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心残りを託しました。



 私の動かない脚を見て、エルステラの魔術師の皆は悲しそうな顔をした。


 そしてある人はヴェリアルに恐怖し、ある人はより傾倒していった。

 


 両脚。

 自由に飛べる羽根を失った。

 ――――とはいえ、私は魔術師だ。

 

 屋敷の中程度であれば、飛行魔法を使えばなんの不自由もなく自由に屋敷の中を移動できる。


 

 狭い世界では不便はない。けれども外の世界で1人で立ち上がるのは不可能なくらいの塩梅で、彼は私を支配した。

 彼はこの革命軍という存在自体を檻にしているのだ。



 

「────以上が今日の研究報告です、ズビッ」


「……泣かないの、ヴィクトリア。可愛いお顔が台無しよ」


「っ……シャーロット……痛くない、ですか?本当に……っ?」


「痛くないよ。むかつくくらいに、ね」

 

 

 一月経っても二月経っても、顔を合わせるたびにべちょべちょに泣いていたのはヴィクトリアだった。

 

そんなヴィクトリアを見て、ミルヒオールはケタケタと笑った。

 


「ヴィクトリアのベショベショの顔、情けなぁい」


「ミルヒ君、うるさいですよ、ズビッ」




変わった事といえば私の脚を気にして、今まで各所で行われていた会議が私の自室で行われるようになった、くらいだ。

 

 ミルヒオールとヴィクトリアは理由をつけてしょっちゅう遊びに来てくれた。

 今日もベット横にわざわざ椅子を持ってきてくれて、そこでずっと話をしてくれている。

 自分のことのように悲しんでくれる友達と、逆に笑い飛ばしてくれる友達。

 

 心強い仲間を得たものだ。

 

 

「ま、大丈夫だよロティ。今ボクが興味がある分野は再生魔術なんだぁ。四肢感覚を失った魔術師が実験体として必要なんだけど、協力してくれる?」


 

ニヤッと笑うミルヒオールはもうかつての自暴自棄の少年とは違う。溢れ出す好奇心とその影に優しさを隠したような、素敵な魔術師になった。

 


「勿論。……その治療が実現したら救われる人は大勢いるね。ありがとう、ミルヒ」


「ボクのこの天才的な頭脳と魔力があれば、ロティの脚なんてすぐ元通りになるに決まってるよぉ」


「頼りにしてる」


 

良い仲間たち。

エルステラ。地獄から、私たちは天国までやってきたみたい。

暗闇の中でたった3人から始まった革命は、今や数万の大所帯だ。

革命の目標はほとんど果たしたのではないか、とシャーロットは思う。


魔術師に太陽は戻った。

 

あとは、私の心残りは――――――――。


 

「ねえ2人とも、少し力になってくれないかしら」


「えー、僕は高いよぉ」


「はい!シャーロットの為ならなんなりと」



 正反対の返事をするミルヒオールとヴィクトリアがおもしろくて、くすりと笑みが溢れる。


 

「仮死の人間を生き返らせる方法を、確立したいの」




 瞬間、時間が止まったような沈黙。

 ヴィクトリアは困ったような表情を浮かべた。

 

そして、まさにおそるおそる、という感じで彼女は小さく声を発した。


 

「聞いてもいいかしら。それは、あの男の子……?」


「……そう。私の、恩人。あの子に、太陽の光る眩い世界を見せてあげたい」



 私より大きかった背。太陽のような眩しい笑顔。


 けれど彼の時間は止まったまま、私一人だけが大きくなってしまった。


 

 もう一度彼の時間を動かしたい。

 いや、それはただの綺麗事かも。

 私は、ただもう一度、キキと話したいだけなんだ。




「これは仮説なんだけど人間の心臓に魔術師の核を移したら、その人間は魔術師になるのではないかしら」


 

 核は、体内の魔力を生み出す源。そして、それを身体中に循環させる役割を持つ。

 私たちの“心臓”を人間が拒むことなく受け入れてくれれば、その人間の身体に魔力が循環する。

 そうすれば、キキを魔術師にさえしてしまえば――――そこから彼を眠りから起こす事が出来るかもしれない。

 


 ミルヒオールも、ヴィクトリアもエルステラの幹部と名のつく役割をもつ一方、根っからの研究者である。

 

 私の仮説は2人を熱狂させるのに十分だった。

 

  


「……っ、ごめん、ロティ!また来るねぇ!今すぐ試したい事ができたんだ!」


「わた、私も探したい文献が……!シャーロット、無理はしないように!何かあったらすぐ呼んでくださいな!」



 がたん、と椅子から勢いよく立ち上がり、春の風みたいにあっという間に二人は消えていく。


 

「……ふふ。本当に頼りになる」



 

 これは小さな独り言。

 

 近い将来、キキは目を覚ます。

 

 予感ではない。確信めいたそれに、心が軽くなっていく気がした。

 



 


 

 ――――――あの日からヴェリアルの様子がおかしい。


 そんな一言で済ませていいかは分からない。

 

 けれど確実に、かつてとは違う。

 

 彼が私の脚を魔術で奪ったその日から、確実に。



 

 朝。一人で寝ていたはずなのに目を覚ますと横にはヴェリアルがいて、私の動かなくなった脚を何か言いたげに優しく撫でた。

 

 

「おはよう、シャーロット」

 

「ベル、何でここに……?今一体何時……って、まだ5つ時?!いつから此処に……!」


「質問が多いね。……ただ君に会いたかっただけだよ。毛布を全部剥いで寝てた。暑かったの?」


「……そうかもしれないわね。だってもう春だもの」


 

 ヴェリアルが窓を開ける。

ついこの前までこの時間は星が瞬いていたというのに、もうすっかり春の朝の光が差し込んだ。

 


 ふわりと風が吹き、レースのカーテンがゆれる。冬の間は眠っていた草花の青々とした香りが鼻腔をくすぐった。


 私が思うに彼は私に赦しを求めているのだと思う。

 まるで、母親に叱られた子供のように。

 

 

「シャーロット」


「な、に」


「シャーロット・ラビィアンジュ。私の女神。目を閉じて」



 

 変わった事。その一つに、ベルは私に口付けをするようになった。

 

 髪の一束からつま先まで、ベルは私に口付けを落とす。その度に私は、動かなくなった脚以上に全身が鎖に繋がれているような心地がした。


ヴェリアル・クレミア・ルーファス。


この大陸で最も魔術に優れていて、

この大陸で最も人間を嫌ってきて、

この大陸の平和を最も妨げている魔術師。


 

そして彼は、この大陸で最も誰かの愛に飢えている存在なのかもしれない。



 

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