表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/27

パパの手帳を開きました



 

 その瞬間は、残酷なほどにあっけなかった。

 

 これまで身体中隅々まで潤していた魔力の気配が、波を引くように消えていく。

 

 そしてどんどん重くなっていく瞼の裏に、最後まで残ったのは大切な人たちの顔。

 


 

 ああ、本当に終わるのね─――─。


 

 

 生きた時間は短かった。


 お世辞にも大往生とは言えないかもしれないわ。

 

 けれど、一瞬も止まらずに、泥を啜ってでも走り抜け続けた。私はこの不器用で、誇り高い人生を愛している。

 

 

 願わくば。

 もし次があるのなら、もう少し平穏な人生を歩みたいな。


────今とはそう、真逆の。


 鉄の匂いも、血に濡れた剣の重みも知らない世界。愛してくれる家族に囲まれて、年相応の恋なんかをする。

 そんな、ありふれた幸福な人生を。

 

 

──――─いいえ、でもね。決してこの人生に悔いはないの。


 

 戦いの日々の中で、私はかけがえのない仲間たちに出会えたのだから。



 

 

 気づけば、私は土の上を歩いていた。

 

 足の裏に伝わるのは、確かな土の冷たさと湿り気。


 

 見上げると、そこは境界の曖昧な、どこまでも真っ白な世界だった。

 かつて特区で過ごした大神殿を彷彿とさせる、荘厳で、けれど音のしない静かな場所。


 その中央、花畑の中で、巨大な大理石のテーブルを囲んで、二人の影が腰を下ろしているのが見える。


 

「シャーロット!こっちだよ!」


 

 親しげに手を振るのは、そばかすが散る頬を林檎のように赤くした、三つ編みの女性だ。 



「よく頑張ったね!君の生涯、ずっと見ていたよ」

 

「あ……」


 

不意に、膝のあたりに柔らかな重みを感じた。見下ろすと、金髪を輝かせた五歳ほどの双子が、私の服の裾をぎゅっと握りしめている。

 

 

「ドラマチックなお話だった!」

 

「最高だよ。久しぶりに、退屈しなかった!」

 

「誰……? ここは……一体」


「言わずとも、瞳の色で気がつくだろう」

 

  

奥に座っていた男が静かに口を開く。その双眸には、私と同じ色――――ラヴィアンジュにしか現れない、角度によって万華鏡のように色を変える「宝石瞳」が宿っていた。


 

「貴方たちは、私の先祖……?」


「そうだ。ここはアルカの遺した手帳の、最深部」



 アルカ………パパの手帳。

 私がヴェリアルからかつて受け取ったそれは、何度開けようとしても開くことはなかった。


 最初は針金で物理的にこじ開けようとした。

 次は、ありったけの魔力を込めて破壊を試みた。

 

 けれど()()と呼ばれ、魔術を極めたその後もまだ開くことのなかったのだ。

 

 

「あの手帳……。肌身離さず持っていたけれど、一度も開かなかったわ」

 

「あれは中身を読むものではない。魂をこの空間へ繋ぎ止めるための、鍵なのだから」

 

「じゃあ、パパも……! パパもここにいるのね!?」


 

 会いたい。

 最初は、ママを一人遺していったパパに対する怒りから。そして徐々に、ヴェリアルやユーティオティアスの尊敬する師匠として、ずっとその後ろ姿を追いかけ続けていた。


 けれど必死の形相の私に、男は慈しむような、けれどどこか寂しげな笑みを浮かべて首を振った。


 

「アルカはいない。ここへ来ることが出来るのは、ラヴィアンジュの一族の中でも、真に女神の魂を継承した者のみだ」

 

「女神の魂……?どういう意味?」

 

「簡単に言うとね、君が女神の生まれ変わりってことだよ!」


 

 三つ編みの女性が、祝福を贈るように、歌うような声色で言った。


 

「ここは創造主がルウェルのために作った、永遠の安らぎの地なんだ!長い一族の歴史でも、私たち五人だけがここを住処に出来るんだよ」


「さあ、ゆっくり休もう、シャーロット」


 

 女神の生まれ変わり……?私が?

