイメージとは少し違う、ちょっとアクティブな服装だった。

紗枝ちゃんも同様。動き回れる服装で、髪も束ねてあった。

そして、最後に助手席に気付いた。今回のバンの運転手はクラスの山中君だった。

「あ、おはよう山中君」

「おはよう。それじゃ行くか」

学科内でもわたしは男子とはほとんどしゃべらず、山中君も例外ではなかった。

よそよそしい挨拶をしてすぐに、山中君は車を出した。

「恵実ちゃん、なんか運動するみたいな格好やけど、普段着そんな感じなん」

隣であくびをしていた恵実ちゃんに聞くと、彼女は眼を丸くした。

「え?うん。だって歩くやん」

「向こうに付いてから着替えたらええのに」

「向こうに着くまでやけど。あれ、もしかして聞いてない?」

恵実ちゃんが首をかしげると同時に助手席の方から、一言「あ」とだけ聞こえた。

勢い良く振り返るために身を出した紗枝ちゃんが一度シートベルトに引き止められてから、もう一度こっちへ身をだした。

「ごめん、途中まで車やけど、小一時間ほど歩くんよ。ちょっと車で入りにくいとこにうちんかた在りよるけぇ」

軽く笑ってごまかそうとしたが、相方の鋭い視線によりショボンとして前を向いた。

「まぁ、車内で着替えればいいしね。あそうそう、ちょっと疲れるからしっかり寝とったほうがええよ」と、恵実ちゃんが隣でアイマスクをつけながらアドバイスをくれた。わたしもそれに従ってしばし寝ることにした。このアパートやマンション、ビルだらけのこの風景を薄目に見ながらまぶたを閉じた。


へんな角度で寝たためか、首の左が妙に痛い。

車は止まっており、車内にはわたしと恵実ちゃんだけだった。というのもわたしがもたれかかって寝ていたために、降りれなかっただけだった。

「おはよう、ごめんごめん。もう着いたん?」

「よく寝たねー。車移動は終了なだけ。さ、ちゃっちゃか着替えてや!」

忘れていた。車でいけないため徒歩の行程が加わることを。

恵実ちゃんはさっと車から降り、山中は隔離したから大丈夫と笑っていた。

わたしは慌てて山用に準備した服装に着替えた。薄手ではあるが、大丈夫だろうというていどであった。

車から降りると、山中君の背中に大きな荷物があった。

曰く土産やどうしても持ってこなければならなかったものを中心に三人分の荷物が詰まっているらしい。ため息をひとつ、紗枝ちゃんを見るもむなしく笑顔に消されるのだった。

「よっしゃ、行こうか。この家の中を通ってから行くからちょっとめんどくさいけど、我慢してや」

山中君はそういい、なんの鍵もかかっていない玄関の引き戸を開けた。

玄関は土間で広く、いくつもの草履や下駄、スニーカーからサンダルまでが下駄箱に並んでいた。

三人はここで靴を脱ぎ、それを持って中へと進んでいった。わたしもそれに習いついていくと、紗枝ちゃんのただいま、という声が響いた。

板の廊下をぎしぎしと、キャリーバッグをごろごろと言わせながら歩いていった。左右の壁は腰の高さほどまでは木板でできており、その上はきれいな白漆喰という、初めての経験で少しわくわくした。突然右手の開いていた部屋の襖の陰から、寝癖のついたぼさぼさの頭をした男性が顔をのぞかせた。