 情報を処理できずに呆然としていると、奥に座っていた黒髪の男が立ち上がり、私の肩へ優しく手を置いた。

 

 その掌からは、生身の人間とは違う、澄み切った静かな温もりが伝わってくる。


 

「ここではもう、争いも憎しみも存在しない。君を縛り、苦しめた呪縛はすべて消え失せた。見てごらん、動かなかった脚も元通りだ。祝杯のワルツでも踊ろうか」


 

 言われて視線を落とすと、麻痺していたはずの脚が、今は確かな感覚を伴って土を捉えていた。


 

「全てが、終わってしまったのね……」

 


 覚悟の末に選んだ、死という名の正解。

 

 重荷を下ろした安堵はある。けれど胸の奥深く、ずしりと感じるおもりのようなこの寂しさは、一体何なのだろう?


 何かに気が付きかけたけれど、ぶんぶんと頭を振って考えないことにした。


 私の舞台はもうおしまい。

 あとは平穏で幸せな日々を、この静かな場所で過ごしていこう。

 双子たちは花畑で、見たこともない光り輝く花を編んで花冠を作っている。

 あれは、なんという花なんだろう?

 

 そう思って一歩踏み出したその時。

 

 

「おっと、シャーロット。残念だが、どうやら余計な邪魔が入ったみたいだ」


 

男が不意に眉を寄せ、天を仰いだ。


 

「邪魔……?」

 

「我々としては、君をこの安穏な世界へ迎え入れる準備は万端だったのだがね。……どうやら君の心臓にある『魔石』が、ようやく目覚めた真の主の魂に歓喜して、君を強引に元の世界へ引き戻そうとしているようだ」

 

「え、え……!? 引き戻すって、私はもう死んだんじゃ……」


 

 足元から、凄まじい拍動が響いてくる。それは私の心臓が、私の意志を無視して「生」を叫んでいる音だった。


 

「ふむ、この強情な魔力と争うのは、我々でも骨が折れそうだ」

 

「ということで、シャーロット。延長戦に入ろうか! ここは娯楽が少なくて、みんな飽き飽きしていたところなんだ」


 

 三つ編みの女性が、悪戯っぽくウィンクする。

 視界が急激に白く染まり、先祖たちの姿が淡い光の中に溶けていく。


 

「えええっ! 待って、そんな勝手な――!」


 

最後に、男の穏やかな声が鼓膜を揺らした。


 

「行っておいで、シャーロット。……君の物語に、祝福を」

 



 

 

――――――世界が、急速に白く塗りつぶされていく。


 

 目を覚ますと、感じるのは身体の怠さと熱さ。

 確かに生きている、という感覚。

 

 熱を出した()を心配してくれているのか、その額にはさっき変えたばかりの冷たいタオルが置かれていた。

 

 静かに起き上がり、部屋に置かれた大きな姿見を見る。

 

 

 梳かしてもすぐ撥ねる頑固なピンクブロンドはどこへやら。指の間をさらさらと滑り落ちる、真夜中の闇を溶かしたような漆黒のロングヘア。

 

 そして、鏡の中にいたのは「私」であって「私」ではない少女だった。


 世界中でただ一人、どこにいてもシャーロットだと知らしめていた宝石の瞳は、穏やかで甘い蜂蜜色に。

 

何より、硬いタコと傷跡だらけだった十八歳の戦士の身体が、もちもちとした真っ白な、十歳そこらの幼い少女の姿になっている。


 

「戻ってきちゃった……」


 

 喉から出たのは、鈴を転がすような、あまりに可愛らしい声。

 けれど、その背負った運命を理解した瞬間、私の血の気が引いた。


 

「よりによって……エセルリード卿の娘として、なの……?」


 

ああ、女神様。なんて悪趣味すぎる冗談。


 

「は、はは……あは……っ」




 

あまりの喜劇に、私は顔を覆って笑うしかなかった。


 

シャーロット編、おしまいになります。

次回からアデライン編、よろしくお願いします。

面白いと思っていただけたら是非、感想評価お待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