「いらっしゃい、話は聞いてるよ。早かったなぁ。とりあえずいつもの部屋に直行でいいそうだ。なにやら今回は一人出迎えにきてるらしいと柊さんが言うとったで」

「出迎えですか、めずらしい。ありがとうございます」

紗枝ちゃんが会釈し、山中君が進みだした。

過ぎ際に男性がいる部屋をのぞいた。普通の田舎のたたみの部屋で、ぱっと見た感じは6畳。真ん中に机があり、ノートパソコンがひとつおいてあり周囲は書類ばかりだった。

ミスマッチな違和感に、しばし見入ってしまっていると、恵実ちゃんから、はやくとせかされた。

「もー、迷ってまうで。この家ちょっと広いねんから。」

みんなは廊下の突き当りを左に折れたところで待っていてくれた。私が追いつくと、恵実ちゃんが笑って、ちょっと見ててみとウインクをよこしてくれた。

わたしは意味がわからなく、なにを、と声に出しかけたところで、意味がわかった。

恵実ちゃんが廊下の壁の木に向かい、板の死節を押した。

するとぽろっと壁の向こう側へと落ちた。できた穴に指を引っ掛け引っ張ると、壁の板の一部が扉のように開いた。

「な?迷子になるやろ?」

してやった顔の恵実ちゃんを前にわたしはただただ目を丸くするしかなかった。

ここは忍者屋敷か。

山中君と紗枝ちゃんが続いて突然できた低い入り口をくぐっていった。

どうぞ、と恵実ちゃんに言われこわごわくぐると、中はやや広い何も無いスペースだった。

ただ、壁はきれいな白漆喰からわらが目立つ土壁になっていた。

最後に恵実ちゃんが戸を閉め落とした節をはめておっけいだよ、と言った。

いまひとつ現状把握仕切れていないままのわたしをほって、次に紗枝ちゃんが床板を持ち上げていた。

「またなんかあんのー?」

「これが本番、ここから徒歩になりまーす」

取り外された板を横に置き、出てきた粗造りの下に下りる階段に靴を置き、履き始めた。

「まぁまぁ、ついていくしかないって。なかなか無い夏休みになるんやし」

山中君がフォローをくれる、ここは割り切るしかない。

「アミューズメントと思えば問題ないかー。もぉー」

なにに対してかよくわからない不満を持ちつつ、恵実ちゃんに肩を押されて下っていった。

「めぐちゃん、これどうしよう」

キャリーバッグを見て不安な表情で訴えかけてみた。

「んー、後で持ってきてもらおう」

そういって木床の蓋を閉めずにして、その脇にわたしのピンクのキャリーバッグが置かれた。

真っ暗でひんやりとしたその階段の天板は木の板、そして壁も木の板で簡単に作られていた。

先駆けの山中君はいつの間に出したかわからない懐中電灯を持って降りていき、殿の恵実ちゃんもいつの間に持っていたのか懐中電灯で照らしてくれていた。

ずいぶん急な階段で、二階分ほど下って終点になったところでひざ少々痛くなった。先が思いやられる。

山中君が戸を開け光が指し薄暗かった階段とは違う、緑の生い茂った山の斜面が見えた。

「これね、さっきの屋敷の裏が急な斜面になっててね、その谷の下の方にでたってかんじかな。ここからもうちょっと谷を下っていくかんじやわ。あ、転がっていっても大丈夫やで?」

と、恵実ちゃんの冗談の後に、キャリーバッグ持ってきてねとさらっと山中君に突きつけられた真実があった。

やむ無しとってきてくれ、それを引きずってこの先を行く。

二尺程度幅の道や、延々と続く急な階段、倒れてきた木の幹などに苦戦しながらキャリーバッグも損傷少なく歩ききった。道中三本ほど休憩をとってもらった。

沢に近いらしく、ずいぶんとひんやりとした空気が流れていた。谷のそこのため、太陽はいつもより遠く感じ、やや薄暗い。

「お疲れさん、あとほんのちょっとやけぇ」

疲れを全く感じさせない紗枝ちゃん、さすがだなぁと感心したのは今日だけで幾度あったことか。

紗枝ちゃんだけではない、残り二人も元気なのだ。わたしが体力不足なのか。

途中はかえってクーラーに当たりたいと思っていたが、このひんやりした沢に来ると、なんだかクーラーよりも気持ちいい気がした。

少し傾斜があるなだらかな下り道を少し歩くと家が―いや、小屋が見えてきた。

気でてきた、小さな小屋だった。谷の上の家と比べると納屋かそれ以下か。その家は外から見てもせいぜい8疊程度の広さ。一階建てで屋根は木の皮っぽいもので葺いてあった。

その屋根のマットの上には苔や草、いくらかの低木まで生えていた。

空から見れば家に見えないのだろうか。というか、その小屋の強度は大丈夫なのだろうか。

山中君が小屋の戸を叩いた。

「ほいよー。誰じゃい」

「健です、健。祭りので帰って来よりました」

はいれや、と中からしわがれた声がした。

ただいま、と先の三人が入り、お邪魔しますとわたしが入った。

「おぉ、おかえり。そっちの嬢ちゃんが助っ人やね。いらっしゃい」

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